《 無言の帰還 》
「備えられる」、エステルの思いも空しく、帰らぬ人となったウィリアム
無言の帰還を迎えたエステルとアレックスは・・・
「エステル様のハヤブサを!」
アレックスは王城に駆け込むなり、南棟の飼育小屋に飛び込んだ。
『エステルのハヤブサ』とは、度々地方へ移動診療に出向くエステルが、城との連絡用にとマーリンの力を借りて訓練をした鳥だった。
「アレックス様、一体どうされたのですか?!」
いきなり飛び込んで来たアレックスに、世話係だけでなくハヤブサ達も驚いて羽根をばたつかせた。
「大至急エステル様にご連絡がある! 直ぐに飛ばす支度を」
アレックスは机に置かれた紙片に手を掛けた。
「お待ち下さいアレックス様、エステル様は城内においでです。姫様方が体調を崩されて・・・」
その言葉を聞くや否や、アレックスは脱兎のごとく小屋を飛び出した。南棟の正面入り口に回ろうと庭を横切ると、西棟側からエステルが歩いて来た。
「エステル様!!」
「どうしたのですか、アレックス。マンチェスターに行っていたのでは?」
エステルは思いがけない人物の登場に嫌な予感がした。
「エステル様、東国の弩の飛距離は想定を超え、今の警備では危険です! 直ぐに隊列に警告をしないと!」
常に冷静なアレックスの狼狽した様子に、エステルは背筋に冷たい物が走った。
【マーリン! 聞こえる?】
無理だとは思ったが、エステルはマーリンに呼び掛けてみた。『使い魔』であるマーリンでは遠距離の通話は難しい。やはり返答はない。
「アレックス、早馬を出して!」
「しかし、馬では到底間に合いません・・・」
「だからと言って、何もしないのですか!」
エステルがやや声を荒らげた。アレックスは一礼すると兵部に向け走り出した。
(そう、出来る限りのことを・・・)
エステルは薬草園に急いだ。
【シルフィー、ミレニアに大至急連絡をして! 緊急事態なの、森の聖域に入れて欲しいのよ】
エステルは森の聖域を通り、王墓廟に向かおうと考えたのだ。暫くして済まなそうな声が返って来た。呼び掛けてもミレニアが答えないと・・・
「あぁ、私が同行していれば・・・」
エステルは天を仰いだ。
「エステル様!! どちらですか!!」
南棟の方からアレックスの声がする。早馬の手配に行ったはずなのに・・・ エステルは悪い予感に足が震えた。
「エステル様、陛下がこちらに向かっておられると先触れが!!」
アレックスの声にエステルは目眩を覚えた。こんなに早く帰城するからには、不測の事態で引き返して来たに違いない。
「アレックス、侍医長に連絡を! どのような事態にも対処出来るようにと!」
エステルはそう叫ぶと正門に向かって走り出した。
【マーリン! 何があったの!】
エステルの呼びかけに応えは無かった。
エステルが正門に到着して間もなく、先導の騎士が走り込んで来た。少し遅れて護衛に囲まれた馬車が一台門を潜った。
(何故一台だけ・・・)
エステルは馬車に駈け寄ると声も掛けずにドアを開いた。
「エステル、済まない・・・」
言葉を失いドアの取っ手を握ったまま立ち尽くすエステルの横に降り立ち、ジークフリートは震える手で彼女の肩を抱いた。まるで時間が止まったかのようにエステルは無言で馬車の中を見つめ続けた。
「陛下! そんな・・・」
医務院から駆け付けたアレックスが、エステルの脇から馬車の中を覗き込みその場に崩れ落ちる。
「アレックス、人目に触れぬよう、このまま馬車を奥に回してくれ」
ジークフリートの言葉にアレックスはよろよろと立ち上がり、一礼するとドアを閉め自ら手綱を握り馬車を進めた。フィンレー将軍以下数名の近衛騎士がジークフリートとエステルに会釈して馬車の後に続く。
「ジーク、貴方やヘンリー達に怪我は?」
漸く我に返ったエステルはジークフリートの顔を見上げて問うた。
「僕達は大丈夫だ。兵達にも重症者は居ない」
そう言うと抱き寄せる様にエステルの耳に口を寄せてジークフリートは小声で囁いた。
「兄上の死は暫く伏せる。謀反人の正体を掴むまでは箝口令を敷く」
「分かりました。実はジョージ様を狙った刺客達を捕らえてあります。アレックスも情報を得て急遽戻って来たようなの」
エステルも小声でジークフリートに答えた。
「そうか、やはりこちらも狙われたか・・・ エステル、兄上の所に急ごう、侍医長と打ち合わせをしないと・・・」
エステルの言葉に頷いて、ジークフリートは歩き出した。並んで歩くエステルの足元にアベルがすり寄ってきた。
【エステル・・・】
アベルの声がエステルの脳裏に届いた。
【アベル、マーリンを探して頂戴。連絡が取れないの】
【分かった、妖精達に聞いてみるよ】
アベルはエステルを見上げると薬草園の方向へ走り去った。
アレックスは馬車を王城の最奥に乗り入れた。付近はアレックスの配下とフィンレー達側近のみが警護に当たる。
担架に移したウィリアムを寝室に運び入れ、付き添っていたヘンリーとエリザベスを隣室で休ませると、アレックスはウィリアムの寝台の前で平伏した。
「陛下、申し訳ございません。全て私の落ち度です。せめてお供を・・・」
「許しませんよ!」
遅れて寝室に入ったエステルは、咄嗟に文机に置かれていた文鎮を掴むと、剣を抜こうとしたアレックスの手に投げつけた。
「アレックス、陛下に真相をお示しするのが貴方の役目です。仕事を放り出して後を追っても陛下はお叱りになるだけですよ」
エステルは静かにアレックスを諫めた。
「エステルの言う通りだ。お前がいないと兄上の仇が討てない」
ジークフリートはアレックスの腕を取って立ち上がらせた。
呼びにやっていたガラハッド侍医長が到着した。
「医務院ではなくこちらに運ばれたと言う事は、手術の必要は無いと言う事ですかな? しかし・・・」
不測の事態に備えて手術室を整えていたガラハッドは、一旦は安堵した声を出したものの、三人の異様な雰囲気に言葉を失った。
「侍医長・・・ こちらに」
ジークフリートがアレックスの腕を放し、ガラハッドを寝台の側に呼んだ。
「陛下・・・」
一目でウィリアムの状況を理解したガラハッドはその場に蹲り嗚咽を漏らした。
「侍医長、兄上の仇を見つけ出すまでご逝去は伏せる。重症ではあるが、侍医長とエステルが付きっきりで看護していると発表する。済まないが暫くここに詰めてくれ。今回同行した者の中で兄上の容体を知る者は部屋の外にいる騎士達と、今現場に残って軽症者の手当てをしている医官だけだ。彼らには既に口止めをしてあるが、帰城しても直ぐには医務院には戻せない。医官が手薄になるだろうが暫く我慢してほしい」
ジークフリートはガラハッドの肩に手をやり、少し掠れていたが、落ち着いた声音で指示をした。
「承知致しました。まずは陛下のお身体を清めましょう。エステル様、お手伝い頂けますかな?」
ジークフリートの話を聞き、涙を拭きながら立ち上がったガラハッドはエステルに声を掛けた。エステルは無言で頷き、隣室にタオルと湯を取りに向かった。
「アレックス、報告を聞こうか」
ジークフリートはアレックスを促してウィリアムの書斎に向かった。書斎では一足遅れて帰城したアンソニーがウィリアムの命を奪った槍を持って待っていた。




