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《 異国の商人 》

王子妃となっても城でじっとしているエステルではありませんね


王子妃として城に入ったエステルだったが、多くの時間を城の外で過ごしていた。治療師養成所の講師の他、ラスゴーで始めた巡回診療を軌道に乗せる為、頻繁に地方へ出向いていたのだ。


エステルが久しぶりに王城内に作った薬草園の手入をしていると、侍医長ガラハッドが尋ねて来た。来月卒業を控えた養成所三期生の配属相談だった。


「軍への配属希望者は何人だったのですか?」

エステルは薬草籠を手にガラハッドと共に歩き出した。


「10名でございます。残りの8名は地元に帰って開業すると申しております。今回は僻地出身者5名を特待生として入学させましたが、全員が地元に帰ります。治療師が居ない地区が少しでも減れば殿下方のご尽力が報われますな」

ガラハッドは顔を綻ばせた。


「僻地での開業は大変ですから、資金援助の件もジーク様と相談しておきましょう。ラスゴーですら私の治療院は当初火の車だったのですから」

当時を思い出し、エステルは肩を竦めた。


「しかし、そのお陰でエステル様が武術大会に参加され、殿下方とお会いになられたのですからな。もしも、エステル様がラスゴーの治療院で一財産築かれていたら、養成所は出来ず、多くの優秀な治療師は誕生しなかった。『医』は『仁』とのエステル様のお心がけのお陰です。卒業生たちもそのお心を継いでくれると嬉しいですな」


「その為にも、軌道に乗るまではしっかり援助してあげないと。さて、今年度の卒業生の配属ですが、このように考えています」

自身の書斎に侍医長を招き入れると、エステルは一枚の計画書を机の上に広げた。そこには卒業生の8割を3つの砦に配属し、地域住民の無料診療および近隣の巡回治療を行う計画が記されていた。残る2割は王都の治療師養成所で講師助手として勤務しながら更なる研鑽を積ませる。数ヵ月ごとにローテーションを組んで全ての場所を全員が経験し、治療水準が偏らないようにと記されていた。


今後、この方式で同一水準の優秀な治療師が多数育成されれば、貴族領からの派遣要請も受け入れ、資金援助も得られるようになるだろう。そうなれば、意欲がある者に奨学金や開業資金の補助も出来る。とは言え、王国全土に恩恵が行き渡るにはまだまだ長い時間が必要だ。現状は付近に薬店すらない村も多く、エステルは時間を作っては僅かな従者のみを連れて自ら治療に赴いていた。



コンウェル王国北部山岳地方の村は良質の毛織物を産する。人を寄せ付けないほどの山深い場所で飼育された羊毛は上質で、勤勉な村人によって精巧な織物として仕上げられていた。一年の三分の一近くを雪に閉じ込められるその地方に、エステルは雪が降り始める前に必ず立ち寄った。雪解け迄の長い期間の薬と滋養豊かな保存食を届ける為だ。


「エステル様、いつも有難うございます。お陰様でこの冬も安心して過ごすことが出来ます」

村の集会所に山と積まれた薬と保存食を前に、村長はエステルに深々と頭を下げた。


「今年は雪が多いだろうと王城の星読みが言っていたので、風邪薬と体を温める薬膳茶を多めにしています。もし重症者が出た場合は、麓の町に治療師が巡回するから使いを出すように。後、先程診察した子供の薬は手元に無かったので、従者に取りに行かせました。届き次第、母親に飲み方の説明をしましょう」

エステルがそう言って集会所を出ようとした時、外で女達の悲鳴が響いた。


「何事でしょう! 見て参りますのでエステル様はこちらに!」

村長が慌てて外に飛び出すと同時に、剣を打ち合う音が響いて来た。


「私を買い付けの商人と勘違いしたのかしら・・・」

エステルは動き易い様に外套を脱ぎ、腰の剣を確かめながら外へと歩き出した。


雪が降る前、多くの商人がこの地方の村を訪れ、毛織物を買い付けて行く。その代金を目当てに村に向かう商人を襲ったり、村を襲い代金を奪う盗賊がこの時期暗躍していたのだ。付近の砦から巡回の兵士を出してはいるが、なかなか取り締まれていなかった。


エステルが集会所の玄関に立つと、眼前の広場で村の若者数名とエステル一行の御者が賊達に立ち向かっていた。いかんせん多勢に無勢、村人を背にじりじりと後退していた。


エステルは集会所に繋いていた自身の愛馬と、荷馬車から外し水を飲ませていた2頭の馬を解き放ち、マーリンに話しかけた。

【マーリン、馬達に盗賊どもを蹴散らすよう頼んで頂戴。少しくらいなら怪我をさせても構わないからと】


【お安い御用だ】

マーリンは動物とも会話が出来る。

馬達はつぶらな黒い瞳をエステルに向けると、一声嘶いて賊の只中に突っ込んで行った。後背からいきなり3頭の馬が突入し、10人ほどの賊達は慌てふためき剣を取り落とす者、頭を抱えて蹲る者と大混乱に陥った。

賊を蹴散らした馬達はエステルの元へと戻り、守るように左右に並んだ。


「観念して剣を置きなさい!」

エステルは愛馬の鬣を優しく撫でながら賊達に降伏を促した。


「フン! たかが暴れ馬3頭と碌に剣も使えねぇ若造数人で俺達と戦おうって言うのか? アンタ、中々の美人じゃあるが、その赤髪のお(つむ)はあまり利口じゃねぇようだな~」

賊の頭目(とうもく)らしき大男がエステルを睨むと剣を振り上げて怒鳴った。どうやら他国から入り込んだ賊らしく、エステルの真紅の髪を見ても王子妃だと気付かないようだ。


「一応警告はしたわよ」

そう言ってスラリと腰の剣を抜き放ったエステルが静かに賊に向かって歩き出すと、両脇の馬が嘶き再び賊に向かって突っ込んで行った。

馬達に蹴散らされながらも数人の賊がエステルに向かって切り掛って来た。舞うように剣を振るエステルの前に次々と賊が切り伏せられていく。エステルは賊と言えども急所は避け肩や足を狙っている。呻いて蹲る賊を村の若者と御者が手際よく取り押さえ縛り上げていく。


【今回も僕の出番はないみたいだね。困ったお妃様だ】

マーリンの笑い声がエステルの脳裏に響いた。


僅かの間に、頭目を含め立っている賊は僅か3名となった。


「ねぇ、そろそろ降参したら?」

剣を肩に担ぎ、小首を傾げてエステルが賊に尋ねる。


「馬鹿言ってんじゃねぇ! 小娘相手に俺が出る幕もねぇと思っただけだ! あっと言う間に片付けてやる!」

流石に頭目だけあって、数回はエステルと剣を打ち合った。大きく跳躍して頭目が振り回す大剣を避けた際に髪を束ねていたリボンが解け、エステルの美しい赤髪が風に靡いた。


その時、広場の入口に異国の装束を纏う偉丈夫が呆けたように立っている事にエステルは気が付いた。

「そこのお方、盗賊の加勢なの? そうでなければ手を貸す場面ではないのですか?」


凛としたその声にようやく我に返った偉丈夫は徐に腰の大刀を抜き放つと、エステルの背後に回ろうとしていた賊の二人をあっと言う間に切り伏せた。

その間にエステルも頭目の大剣を叩き落とし、鳩尾に剣の柄を打ち込み膝をつかせていた。



盗賊達が取り押さえられると、建物に隠れていた村人達が次々と姿を見せ、村長を筆頭にエステルの前に跪いた。

「エステル様、有難うございます。お怪我はございませんか?」


「そちらの方のお陰で大丈夫よ。それより、村の者に怪我人はいませんか? 治療しますから集会所に。賊の怪我も診ますから、縛ったまま連れて来て下さい」

エステルは剣を一振りして血糊を払うと鞘に納めた。


「エステル様が賊の治療までなさるのですか!」

村長の後で控えていた村の若者が驚いて声を上げた。


「確かに賊ではありますが、傷が治ったらしっかり働いて罪の報いを受けて貰いますから」

村人に答えたエステルは、異国の装束の偉丈夫の元へと向かった。


「旅のお方とお見受け致します。ご助成頂き有難うございました」

エステルが深々と頭を下げると、後を追って来た村長が慌てて声を掛けた。

「エステル様、このお方はバルス殿と仰って、毛織物の取引をしている東のお国の方です。 この盗賊共は今朝バルス殿が立寄ったのを見て、村に金が入ったと思い襲って来たのでしょう。 バルス殿、どうして戻ってこられたのですかな?」


村長の問いにバルスは馬の鞍から香辛料の袋を取り出し、今朝一袋渡し忘れていたのだと説明した。寒い季節、身体を温める香辛料は貴重だ。


「バルス殿が村人を案じて下さったお陰で、私も命拾い致しました。重ねてお礼を申し上げねばなりませんね」

エステルがニッコリと笑いかけた。


「命拾いなどと、とんでもない。貴女様ほどの腕前なら、あの三人を倒すのも時間の問題だったでしょう。要らぬお節介だったやも知れません。紋章入りの剣をお持ちという事は王国騎士団の方ですか?」 


バルスの言葉を聞いて、村長が困った顔をした。


(おや、身分を聞いては拙かったのか?)


バルスの心の声が聞こえたかのように、エステルが姿勢を正した。

「恩人に自己紹介もせず失礼致しました。私はエステルと申します。夫はコンウェル王国の第三王子で、一応は『妃』と呼ばれる身ですが、常よりこうして村々を廻って病人の世話をしております。今日は手持ちの薬では足りぬ物があり、従者2名を近隣の町へと使いに出したところにあの賊共が現れた為、自ら相手をしておりました。多少は剣の心得はございますが、なにせ多勢に無勢、長引けばどうなっていたか分かりません。ご助成に心から感謝致します」

改めて深く頭を下げるエステルに、バルスは慌てて膝を突こうとしたが、エステルに止められた。


「貴方は異国のお方、私の身分に膝を屈する必要はありません。私はもともと市井の治療師でしたから、城に居るよりこうして村々を廻るのが好きなのです。ところで、バルス殿は商人と言われたが、随分と立派な剣をお持ちなのですね」

エステルはバルスの腰の大刀に目をやった。


「御覧の通りの厳つい風貌の為に、初めて立ち寄った所では警戒されることも度々です。 確かに商人になる前は軍を率い血生臭い内戦も経験しております。遠く異国をめぐる商売では盗賊に出会う事も多く、愛刀を手放したことはございませんので、恐ろし気に見える事でしょう。ご気分を害されましたらご容赦下さい」


「長旅をしておられたら危険な事も多いでしょう。こちらではあまり見かけない剣でしたし、太刀筋も少し違う様な・・・ 東国の流儀なのでしょうね。異国の方とお会いできたのも何かのご縁、コンウェルをお立ちになる前にゆっくりお話が出来ると嬉しいのですが・・・」


エステルの申し出に、バルスは王都での宿泊先を伝えた。後日、エステルのみならず、第三王子までもがお忍びでやって来たうえ、エステルと模擬戦をさせられるとは夢にも思わずに・・・




「あれからもう何年になるのかしら?」

久しぶりに城に尋ねてきたバルスに、エステルが話しかけた。東屋の外では3歳になる双子の姉妹が、バルスからもらった異国の玩具に夢中になっていた。


「そうでございますね・・・ 5年程でございましょうか? 今でもあの時のお姿を思い出します。エステル様はまるで女神ヴァルキュリアの如く優雅に剣を振るっておられ、つい見とれてご助成が遅れ、お叱りを受けてしまいました」


「戦女神は言い過ぎよ、バルス。今ではこの子達の世話にかかりきりで剣を振る時間も無いわ」

エステルは歓声を上げ走り回る姉妹に目を向け笑った。


(かつては市井に居られたとしても、妃殿下が自ら剣を振るって賊を倒すのは、ふつうは有り得ない事なのですよ)

バルスは愛娘達に向かって微笑む美しい赤髪の麗人を見ながら心の中で呟いた。



バルスもまた国を背負う立場として生を受けた。

バルスの故国は一夫多妻制で、バルスの母は正妃だったが、バルスが2歳の時に帰らぬ人となった。後に正妃の座についた女性にはバルスより年上の二人の王子が居たが、国王はバルスが10歳になると王太子に据えた。しかし、その直後から食事に毒が混入したり、寝所に毒蛇が置かれる等の事件が続いた為、バルスの身を案じた国王は、王太子の身分のまま、宰相に命じて人の出入りが制限された修行場に行かせ、剣と政治を学ばせた。


バルスが16歳の時、異母兄二人が謀反を起こした。国王を弑し、即位を宣言したのだ。忠臣達は王太子バルスの元へ集結し賊軍と対峙した。1年に渡る激しい内戦の末、事態は思いがけない展開を見せる。バルス派、異母兄派が共に疲弊する中、中立の立場を取っていた亡き国王の従兄弟が、突如王城と主要都市を占拠し、新たな国家の建国を宣言したのだ。疲弊した旧王国両派からは離脱者が後を絶たず、新国家は成立した。

バルスは亡き母の縁者を頼り隣国に逃れた。同行した家臣の中には国を取り戻すべきだと主張する者もいたが、バルスは王族の身分を捨てると宣言した。少しばかり持ち出せた財宝を家臣に分け与え、自身は母の縁者が経営する貿易商に身を寄せた。修行場で他国の書物に触れ興味を持っていたバルスは交易船に乗り各地を回った。豊富な知識と剣の腕は貿易商としてのバルスを助け、10年ほどで大型高速船を有する東国有数の貿易商に名を連ねていた。


王族から市井に降りた自分と、市井から王家に入ったエステル。何か通じるものを感じて、

バルスはコンウェル王国との繋がりを深めていたのだった。




今回登場した「バルス」は 他サイトに投稿していた「赤髪の白雪姫」二次小説にも登場させたキャラクターです

彼もお気に入りの存在です

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