《 北の山 》
薬草採取の為、北の山に入ったエステルは『ある気配』を感じ取ります
マーリンと共に出会った『彼ら』なのか
エステルは『治癒魔法』と共にマーリンから薬草や医術の知識を教わっていた。マーリンは魔法のみに頼らず、身体や臓器の仕組みを探求し、エステルにも伝授していた。その為エステルも、並の治療師では手に負えない程の傷や病も、魔法を使わずとも治療することができた。
1ヶ月ほどかけて東側の森の薬草配置図を完成させたエステルは、北部の職人街へ出向き、調剤に使う器具や治療用の器具を注文しようとしたが、見慣れない器具の作成になかなか応じてくれる職人が見つからなかった。
諦めて代用品を探すしかないかと引き返そうとした時、耳障りな金属音が聞こえてきた。見回すと、一軒の古びた鍛冶屋からその音は響いてくる。開いている戸口から覗くと、金属を薄く延ばす機械が上手く動かないようで、ギシギシと異音を放っていた。
「どうなってんだ、さっきまでちゃんと動いていたのに! お前が壊れたら俺は破産だぞ!」
機械の前で50代くらいの髭面の男がオロオロしている。
「故障ですか? 私、直せるかもしれませんけど・・・」
戸口に立ってエステルが丁寧に声をかけた。
エステルの口調はこの1週間ほどでガラリと変わった。と言うのも、道で転んだ子供の怪我を手当てしてやった際にこう言われたのだ。「お姉ちゃんの喋り方って、まるで砦の偉い人みたい」と。
エステルは領地でも民とは気さくに接していた。だがそれは、あくまでも領主の姫としてであり、対等な立場ではなかった。マーリンと共に治療師として出向く先でも、患者からは尊敬を持って扱われる。エステルに奢った気持ちは無いのだが、自然と話し方は上の立場となっていた。見知らぬ土地で暮らし始めた若輩の娘らしくは無い。エステルはキャメロット城の若い侍女たちが喋っていた口調を参考にした。
「お前みたいな娘っ子が直せるだと!?」
振り向いた男は胡散臭げにエステルを見た。
「ええ、私の師匠がそういう機械を作るのが好きで、修理するのも見ていましたから。取りあえず見せてもらえませんか? もし治せなくても損はないでしょ?」
嘘ではなかった。マーリンは魔法でやれば簡単に出来ることを、機械で出来ないかとよく試作していたのだ。
「じゃぁ、見てくれよ。だが、これ以上壊れたら弁償してもらうぞ」
男は失敗したらただでは済まさんぞと言わんばかりにエステルを一睨みすると室内に招き入れた。
エステルは機械に近寄り、音がしている場所を探した。奥まった位置にある歯車が摩耗して上手くかみ合っていない。
「歯車がズレかけているところがあります。機械を止めて下さい、調整しますから」
男が機械を止めると、エステルは男の視線を背中で遮るようにして歯車に手を伸ばした。脳裏に呪文を書き記し、すり減った部分を元に戻す。
「さぁ、動かしてみて下さい」
言われるままに男がスイッチを入れると、機械はスムーズに動き始めた。
「おお、直った直った! 有難うよ、娘さん」
男は小躍りして喜んだ。
「良かったですね。あの、調整代の代わりと言ってはなんですが、器具を幾つか作りたいので請け負ってもらえませんか? 勿論代金はちゃんと払いますよ」
「器具? どんな器具だ」
男はエステルが差し出した図面を見てキョトンとした。
「何だこりゃ! こんな器具見たことないぞ。何に使うんだい、娘さん」
「薬を作る為と治療の為の器具ですよ。 私、この街で治療院を開こうと思っているんです」
「治療院? そう言えば、あの爺さんが廃業してから無かったな。だが、砦があるから儲からんぞ。人の治療よりも機械の修理を請け負ったほうが儲かるんじゃないか?」
男は昔ラスゴーに居た治療師を知っているようだった。
「ええ、砦の事は知っています。でも、砦の医官は病気にはあなり詳しくないとも聞いているので、開業したらお役に立てると思いますよ。それに、依頼があれば機械の修理もお受けしましょう」
「よし、分かった。この図面通りの寸法と素材で作れば良いんだな。型が無いから時間はかかるし、少し手間賃が高くなるが・・・」
「大丈夫です。お代は言い値で結構ですし、まだまだ開業には時間がかかりますから、今請け負っているお仕事の合間で結構です。では、手付金としてこれくらいで良いですか?」
エステルが差し出した銀貨5枚を受け取った男は、ひと月以内に仕上げると約束をした。
鍛冶屋を出たエステルの肩にアベルが飛び乗った。
「この店に頼んで大丈夫かって? 店に並んでいたナイフは良い出来だったし、適正な価格が付いていたよ。炉のそばにあった道具もよく手入れされていたから、あの職人は信用できると思う。微調整は私が魔法でやれば良いんだから心配無用よ」
エステルはアベルの頭を優しく撫でた。
南側の下宿に戻ろうとしたエステルだったが、ふと何かを感じて後ろを振り返った。
職人街の北側には低い山が連なっていた。
「ちょっと行ってみようかな」
踵を返したエステルは山へと向かった。
人があまり入らないのか、道らしい道はなかったが、マーリンと共に薬草集めによく山や森に入っていたエステルは苦にならなかった。
進むにつれて木立が密集して日が差さず、まだ昼前だというのに薄暗くなってきた。
「街から見上げた時はこんなに深い森だとは思わなかったわ」
エステルは魔法で灯りをともした。
足元には東の森には無かった薬草が多種あり、この山の地図も作らねばと思っていると、アベルが警戒した声を上げた。
「どうしたのアベル、何かいるの?」
エステルは魔法で周囲の気配を探った。何か懐かしい気配が周りに漂っている。
これ・・・ もしかして妖精?
【妖精さんなの? 私はエステル、私の声が聞こえる?】
エステルはマーリンとの『会話の魔法』を使ってみた。以前、マーリンと妖精の森に行った時には、この魔法で彼らと会話が出来たのだ。
だが、返事はない。気配は感じるのだが、警戒しているのだろうか? それともこの方法では話せないのか・・・
【妖精さん、急に話しかけてごめんなさい。以前、貴方たちのお仲間と話したことがあるの。また来るから、もし良かったら話を聞かせてね】
エステルはアベルを抱き上げると山を下りた。
少しだけファンタジーっぽくなってきたでしょうか
『彼ら』はエステルにその姿を現すのか?