《 恩讐の彼方 》
「今頃になってお前の手紙を見つけるとはな・・・ 済まんな、無念を晴らすのが遅くなって」
アルバート・ハロルド男爵は、色褪せた手紙を手に別邸の壁にかかった肖像画に語り掛けた。そこには面差しが良く似た二人の男の子が描かれていた。
アルバートがその手紙を見つけたのは2年前、新王ウィリアムが即位し軍務大臣の職を退いたのを機に故郷の館に戻った時だった。両親の死後、館を相続してはいたが自身は王都での勤務が忙しく執事に管理を任せていた。
ふと思いついて亡き母の遺品を整理していた時、宝石箱の下に隠すように仕舞われていた手紙を発見した。弟アンドリューが獄中からアルバート宛てに出した物だったが、当時王命で隣国に赴いていた為実家に送られたらしい。両親は弟思いのアルバートには真相を知らせぬ方が良いと判断し、手紙の存在を隠したと思われる。
アンドリュー・ハロルドは7歳年上の兄アルバートとは対照的な存在だった。武術の才に恵まれた兄と違い、生まれつき身体が弱かったアンドリューは、代々武門で王家に仕えて来たハロルド家では肩身の狭い存在だった。だが、アルバートはそんな弟を何かと庇い、とても可愛がっていた。そんなアンドリューには思いを寄せる幼馴染が居た。王妃ヴィクトリアの遠縁にあたる娘でマリーと言う。思いが実り、先方の両親が婚約に前向きな返事をくれた矢先、マリーは王城に上がることになった。怒ったアンドリューはマリーの実家に乗り込み、刃物を振るって使用人を殺めてしまう。本来なら貴族とは言え殺人を犯せば重罪は免れないが、ハロルド家のこれまでの功績に免じ、国外追放で済まされた。しかし数年後、マリーが実家に戻った事を知ったアンドリューは、禁を破ってコンウェルに舞い戻る。マリーの実家とマリーの従兄弟であるカーライル伯爵は、執拗にマリーに会おうとするアンドリューを告発し、追い詰められたアンドリューは抵抗した際に受けた傷が元で獄中で亡くなった。
最初の事件の際、国境付近の砦勤務だったアルバートは詳しい事情を知らず、弟の短慮を悔やみこそすれ『国外追放』で済んだことを喜んでいた。弟が再度捕らえられた件も、温情を無にして舞い戻った弟の愚行を許せない気持ちでいた。
しかし軍務大臣時代、カーライル伯爵の処分を聞いてある疑念が湧いた。表向きの罪状は汚職による国への背信行為であったが、祭典で起きた謀反の首謀者だとの噂も囁かれていた。弟が獄死した事件にもカーライル伯爵は関わっており、何か関係があるのではないかと。気にはなったが、その時は積極的に調べようとまでは思わなかった。
しかし、今回発見した弟の手紙にはマリーとの幸せな未来を奪った王家の所業が切々と書かれていた。獄中での弟はかなり錯乱していたと聞いていたので、全てを鵜吞みには出来ない。アルバートは人脈を駆使して真相を突き止めた。カーライル伯爵は従妹マリーが秘密裏に生んだもう一人の王子を利用する為、マリーとアンドリューの再会を阻む必要があったのだと。
「お前の大切な女を奪っておきながら、ほんの数年で放り出した。更には血が繋がった王子すら異国に放置する。そんな人とも思えぬ所業を繰り返す暗愚な王の一族などこの世から消えてしまえば良いのだ。お前が愛したマリーの息子達も始末するよ、お前は怒るだろうか・・・ だが、アイツらもあの王の血を引いているんだ、死んで当然だよな」
ハロルド男爵は二つのグラスにウィスキーを注ぐと、一つを肖像画の前に置いた。
「カーライルの奴は既に墓穴を掘っていたが、国外に居た奴の息子は先日始末しておいた。そろそろ愚王の息子達もそっち行くころだ。思い切り罵倒してやれ、アンドリュー」
ハロルド男爵は手にしたウィスキーグラスを煽った。
「旦那様、例の者達が戻りました」
執事がドアをノックして告げる。
「分かった。離れに待たせておけ」
ハロルド男爵は更にもう一杯ウィスキーを飲み干すと、空になったグラスを肖像画の前のグラスの隣に置いた。




