《 祝典襲撃 》
マーリンから教わった医術を、この世界でも国の為に役立て始めたエステル
平穏な暮らしが続くかと思われたが・・・
治療師教育は順調に進み、エステルも時折講義の為に王都を訪れた。王都での滞在中は王城内に部屋を与えられ、侍医長と共にジョージ殿下の診察にも赴いた。
エステルは診察をしながら、ジョージにラスゴーの話をした。城から出たことが無いジョージは市井の話をとても興味深げに聞いていた。エステルが処方した『気力が増す』薬湯が少しずつ効果を現しているのか、エステルとの会話が楽しいのか、笑顔が少し増えたようだと侍医長は顔を綻ばせた。
「エステル殿はジョージ殿下に接するとき、笑顔を絶やさないのですな」
執務室へと向かう廊下で侍医長が尋ねた。
「『患者と接する時は常に笑顔で』と師匠から真っ先に教わりました。どんな患者も不安で一杯です。診察する者が不安げだったり顔を顰めていてはより不安になる。だから、症状が重い患者に対するほど穏やかな態度で接しなくてはならないと」
初めて患者に接した時、緊張を隠して笑顔を張り付けていたことをエステルは思い出していた。
「なるほど・・・ 診る者が不安げなら、診られる者は更に不安になるか。よし、次回の講義ではこのことを話そう。まだまだ儂も学ぶことがあるのう。ところでエステル殿、来月の国王陛下在位20年式典には出席されるのじゃろ?」
「はい、お招き頂いております」
エステルは渋々と言ったように肩を竦めた。
「式典後に馬術競技が披露される。我らは怪我人に備えて会場に待機するのだが、良ければエステル殿も来てもらえないか? 落馬となれば骨折者も出そうなのでな」
王城の医官では役立たずだと言わんばかりの侍医長に苦笑いしながらエステルは頷いた。
式典は王城内の大広間で盛大に執り行われた。エステルも控えめではあるがドレス姿で後方の席についていた。武術指南の時は何時も男装、医術講義の際は白衣姿であったエステルのドレス姿に多くの者が見惚れていた。飾り気のない焦げ茶色のドレスと、同色のリボンで纏め上げた赤髪が、エステルのサファイヤブルーの瞳と透き通るような白い肌を際立たせていた。
「さて、添え木や簡単な処置の道具は揃ったな。言っておくが、エステル殿は来客じゃ、手を煩わせるでないぞ」
侍医長が競技場の脇に設置されたテントに準備された医療器具などを点検し、居並ぶ医官達に声を掛けた。
(手伝わせる気満々で呼んだくせに、身内の医官にはプレッシャーをかけるのね・・・ なかなか良い性格だわ、侍医長殿は)
少し遅れてやって来たエステルは、明後日の方角を向いて苦笑いした。式典終了後、白衣に着替える為に部屋に戻っていたのだ。急いでいたので、髪は結い上げて焦げ茶色の幅広のリボンで留めたままにしていた。
国王陛下及びウィリアム・ジークフリート両殿下は馬場から少し離れた壇上に座り、周りを10名ほどの近衛騎士が護衛していた。騎士団長であるフィンレー将軍は陛下の右横に控えている。
競技は進み、最後の見せ場である馬上から的を射る競技が始まった。10名の騎士が見事な腕前を披露し、陛下が閉会を告げようと立ち上がった瞬間だった。馬上の騎士が矢を番え、あろうことか陛下に向けたのだ。壇上の近衛騎士達が一斉に陛下と両殿下の前に立ちはだかる。フィンレー将軍も剣を抜き、陛下をその背に庇った。
「あの騎士、何をする気・・・ そうか!」
エステルはそばの机から添え木と固定用の金具数本を左手で鷲掴みにすると、壇上に向かって走り出した。
エステルが目にしたのは壇上の近衛騎士のうち一番端に居た騎士だった。王族を庇う様子も見せず、剣を抜きゆっくりと背後から陛下に向かって歩き出したのだ。
(前方からの攻撃は陽動。彼が真の刺客だわ!)
エステルは走りながら髪を纏めていたリボンを右手で解いた。左手に握っている添え木と金具をリボンで左手首に固定する。今日は儀式の為、護衛兵以外は帯刀を許されていない。後方で観戦していた騎士達も剣を持ってはおらず、素手で馬上の刺客たちに立ち向かおうとしていた。
壇上の刺客が陛下の背後に到達しようとしていた。陛下のすぐ脇にはジークフリートが居り、剣を構え前方の敵を睨んでいる。
エステルはジークフリートの名を大声で叫んだ。
「え? エステル殿?」
ジークフリートは反射的に声がする方を振り返った。その時視野の端に入ったのは不自然な動きをする近衛騎士の姿だ。
気付かれたと思った刺客は目標をジークフリートに変え切りかかる。エステルから指南を受ける前のジークフリートであったならば一太刀も受け止められなかっただろう。しかし今は違う、強敵相手でも時を稼ぐ術を心得ており、先日エステルの足を引っ張ったと悔やんだ彼は更に鍛錬を重ねていた。それを知っていたからこそ、エステルは迷わずジークフリートの名を呼んだのだ。
(三合凌いでくれたら間に合う!)
四合目、刺客がジークフリートの剣を叩き落した瞬間、エステルは二人の間に割って入り左手首で刺客の剣を受け止めた。
「エステル殿、無茶な!!」
エステルが素手で飛び込んできたのを見て、ジークフリートが悲鳴を上げた。
刃が添え木に深く食い込んだが、内側に挟んだ金具が辛うじて切断を防いだ。その瞬間、エステルは右足で落ちていたジークフリートの剣を跳ね上げ、右手で掴み取った。左腕で刺客の剣を押して体を反転させ、掴んだ剣を刺客の右肘に振り下ろす。剣を握ったままの刺客の腕が床に転がった。エステルは刺客の鳩尾目掛けて剣の柄を打ち込み壇から蹴り落とす。出血多量で息絶えなければ後で尋問ができるだろう。
ウィリアムは馬上から飛来する矢を防ぐため懸命に剣を振るっていたが、ジークを呼ぶエステルの声に思わず振り返った。ジーク目掛けて振り下ろされる剣に、助けに行かねばと一瞬思ったが、その背後に駆け寄るエステルの姿を認めた。
(エステル殿ならどうにかしてくれるだろう。その方がジークも喜ぶ)
直ぐに前方に視線を戻したが、直後のジークフリートの悲鳴に再び振り向いた。前方から目を離したのが災いした。隣の近衛騎士が弾き返した矢が運悪くウィリアムの太股に刺さったのだ。
「ウィリアム殿下!!」
刺客を蹴り落した直後、騎士が上げた悲鳴に気付いたエステルは、手にしていた剣をジークフリートに渡すと「立派でしたよ」と一声かけ、切り落とした腕が握っている剣を取りあげ、ウィリアムの元へと急いだ。飛び交う矢を切り払いながら、足を抑え蹲っているウィリアムを後方へと引きずる。
「傷の具合は?!」
陛下を守っているフィンレーが剣を振るう合間に声を掛けてきた。
「幸い太い血管は無事です!」
そう答えながらエステルは毒消しと鎮痛の呪文を脳裏に記していた。刺客が毒を用いるのは常套手段である。出血は多くないので魔法はかけず、左手に巻いていたリボンを解き止血をした。
「殿下、魔法で毒の処置をしました。痛みも押えましたが、出血はこのままでご辛抱ください」
ウィリアムだけに聞こえる様にエステルは囁いた。
「分かった、お陰で楽になった」
ウィリアムは頷いた。
真の刺客が打ち取られ、陽動で攻撃していた騎士達も徐々に制圧されつつあった。武器が無いとはいえ精鋭騎士達が会場には多数いたのだ。競技に使われていた木材や、装飾に使用されていた布などを用い、馬上の射手を次々と地面に引き倒していた。そこへ異変を聞きつけた城内の警備兵も駆け付け、無事に王族方を避難させることが出来た。
エステルはウィリアムを乗せた担架の後を走っていた。処置室では既に侍医長が待ち構えており、直ぐに鎮静剤が与えられウィリアムは処置台に横たえられた。侍医長は無言でエステルに向かって頷いた。エステルは消毒液に手を浸し、術衣を身に着けた。毒の処置は済んでいるのでそう難しい処置ではない。しかし、相手は第一王位継承者だ。部外者の自分で良いのかと問うように再度侍医長の顔を見たが、彼はにこやかに頷いた。エステルは頷き返すと愛用の小刀を握った。取り出した鏃はやはり変色していた。侍医長にそれを見せると、予期していたのだろう解毒剤入りの化膿止めを手渡された。きっと目覚めた後に飲む薬湯も既に準備されているはず。
(侍医長殿がいらっしゃれば、魔法で毒を消さなくても問題なかったわね)
エステルは内心微笑みながら手早く傷の縫合をした。
ウィリアムの脈が安定しているのを確かめ、エステルは処置室を後にした。隣の調剤室で術衣を脱ぎ手を洗う。念の為に術後の薬剤の処方を書き残し部屋を出ると、廊下でジークフリートが一人で待っていた。
「エステル殿、兄上の容体は?」
陛下と共に避難せずにウィリアムを追って来たらしく、礼服には返り血らしき物がついたままだった。
「傷は幸い軽傷です。鏃に毒が塗られていましたが、解毒したので心配ありません。今は眠っておられますので、お部屋に移られてからお見舞いなさいませ。それよりも殿下、その血は? お怪我をされたのではありませんか?」
エステルは心配そうにジークフリートを見返した。
「これは返り血を浴びただけです。今回、エステル殿があの騎士の動きに気付いて下さらなかったら父上の命はなかったでしょう、もちろん私も」
「殿下が刺客を食い止めて下さったお陰です。殿下の力量なら、私が着くまで持ち堪えて下さると信じて声をお掛けしました。見事に期待に応えて下さいましたね、ジークフリート様」
エステルは優しく微笑んだ。
「でも、エステル殿が素手で剣を受け止めた時は心臓が止まるかと思いました。また貴女を危険にさらしたのかと・・・」
自分に振り下ろされる剣を、エステルが手首で受け止めた時の恐怖を思い出したのか、ジークフリートは俯いて拳を握り締めた。
「ごめんなさい。少々無茶ではありましたが、手立ては講じていましたから」
エステルは手首に付けていた金具の種明かしをした。
「でも、ジークフリート様。あんな事件の直後にお一人で行動なさるのは如何なものでしょうか。お部屋にお送りしましょう」
エステルは笑顔でジークフリートの背を押した。
翌日ウィリアムを見舞った後、ラスゴーへの帰り支度をしているとフィンレー将軍が訪ねてきた。
「エステル殿、昨日は迷惑をかけた。アイツは腕も立つし、統率力もあり期待していたんだがな・・・ 俺の見る目が無かったと言う事か・・・」
自身の部下である近衛兵が謀反人だったことで、かなりショックを受けている様子だった。
エステルもあの騎士とは何度か試合をしたことがある。鋭い太刀筋で有能な騎士だとの印象だった。
「尋問はなさったのですか?」
「それがな、尋問前に傷の手当てをさせていたら、急に暴れ出して側にあった治療用のナイフで自分の胸を突いて自決してしまった。他の者も予め毒を用意していたようでな、取り押さえる際に・・・」
フィンレーは悔しそうに唇を嚙んだ。
「そうですか・・・ 皆、捨て駒と言う訳ですね。『黒幕』にそれほど心酔していたのか、余程の弱みを握られていたか・・・ もしや、家族が行方知れずと言うようなことは?」
エステルは嘗て父に向けられた刺客が脅されていたことを思い出していた。
「謀反となれば、家族もただでは済まない。直ぐに手配したのだが、どの家ももぬけの殻だった。事前に避難させていたか、エステル殿が言うように人質に取られたのか、今調査中だ。エステル殿、君は本当にどういう環境で育ったんだ? 全く驚かされてばかりだ」
エステルの鋭い分析にフィンレーは唸った。
「おそらくこれで諦めはしないでしょう。将軍は益々ご苦労が増えますね」
「まるで他人事のように言ってくれるが、君も無関係ではないぞ。演習場に続き、今回も王族方を守ったのは君だ、『黒幕』が放っておくとは思えぬがな。事実、ウィリアム殿下は君に護衛を付けるべきだと仰っておられる」
「では猶更、早くラスゴーに帰るべきですね。私を一介の治療師に戻して下されば危険は減るでしょうから」
エステルは護衛の件は丁重に断ったが、馬を一頭所望した。




