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《 魔法の露見 》


湖から帰った翌日、ジークフリートは砦の中庭を歩いていた。しばらく進むと建物の方から言い争うような声が聞こえてきた。


「三日も経つというのにまだ熱が下がらないとは、誤診ではないのか!」


「隊長、そう言われましても彼の傷は順調に回復しています。熱がなぜ下がらないのか見当がつかないのです」


それは、砦の責任者と医官の声だった。3日前の訓練で負傷した兵士の熱が下がらないようだ。当初は傷が化膿して発熱したと考え治療を行った。傷が塞がり周囲の腫れも収まったのだが、熱だけが全く下がらないらしい。


「隊長、エステルさんに相談したいのですが、使いを出しても良いでしょうか?」

医官は自分では手に負えないと判断したようだ。


「そうだな、何度か重症者用の薬も調合してもらったからな。使いではなく、お前が直接行って状況を詳しく話したほうが良い。直ぐに行ってこい」

医官は直ぐに出かけたようで、声は聞こえなくなった。


「砦の医官は国が任命しているはず。民間の治療師よりも優秀だと思っていたが、エステル殿の知識が勝るのか・・・ そうだ、医療関係者の教育に国がもっと力を入れたら、国の為にも民の為にもなる施策だ。エステル殿と一緒に取り組めたら・・・」




三ヶ月後、エステルは再びウィリアムに呼び出され、王都へ出向く羽目になった。


「薬草と調剤方法、治療についての教本を作ることは可能ですが、教師として王都に在住することはお受け出来ません」

協力はするが、王都に移ることは断固拒否したエステル。


「常駐が無理なら、ジークの時と同様に年に数回来てもらうことは出来ないだろうか。調剤についての実技指導は重要だから。あと、エステル殿の診察はとても丁寧だと聞いている。その指導もお願いしたいのだが」

ウィリアムもあっさりとは引き下がらない。


「そもそも本当に私で良いのでしょうか? 王都の治療師の方々はご自分の技術に自信をお持ちの方ばかりだと思います。地方の駆け出し治療師に指導を受ける等、気分を害されるのではないでしょうか。砦の医官にも始めはなかなか受け入れてはいただけなかったんですよ」

エステルも食い下がる。


「そこはジークが上手くやるさ。実は私もその点は憂慮していたのだが、あいつは実に熱心に計画を練っていた。任せて大丈夫だと思うよ」


そのあたりもジークフリートが既に手を回しているらしい。どうやら断ると言う選択肢は残されてはいないようだ。


「そうですか・・・ 分かりました、3ヶ月毎に2週間ほど王都に伺いましょう。では、私は早速ラスゴーに戻って教本の試作に取り掛かります」

渋々王都訪問を受け入れ、エステルは退出の挨拶をした。


「よろしくお願いする。出来た物は砦に渡してくれ、早馬で王都に取り寄せて製本しよう。では、門まで送ろう。ちょうど息子と乗馬の約束をしているのだ」


ウィリアムとエステルが西門前の広場に着くと、ウィリアムの長男ヘンリーが待っていた。ヘンリーはエリザベスの双子の弟だ。

エステルはヘンリーに挨拶をし、ウィリアムにも再度深く頭を下げると門へと向かった。


ちょうどそこへ馬丁が2頭の馬を曳いてきた。ヘンリーは既に馬に慣れているようで、手綱を受け取りに向かったが、何かに驚いたのか馬達が突如立ち上がった。馬丁が取り押さえようとしたが、一頭が暴走しヘンリーに向かって行く。


馬の嘶きにエステルが振り向いた時、ヘンリーに覆い被さるウィリアムの背中に馬の蹄が深く食い込んでいた。

エステルが駆け寄ると、ウィリアムはヘンリーを抱いたまま硬直していた。息はある、だが身体はピクリとも動かない。エステルはウィリアムの背骨に手を当てた。


(砕けている・・・)


「誰か来てくれ! ウィリアム殿下が負傷された!」

馬丁が大声で叫んでいる。


(時間が無いわ)

脊髄損傷は一刻を争う上、直ぐに人が来れば、通常行う治癒魔法の段取りでは時間が足りない恐れがある。


(やるしかない)

エステルは呪文を脳裏に記した。指定した箇所だけ時間を戻す呪文だ。マーリンが使ったのを見たことはあったが、自身が使うのは初めてだ。手を添えていた背骨が一瞬で硬くなったのが分かった。


「エステル殿・・・」

ウィリアムがか細い声を出した。


「今は何も仰らないで下さい。後で必ずご説明します」

エステルはウィリアムの背中に手を当て、さらに別の魔法を使った。肩の少し下に蹄の跡を付け、少しの内出血を作ったのだ。馬丁が目撃している以上、無傷と言う訳にはいかなかったからだ。


駆けつけた兵士の手で担架に乗せられ、ウィリアムが王城内に運ばれて行く。エステルは怯えているヘンリーの肩を抱き、彼らについて行った。


ウィリアムは侍医の手当てを受けた後、エステル以外の者を下がらせ、ベッド脇の椅子をすすめた。


「エステル殿、私は馬に蹴られて背骨が砕けたと思ったのだが、間違っているだろうか」

ウィリアムは落ち着いた声でエステルに尋ねた。


「仰る通りです。殿下は脊髄損傷の為、首から下が麻痺していました」

エステルは包み隠さず答えた。


「では何故、侍医が診察した時は軽い打ち身だけなのだろう。貴女はあの場でどんな治療をしたのだ?」


(ついにこの時が来てしまったのね・・・)

エステルは一度天を仰いでから、静かに話し出した。

「殿下、私は『時を戻す魔法』を使って、背骨を事故の3分前の状態に戻しました」


「『時を戻す魔法』?!」

思いがけないエステルの答えにウィリアムは思わず大きな声を出した。


「驚かれるのは当然です、この世界には『魔法』は存在しないようですから。随分調べましたが、『魔法』に関する記録は見つかりませんでした」

ウィリアムが驚くのは当然だと、エステルは冷静に答えた。


「あ、済まない。貴女を責めている訳ではないのだ。『魔法』とは聞いた事が無いが、怪我や病気を治す技なのか? それに『この世界には』とはどういう意味だ? まるで別の世界があるような・・・ まさか」

ウィリアムは言葉に詰まった。


エステルは頷いた。

「私は4年前まで『魔法がある世界』で暮らしておりました。私に危機が迫った時、師匠が緊急避難的に魔法を使用した結果、思いがけずこちらの世界に飛んでしまったようなのです。詳しいことは未だにわかりませんが、私が異世界人なのは間違いないようです」

エステルはまっすぐにウィリアムの目を見て答えた。


「異世界・・・ しかし、エステル殿は言葉も文字も使いこなしているではないか」


「そうですね、不思議なことに言葉も文字も同じなのです。見知らぬ場所に飛ばされたと分かった時、初めにたどり着いた町の看板を見てホッとしたのを覚えています。お陰で『旅の途中で盗賊に襲われ、同行していた商隊と逸れた』との言い訳を誰も疑いませんでした」


「異世界があると言う事、にわかには信じ難いが、この世界には無い『魔法』と言うもので私は救われた。これまでもそのお陰で助けられたのか?」

これまでの事を思い起こし、ウィリアムは尋ねた。


「殿下を湖の底から助け上げた際、脈は弱く呼吸は止まっており、魔法で肺に入った水を取り除きました。先日の狩りでは、投げた槍の威力を増す為に魔法をかけました」


「では、リズの時は?」


「エリザベス様の時は少し事情が違うのですが、今お話しすることはお許し下さい。私の一存ではお話し出来ないので・・・ ただ、怖い記憶を消したのは私です」

妖精の事は今はまだ話すべきではないとエステルは言い淀んだ。


話せない事情とは何なのだと聞きたい衝動を抑えて、ウィリアムはエステルに笑顔を向けた。

「そうか、改めて礼を言わなければな。『魔法』が使えるエステル殿が居合わせなければ、私はとうに死んでいた訳だ。貴女がここに居るのは神のご加護に思える」

ベッドから体を起こしてウィリアムが頭を下げた。


エステルは椅子から立ち上がると、その場に片膝をついて深く頭を垂れた。

「殿下、私は『異分子』です。この世界と深く関わるのは良いことではないと思っております。魔法に係りがない薬草や医療の知識はお約束通りご提供致しますが、これを機会に、王家の方々とお会いするのはご遠慮したいと・・・」


「いや、待ってくれエステル殿」

ウィリアムが慌ててエステルの言葉を遮った。


「会わないなどと言わないでくれ。さっきも言ったが、貴女がこの国に来たのは神のご加護だと私は思う。海を渡れば言葉も文字も異なる国は沢山ある。そういう場所ではなく、今貴女はここに居る。この国が貴女を必要としているからだと思ってはくれないだろうか」


エステルは俯いて答えない。


「エステル殿、誤解しないで欲しい。『魔法』を使ってこれからも我々を救って欲しいと望んでいる訳では無いのだ。貴女は突然、誰も想像ができない程の苦境に立たされた。だが、勇気と知識を生かしてそれを乗り切っている。『魔法』の力だけが助けになった訳ではないだろう? 貴女には何かを成し遂げる行動力があると私は思う。その力をこそ貸してはくれないだろうか」


「私はただ帰る方法を見つける為に、今を生き抜く為にそうしてきただけで、特別な力だとは思いません」

エステルは俯いたまま小さな声で答えた。


「エステル殿、貴女は先程『この世界と深く関わるのは良くない』と言ったが、私を救っただけではなく、既に多くの民の為にその知識を生かしているではないか。この4年で何か悪いことが起こったか? 貴女を頼りにする人々は貴女が何処から来たかなど気にしてはいないはず。勿論、貴女の素性を公にする気はない。さぁ、エステル殿立ってくれ。どうか今まで通り、私とジークに力を貸してほしい」


ウィリアムの言葉にエステルは立ち上がったが、まだ下を向いたままだった。

「ただ、ジークフリート殿下の件は・・・」

消え入りそうな声で、ようやくエステルは口を開いた。


「ジークには貴女の素性はもう暫く伏せておこうと思う。いや、話すまい。そのうえでジークの行動を見てやって欲しい。近いうちに貴女が帰る方法を見つけた時は真実をジークに話そう。だが、帰る方法が見つからないようであれば、ジークの気持ちを汲んでやってはくれないだろうか。生涯をこの地で暮らすのであれば、その地位は貴女を守ることにもなる」


エステルは黙っていた。いや、どう答えるべきか分からなかったのだ


「エステル殿、ジークの件は長い目で見てやってくれ。他に想い人が現れたら、その時はアッサリ振って構わないから」

悪戯っぽい声でウィリアムが言うと、驚いたようにエステルが顔を上げた。


「おや? 既に想い人が居たか?」


「いえ! そんなことはありません」

弾かれた様にエステルが答える。


「確かにエステル殿に憧れている者はジークの他にも大勢いるだろう。貴女は能力も容姿も魅力的だからな。ジークもうかうかしては居れんな」

したり顔でウィリアムが頷く。


「殿下、お戯れは程々になさって下さい」

エステルが軽くウィリアムを睨んだ。


「殿下、骨が修復されたとはいえ、数秒は瀕死の状態だったのです。どうか安静になさって下さい。明日、もう一度診察にお伺い致します」


エステルは会釈して退出した。




ついに『魔法』が使えることを認めざるを得ないことに・・・

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