《 爵位 》
この章で、物語の前半終了です
「やっぱりね・・・ こうなると思っていたのよ」
エステルが深い溜息をついた。ウィリアムからの手紙は、予想通り『爵位授与』についての連絡だったのだ。
「エステル殿、何か悪い知らせか?」
エステルの溜息に答えたのはライリーだった。アイルレア国境の森で会って以来、ライリーは時折ラスゴーの治療院を訪ねるようになっていた。先日のカーライル行きの直前にも訪れており、急遽護衛として同行してもらっていた。
「ライリー殿、仕官する気はありませんか?」
「いきなり何だい?」
思いがけないエステルの問いにライリーは面食らった。
「まぁ、条件が通ればの話にはなりますが、領地無しの名誉爵位とは言え、側近の一人もいないのでは恰好が付きませんから・・・ 良ければ、私の騎士になっては頂けないかと」
エステルは公にはなっていない『謀反』の真相をライリーに話した。
「なるほど、先日のカーライル行きはそういう事だったのか・・・ 確かに、それほど関わっていては『爵位授与』は当然だな。しかし、私は国外追放の前科者だ。名家の側近には相応しくないぞ」
ライリーは返って迷惑をかけるだろうと固辞した。
「そもそもライリー殿の追放は理不尽だと思います。でも、気になさるようなら、別人として仕えてもらえませんか? 名前を変えることに抵抗はありますか?」
自分自身が嫌だと思っていることを他人に強いるとは烏滸がましいなと思いながらもエステルは改名を提案した。
「それは全く構わない。唯一の家族だった母も半年前に亡くなり、農民出身の私には残すべき姓もないからね。だが、アイルレアにはまだ私の事を見知った者も多い。名を変えただけで露見しないとは思えないが・・・」
「容姿が少し変われば気付く人もいないかと・・・ 髭はアイルレアでも生やしておられたのですか?」
今回訪れた際、ライリーは髭と髪をかなり伸ばしており、エステルも別人と見紛うばかりだったのだ。
「いや、伸ばしたのは初めてだ。今回護衛した商隊が砂漠を横断したので、つい手入れを怠って・・・ それほど人相が変わっているか?」
本人は気付いていないようだが、まるで別人である。
「髪はどうですか? これまでは何時も短くされていたと思いますが、今回のように長くされたことは?」
「そうだな、結ぶほど長くしたことは無かった。だが、髪と髭で誤魔化せるものだろうか・・・」
本人はまだ納得がいかないようだ。
「人の印象とはその程度です。私の場合、この赤髪を隠してしまえばほとんど気付かれません。目立つ場所があるとそこへのみ眼がいって、他の部位はうろ覚えなのです。髭と長髪、そこに眼がいけば他の印象は薄れる。見破ろうと思って接しない限り気付きませんよ。 後、名前・・・ 何か希望はありますか?」
「いや、特には・・・」
「だったら、私の弓の師匠トリスタンからもじって トニー・・・ アンソニー、姓はスタン・・・ スタンレー 『アンソニー・スタンレー』はどうでしょうか」
エステルは弓の名手であるライリーの為に師匠トリスタンから連想した名を告げた。
「アンソニー・スタンレー・・・ 良い響きだ、気に入った」
ライリーは満面の笑みで頷いた。
「では、爵位の件が本決まりになったら、アンソニー・スタンレーとして私と一緒に王都に来て下さい」
エステルはライリーを送り出して、もう一つの難問を思い浮かべ、再度溜息をついた。
エステルに授与予定の子爵位は、ほぼ同時に当主と唯一の跡継ぎが死亡した為、王家預かりとなっていたハワード子爵家。身寄りがないエステルを養女として継がせたいとの申し入れだ。
だが、エステルにはペンドラゴンという家名がある。ここでは名乗ることは無かったが、偉大な父の姓を捨てるつもりは毛頭ない。ウィリアムにどう切り出すか、それが悩みの種だった。
「でも婚姻したら、ペンドラゴンは名乗らないだろう?」
マーリンが姿を現し、エステルの肩の上で声を掛けた。
「いえ、正式な名前を聞かれたら『エステル・ペンドラゴン・婚家の姓』よ。ペンドラゴンの名は決して無くさない。だから、ハワード子爵として爵位を受ける訳にはいかないのよ。さて、ウィリアム殿下にどう話すかなぁ・・・」
エステルは再び溜息をついて、王都への旅支度を始めた。
「エステル殿、わざわざ来てもらって済まない。実は爵位の件の前に、ジークが是非とも話がしたいと言っている。要件は・・・」
ウィリアムは言葉を切った。弟の申し出を受けてくれと言うのは、エステルに故郷に帰る事を諦めてくれと言うのと同義だったからだ。
「殿下、ジークフリート様にお会いする前にお話しなければならない事がございます」
エステルはウィリアムが言葉を続けるのを待たずに話し始めた。
「出来る限り調べましたが、故郷への帰還は望めそうにありません。ですが、これから申し上げる件をご了解頂けなければ『爵位授与』はご辞退し、ジークフリート様とお話しする必要も無くなると思います」
「重大な事のようだな。人払いはしてあるから・・・」
硬い表情のエステルにウィリアムは緊張した。
「私が『別の世界』から来た事は既にお話ししましたが、私の『身の上』についてはお話していませんでした」
エステルは一度言葉を切り、大きく息を吸った。
「私はキャメロット城主アーサー・ペンドラゴンの一人娘です。王位を継ぐべく育てられた私は、異世界に来たからと言って家名を捨てるつもりはなく、ハワード家の養子に入ることはできません。エステル・ペンドラゴンとして爵位をお受け出来ないのなら、私はこの国を出るつもりです。謀反の真相を知る私がこの国に部外者として留まるのは王家にとって『懸念』となるでしょうから」
既に国を去ることも考えているエステルの強い瞳にウィリアムは見入った。
(王位継承者・・・ なるほどな)
ウィリアムはこれまでのエステルの言動にようやく答えが得られた気がした。
「しかし一人娘なら、どんなことをしてでも帰らなければならぬのではないか?」
唯一の継承者が姿を消せば国が乱れる。
「こちらとあちらでは時間の流れが異なるようで、私が消えてから既に50年以上が経っているようです。父アーサー王は私がこちらに来る原因となった謀反で命を落としました。私がこちらに来て5年になりますが、ある者たちの助けを借り、それらの情報を得ました。謀反が起きる前の時点に帰ることが出来れば父と国を救えますが、その術はどうしても見つからず、今は亡国の王女でしかありません。しかし、偉大な王であった父の名は私の誇りなのです」
(エステル殿が故郷を離れたのは17歳だと言っていた。その若さでこれほどの気概・・・ アーサー殿はさぞや偉大な王であったのだろうな)
ウィリアムは感慨深げに目の前の凛々しい王女を眺めた。
「分かった、ペンドラゴンの家名を名乗る事、私から父王にお許しを頂こう。ただ、異世界の件は伏せておく。大陸の亡国の血筋を引く姫だと言っても構わないだろうか」
「はい、お任せ致します。ただ、ジークフリート殿下のご用事が婚姻に係る事でしたら、私は全てを殿下にお話ししようと思っております。『異世界人など嫌だ』と仰るかもしれませんし」
エステルはジークフリートにも誠実に向き合いたいと言った。
「それは心配ない。例え『月から来た』と言ってもジークは気にも留めないよ。ジークは貴女と言う人が好きなのだから(私もそうであるように)」
ウィリアムは最後の言葉を呑み込んだ。
陽が西に傾き、嘗て剣の稽古をしていた空中庭園は、十数個の夜明石により昼間のように照らされていた。
エステルはジークフリートに全てを話した。ジークフリートは『魔法』と聞いてキョトンとしていたので、エステルは側にあった石のベンチを魔法で浮かせて見せた。
「来年には23歳にもなる行き遅れの『異世界人』を妃にと望まれるのですか? 以前も申し上げましたが、もっと相応しい方が沢山おられると思いますが」
エステルはベンチを元に戻しながらジークフリートに尋ねた。
「私はエステル殿の1歳年上だ、この差はずっと変わらないのだから問題などないだろう? 私の妃に相応しい人は、隣に居て欲しいと私が心から願う人だ。この数年間、エステル殿しか思い当たらない。それとも第三王子の私では、王位継承者として育ったエステル殿には釣り合わないだろうか?」
ジークフリートは定位置に戻ったベンチを不思議そうに撫で、隣に座るようにエステルを招いた。
(幼い頃、『姫』を守る為にと、私の盾となり傷つく者達が居た。だから私は、常に父上と共に『先頭に立つ』と決めた。私は武術鍛錬に励み、誰かの背に隠れることを拒絶した。しかし今、私に手を差し伸べるこの人は『身分』にではなく、只思いを寄せる娘の為にその身を挺して魔獣から守ろうとしてくれた。そして今、私に『隣に居て欲しい』と言ってくれる)
「殿下は立派に第三王子の任を果たしておられます。私が父から学んだ事、お役に立てればと思います」
エステルはジークフリートの隣に座って微笑んだ。
ジークフリートは立ち上がり、エステルの前に片膝をついて右手を差し出した。
「エステル殿、私の妃になって頂けますか?」
「はい、殿下」
エステルは笑顔でその手を取った。
蒼月が天上で輝いていた。
二週間後、エステルはペンドラゴン子爵として爵位を授与され、その場でジークフリート第三王子との婚約が発表された。
ここでハッピーエンドに出来ないほど、まだまだ謎が・・・
王子妃となったエステルは、この先どのような旅路を続けるのでしょうか




