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《 第三王子の願い 》

一介の治療師に戻りたいエステルですが、王家との係わりはなくなりそうにありません


「兄上、今度の夜会にエステル殿をお招きできないでしょうか?」

ウィリアムの執務室を訪ねたジークフリートが気まずそうに切り出した。


「夜会か? エステル殿はそういう場は好きではないと思うが」

ウィリアムは弟の意外な申し出に、いつになくきつい口調で応じた。


「そうは思いますが、夜会の席で先日の功績を皆に披露して・・・」

ジークフリートも自覚していたのだろう、段々と声が小さくなっていく。


「ジーク、言いたいことは分かるが、それこそエステル殿が一番嫌う事だろう。お前が会いたいのなら、口実を作って呼び出すのではなくお前から出向けば良かろう。それが礼儀ではないか?」


兄の言葉にジークフリートは下を向いた。


「エステル殿に会いたいのだろ?」

今度は優しい声でウィリアムは弟に問うた。


「はい、兄上」

ようやく顔を上げたジークフリートははっきりと答えた。


「ちょうどラスゴー教会の司祭が交代すると連絡が来ていた。司祭交代式には王族が参列する慣例で、前回は私が出向いた。お前を任命して下さるように私から父上にお願いしておこう。ついでに砦の視察も予定に入れて1週間ほど滞在すればよい。その間にエステル殿を遠乗りにでも誘ったらどうだ。夜会よりはゆっくり話せると思うぞ」


「有難うございます、兄上」


嬉しそうに部屋を後にする末弟の姿を、ウィリアムはやや複雑な思いで見送った。ジークフリートがエステルに好意を抱いていることはかなり前から気付いていた。第三王子とは言え身分の違いを考えると、エステルを王子妃に向かえるのはかなり難しい。しかも、側近のアレックスを使いエステルの素性を調査したのだが、ラスゴーで治療院を開く以前の足取りが全くつかめない。他国にも情報網を持つアレックスがこの手の調査を失敗することはまずない。エステルを武術指南に招いたのは間違いだったのかもと後悔したこともあった。しかも、幾度となく自分たちを救ったエステルの能力は理解を超えるものがある。それを不安に思う反面、この国に必要な存在ではないのかと思うことも事実。そして自分自身がエステルに抱く気持ちもウィリアムを不安にしていた。5年前に妻を亡くしていたウィリアムもまた、エステルを特別な存在だと認識しつつあったのだった。



エステルの元に王城から手紙が届いた。封筒には見慣れない封蝋が施されている。これまでウィリアム殿下からの手紙以外は受け取ったことが無いエステルはやや不安を感じながら開封した。


『エステル殿、お元気だろうか。この度ラスゴー教会の司祭が交代することになり、式典に私が参列するようにと陛下からご下命があった。この機会に砦の視察もすることになり1週間ほど滞在する。エステル殿のご都合が良ければお会いできると嬉しい。近くに景色が良い場所などあれば遠乗りでもいかがだろうか』


ジークフリートの文字からは緊張が感じ取れた。会いたいと言う気持ちが十分読み取れたが、エステルは迷った。自分は異世界人である上に、魔法というこの世界には存在しないものを使う。この世界で特別な関係を持つべきではないと常々思い、ラスゴーの住人達とも深い付き合いは避けてきたのだ。


「さて、何と言って断るかな・・・」

白紙の便箋を前にエステルが考え込んでいるとドアをノックする者があった。ドアを開けるといつもウィリアムからの手紙を届けに来る近衛兵だった。いつもは返事を持ち帰る彼が、今回は返事不要と聞いていると言い、直ぐに帰って行った。


手紙を読み終えたエステルは大きな溜息をついた。弟の申し出を断らないでやってくれと書かれていたのだ。ジークフリートの思いはエステルにとって重荷かもしれないが、これまで我儘を言ったことが無い弟のたっての願いなのだと。そして最後にこう書かれていた。


『もし、エステル殿がジークの気持ちを受けてくれたら、自分は二人の味方だ。どんなことをしてもエステル殿を守る』




2週間後、司祭交代の式典が開かれエステルも参列した。王族として式典に参列したジークフリート第三王子は実に堂々と務めを果たし、教会関係者や街の名士達と歓談した後、エステルの元へとやってきた。


「エステル殿、お久しぶりです。あの、私の手紙、読んで頂けましたか?」


式典中とは違い、頼りなげな王子の姿にエステルはふと微笑んでしまった。

「はい、砦の視察が終わられたら遠乗りにお供致しましょう。景色が良い湖畔がございますから」


「湖って兄上が落ちた所ですか?」


「いえ、別の湖です。馬で30分ほどの所に見晴らしが良い丘陵地帯と、小さいですが綺麗な湖がございます。ご予定が決まりましたら前日にでもお知らせ頂ければ、私が砦に伺います」


「では、楽しみにしています。 それから・・・」

ジークフリートはまだ話したそうであったが、教会関係者が迎えに来たため、エステルは会釈して教会を後にした。



翌日、エステルは武具屋の親父に馬を借り湖へ向かった。砦からの経路と湖周辺の地形を確認し、付近の精霊や妖精たちにも話をしたうえで警備案を作ったのだ。


「助かります、エステル殿。殿下はお忍び故、警備は最小限でと仰いますが、先日の襲撃の黒幕も分かっていない状況ですので・・・」

警備案を届けた砦の隊長がエステルに頭を下げた。


「ジークフリート殿下はお忍びで外出されたことが殆ど無いと伺っています。皆さんのご苦労をご存じないのでしょう。私も十分気を付けますが、よろしくお願い致します」

エステルは隊長に後を託して帰路に就いた。


当日、一人の兵が斥候として先発し、ジークフリートとエステルから少し離れて5名の兵が護衛をしていた。30分ほどで湖に着き、ジークフリートとエステルは馬を木に繋いで湖畔を散歩した。


「エステル殿、今日はありがとう。ぜひ貴女とゆっくり話がしたかったのです。あの・・・ 私は王族と言っても第三王子です。父上や兄上のお力になれるよう努力はしていますが、比較的自由な立場です。なので・・・ もし私をお嫌いでなかったら・・・」

ジークフリートの声は段々と小さくなっていった。


エステルはジークフリート本人に対しては『善良な青年』との認識を持っていた。なので、身分の違いを理由に穏便に断るつもりだったのだが、『比較的自由な立場』との発言に苛立ちを覚えた。継承権が低いとは言え、何を考えているのかと。


「ジークフリート殿下、失礼を承知で伺います。第三王子としてのご自身の役割をどのようにお考えなのでしょう。本心から自由な立場だとお考えなのですか?」

エステルはジークフリートの目をまっすぐに見ながら、穏やかな声音ではあるが厳しい口調で問いかけた。


驚いたように目を見開いたジークフリートにエステルは更に問いかける。


「現在、コンウェル王室には王妃も第一王子妃もおられません。殿下が娶られる方は王室を代表する女性となるのです。有力な貴族や他国の姫ならば誰もが納得するでしょう。一介の治療師である私などに関わっておられる場合ではないと思いますが・・・ それとも、正妃を迎えられる前に側室をお望みなのですか?」


「エステル殿・・・ しかし兄上も・・・」

エステルの言葉にたじろいだジークフリートは言い淀んだ。


「ウィリアム殿下が何と仰ったのかは存じませんが、ご自身の立場をお忘れになってはなりません。殿下、ここに来るまでの道のり、どれほどの兵士が殿下を見守っていたがお分かりですか? 今現在も湖の周りを警備している兵士が何人いると思いますか? お忍びとは言え、多くの者が殿下の安全を確保する為に動いています。王族とはそういうものなのです、自分の希望だけで動いて良いものではありません」

ジークフリートが何をするにも、多くの者がその陰で動いていることを忘れてはいないかと、エステルはさらに指摘をした。


「では王家に生まれたら、好意を寄せている女性に思いを告げることも出来ないのですか? 私はただ国の為だけに生きなければならないのですか?」

ジークフリートはやや声を荒らげた。


「そうですね・・・ 確かに、王家に生まれたと言うだけで、常にその覚悟を求められるのは理不尽だと思われるでしょう。しかし、その責務から逃れることは出来ないのです。そのうえでご自身に何が出来るか、そのためにどう行動するべきか、よくお考え頂きたいのです」

その立場の辛さを誰よりも知るエステルは、少し間をおいて穏やかな口調でジークフリートに説いた。


「『第三王子として何が出来るか、その為にどう動くべきか』か・・・ では、エステル殿、私がその責任を全う出来たら、いえ、その為にこそ貴女を必要としたら、もう一度私との事を考えて下さいますか?」

エステルの諫言にジークフリートは下を向いて暫く考えていたが、決然と顔を上げ真剣な眼差しでエステルにそう告げた。


エステルは黙って頷いた。自身の立場を考えると、申し出を受けることは無いと思いながらも、真摯なジークフリートの思いを、その場で打ち消すことは忍びなかったのだ。




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