《 王子妃エステル 》
「すぐに戻るよ」と言ったアベルの言葉を胸に、エステルは婚礼準備を進めるのですが・・・
ヨークシャー伯爵自身は娘の行いを把握しておらず、事件にも加担していなかった為、爵位剥奪は免れたが領地の一部が没収となり、そこからの税収はエステルが行う予定の僻地診療に回されることになった。マーガレット本人は身分剥奪の上国外追放となり、大陸に住む遠縁に預けられた。マーリンが治療した侍女は回復し、事は収まったかに思えたが、実は大問題が起こっていた。婚礼衣装だ。
「ごめんなさい。ロープが1本しかなくて、あの男と背中合わせに縛るしかなかったの・・・ 彼の血が付くとは思わなくて、本当にごめんなさい」
エステルがジークフリートと女官長を前に平謝りしている。
「いや、例え汚れが無かったとしても、あのように使われた物を君に着せる訳にはいかないよ。しかし、改めて仕立てるには日数がな・・・ 」
ジークフリートはエステルのせいではないと慰めつつも、困り果てていた。
「そうだわ、王妃様がお召しになったお衣装を使われては如何でしょうか。陛下のお許しは必要ですが、体型も似ておられますから、手直しも間に合うと思います」
しばらく考え込んでいた女官長が良い物があったと手を打った。
「そんな! 王妃様のお衣装など恐れ多いです」
エステルが慌てて辞退するが、ジークフリートは顔を輝かせた。
「母上の婚礼衣装があるのか? 僕も見てみたい。メアリー、直ぐに父上にお許しを頂きに行こう」
直ぐに立ち上がってドアに向かおうとするジークフリートをエステルが慌てて呼び止める。
「ジーク様お待ち下さい。先日まで一介の治療師だった私が、王妃様の婚礼衣装など恐れ多くて着られません。何か他に手立てを・・・」
止めようとするエステルに、女官長は手を上げて言葉を遮った。
「エステル様、ご懸念には及びません。王妃様がお召しになったのは陛下の即位前、つまり貴女様と同じ『王子妃』としての婚礼時です。しかも当時のヴィクトリア様は子爵令嬢で、今の貴女様とお立場はほぼ同格です。お衣装自体もシンプルなデザインで、エステル様も気に入られると思いますわ。それに、ジーク様のお相手が来て下さるのであれば、ヴィクトリア様もきっとお喜びになられるでしょう」
「よし、決まりだな! エステルはここで少し待っていて」
ジークフリートはメアリーを伴って飛ぶように部屋を出て行った。
【星の刺繍か・・・ この衣装、エステルと縁があったみたいだね、よく似合っているよ】
アーサーに見せてやりたかったと、マーリンは感慨深げだ。
エステルの名は古い言葉で『星』を意味する。ヴィクトリア王妃が自ら刺繍したと言う婚礼衣装は、乳白色の生地一面に金糸銀糸で星が刺繍されていたのだ。
【こんな素敵な衣装を着せてもらって、私は幸せ者ね。マーリンに見て貰えてよかったわ】
(父上、アベル、何処かで見てる?)
花嫁控室でマーリンと会話するエステルを見守るように優しい風が吹いた。
【ミレニア、シルフィー達も来てくれて有難う】
式典後、城のベランダで民からの祝福を受けるジークフリートとエステル。エステルの衣装に刺繍された星達が降り注ぐ陽射しを反射してキラキラと輝き、風にそよぐヴェールから覗く深紅の髪が燃えるように揺らめいた。見上げる民達は、まるで『女神の降臨』だと囁き合ったと言う。
「ヴィクトリア様、ジーク様が素晴らしい伴侶を得られましたよ。エステル様は本当に不思議な方です。昨日までは有能な治療師としての印象しかありませんでしたが、式典後はまるで生まれながらの王族であられる様な威厳を感じます。決して奢った風ではなく、その身から高貴さが溢れるような・・・ とても自然に振る舞われて居るのに、自ずと頭を垂れたくなるのですよ」
ベランダの後方でジークフリートとエステルを眺めながら、女官長クレアは嘗ての主である亡きヴィクトリア王妃に語り掛けた。
【マーリン、私に託される使命を今度こそやり遂げるわ。偉大なるアーサー王の娘として恥じることがないように】
エステルの呼び掛けにマーリンはただ微笑んでいた。
エステルは再び『民と国』の為に立つことになった。アーサーはいないが、優しい伴侶が隣に居る。マーリンも共にあり、アベルもいずれ帰ってくるだろう。
エステルは民からの祝福と喝さいを浴びながら、決意を新たにして手を振り返した。
王族として再び民の為に力を尽くそうと心に誓うエステル
彼女をどんな運命が待ち構えているのでしょうか
よろしければ、今しばらくお付き合い下さい




