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《 罠 》


アレックスがラスゴーに直接持って来た手紙には思いがけない事が書かれていた。


「ジョージ殿下がね・・・ だったらこの話、お受けするしかないわね」

エステルは不敵に笑った。




「ジョージ殿下、よくお出で下さいました。おや、お一人ですか?」

馬車から下りるジョージに手を貸して、にこやかに笑いかけるカーライル伯。エステルの姿がない事に不信を抱いたようだ。


「カーライル伯、この度は別荘をお貸し頂き感謝する。侍医長が同行できない為、彼が推薦したエステル殿を呼ぶことになっている。明日には着くだろうから、それまでに貴殿と色々と話しておきたいと思っている」

意味ありげにジョージはカーライル伯に笑いかける。


別荘で一番奥にある豪華な居間にジョージを案内したカーライルは人払いをした。


「殿下、最近はご体調が良いと伺っております。数ある保養地の中から我が領地をお選び頂き、光栄に存じます」

カーライルはこれまで関りが無かったジョージが、突然連絡してきたことに懸念を抱いているようだった。


「母の従兄弟であるカーライル伯の所が一番相応しいだろう。これまでは顔を合わせる機会もなかったが、これからは私も公の行事に積極的に顔を出そうと思っている。兄上やジークフリートと違い、私には後ろ盾が居ない。貴殿を頼ろうと思うが良いだろうか」

ソファーで寛ぎながら、ジョージはカーライルに微笑みかけた。


「第二王子であられるジョージ様に頼って頂くほどの力はございませんが、微力ながらお支え致したく存じます」

意味ありげな顔をして微笑むジョージを値踏みするように、カーライル伯はわざと神妙な顔で答えた。


(直ぐに手の内を見せはしないか・・・ ならば)

「エステル殿は優秀な治療師だが、それ以上に武勇に秀でている。何度も邪魔をされたのだろう? 今回は絶好の機会だと思ったのではないか、カーライル伯」

ジョージは思い切ってカマをかけた。


カーライル伯の顔が一瞬強張ったが、すぐに真顔に戻った。


「そう警戒することはない。私には後ろ盾はいないが、噂話を拾ってくる飼い猫は沢山いるのだよ。ただの世間知らずの病人を装うのは少しばかり退屈になった、これからは少し動こうと思ってここに来たのだ。どうだろう、私は間違っているかな?」

ジョージが意味ありげに微笑む。


カーライル伯の顔が僅かに綻んだ様に見えた。

(引っかかったかな)

「実はエステル殿とはとても親しいのだ。最近体調が良いのもすべて彼女のお陰だ。彼女の医術があれば政務も十分こなせるだろう。私にとって彼女は無くてはならない人で、妃にとさえ考えている。これまで彼女が王家の者を守っていたのは、ただ単に目の前の知り合いを救っていたに過ぎない。私の意向を知れば力を貸してくれるのは間違いない。そうだろう? あれほどの功績を上げながら、王家は彼女に爵位すら与えないのだ。私は彼女を王妃に出来る。カーライル伯、貴殿の助けがあればな」

ジョージは一気に畳みかける。


暫しの沈黙の後、カーライル伯はニヤリと笑った。

「殿下がそこまでお考えとは思いませんでした。このカーライル、全力で殿下をお支え致します。本日は長旅でお疲れと存じます。今後についてはゆっくりお話し致しましょう」


カーライルが退出して暫くすると、隣室に潜んでいたアレックスが入って来た。

「ジョージ殿下、上手くいきそうですね。別荘の周辺と屋敷内は私の配下で固めました。安心してお休み下さい」


「有難うアレックス。兄上が君を付けてくれて助かったよ。あ~疲れた! ところで、私の芝居はどうだった?」

ジョージはぐったりと長椅子に凭れ掛かった。


「お見事でしたよ。本気でエステル殿をお妃に迎えられるのかと思いました」


「そんなことをしたらジークに恨まれて、呪われそうだ。折角体調が良くなったんだ、御免被るね」

悪戯っぽく笑ったジョージだったが、少し寂しげにも見えた。


「ところで、エステル殿の護衛は万全だろうね」


「はい、ご自身でスカウトされた手練れを連れてこられるそうです。武術大会『弓』の優勝経験者らしいですよ」

アレックスがニヤリと笑った。



一か月のカーライル領での療養中、ジョージは見事に芝居を続けた。これが長年ベッドから離れられなかった病弱な青年なのかとエステルが驚くほどの集中力だった。だが、王城に戻ったジョージは一気に容体が悪化した。エステルが付きっきりで看病して、ようやく1週間後に起き上がれるようになった。


「もう無茶はなさらないで下さいね」

エステルが差し出す薬湯を受け取って、ジョージは微笑んだ。

「あぁ、この苦い薬湯はそろそろ卒業したいからね。エステル殿にも芝居に付き合ってもらい迷惑をかけた。だが、貴女の悪女役は魅力的だったな。本当に私の妃になって欲しいと思ったよ」


「悪女を妃にしてはダメでしょ」

空になった湯飲みを受け取ってエステルは微笑んだ。


「では、私はラスゴーに戻ります。計画が上手くいく様に祈っております」

(来月、カーライル伯を追い詰める計画が実行される。私が関わるのはここまでだ)

エステルは深く一礼するとジョージの寝室を後にした。



二か月後、カーライル伯爵が東国との貿易で不正を行い、王国に多大な損失を与えた罪で投獄され、領地没収の上家名断絶との沙汰が公表された。唯一の身内である息子は共犯ではないとの判断で投獄は免れ、本人の希望で遠い国へと旅立ったらしい。元々領地経営にも興味を示さず、旅ばかりしていたらしいから、本人にとっては幸せだったのかもしれない。


さすがに第二王子の血縁者が謀反を企んでいたとは発表できず、実際に不正を行っていた事件を大げさに取り扱ったようだ。加担していた裏家業の者たちもアレックスによって一掃された。


唯一心配だったジョージの弟フィリップは謀反には全く関係していないばかりか、王子であることすら知らされてはおらず、事実を知った時は放心状態だったと言う。フィリップは生まれて直ぐに貿易商に預けられ、東国の支店で育てられたと言う。どうりで誰にも知られずにいた訳だ。幼馴染の貿易商の娘と想い合っており、東国で商売がしたいとの希望で、不正の共犯で捕らえられた貿易商の店の一部を引き継ぐことを許され、既に旅立ったと言う。


ウィリアムからの報告を読んだエステルはホッと息をついた。

「弟君の心配をされていたジョージ殿下も安心なさったでしょうね。陛下もある意味、禍根を拭い去れたのではないかしら」




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