《 暗殺者 》
謀反を防いだ立役者であるエステル
やはり『黒幕』は放っておいてはくれないようです
ラスゴーへの帰路、エステルは近衛騎士団から借り受けた馬を走らせていた。
フィンレー将軍の言う通り、謀反が失敗した最大の原因であるエステルを黒幕が狙う可能性は低いとは言えない。いつものように乗合馬車で移動すれば、無関係な人間を巻き込む恐れがあるからだ。
ラスゴーに帰った翌日から、エステルの治療院を見張る者があった。フィンレーかウィリアムが手配したのだろう、砦で何度か見かけた兵士が交代で来ている様だ。
「断ったのに・・・ 見張りが居ては囮になれないじゃない」
エステルは溜息をついた。暗殺者が現れた場合、エステルは自分が囮になり、黒幕の手掛かりを掴もうと思っていたのだ。
「ミャ~」
エステルの言葉にアベルが不満そうに鳴く。
「私がそこまでやる必要があるのかって? 確かにそうなんだけど、国王も立派な方だし、ウィリアム殿下もきっと良い王になられるわ。謀反を起こしてまで王位を狙う奴が許せないのよ。それに、襲われるのを待っているより、こちらから仕掛けた方が安全でしょ?」
言葉にはしないが、エステルにはモードレッドの謀反を防げなかった後悔があった。
ラスゴーへ戻って1週間ほど経った頃から、砦の兵士の他にも治療院を見張る者が現れた。
エステルは頻繫に東の森に薬草採りに向かった。案の定、兵士と怪しい連中の双方が後をついて来る。兵士と違い、彼らは巧みに身を隠している。
「やはり、手練れね。さて、砦の兵を巻き込まないようにしないと・・・」
エステルは東の森で薬草を採りながら妖精達と細かく打ち合わせをした。
怪しい男が現れてから5日目、エステルは大きめの籠を背負って東の森へ向かった。砦の兵士が少し距離を取ってついて来るが、エステルが森に入った途端、彼らを激しい風が襲った。砂埃が巻き上がり兵士たちは立ち往生してしまう。
「彼らには悪いけど、奴らと鉢合わせしたら危険だものね」
エステルが木の陰から後ろを伺うと、怪しい男二人はしっかりと後をついてきていた。
エステルは、エミリーとウィリアムが落下した崖に着くと、籠をロープに結び付け崖の中腹にある岩棚まで下ろした。岩棚は崖の少し抉れた部分にあり、上からは全体が見えない。
ロープを大木の幹に結ぶと、エステルはその大木の上にするすると登って行き、気配を消し、探知魔法で周囲を探る。途中、妖精達が足止めをして時間を稼いでくれたお陰で、男達はまだ大木が見えない位置だった。
(わざと草を倒して来たからここまではたどり着くはず・・・)
崖に着いた二人は大木に結ばれたロープに気付くと鏡を取り出し崖下を覗いた。途中の岩棚に標的の娘が背負っていた籠が見えた。
「あそこなら向こうの岩場から狙えるだろう。お前が矢を射かけろ。致命傷にならずとも逃げようとしたら俺がロープを切って崖下に落とす。あの高さだ、絶命せずとも自力では動けまい。ゆっくり下に降りて行って止めを刺せば良い」
リーダーらしき男が言うと、もう一人が身を低くして崖沿いに移動して行った。数分後、崖から張り出した岩場に着いた男は眼を見張った。岩棚に人影はなく、ただ籠だけが置かれていたのだ。
「騙された! うぐっ!!」
仲間に知らせようと立ち上がった瞬間、右肩に激痛が走った。呻いて肩に手をやると短い矢が深くめり込んでいた。
仲間の異変に大木の根元に居た男も気付いた。ロープに当てていたナイフを鞘に仕舞うと腰の剣を抜いて身構える。その時、突風が男を襲った。よろめいた男は崖から足を踏み外し真っ逆さまに落下していく。本来なら即死の高さだが、男は落下の途中何度か木にぶつかった。お陰で落下速度が落ち、肩に重傷を負っただけで済んだ。
岩場の男と崖下に落ちた男は共に痛む肩を庇いながら逃走した。
【エステル、あれで良かったの? それぞれにシルフィーを付けているから行先は分かるけど・・・】
今日の為にドライアドが寄こしてくれたミレニアが樹上のエステルに声を掛けた。
【えぇ、協力有難う。彼らに依頼した『黒幕』を探るにはこうするしかないのよ】
折り畳み式の小型ボーガンを分解しながらエステルがミレニアに答えた。
【兵士たちが近づいているわ、もう少し足止めしておいた方が良さそうね。エステルは治療院に戻っていて頂戴。シルフィー達から連絡が入り次第報告に行くわ】
ミレニアはエステルに微笑みかけ姿を消した。
エステルは木から下りると籠を引き上げた。肩掛け鞄の中からアベルが不機嫌な顔でエステルを見上げていた。
「出番がないって怒ってるの? さぁ、帰って遠出の支度をしましょう。ミレニアから報告が来たらすぐに出発よ」
エステルはアベルの頭を撫でると足早に街へと戻った。エステルを見失った兵達が上官に叱られるだろうが勘弁してもらおう。
傷を負い逃走した男達は森を出た処で合流し南に向かっていた。
【この先って採石場だよね? あんな所に何しに行くんだろう】
それぞれ後を追っていたシルフィー達も少し後ろを並んで飛んでいる。
【エステルが言ってたじゃない、治療の為に近くの協力者の所に行くだろうって】
シルフィー達が話していると、やがて小屋が見えてきた。男達がノックをすると白髪の老人が戸を開けた。
「こんな昼間に来るとはどういうつもりだ! 見られる前に早く入れ」
老人は不機嫌そうに声を荒らげると二人を招き入れた。
【あの老人が協力者みたいね】
シルフィー達は戸口の隙間から中に入った。
「跡はつけられていないようだが、何のつもりだ! 俺はもう組織を抜けたんだぞ!」
老人は窓から辺りの様子を窺ってから男達に向き合うと怒鳴り声を出した。
「済まない。迷惑だとは承知だが、傷を負って馬の所まで戻れない。止血だけでも頼めないか?」
「仕方ない・・・ 馬はどこに置いてある?」
「東に少し行った村だ」
「分かった、治療がすんだら俺の馬車で送ってやる。ここから出るところを見られても困るからな」
老人は棚から道具を出すと手際よく手当てを始めた。
【暫く時間が掛かりそうだから、あなたはミレニア様にお知らせに行って。移動を始めたら『粉』を撒いて、付近の妖精にも声を掛けておくから、エステルと一緒に跡を追って来て】
隙間から外に出たシルフィーは分担を決めて行動開始した。
【エステルの予想通り、傷の手当てをして更に移動するようよ。追跡できるように手筈をしてあるわ。直ぐに出られる?】
数日留守にするからと戸口に張り紙をしているところにミレニアがやって来た。フィンレーから借りている馬にアベルを入れた鞄と武器・食料等を積み、ミレニアとシルフィーを肩に乗せエステルは一路南へと向かった。
暫く進むと、小屋に残っていたシルフィーが迎えに来た。
【手当てをした小屋を出て東に向かってるよ。『粉』をかけてあるから簡単に後を追えるわ】
『粉』って何?とエステルが問うと、肩の上でミレニアが笑って答えた。
【私たちにしか見えない『印』みたいなものよ。お気に入りにつけたり、仲間の連絡用に使うの】
東に向きを変え暫く馬を走らせると、ミレニアが『粉』を見つけた。痕跡を追って小さな村に近づくと、聞き覚えが無い妖精の声が聞こえた。途中からシルフィーの代わりに後を追ってくれていた妖精だ。
男達は村の北側にある宿に入り、裏に留めてあった馬に荷物を乗せているところだと言う。彼らを乗せてきた馬車は少し前に引き返したらしい。
【少し離れて追いたいけど、『粉』の効力はどれくらい続くの?】
【1週間くらいは追えるわ。この時間から休まず立つのなら、目的地はそう遠くないのではないかしら】
治療をしたとは言え、軽傷ではない体で夜通し馬を走らせることは無いだろう。であれば、ミレニアの言う通り、せいぜい2~3時間で着く場所だと思われる。エステルは助力してくれた妖精に礼を言い、ミレニアとシルフィー達を伴って男達の追跡を続けた。
陽が落ちる直前、男達は大きな街の場末の酒場の裏口で馬を降りた。
(やはりカーライルか・・・ でも、酒場じゃ私が入る訳にはいかないわね)
【シルフィー、中を覗いてこれる?】
エステルは馬の鬣に掴まっているシルフィー達に声を掛けた。
【うん、入れるよ。中で何をすればいいの?】
シルフィー達はエステルの顔の前に飛んで来た。
【彼らが誰に会って何を話すのか。全部覚えられる?】
エステルの問いにミレニアが代わって答えた。
【それなら私に任せて。シルフィーが聞いた事、同時に私が聞き取れるから。シルフィーは相手の顔や置いてある書類などをよく見ておいて】
ミレニアがシルフィーに指図をして送り出した。
「頭、済まねぇ。しくじった」
シルフィー達が奥の部屋に入ると、刺客二人が大柄な男の前で項垂れていた。
「お前らほどの手練れが二人がかりでしくじるとはな・・・ 武術大会の優勝者とは言え、娘一人と侮った俺の落ち度のようだ。砦の奴らには顔を見られてないな?」
「へい、大丈夫でさ」
二人は安堵したように顔を上げた。
「そうか。では、お前らから足が着く心配はないわけだな。おい!」
頭と呼ばれた男の声に、剣を手にした男が部屋に入って来た。
「頭、何の真似だ!」
二人は恐怖を顔に張り付け、数歩後退った。
「役立たずは始末するに決まっているだろう。やれ!」
【酷いことをするものね・・・ こんなやり取りを聞いて役に立つの?】
ミレニアが顔を顰めてエステルに尋ねた。
【まさか直ぐに始末されるとは思わなかったわ・・・ でも、人の命を狙う仕事だもの、自業自得とも言えるわ。この後、頭と呼ばれた男がどう動くかが鍵ね。ミレニア、引き続き頭の動きを見張るようにシルフィーに伝えて】




