《 アイルレア国境 》
魔獣が現れる理由を探るため、エステルはマーリンの言いつけを破って動き出します
「アエネーイス様、ドライアド様をご紹介頂けないでしょうか」
アレンが帰るとエステルは直ぐに北の森に向かった。魔獣の件の報告と、森の精霊ドライアドへの橋渡しを頼みに来たのだ。
「森の探索に行くつもりかえ?」
「はい、国境を越えてアイルレア側に入りたいので、ドライアド様のご協力を頂けたらと」
森の中を流れる川が国境線になっており、迷い込んだとの言い訳は使いにくい。アイルレア側の歩哨の配置などを妖精たちに聞きたいのだ。
「明日にでも声を掛けてみましょう。ドライアドの返事はシルフィーに伝えさせるが、あの辺りは瘴気が濃い場所がある。気を付けて行っておいで」
二日後、エステルは剣を携え、肩掛け鞄にアベルを入れて街道を歩いていた。
湖への道は砦の兵が検問をしている為、エステルは街道を東へと歩く。アイルレアとの国境が近づくと街道を逸れて北西へと草原に分け入った。
やがて深い森が見えてきた。
【森の入り口に大きな樫の木があるの。ドライアド様はそこで待っていらっしゃるそうよ】
道案内役のシルフィーがエステルの肩の上でそう言った。
樫の木に近づくと、ふわりと風が吹いて緑色のドレスを纏った美しい精霊が姿を現した。
【エステルね。先日は魔獣を倒してくれてありがとう】
ドライアドはエステルに微笑んだ。
【エステルと申します。今日はお会い頂き有難うございます。ドライアド様はあの場にいらしたのですか?】
エステルはドライアドに深く一礼した。
【いいえ、私はアエネーイス様の元に居たので、妖精たちからエステルの武勇伝を聞いたのよ。何度か湖で見かけていたから、本当にあの可愛らしいお嬢さんがって驚いたわ】
ドライアドの周りを木の葉が楽しそうに揺らめきながら漂っていた。
【恐れ入ります。今日は川向こうのアイルレア側に入りたいのですが、人に見られたくないのです。ドライアド様のお力をお貸し願えますか】
【アエネーイス様からお聞きしています。既に川向こうの精霊やシルフィー達に命じているので、付近に人が居れば知らせが入るでしょう。ミレニア、ここへ】
ドライアドが声を掛けると、黄緑色の羽根を持つ妖精が現れた。
【エステル、ここから先はこのミレニアに案内させます。ミレニア、もし危険が迫ったらエステルを『森の聖域』に案内するように】
ミレニアと呼ばれた妖精はドライアドに深く頭を下げ、エステルに向き直りニッコリと笑った。
浅瀬を見つけて川を越えアイルレアの領地に入る。人はほとんど踏み入らぬようで獣道しかない。暫く進むとミレニアが立ち止まった。
【この先は瘴気が濃い所があるの、気を付けてね】
【瘴気が濃いのは何時くらいからなの?】
【そうだね・・・ ここ暫くかな。それ以前も他の場所に比べて瘴気が沸きやすかった場所ではあるんだけど】
(ここ暫くって妖精の感覚だと何年くらいなのかな・・・ 元々瘴気が沸きやすい所に通路が開きやすいのかしら?)
そんなことを考えながら進んでいくと、頭の中にシルフィーの警戒の声が飛び込んできた。
【人がやってくるよ!】
【兵隊? どちらから来るの?】
エステルが問いかけると、いくつかの声が重なるように返って来た。
【兵隊じゃないと思うよ】【うん、違う。冒険者かな】【一人で川を越えてきた】
(川を越えてってことは、コンウェル側から来たってこと? 何のためにこんな所に)
エステルは茂みに身を隠し、気配を消す呪文を脳裏に記した。
暫くして灌木の間から男が一人姿を現した。
(あれ!? あの人は・・・)
エステルは男に見覚えがあった。武術大会で弓を競ったライリーと言う男だ。アイルレア王国の元警備隊長で、国外追放の身だとアレンが言っていた。
(だから、こっそり越境しているのね。このままやりすごして・・・)
エステルがそう思った瞬間だった。ライリーが立ち止まるや否や、エステルが身を隠している茂みに向かって矢を放った。
エステルは茂みから飛び出て、剣を抜き矢を切り捨てる。
「いきなり矢を射かけるとは、少々乱暴なのでは? ライリー殿」
「何故わが名を!? いや、そなたは確か・・・ エステル殿、なぜこのような所に!」
ライリーはエステルに気付くと、続けて放とうとしていた矢を下ろした。
エステルは薬草を採りに森に入ったと説明をした。治療師であることは武術大会の時に話していたから、そう言えば疑われないと思ったのだ。
「それにしてもいきなりは酷いのではありませんか?」
エステルは切り捨てた矢を拾い上げ、ライリーに歩み寄った。
「済まなかった。先週この辺りで大きな野獣を見かけたのだ。幸いその時は私が風下だったので気付かれずに済んだが、今の位置は不利だと思い矢を放ってしまった。人の気配ではないと思ったのだが、本当に申し訳ない」
ライリーは頭を下げた。
(気配を消していたのに・・・ この人、やはり只者ではないわね)
「そうだったんですね。でも、ライリー殿はこの辺りに居ては不味いのではありませんか? 確か、アイルレアには入れないと聞いていたのですが・・・」
「ご存じでしたか、面目ない。実はこの少し先の村が私の故郷なのですよ」
ライリーによると、10数年前に大型の野獣が村を襲う事件があり、王都のライリーに親族から相談がきた。休暇をとり、森を捜索したライリーは大型の黒い野獣を発見したが、見失ってしまう。早速王都に戻り軍の上層部に討伐依頼をしたが、何故か派遣は見送られた。理由を問うても王命だと言われるばかりで埒が明かない。他の場所での被害はないのかと調べてみると、西部の村での被害が報告されていた。ライリーはその村へと出向いたが、既に住民は立ち退かされ、付近一帯は禁地として高い塀が巡らされ近づくことも出来なかった。ライリーは移転した村人を探し出し、自分が見た野獣と同じ物が彼らの村を襲い、住民の半数が死んだことを聞きだした。ライリーは王都に戻ると、自分の故郷が同じ目に合う可能性があると更に訴えたが、答えは同じだった。
『王命と言うなら』とライリーは王に直訴した。その結果が『国外追放』だ。
「それで、こうしてコソコソと故郷の様子を見に来ていると言う訳なのですよ」
ライリーは照れ臭そうに頭をかいた。
「そうですか、あれが他の場所にも・・・ そのうち耳にされると思いますが、数日前にコンウェル側の湖のそばで2頭の野獣が駆除されました。その後、砦の兵が森を捜索しましたが、国境の手前には巣などは無かったそうです」
エステルはライリーに魔獣2頭が討伐されたことを告げた。
「そうか、討伐されたのか。村に現れた野獣はいつも1頭だったと聞いているし、私が見たのも1頭だけ。私が調べた限り、アイルレア側の森にも巣らしきものは無かった。2頭同時に討伐されたのなら、すべて駆除されたと思って良いのかもしれぬな。直ぐに村に知らせよう。ところで、治療師のエステル殿がそこまで詳しいと言うことは、討伐隊に加わっていたのか?」
ライリーは危機が去ったとの安堵感か顔を綻ばせた。
「え、ええ。偶々知人を探しに湖に行って、巻き込まれてしまいまして・・・」
隠したところで、直ぐに噂話を聞くだろうと事情を話した。
「だが、捜索の兵が残党を発見しなかったとはいえ、危険な野獣が闊歩していた場所に一人で薬草探しとは些か不用心だろう。『長剣』でも優勝したエステル殿には不要かもしれんが、良ければ私が付き合おうか?」
ライリーがエステルの身を案じて提案してきたが、既に薬草の配置を確認したので、ちょうど帰ろうとしていたところだと辞退した。このまま村に向かうと言うライリーと別れ、エステルは川に向かう振りをして茂みで再び気配を消した。
【ミレニア、ライリーさんが村に入るまでシルフィーに見張ってもらえるかな。私はこのまま瘴気が強い場所に行きたいの】
【分かったわ、特に瘴気が強いのはこっちよ】
ミレニアはシルフィーに指示を出すと、エステルを先導して森を進む。10分ほど進むと徐々に悪寒を感じ始めた。瘴気が濃い所に『通路』が開きやすいのなら、瘴気を払ってしまったらどうなのだろうとエステルが呟くと、ミレニアが驚いたように声を掛けてきた。
【エステルは浄化が出来るの!?】
【以前、師匠がやるのをそばで見ていたの。多分、呪文はあれで良いと思う・・・ ダメ元でやってみようか】
エステルはニヤッと笑って目を閉じた。
キャメロット領内でブラックドッグを討伐した後、住処と思われる森の瘴気を払った際にマーリンが唱えた呪文を思い起こして脳裏に記す。エステル本人は気付いていないが、彼女の深紅の髪が僅かに浮き上がりキラキラと輝いていた。
徐々に周りの空気が軽くなるのを肌で感じる。薄暗かった森に木々の合間から木漏れ日が差してきた。
【凄い! 凄いわ!】
ミレニアが羽根をバタつかせて飛び回る。目を開けたエステルは明るくなった森を眺めて微笑んだ。
これで『通路』が開かなくなるかは分からないが、少しは可能性が低くなったと思いたい。ライリーの故郷の村が平穏であるようにとエステルは祈った。




