《 浄化 》
王子妃として城に入る前に、エステルは『自分にしか出来ない事』をする為に奔走しています
【さぁ、次は南ね。ミレニア、案内をお願い】
エステルはコンウェル王国東部の森に居た。ドライアドに頼んで国内の森で瘴気が強い場所を特定してもらい、浄化して回っている最中だった。
「エステル、少し休んだ方が良い。ここでもう10か所目だ」
顔色が悪いエステルを心配して、肩に留まったマーリンが声を掛ける。
「大丈夫よ、マーリン。南は件数が少ないから、西に移る前に少し休むわ」
ラスゴーを出発して既に10日、北部と東部の森の浄化を完了した。ドライアドの好意で『森の聖域』を経由させてもらう為、かなりの移動距離を短縮できているが、国内をあと2週間で回りきる予定なのだ。
「それにしてもこんなに瘴気が濃い場所が多いとは思わなかったわ。人里から離れた場所が多いからドライアド様に調べて頂かなかったら絶対に分からなかったわ」
瘴気を払えば『通路』が開かないと言う保障はないが、浄化したアイルレアの森ではその後『通路』が開いた形跡はなかった。王家に入れば、自由に出歩くことが難しくなる為、その前に出来るだけのことをしておこうと国内をくまなく回っているのだ。
「それにしても、婚礼の支度は良いのかい? ジーク殿に丸投げなのだろう?」
「アンソニーがジーク様と連絡を取って進めている筈よ。彼って弓の腕だけではなくて事務処理能力も高いから、本当に頼りになるわ。 ただ、花嫁衣裳だけは仮縫いに早く来いって言われているけど、サイズはちゃんと伝えてあるのよ。適当にやってくれれば良いのに・・・」
エステルはさも面倒だと言うように顔を顰めた。
(おいおい、一生に一度の花嫁衣裳を『適当に』とは・・・ アーサーが聞いたら泣くぞ!)
マーリンは思わず天を仰いだ。
南部で3か所の浄化をした後、少し休んでから西部に移動した。アイルレア国境と接している北部の森も瘴気が濃かったが、更に広い範囲をアイルレアと接する西部の森は他とは比べ物にならないほど瘴気が濃い場所が多く、国境の先からさらに強い瘴気が流れ込んでいた。
「元凶はアイルレア側にありそうね。でも、この辺りはこっそり越境できそうにないわ」
エステルは眉を顰めた。
「あぁ、国境のすぐ向こうに警備兵がかなりいるようだ。もしかしたら、魔獣を警戒しているのかもしれないな」
これだけ濃い瘴気なら、魔獣が頻繁に現れていても不思議ではないとマーリンは思った。
「マーリン、瘴気の流れ込みを防ぐ方法はない? これでは、こちらを浄化しても一時凌ぎにしかならないわ」
この状態では無駄に魔力を消費するだけだとエステルが嘆いた。
「だったら、まずは買い物だな。街に戻ろう」
マーリンは付近の森を暫く飛び回っていたが、解決策を見つけたようだ。街に戻ると、エステルに耳打ちしながら買い物をしたマーリンは、宿に戻ると布と薬草を使って『呪符』を作り始めた。
【あれは何?】
ミレニアが不思議そうに覗き込む。
【私も初めて見るわ。多分、瘴気を阻む結界を張る『まじない』じゃないかな】
エステルは自信なさげに答えた。
翌朝、マーリン一行は『呪符』を持ち、国境付近の森に向かった。
「エステル、君の髪の毛でこの古木に『呪符』を結んでくれ。霊力が強い古木があと5本あるから、同じようにね」
マーリンに導かれて、エステルは『呪符』を木々に結んでいく。すべてを結び終わったところで、マーリンが空高く舞い上がり羽根を広げると、呪符を結んだ古木が光り始め、木々の間に薄いヴェールのような光の粒子が舞った。
「これでアイルレア側からの影響は薄れる筈だ。予定通り、こちら側の浄化を始めてくれ。済まないが僕は少し休ませてもらうよ」
マーリンは魔力の消耗が激しかったのか、エステルの掌に舞い降りるとぐったりして言った。
エステル達は10日かけて、西部国境沿いの結界設置と浄化を終え、予定より2日遅れでラスゴーに戻った。
エステルは治療院に荷物を置くと、休む間もなく北の山にアエネーイスを訪ね、浄化の報告とドライアドへの感謝を述べ、特に西部国境付近の妖精に今後の警戒を怠らないようにと頼んだ。
「アンソニーの話では、アイルレアではかなり前から魔獣の被害があるようだけれど、国はどう対処しているのかしら」
北の山からの帰路、エステルはアイルレアの民に思いをはせた。
「人の力では瘴気は払えないから、被害地域の民を移住させ、兵士を配備して警戒するしかないだろう。西の国境付近に兵が多いのはその為だろうね。アイルレアの民を思うエステルの気持ちは分かるが、越境して浄化するのは無理だよ」
こっそり越境できないかと内心思っているであろうエステルに、マーリンは釘を刺した。
「そうね、アンソニーは魔獣討伐を直訴しただけで『国外追放』だもの。他国の子爵が越境してコソコソ怪しげなことをやったら、国際問題だわ・・・ 爵位を受ける前だったら、まだマシだったのに・・・」
もっと早くやっておけば良かったと言い出すエステルに、マーリンは溜息をついた。
「例え一介の民であっても、他国で犯罪の疑いがかかった者を『王子妃』に出来る訳がないだろう! 露見した時、ジーク殿に何と申し開きするんだ?」
ああ、そうだったと呑気に頷くエステルに、さらに大きな溜息をつくマーリン。
マーリンが『使い魔』としてこの世界に来て、何時でも話せるようになった安心感からか、このところエステルは少しばかり警戒心が薄れている。一人で気を張っていた反動だろうか、アベルも心配そうに二人のやり取りを眺めていた。
深夜までアエネーイスと話していたエステルは朝日が昇る頃治療院に戻ると、驚いたことにアンソニーがドアの前に仁王立ちしていた。
「エステル様、こんな時間まで一体どこに行っていたんですか!」
温厚なアンソニーには珍しく声を荒らげている。
「えっと・・・ 夜間にしか採取できない薬草があってね、探しに行ったんだけど見つからなくて・・・ アンソニーこそ、王都に居たはずでは?」
エステルは治療院の鍵を開けアンソニーを中に通す。
「何度使いを出しても連絡が取れないので迎えに来たのです。昨日の午後着いたら、留守番の医官が居るのみで、エステル様は4週間近く前に出掛けたまま、何処に行かれたかもいつ帰るかも分からないと言うではないですか! 街の者が何か聞いていないかと尋ねて回っているうちに、夕方治療院に入るところを見かけたと言う人が居て、急いで来てみれば既にもぬけの殻で・・・」
アンソニーは大きな溜息をついた。
エステルの診療所は婚礼以降は国営となり、ラスゴー周辺の医療を担う他、地域巡回診療の拠点にする予定で改装中だ。今は日中のみ砦から派遣された医官が診療し、入院が必要な者や夜間の急患は砦で対応していた。エステルは医官が居るのをいいことに、アンソニーにも留守にすることを告げていなかったのだ。
「ごめんね、アンソニー。夕方戻った時には医官はもう砦に戻っていたから、不足している薬草を採りに直ぐに出かけちゃったの。まさか貴方が探しているなんて思わなくて・・・ 本当にごめんなさい」
エステルは素直に頭を下げた。
神妙な態度のエステルに、少し怒りも収まったのか、アンソニーはエステルが淹れたお茶に口を付けた。
「まぁ、昨夜のことは仕方ないとしても、4週間も何処に行っていたんですか?」
「あぁ、薬草をね・・・ これまでは自分で調達していたけど、王城に入っちゃうとそういう訳にはいかないでしょ。採取場所の地図を作っておきたいと思って、森をあちこち回っていたのよ」
かなり苦しい言い訳だが、エステルとしては薬草の為だと言い張る外はなかった。
「分かりました。昨夜はエステル様も徹夜だったのなら直ぐに出発と言う訳にはいきませんね。少し休まれて、明日出発しましょう」
アンソニーは茶を飲み干して席を立とうとした。
「え、明日! 待ってアンソニー、留守にしていた間の診療記録を確認して、治療方針を医官と相談しなくちゃ。せめて1週間、いえ5日は必要よ!」
エステルは焦ってアンソニーを呼び止めた。
「ダメです! 本来なら今日出発してもギリギリだと言われて慌てて迎えに来たのですよ。衣装が間に合わないのではないかと、ジークフリート殿下が大変心配されておられます」
「え? 衣装!? だって、採寸はとっくに済んでるでしょう? デザインも出来るだけシンプルで動きやすいものにと頼んであるし・・・ 少しのサイズ直し位、数日あれば出来るでしょう。まだ、当日まで1か月近くあるのに、何をそんなに騒ぐ必要があるの」
エステルの言葉にアンソニーだけではなく、姿を消しているマーリンまでが大きな溜息をついた。
「エステル様、確かにドレス類はほぼ完成しておりますが、それに合わせる装飾品やブーケなど、打ち合わせが必要なことが山のようにあるのです! 良いですか、町娘の婚礼ではなく、一国の王子の婚礼なのですよ、少しの間違いもあってはならないのです!」
何でこのお人は自分の事となるとこうも無頓着なのだろうとアンソニーは頭を抱えた。
「はぁ・・・ そうなのね・・・ (キャメロットで騎士の婚礼は見たことはあったけれど、もっとざっくばらんなもので、新婦の衣装なんて注目されるのは最初の数分だけだったのに・・・) 分かったわ、明日出発できるように頑張るわね」
今夜も徹夜か~とエステルは心の中で溜息をついた。マーリンがクスッと笑うのが聞こえた気がした。




