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《 脅威再び 》

仕事と子育てに奮闘するエステルに、再び『脅威』が・・・


国立の無料診療所設置や巡回診療は拡大したものの、エステルは未だに僻地に自ら赴いていた。


「母上、今度は何日くらい係るのですか?」

もうじき4歳になる双子の姉アイリスが母エステルに尋ねた。


「そうね・・・ アイリスとローズのお誕生日の数日前には帰れるかしらね」

荷造りの手を止めてエステルが答えた。


「だったら、お誕生日のケーキは母上が作って下さるよね!」

アイリスよりやや小柄な妹ローズが嬉しそうに声を上げた。


「勿論よ。ちゃんと間に合うように帰るわ」

エステルは愛娘二人の頭を優しく撫でた。双子ではあるが、アイリスの顔立ちは全体的に母親似、ローズは口元がジークフリートに似ている。髪色は二人とも濃い金色で瞳の色はエステルそっくりの濃いサファイヤブルーだ。髪色と瞳の色はアーサー譲りだとエステルは喜んだ。


「アイリス、ローズ、アベルと一緒に庭で遊んでいらっしゃい」

エステルは二人の愛娘を忠実な従者と共に庭へと送り出した。夫と義兄ウィリアムを交えて、これから重要な話があるのだ。



アベルはあの件から半年ほどでエステルの元に戻っていた。


巡回診療支援の為ラスゴーへと向かう途中、マーリンがエステルに呼び掛けた。

【少し先の大木で馬車を停めて。アベルが帰ってきたようだ】


急いでエステルが馬車の窓から外を見ると、白い花を咲かせた大木が目に入った。

「アンソニー、あの木の所で一休みしたいわ」

すぐ横で馬を駆るアンソニーに声を掛け、エステルは馬車を降りた。


木の根元に何かが居た。近づくと茶虎の猫が蹲っており、近づいても微動だにしない。怪我でもしているのかと手を差し伸べると、その体の下から真っ黒な子猫が這い出て来た。全身真っ黒かと思ったが、右前足の先だけが白かった。


【ただいま、エステル。今戻りました、マーリン様】

エステルの頭の中にかつての従者アベルの声が響いた。

【おかえり、アベル】

差し出したエステルの手に子猫は嬉しそうにじゃれついた。茶虎の猫は既に息絶えていた為その場に埋葬し、エステルは子猫を抱いて馬車に戻った。


【アベル、マーリンと同じように話せるのね?】

【うん、もう7度目の命だからね。そこいらの猫とは格が違うのさ】

えへんと言うように胸を張った小さなアベルが可愛すぎてエステルは声を上げて笑った。


「エステル様、どうかなさいましたか?」

馬車の外にもエステルの笑い声が聞こえたのだろう、アンソニーが声を掛けて来た。


「なんでもないわ。この子、アベルと生き写しなの。だから名前はアベルにするわ」


嬉しそうな女主人の声を聞いて、アンソニーは命がけで主を守った小さな『従者』を思い浮かべた。




「エステル、どうしても行くのなら護衛をもっと増やしなさい。アレックスも調査の為に派遣するつもりだから」

共に茶を飲んでいたウィリアムが、双子がかなり離れたのを確認して険しい顔で言った。


「アレックスの調査が済むまで君は行かないほうが良いと思うよ。薬の補充はそれからでも間に合うだろう?」

ジークフリートは出発を後らせるようにと勧める。


今回エステルが向かう予定の西の村落近くで、家畜の大量被害が報告されているのだ。その地域には元々強力な獣はおらず、『魔獣』の仕業ではないかとの懸念があった。


「万一に備えて訓練は積んできましたから、騎士でも駆除は出来ると思います。しかし、『魔獣』の仕業ならば、討伐後、『通路』の対処は私にしか出来ないのです。ですから、あの地域の民の安全の為には私が出向くべきです。ご心配されずとも大丈夫です、今回はアンソニーも連れて行きますし、装備も整えていますから」


エステルは心配する夫と義兄を説得して予定通り旅立った。マーリンは同行したが、アベルは双子の元に残している。

通常の僻地診療には騎士2名と御者が同行するが、今回はアンソニーとアレックスの他、腕の立つ近衛騎士5名が同行する。武器も通常の弓の他、弩もアンソニーと2名の騎士が携帯し、予備の剣も各自が準備している。かなりの重装備だ。



家畜が姿を消した放牧地のそばまで来た。噂を聞いてか、途中の道は人気が無かった。


【マーリン、付近に気配は?】

エステルは姿を消して同行しているマーリンに声を掛けた。


【今の所怪しい気配はないよ。ただ、この先に瘴気が濃い所があるね】


【魔獣と出会わなくても、後で瘴気の浄化だけはしておきましょう。私だけこっそり抜け出せるかしら・・・】

エステルが思案していると、マーリンが鋭い声で警告した。

【待て、気配が現れた! 右前方の茂みの奥だ】


「止まれ! 右の茂みで何か動いたわ、戦闘準備を」

エステルは鞍から弓を取ると馬上で矢を番えた。エステル以外は馬を降り弓と弩を構える。


低い唸り声と共に、真っ黒い巨大な犬が姿を現し道を塞いだ。相手もこちらの人数を見て警戒しているようだった。エステルが矢を放とうとした刹那、前方から不気味な遠吠えが聞こえた。


【まずい! この先には村があるわ。マーリン、先に行って村を守って!】


【足止め程度ならいいが、攻撃魔法を使うのは不味いだろう】


【足止めだけで良いわ。ここはアンソニーに任せて私もすぐに向かうから】


マーリンの気配が遠ざかって行くと、エステルは弓を構えたままアンソニーを側に呼んだ。

「アンソニー、私が右目を狙うから、当たったら直ぐに弩で右前足の付け根を狙ってちょうだい。アイツの意識が右側に向いた隙を狙って横を駆け抜けます。弩を持つクリスとロバートにも私に続くようにと伝えて。ここは貴方に任せるわ、アイツに仲間に知らせる隙を与えないで」


アンソニーが差配する間、魔獣は動きを見せない。先行した魔獣が村を襲う間、こちらを足止めするつもりなのだろうか。そう思った矢先、マーリンの声が脳裏に響いた。

【こっちは2頭、かなりデカいぞ。村の手前で足止めしてる】


【分かった、直ぐ向かうわ】


エステルはアンソニーに目配せすると、魔獣の右目に向け矢を放った。見事命中し、魔獣が唸り声を上げ右前足で矢を外そうとする。上げられた右前足の付け根を狙ってアンソニーが弩を放つ。毛が薄い場所に深々と突き刺さった弩の威力に、魔獣は上体を右に傾け蹲る。

その隙を見逃さず、エステルは馬に鞭を当て魔獣の横をすり抜けた。後に続く騎士二人も魔獣が体勢を戻す前にすり抜ける。彼らの後を追おうと向きを変えた魔獣の右横腹に更にアンソニーの弩が襲い掛かる。右半身に大きなダメージを受けた魔獣は空を見上げた。


「まずい、遠吠えさせるな!」

アレックスの叫び声に、残る3名の騎士が魔獣の眉間目掛けて矢を放った。



【マーリン、魔獣は今どこ?】

全速力で馬を走らせながらマーリンに声を掛ける。


【村のすぐ手前の草原だ。電撃を食らわせたら村からの攻撃だと思ったようで、警戒して止まっている】


【有難う、直ぐに着くわ】


「クリス、ロバート、魔獣の姿が見えたら弩で頭を狙って。外れても良いからこっちに注意を向けたいの」

速度を落とさず、エステルは後ろに続く騎士に指示を出す。


「「了解しました!」」

エステルがジークフリートの武術指南をしていた頃からの顔見知りの近衛騎士二人は、村から引き離したいと言うエステルの意図を直ぐに汲み取った。


エステルの指示通り、射程距離に入るとすぐに二人は弩を放った。よく訓練された馬達は魔獣を目の当たりにしても少しも怯えない。一射は魔獣の鼻を横からかすめ、一射はもう一頭の耳の根元に突き刺さった。魔獣たちは突然の後方からの攻撃に狼狽え、体制を低くし唸り声を上げる。


「二人とも見事よ。二射目は彼らのどちらかが私に飛び掛かろうとした時、訓練通りにね」

そう言いおくと、エステルは馬から下りた。予備の剣をベルトの後ろに差し、愛剣を抜き放ってゆっくりと魔獣に向かい移動する。


群れをなす獣は連携して狩りをする。仲間が獲物の気を引き、一頭が隙をつき止めを刺す。さて、二頭のうちどちらが先に飛び掛かってくるか。耳の根元に弩の矢が刺さっていては口が開けにくいだろう。恐らくそちらが囮役。騎士二人を信じ、エステルは鼻を負傷した一頭に神経を集中する。


(相変わらず無茶をする・・・ エステルの読みは正しいだろうが、念の為に口を塞いでおくか)

そう呟いてマーリンは飛び掛かってくるであろう魔獣に魔法をかけた。


エステルと魔獣の距離が5メートルを切った時、矢が刺さったままの魔獣が駆け出し高く飛びあがった。同時にもう一頭が低く疾走してくる。エステルは飛び上がった魔獣には目もくれず、低い体勢で剣を魔獣の顎目掛けて突き出す。

ほぼ同時に騎士二人が飛び上がった魔獣の横腹目掛けて弩を放った。剛毛で覆われているとは言え、近距離から強力な弩の二射を同時に浴びては堪らない。ギャンと苦鳴を上げて草地に落下する。

エステルに顎を貫かれた魔獣は剣で口を串刺しにされながらもまだ立っていた。エステルは背中から予備の剣を取ると鞘から抜き放った。牙を封じられた獣が次に繰り出すのは爪である。魔獣はエステルに向かって右前足を振り上げた。その刹那、下に潜り込むように身をよじったエステルは魔獣の心臓を斜め下から貫く。直ぐに剣を手放し、魔獣の下敷きにならぬよう横に転がり出る。


落下した魔獣の元にはクリスが駆け付け、至近距離から頭部に弩を放つ。一方、ロバートはエステルに駈け寄り、起き上げるのに手を貸した。


「エステル様、次からは私が魔獣と対峙します。その為に訓練を積んできたのですから。エステル様に魔獣二頭が襲い掛かる様を見ているのは心臓に良くありません!」

ロバートが渋い顔でそう言うと、クリスも側に来て汗をぬぐう。

「こんな場面、ジーク殿下やウィリアム殿下がご覧になったら、我々の首が飛びますよ。お願いですから、次からは後方で指示だけ出して下さい」


「でも二人は剣よりも弩のほうが得意でしょ、適材適所だわ。代わるとしたら、私と10合以上打ち合えるようになってからね」

微笑みながらもっと鍛錬しろと言うエステルに、そんな無茶なと肩を竦める二人だった。


【僕もエステルには後方に居て、指揮を執るだけにして欲しいな】


【私がそうしないことを、マーリンが一番よく分かっている筈でしょ!】

そうだったと言うようにマーリンが苦笑する気配がして、エステルはフッと頬を緩めた。



追いついたアンソニー達と合流し、エステルは薬剤を積んだ荷馬車とクリスだけを連れて村に向かうことにした。手前の魔獣の死骸は騎士を一人残して見張らせており、近くの砦に後始末の為の人員を呼びにアレックスが既に向かっていた。


「アンソニー達は手分けして道を封鎖して。魔獣を民に見られたくないから、アレックスが応援を連れて戻るまで誰も近寄らせないように。私は明日の昼頃まで村で診察をします。三頭以上いるとは思えないけれど、念の為に重装備の捜索隊を周辺に配備するようにとアレックスに伝えてちょうだい」


「エステル様、護衛をもう少しお連れになったほうが。クリス一人では心配です」

アンソニーが心配して進言するが、エステルは断った。


「明日、迎えに来てくれたら良いわ。診察と処方箋の準備でどうせ徹夜になるから、護衛は一人で十分よ」

夜中にこっそり付近のシルフィーに頼んで、瘴気が濃い場所へ案内してもらうつもりのエステルは、見張りが多いと困るのだ。心配顔のアンソニーを残してエステルは村に向かった。


今回、濃い瘴気が立ち込めていた場所は廃坑だった。十数年前まで鉄鉱石を採掘していたが、鉱脈に沿ってこれ以上掘り進むとアイルレア側に入る恐れがあった為、掘る方向を変えたが採算に合うほどの量が取れず放棄された場所だと言う。瘴気を払った後、マーリンの魔法で坑道を完全に封鎖した。


【シルフィー、ドライアド様にお会いしたいの。10日後に王城にある『聖域のドア』を開けて欲しいとミレニアに伝えてもらえないかしら】

エステルは案内してくれたシルフィーに頼んだ。

婚姻前、アエネーイスとドライアドの助けを借り、各地を浄化して回ってからかなりの年月が経っている。他にも悪化している場所がないか、調査をドライアドに依頼する必要がある。



エステルは予定通り王城に帰り、娘たちの誕生祝のケーキを作った。

祝いの宴の夜、娘たちを寝かしつけると、エステルは別に焼いておいた菓子を持って薬草園に向かった。薬草園には特別な木が植えられている。ドライアドが管理する『森の聖域』に通じる特別な木だ。エステルが王城に移る際、アエネーイスを通じて授けられた苗木はあっという間に大きく育ち、ミレニアの助けがあれば『聖域』へのドアを開けることが出来た。


【迎えに来たわ、エステル。何か凄く良い匂いがするわね】

木の根元にミレニアが現れた。


【久しぶりねミレニア、来てくれて有難う。一緒に食べようと思って、お菓子を焼いて来たのよ】

エステルは笑顔でミレニアと共にドアを潜った。




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