《 思いがけない来訪者 》
魔獣の再来も気になるところですが、思いがけない出来事がエステルを待っていました
ドライアドとの面会から数日後の早朝、バルスから手紙が届いた。3日前にコンウェルを出航したばかりのバルスからの手紙にエステルは動揺した。事故が起きたのではと急ぎ開いてみれば、至急お忍びで港に出向いて欲しいとの内容だった。詳しい事情も記さずに来訪を乞うとは、長い付き合いのバルスでも初めての事である。エステルはアンソニーだけを連れてバルスの船ヴァルナ号へと馬を駆った。
「急にご無理をお願いし、申し訳ございません」
桟橋で出迎えたバルスが深々と頭を下げた。
「いえ、大丈夫よ。余程の事情なのでしょう? 出航したばかりの貴方が戻って来るほどだもの」
エステルは深く被ったフードの奥から心配そうにバルスを見つめた。
「できればエステル様だけにお聞き願いたいのですが・・・」
申し訳なさそうに後ろに控えるアンソニーを見るバルスにエステルは頷いた。
「分かったわ。アンソニー、ここで待っていて頂戴」
エステルの言葉にアンソニーは無言で頷いた。
船長室の前まで案内したバルスがエステルを振り返った。
「エステル様、中に女性が一人おります。一昨日に外洋で救助した者なのですが、船長室に飾っているエステル様ご一家の肖像画を見て『姫様』と叫んだのです。王城に縁のある者かと思いましたが、話が嚙み合いません。エステル様が幼い頃、城で侍女をしていたと言うのですが・・・」
エステルはハッとした。
「その人の名は?」
「クレアと言います。お心当たりはございますか?」
「クレア・・・」
エステルの顔色が一瞬で変わった。
「ごめんなさい、バルス殿。私がクレアと話す内容は貴方にも聞かせられないようです。後程、話せる範囲で事情を話します。二人だけにして下さい」
「承知致しました。武器の類は部屋から取り除いていますが、万一の際は大声でお知らせ下さい」
エステルの反応を予想していたのか、バルスはそう言うと廊下の端まで下がって行った。
エステルは大きく深呼吸をするとフードを外して船長室のドアを開けた。
椅子に掛け、壁にかかった絵を食い入るように見つめていた髪に少し白い物が混じった女性がゆっくりと振り返った。
「エステル様?」
居る筈がない者を見たというように、クレアはポツンと呟いた。
【本当にクレアだ・・・】
マーリンが呟いた。
「本当にエステル様なのですね!! 20年も何処に居られたのですか!」
クレアはそう叫ぶと、エステルに駈け寄り縋りついた。
「クレア、最後に会ったのは、私の15歳の誕生祝の時かしら・・・ 『20年も』と言うことは、モードレッドの謀叛から20年後にこちらに来たという事?」
クレアを優しく抱き留めて、顔を覗き込みながらエステルが静かに尋ねた。
「エステル様、『こちらに来た』ってどういう意味ですか?」
クレアは不思議そうに聞き返した。
「クレア、まずは座りましょう。モードレッドの謀反から、海で拾われる迄の事を詳しく話して欲しいの」
エステルはクレアを椅子に座らせて、肩を優しく撫でながら問いかけた。
クレアは向かいに座ったエステルの手を握りしめたまま話し出した。
「モードレッド卿の謀反でアーサー様がご逝去され、エステル様も行方不明との発表にキャメロットの民は寄る辺を失い、ただ嘆くしかありませんでした。混乱の中20年が経ち、何とか暮らしが落ち着き始めた頃、急に空から星が落ちて来たんです。偉大な王であったアーサー様を裏切った者達への『天罰』なのだと皆が怯えました。私も一昨日『もうすぐ世界が終わってしまうのだ』と日に日に大きくなる星を見上げていたら、急に辺りが暗くなり気が付いたら海の中に浮かんでいたんです。訳が分からず慌てましたが、幸い海辺の生まれだった私は、幼い頃父から教わった事を思い出したんです。『海に落ちたらむやみに泳がず、じっと浮いていろ』と。すると暫くしてこの船が通りかかり助けられました。しかし、船長にキャメロットの事を話しても、そんな国は近くに無いと言います。取りあえず着替えるようにと通されたこの部屋で、あの肖像画を見たんです。お子様方はお小さい頃のエステル様の面影があり、この赤髪の女性はエステル様に間違いないと確信しました。なので、船長にどうしてもこの方に会わせて欲しいとお願いしたのです。姫様、お会いできて本当に良かった!」
クレアは堰を切ったように一気に話し終えた。
【星が接近した際に失踪した者の中にクレアも居たのか・・・ しかし、エステルが行方不明になって20年後に消えた者が、今こちらに現れるとは・・・】
マーリンが呟いた。
【そうね、私がこちらに来てから12年ちょっと。やはり時間の流れがおかしいわね】
「エステル様、ここはどこなのですか? それに、私とは10歳違いなのですから、エステル様は今37歳ですよね、随分お若く見えますが・・・」
黙ってしまったエステルにクレアは不安そうに問いかけた。
「クレア、大変な思いをしたわね。でも、私と会えたからもう大丈夫よ。だから落ち着いて聞いて欲しいのだけど、ここは私達が住んでいたキャメロットとは『別の世界』なの。謀反の時キャメロット城で殺されそうになった私を、マーリンが魔法で助けてくれた際、どういう訳か『別の世界』に来てしまったの。クレアの場合、何が起きたのかは分からないけれど、とにかく無事で良かったわ。ねぇ、クレアは今47歳かしら? こことあちらでは時間の進み方が違うみたいでね、私は17歳でここに来て12年ちょっとなのよ」
エステルは噛んで含める様にゆっくりと説明をした。
「『別の世界』・・・ マーリン様の魔法でエステル様は『別の世界』に来てしまわれたと・・・ では、私たちの故郷はあの星が落ちて滅んでしまい、そのせいで私がここに・・・」
クレアはエステルが話した内容を噛みしめる様に呟いた。
「いえ、星は落ちず大きな災害は無かったと聞いているわ。ただ、貴女のように巻き込まれた人が居たらしいとは聞いていたけど・・・」
エステルは以前マーリンから聞いていたことを答えた。
「『聞いている』って、どういうことです!」
突然クレアが大きな声を上げた。
(しまった!)
エステルは息をのんだ
「エステル様、『別の世界』と言われたのにキャメロットの事が何故お分かりになるのですか! 行き来ができるのですか?! だったら、私を帰して下さい!」
クレアはエステルの腕を激しく揺さぶった。
「ごめんなさいクレア、私の言い方が悪かったわ。だから落ち着いて! 残念だけど帰る方法は分からないのよ。分かっていたら私は当然ここには居ないわ、すぐにでも父上の志を継ぐためにキャメロットに戻る筈でしょ。さっき言ったのはね、マーリンの魔法のお陰で向こうの様子を少しだけ知ることが出来ただけなの。でも、それも今は出来なくなっている。ねぇ、クレア。私がここに来た時は独りぼっちだったけれど、12年の間に頼れる人も出来たから、クレアの手助けも出来ると思う。幸い、ここコンウェル王国は言葉も文字もキャメロットと同じなのよ。だから、私の所に来てくれないかしら。この船は遠い東の国へと帰らないといけないの」
エステルはクレアの腕を優しくさすりながら声を掛けた。
「星は落ちなかったんですね・・・ だったら私の家族や友人は無事って事ですよね」
クレアは小さな声で呟いた。
「えぇ、マーリンがそう言っていたわ。ご家族の消息を確かめることは出来ないし、貴女が無事だと伝えることも出来ないけれど・・・」
(彼女の周囲に居た人達も、消息を絶っている可能性もあるのだけれど)
エステルは多くの人間が消息を絶ったと知っていたが、そう答えるしかなかった。
「私が何故ここに来たのかは分かりません。でも、私を助けてくれた船にエステル様の絵があり、貴女様にお会いすることが出来たのは神のご加護です。エステル様をお頼りしても宜しいですか? またお仕えさせて頂ければ嬉しいです」
下を向いて暫く考えていたクレアは、エステルの瞳をしっかりと見据えてこう答えた。
「そうね、広い海で私の友人の船に助けられたのだもの。クレアにはきっとご加護が有ったのだわ。バルスと少し話をしてくるから、ここで少し待っていて頂戴ね」
エステルは彼女の手を両手で包んで微笑みかけた。
船長室を出て廊下を進むとバルスが待っていた。
「有難うバルス、私の知り合いに間違いないわ。彼女は私が引き取ります。今日は馬で来てしまったから、アンソニーに馬車を取りに行かせるわ。もう暫くこちらで待たせてね。あと、貴方とも少し話がしたいの。午後、館の方に来てもらえるかしら?」
「畏まりました。2時頃でよろしいでしょうか? しかしエステル様、今回の件についてのご説明でしたら不要でございますよ。私は遭難者を救助しただけ。無事に知り合いに引き合わせたなら、それ以上関わることはございません」
複雑な事情がありそうなことを予想しているようで、バルスはエステルにそう告げた。
「クレアの件だけではなく、貴方に聞きたい事があるのよ。質問を聞いた上で答え難い事だったら断ってくれて構わないから」
エステルは東の国でも不可解な『訪問者』や『魔獣』らしきものの目撃が無いかを尋ねようと思ったのだ。
「畏まりました。2時にお伺い致します」
「有難うバルス。ではアンソニーに馬車を手配させるわ」
バルスにそう告げると、エステルは甲板で待つアンソニーの所に向かった。
「アンソニー、バルスが助けた遭難者が、私の『昔の』知り合いだったの。館で面倒を見ようと思うけれど大丈夫かしら?」
エステルは小声でアンソニーに告げた。アンソニーにはジークフリートとの婚礼後にエステルの特殊な境遇についても打ち明けていたので、『昔の』と表現すれば直ぐに気付いてくれた。
「部屋はいくらでもありますが、世話する者が居りません。事情を知らない者をそばにはおけないでしょう」
アンソニーは困ったようにエステルに答えた。
子爵位授与の際に下賜された館にはアンソニーの他には管理人のトーマス老人と妻サラが居るだけだった。アンソニーもほとんど王城内におり、客人としてバルスが滞在することはあるが、その際は船から料理人や側仕えを連れて来る為、老夫婦だけで事足りていたのだが、クレアを住まわせるとなると人手不足と言えた。
「まずはサラに頼るしかないわね。サラなら何を聞いても上手く対応してくれるでしょう。後でアレックスに相談して信用できる侍女を紹介してもらいましょう。では、馬車をお願いね」
アンソニーは頷くと直ぐに館へと馬を走らせた。
クレアを伴って館に着くと、トーマスとサラが玄関で出迎えた。アンソニーが『特別な事情の客』と説明をしておいた為、何も聞かず笑顔で出迎えてくれた。クレアの為に用意された部屋には、着替えや日用品なども既に揃えられていた。アンソニーの指示でサラが近所に住む孫娘に買い出しをさせたらしい。
「クレア、ここは私の個人的な屋敷だから気兼ねなく過ごしてね。私がマーリンから医術を教わっていたのは知っているわね。よく眠れる薬湯を用意しておくから、昼食をとったら、まずは何も考えずに体を休めて頂戴。私は仕事があるから明日の昼頃に会いに来ます。必要な物があればサラに遠慮なく言ってね」
エステル自らクレアを部屋に案内し、茶の支度を始めたサラに目をやる。
「はい、エステル様、お世話になります。あの、明日はもう少しこちらのことについて話して頂けますか?」
整えられた部屋を見てクレアは少し落ち着いたようだったが、エステルと離れるのは不安なようだった。
「気持ちはよく分かるわ。でも、一度に何もかも知ろうとすると混乱するから、少しずつね。クレア、私がついているから何の心配もいらないわよ。では、サラお願いね」
サラは手にしたポットを一旦テーブルに戻し、エステルにゆっくりと頭を下げた。
クレアの部屋を後にしたエステルは階下で待つトーマスの元に向かった。
「急な来客で迷惑を掛けるけれど、私が子供の頃にとても世話になった人なの。聞きなれない事を話すかもしれないけれど、聞き流して他言しないように。それだけは必ず守ってね」
「お任せ下さいませ、エステル様。サラも心得ております」
トーマスはにこやかに頷いた。
「私は一度王城に戻るけれど、2時頃にバルス殿が見えるから書斎にお通ししておいて頂戴」
王城に戻ったエステルはジークフリートとウィリアム、さらにアレックス、アンソニーも交え、今回のクレアの件を報告した。信じ難い内容に、皆驚きを隠せなかった。加えて、バルスにも『異世界』について話すつもりだと打ち明けた。
「バルスにはどこまで話すつもりなのだ? 信用できる御仁だとは思うが・・・」
ウィリアムの言葉に他の三人も頷いた。
「私もクレアと同じ処から来たことを認め、『異次元と繋がる通路』が開く可能性を話すつもりです。その上で、魔獣についても話そうと思います。バルスは広く世界を回っていますから、何処かで不思議な動物を見たという話や、突然現れた人間が不可思議なことを言った等の噂話を聞いた事があるかもしれません」
「しかし、我が国もですが、アイルレアでも魔獣の件は内密に処理しています。恐らく他の国でも同様なのではないでしょうか」
アンソニーは情報が得られることについては懐疑的だった。
「確かに表向きはそうだろう。我が国の場合は初めて遭遇した際、民の目に触れずに処理出来た事が幸いし、情報操作が出来た。しかし、人の目に触れていれば必ず噂にはなる。商人達はそういう噂にはとても敏感だから、情報が得られる可能性はあるだろう」
アレックスはエステルの考えを支持した。
「分かった。バルスに『通路』とエステルの身の上を話すことを了承しよう。魔獣の出現が今後どのようになるか分からないが、広く情報が得られれば対策に役立つだろう」
ウィリアムの言葉に皆が頷き、エステルは急ぎ館に戻って行った。
自身の故郷からの訪問者に、ますます困惑するエステル
この先、何が彼女を待ち受けているのでしょうか




