《 未知の兵器 》
『魔獣』討伐の為に極東の国で開発された兵器
バルスの警告により、エステルたちは謀反を未然に防ぐため奔走しますが・・・
アレックスの情報網を駆使してフィリップ周辺の調査をした結果、数度にわたり『バッカル商会』宛に荷が送られたことを突き止めた。更に、最後に発送された荷が数日中にカーライル港に入荷するとの情報を得て、アレックスはカーライルに潜入していた。
「アレックス、どうであった?」
帰城したアレックスを出迎えたウィリアムはその顔色の悪さに驚いた。
「申し訳ございません、陛下。荷揚げされた物に不審な物はありませんでした。ただ、送り状の個数と合わないのです。途中の港で積み替えられたか、入港前に沖で受け渡しがあったのかと・・・」
ウィリアムに問われたアレックスが跪いて頭を垂れた。
「敢えてカーライル領の商会宛にしたのは、私達の目を引き付ける為・・・ やってくれるわね」
ジークフリートと共に脇で聞いていたエステルが呟いた。
「はい、『バッカル商会』には数日前から見張りを付けておりましたので、沖で受け取った形跡はありません。現在、乗組員を聴取し、カーライルに入港前に接触をした者を確かめております」
「アレックス、苦労を掛けるが引き続き情報を集めてくれ。ジークは王都警備隊に行き、王都へ入る荷を厳重に監視するようローリー隊長に指示を頼む。エステルは子供達の警護体制を今一度見直してくれ」
ウィリアムの言葉に皆頷き、ジークフリートとアレックスは退出した。
「陛下、荷の行方がはっきりするまでは、どうか外出はお控え下さい」
残ったエステルがウィリアムに外出の自粛を提案する。
「それは無理だ。既に視察の予定が入っておるし、母上の命日も近いからな。警護の者には苦労を掛けるが、狙う者が居るからと城に閉じ籠っている訳にはいかぬ。ジークやアレックスは文句を言うだろうが、エステルだけは理解してくれるだろ?」
ウィリアムは意味ありげに笑みを浮かべた。
「そうですね・・・」
【そうさ、エステルだって言う事聞かないだろ!】
マーリンの言う通り、身に覚えがあり過ぎるエステルは、苦笑いせざるを得なかった。
武器の行方が掴めない以上、警備に万全を期すしかない。アレックスとフィンレー将軍は持ち込まれた弩の射程距離が通常の1.5~2倍と想定し、移動経路の危険個所に兵を配置した。人員が通常の3倍近くかかるがやむを得ない。
2度の視察は平穏に終了し、明日は亡きヴィクトリア王后の命日に当たり、ジョージを除く王家総出で王都郊外の王墓廟に出向く。狙う側にとって願ってもない好機である。
「アルバス、状況はどうだ?」
警備責任者であるフィンレー将軍が、応援の為に来ている旧友ローリー隊長に声を掛けた。
「王都警備隊は既に配置に就いている。今回ほど広範囲の警備では、近衛騎士はほぼ全員出払っておるだろう。隊列の護衛は足りているのか?」
「王墓廟までの道筋は見晴らしが良く、待ち伏せの危険性は低い。例の武器を考慮して隊列の護衛は防御重視だ。馬車の屋根と側面は鉄板で補強しておるし、盾を積んだ小型の荷馬車も同行させる。襲撃と同時に弩の発射方向に火矢を打ち上げ、周辺に配備している兵が一斉に反撃する計画だ。どう思う?」
フィンレーは弓の名手であるローリーに意見を求めた。
「例の弩の精度が不明なのが不安材料ではあるが、対策としては万全だろうな。ただ、馬車の車輪は補強出来ない。動けなくなった場合の護衛の配置は再度確認しておけよ、ローガン。俺は渓谷に差し掛かる手前の森に居る。弩の射程が2倍あれば、俺ならあそこから狙うからな」
ローリーはそう言うと警備隊に帰って行った。
「エステル、ローズの具合は?」
双子の寝室でローズを看病するエステルにジークフリートが声を掛けた。
明け方に、ローズの様子がおかしいとアベルがエステルのベッドに飛び込んで来たのだ。直ぐにマーリンと共に診察すると、高熱を出し脱水症状を起こしていた。念のため、隣のベッドで眠るアイリスも診察したところ、まだ微熱ではあるが発病していた。
「薬が効いて今は眠っています。アイリスの熱は微熱のまま小康状態です。二人とも明日は無理ですね」
「そうだね、エステルも二人に付き添ってやりなさい。具合が悪い時に母親が側に居ないと可哀そうだ」
ジークフリートはそっと愛娘の髪を撫でた。
「でもジーク、明日の警備を考えたら私は行った方が良いと思うわ。子供達はメアリーと侍医長にお任せしましょう」
エステルは明日の警護に漠然とではあるが不安を抱いていた。万全の対策を取っているとは思うものの、バルスが別れ際に行った忠告が小さな棘のように心に刺さっていたのだ。
「大丈夫だよ、近衛騎士の殆どと王都警備隊からも相当数が警護についているんだ。返って王城の守りが手薄で心配なくらいだよ。だから君は子供達と居てくれ、その方が安心できるから」
ジークフリートは愛娘のベッドの縁に座るエステルの髪に口づけを落とした。
当初の予定では、一台目の馬車にウィリアム王一家が乗り、二台目にジークフリート一家が乗る予定だったが、エステルと双子が王城に残る事になり、一台目にウィリアムとヘンリー、二台目にジークフリートとエリザベスが乗ることになった。
ローリー隊長が危惧していた渓谷手前の森のそばを何事もなく通過し、開けた場所に出てフィンレーが一息ついた時だった。ブンという不気味な音と共に、何処からともなく槍の様な物が飛来し、ウィリアムの馬車を引く馬の横腹に突き刺さった。
「襲撃だ!! 馬車を護れ!!」
フィンレーの叫び声に騎士達が二台の馬車の周りを取り囲もうとした時、またしても不気味な音と共に2本の槍がウィリアムの馬車に、1本がジークフリートの馬車に襲いかかった。鉄板で補強していたにも拘らず、全ての槍が馬車の側面を貫通していた。
「陛下!! 早く外に!」
続け様に襲い掛かる槍を搔い潜り、フィンレーが馬車のドアに手を掛けた時だった。飛来した2本の槍が馬車の車輪を吹き飛ばし、体勢を崩した馬車は渓谷側に傾いた。
「陛下!!」
ドアを開け、手を伸ばしたフィンレーにヘンリーを投げ寄こしたウィリアムは、馬車の側面を貫通した槍に下腹部と右肩を貫かれていた。
「ヘンリーとジークを・・・」
ウィリアムの声は馬車が崖に転落する音にかき消された。
「陛下!!」
ヘンリーを受け止めたフィンレーは、落ちて行く馬車をなすすべもなく見送るしかなかった。
「フィンレー将軍、奥の山です! 山から狙っているのです!!」
呆然自失のフィンレーの耳にアンソニーの叫び声が飛び込んで来た。その声で我に返ったフィンレーはヘンリーを荷馬車の陰に引きずり込んだ。攻撃は止む気配がなく、体制を立て直す術もなかった。
ジークフリートの馬車を護衛していたアンソニーは第一波襲撃の直後周囲を見渡した。予想していた射程内には身を隠せる場所はない。まさかと思いつつ奥の山に目をやると何かが光り、第二波・第三波と続けざまに槍が襲い来る。アンソニーはフィンレーに声を掛けながら弩で火矢を放つ。火矢は渓谷を飛び越えたが、アンソニーの腕をもってしても、コンウェルで作られた弩では山までは届かない。
フィンレーが渓谷の奥に広がる山に目をやると、キラリと光る物が見えた。
「くそ! あの近くに兵はおらん。だが、アルバスなら・・・」
フィンレーの言葉が終わらぬうちに、渓谷奥の森から山に向かって多数の矢が射かけられた。ローリーは攻撃が始まってすぐに山に向かって移動を開始していたのだ。ローリー隊の弩は刺客の弩ほどの威力はないものの、一斉反撃により飛来する槍は一旦途絶えた。
「今だ! 陛下をお助けしろ!」
フィンレーの掛け声に、数騎が崖を駆け下りた。その中に、ジークフリートを後ろに乗せたアンソニーの姿もあった。
【マーリン! 危ない!!】
シルフィーの絶叫とほぼ同時に、馬車の側面を槍が突き破った。咄嗟に唱えたマーリンの魔法のお陰で、槍は穂先が5センチほど突き抜けた位置で止まった。もう一瞬遅かったらエリザベスの脇腹に届いていただろう。
マーリンはジークフリートの護衛として二台目の馬車の中に居た。勿論、姿は消して。
二日前、マーリンとエステルは道沿いの妖精達に協力を頼んでいた。しかし、弩の射程がこれほどまでに長いとは思いもよらず、警告が直前になってしまったのだ。
マーリンは馬車の上に移動した。立て続けに槍が襲ってくる。
(こんな物を撃ち出す装置があったとは・・・ しかもあの山からだと!)
『使い魔』の状態ではマーリンの魔法も本来の威力はない。ジークフリートの馬車に向かって来る槍の角度を変えるのが限界で、ウィリアムの馬車にまで魔法を飛ばす余力がない。付近のシルフィー達も力を貸してくれるが、槍の勢いがあまりにも強く、僅かに勢いを落とせただけだった。
マーリンは魔法で馬車のドアを開けた。
「アンソニー、外の方が安全か?」
ジークフリートは外のアンソニーがドアを開けたと思い、エリザベスを抱いて馬車を降りた。アンソニーはジークフリートが自分の判断で出て来たと思い、馬車の脇に馬を並べて壁を作り二人を庇った。
槍が車輪を破壊し、ウィリアムの馬車が崖に向かって傾くのを見たマーリンは、力を振り絞って馬車に防護魔法をかけた。
(せめて車体が無事なら可能性はある・・・)
槍が既にウィリアムの身体を貫いている事を知らないマーリンは、望みを捨ててはいなかった。
兄の馬車が落ちるのを見たジークフリートは盾にしている馬に飛び乗ろうとした。
「殿下、ダメです! 的になります!」
火矢を撃ち終えたばかりのアンソニーが慌ててジークフリートを押し留める。
「離せ、アンソニー! 兄上を助けなければ!」
その時槍の飛来が止み、フィンレーの掛け声が響いた。
「では、私も行きます!」
アンソニーはジークフリートの前に飛び乗り、馬を崖下へと走らせた。
崖下に落下した馬車はマーリンの魔法のお陰でほぼ原型を留めていた。アンソニーとジークフリートが駆け寄りドアを開ける。
「兄上・・・」「陛下・・・」
二人は目の前の光景に絶句した。そこには二本の槍に貫かれ血まみれのウィリアムが居た。
ジークフリートが駈け寄り頬に手をやると、ウィリアムは薄っすらと目を開けた。
「兄上、しっかり! 直ぐに手当てしますから! アンソニー、医官を早く!」
意識があることにホッとしたジークフリートの目から涙が一粒零れた。
「ジーク、よく聞け」
貫かれた右肩を支えようとジークフリートが伸ばした左手を、ウィリアムが左手で強く掴んだ。
「兄上、今は無理しないで! 話は後・・・」
「いや、黙って聞け!」
更に強くジークフリートの手を握り締めると、ウィリアムは血を吐きながら叫ぶように言った。
「ジーク、『守護者』の元に『標』を聞きに行く時、必ずエステルを連れて行け! もし同席を断られたら、王位をエステルに譲ってでも彼女を『守護者』に会わせるんだ! 良いな、必ずだぞ! ジーク、約束しろ!」
「はい、兄上分かりました。分かりましたから、もう動かないで! くそ!血が止まらない、医官はまだか!!」
ジークフリートは血が止まらぬウィリアムの腹部の傷を右手で抑え、振り返って怒鳴った。
漸く崖を降りて来た医官がやって来たが、ウィリアムを一目見るなり声を無くした。
「早く治療を! 何をぼんやりしている!」
ジークフリートの叱責に医官は馬車に乗り込み、ジークの手を腹部から外した。ウィリアムの脈を取り、ジークフリートを振り返って深く頭を垂れた。
「殿下、残念ですが・・・ 陛下は既に息絶えておられます」
「何を言う! 今まで私と話しておられたのだぞ! あんなにハッキリと大きな声で! ほら、まだ私の左手をしっかりと握っておられる。 兄上!兄上! 返事をして下さい!」
ジークフリートは医官を押しのけウィリアムを揺さぶった。ジークフリートの左手を握ったまま、ウィリアムの首が力なく前後する。
「殿下・・・ これほどの出血、とても意識があったとは思えません。きっと陛下は殿下にお伝えになりたい事が有り、気力で耐えておられたのかと・・・ 本当に残念でございます」
医官はジークフリートをウィリアムから引き離し、馬車の外から見守っているアンソニーに目配せした。
「ジーク様、陛下を馬車から降ろして差し上げましょう。さぁ、こちらに」
アンソニーはジークフリートの手を引き馬車から降ろした。入れ替わりにもう一名の医官と騎士が乗り込んだ。槍を切り離し、ウィリアムを外に出す為だ。
他の場所を警備していた隊も異変に気付き、山に向けて攻撃を開始した。飛び交う矢を避けながら、マーリンは山に向かって飛んでいた。槍を撃ち出す程の強力な弩とはどんな物なのか、その目で確かめたかったのだ。
杭を地面に打ち込み台座を固定された装置は『弩』と呼ぶには異様な形をしている。台座のそばには槍を十数本積んだ荷車が残されていた。刺客は思わぬ反撃に装置を放棄して逃げ去ったようだが、そうとは知らぬ味方の兵達は矢を射続けていた。
「今から山を封鎖しても間に合わないだろうな・・・」
マーリンがそう呟いた時だった。
【そんなことないわよ、私がちゃんと『粉』を掛けておいたから】
声と共にミレニアが姿を現した。
【ミレニア、何でここに?】
【変な物を持ち込んだ者がいるって、ここいらの妖精達からドライアド様に苦情があったの。それで私が見に来たら、いきなり槍を飛ばし始めたのよ。驚いて付近の妖精達に避難するように声を掛けたら、襲われているのが貴方達だとシルフィーが知らせて来たの。止める手立ては無いけれど、犯人に目印を付けておこうと思ってね。どう、今から一緒に追いかける?】
マーリンは迷った。ジークフリートの無事は確認しているが、ウィリアムは・・・ 傷を負っているとしても、自分が魔法で治療する訳にはいかない。自分が戻っても役には立たないだろう。エステルは怒るだろうが、手ぶらで帰るよりはマシだ。
【行こうミレニア、案内してくれ】
マーリンはミレニアと共に山を下った。




