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《 侍医長 》


ウィリアムの部屋を出ると、侍従から呼び止められた。侍医長が是非会いたいとの事だった。

今回の治療師育成について、表向きの責任者は侍医長と言うことになっている。それが、ジークフリートが考えた解決策だった。プライドが高い者は権威に弱い。医術について国の最高位にある侍医長が直々に監修した内容を学べる機会とあれば、どんな治療師も参加させてほしいと頭を下げてくる。


先日、ジークフリートに見せてもらった教本はとても分かりやすく編集されていた。エステルも是非会って話してみたいと思っていたので、侍従について王城内の医務院に向かうと、何やら入り口付近が騒がしい。近づくと倒れた男の周りを数名が取り囲んでいる。


「早く足の付け根を縛れ!出血を止めないと!」

「待て!侍医長の指示を仰ぐべきだ!」

「いや、これは切断せざるを得ない。直ぐに手術の用意をするべきだ!」

どうやら医官達らしいが、意見が入り乱れている。


エステルは彼らの後ろから患者を覗き込んだ。高所から落ちたのか、右足の脛部分の骨が皮膚を破って露出している。壁に梯子が立てかけてあるので、恐らくあそこから転落したのだろう。


「エステル殿ならどう処置されますかな?」

後ろから聞き覚えが無い落ち着いた声がした。振り向くと長い白髭を蓄えた初老の男が立っていた。身なりからしてかなり高位の者と思われる。周りから侍医長と言う声が飛んだ。


「そうですね・・・ まず、足の付け根を縛っている止血帯を緩めます。このままでは足先が壊死しますから。次に皮膚を切り開いて骨片を取り除き、骨を正常な位置に戻し固定します。傷口を縫合後に化膿止めを塗り、膝下を固定します」

エステルは明瞭に治療方針を答えた。


「素晴らしい。では、お願い出来ますかな」

エステルの答えに侍医長は満面の笑みで答えた。


「患者を処置室に運びなさい。エステル殿はどうぞこちらに」

侍医長は指示を出すと先に立って歩き出した。通されたのは調剤室だった。


「必要な薬剤や器具を選んで下さい。術衣はこちらに」


どうやら、処置が終わるまで名乗ってくれそうもないので、エステルは黙々と準備をした。ただ、器具は使い慣れた物を使用したかったので、鞄の中から数本の器具を取り出し消毒を始めた。


「ほう、珍しい器具ですな。エステル殿が考えられたのかな?」

黙ってエステルの様子を見ていた侍医長が興味深そうに声を掛けた。


「いえ、私の師匠の考案です。薬剤を拝見しましたが、化膿止めも手持ちの物を使ってよろしいでしょうか?」


侍医長が頷くと同時に、隣室との扉が開き処置の準備が出来たと告げられた。隣室に移ると患者は眠っていた。そばに鎮静剤と書かれた瓶があった。


エステルは処置台に近づき、患者の瞼を持ち上げた。意識が無いことを確認すると骨が飛び出している傷口を消毒し、刃先が非常に薄い小型ナイフで骨に沿って皮膚を切り開いた。エステルは割れた骨片を先端が細くて長い器具で慎重に取り除き、次に折れた骨を正常な位置に戻す。骨の接合部分を確認し、隙間に粘土状の物を塗り滑らかにした。幸い、血管の損傷はなく、エステルが切り開いた部分もほとんど出血はない。縫合した傷口に緑色の軟膏をたっぷりと塗り布で覆う。包帯をきつく巻き、添え木を当てて膝下を固定した。


「見事な処置ですな。皆も見ただろう、血管を避けた切り口の美しさ。正確な骨の位置。エステル殿の域まで達するにはお前達はまだまだかかりそうじゃな」

周りを囲んで見守っていた10名近くの弟子たちを見回して侍医長は満足そうに語った。


「遅くなりましたが、私は侍医長を申し付かっておりますオスカー・ガラハッドと申します。ところでエステル殿、骨の隙間に塗った粘土状の物と、緑色の軟膏な何ですかな?」

侍医長はエステルを執務室に案内すると、ようやく自己紹介をしてくれた。


「ご挨拶痛み入ります。ラスゴーで治療師をしておりますエステルと申します。先程の薬剤ですが、骨の隙間を埋めた物は豚の軟骨を煮沸消毒して乾燥させ、細かい粉末にしたものをラードと混ぜた物です。骨は自然再生しますが、隙間を埋めてやったほうが歪みが出にくいと教わりました。緑色の軟膏は苔から抽出した化膿止めです。どちらも、私の師匠が考案したものです」

ぜひ師匠に会いたいと言う侍医長に、遠方に居り自分も長く連絡が取れていないと誤魔化した。


侍医長との会話はエステルにとって楽しいものだった。マーリン以外と医術について詳しく話したことは無く、侍医長独自の薬草の配合など話題は尽きなかった。侍医長はエステルの事をかなり調べているようだった。砦で行った処置や薬の処方などの報告も届いているようで、今回直接処置を見て報告が過大評価ではないと実感した様子だった。


「エステル殿、骨格や血管の位置などはどのように学ばれたのかな? 我が国にも『骨格図』はあるがかなり不完全な物しかない」


この問いにどう答えるべきかエステルは躊躇したが、ゆっくりと話し始めた。

「倫理に悖ると思われるかもしれませんが、私の師匠は人体解剖を行っていました。囚人や養護院で暮らす者達の中で身寄りがない者に声を掛け、希望する供養と埋葬を行う代わりに献体を提案しました。貴重な資料を纏めた本で私は学ぶことが出来き、実際に解剖にも数回立ち会いました」


「貴女の師匠は素晴らしい方のようだ。決して倫理に悖るなどと思いませんぞ。医術を志す者なら避けては通れぬ道です。私も囚人の解剖をしたことがあります。我が国の場合、死刑囚は本人の了解を得ずに解剖する場合があったようです。その点、貴女の師匠は人の尊厳を守っておられる。ところで、骨格だけではなく内臓の研究もされていたのだろうか?」


「はい、内臓の働きも研究していましたが、死後では正確な動きは把握できず、特に心臓は複雑な構造で明確な働きを解明できずにいたようです」

病気で亡くなった献体は、どの臓器が傷んでいるのか慎重に解剖が行われたが、突然死など心臓が原因と思われる場合では、要因が判明しない場合が多かったと聞いていた。


「そうですか・・・ 心臓は詳しいデータが無いのですな。実はエステル殿に診察をお願いしたいと思っている方があったのですが・・・ 」

侍医長はなぜか言葉を濁した。


「解剖での情報はあまりありませんが、私は師匠の指示で多くの患者の心音を聞き、記録をしていました。後に心臓が原因で亡くなったと思われた患者の心音は、平常時も他の患者とは少し違う音がしていた者も居たのです。なので、心音に異常がある患者には動悸や胸の痛みを僅かでも感じたら、すぐに来るようにと注意をしていました」

(あの記録、マーリンはちゃんと保管してるかな・・・)


「ほう、心音ですか・・・ では、やはり診察をお願いすることになりそうですな。ウィリアム殿下とご相談して早急に予定を立てましょう」


その後、エステルは侍医長に医務院内を案内してもらった。先程使った調剤室の奥には、不安定な薬剤を低温で保管できる『保冷庫』や、夜間に治療する際に手元を照らす小型の『夜明石』など、錬金術で作られたと言う便利な道具があった。



侍医長と別れて、王城内に用意された客室へとエステルは向かった。

(心臓疾患・・・ ウィリアム殿下に係ると言えば第二王子かな・・・)



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