《 襲撃 》
『武術指南』の任から解放され、今後は王家と関わることは避けようと思っていたエステルですが
なかなか思うようにはいかないようです・・・
王都への呼び出しもなく、エステルはラスゴーで穏やかな日々を過ごしていた。不定期だがアエネーイスの助けでマーリンとの連絡も取れた。王都に出向く前、アエネーイスを通じてマーリンに調査を依頼した件は思いがけない答えが返ってきた。
「エステルの消息が分からなくなって20年程後、星が落ちそうになったんだよ」
「え?! 星が落ちそうって、それどういう事?」
余りに思いがけない答えにエステルは素っ頓狂な声を上げた。
「南東の空に明るい星が突然現れて、どんどん近づいて来たんだ。人々は『この世の終わりだ』『神の怒りだ』って恐慌状態だったよ。だが、ある日を境に遠ざかって行き、ついには消えてしまった」
「直接の被害は無かったの?」
「動揺した人々の一部が暴動を起こしたり、集団で姿を消したりと言う騒ぎはあったよ」
「姿を消したって、どういうこと?」
「少しでも遠ざかれば助かると思ったのか、少なくない数の人々が行方知れずになったんだ。当初は集団移住したのかと思われたが、結局どうなったか分からずじまいさ。星が消えた後も、誰一人として帰ってこなかったんだ」
「そう・・・ ねぇ、それってアルビオンだけのこと? 大陸でも?」
急に思いついたように、エステルが尋ねた。
「あぁ、アルビオンだけではなかった。その後10年ほど後に君を探しに大陸に行った際、同じような出来事があったと歴史書に書かれていたよ。遠い東国でも騒ぎがあったらしい」
「急に星が近づいてきて、広範囲でかなりの人数が消息を絶った。ちゃんと歴史書に書かれているのね・・・」
エステルは下を向いて考え込んだ。
「どうした?エステル」
「前にも話したけれど、こっちの世界の歴史書では人名など僅かな相違点を除けば、地名や出来事もある時点までは私が知る歴史と瓜二つなのよ。なのに星が近づいて来たと言う話はどこにも載ってなかったわ。なぜなのかしら・・・」
「全く別の世界なのに、ある時期まで瓜二つという事の方が異常だと僕は思うけどな。もしも、すべてが良く似ていると言うのなら仮説が一つあるが・・・」
マーリンはそこで言葉を濁した。
「マーリン、仮説って?」
「こちらとそちらが『鏡写しの世界』っていうのはどうだい? 左右が逆転していないから言葉通りではないがね」
「なるほど・・・ 300年前までは『鏡写し』だったけど、何かの切っ掛けで別々の道を歩み出したって・・・ あれ?マーリンの姿が揺るぎだしたわ、もう時間なのね」
大月の光が薄れ始め、世界を繋ぐ空間が揺るぎだした。
【話が弾んでおる処残念じゃが、今宵はこれまでじゃな】
少し距離をとっていたアエネーイスがエステルに歩み寄ってきた。
「『鏡写し』か・・・ たしかあの時、水鏡に映った私に向けて魔法を使ったとマーリンが言っていた。鏡を使ったせいで『鏡のこちら側』の延長線上に飛んじゃったのかな・・・」
エステルが考え込んでいると、治療院のドアをノックする者があった。明け方に北の山から帰宅後、しばらく誰にも会いたくなかった為、ドアには『午前中休診』の札を出しておいたのだが。
「急患じゃしかたないわね・・・」
エステルが治療院のドアを開けると、済まなそうな顔をしたエミリーが立っていた。
「ごめんね、エステルお姉ちゃん。この兵隊さんがお姉ちゃんに用事だって」
エミリーの後ろに申し訳なさそうに立っていた兵士が会釈した。近くの砦の兵士ではなく、ウィリアム王子からの近衛兵でもない。
「有難うエミリー、大丈夫よ。これ、教会で聖歌隊の子供たちと食べてね」
エステルはそばの棚に置いてあった菓子をエミリーに渡して帰した。
「治療師のエステルですが、私に何か御用でしょうか?」
エミリーが立ち去るまで黙って立っていた兵士にエステルが声を掛けた。
「休診の所申し訳ありません。私は王都警備隊の者です。ローリー隊長からお手紙を預かっておりまして、出来ればお返事を聞いて来いと申し付かっております」
申し訳なさそうに兵士が差し出す封筒には王都警備隊のエンブレムがあった。エステルは手紙を受け取り、兵士を診察室のテーブルに案内し、薬膳茶を出した。
「では、こちらで少しお待ち下さい」
自室に戻り開封すると中には2通の手紙が入っていた。薄い水色の上質の紙にはウィリアム王子の封印が施されていた。
『エステル殿、変りは無いか? 突然で悪いのだが、ラスゴーの近くにジークフリートを伴って行く用事が出来た。王都警備隊長アルバス・ローリーを迎えにやる故来て欲しい。エステル殿に会えず、ジークが寂しがっている』
もう一通の事務的な紙には、太い文字で『用事』の内容が書かれていた。ラスゴーから馬で1時間ほどの放牧地で狼が増え、家畜に被害が出ているとの訴えが民から上がった。ウィリアム殿下が兵の訓練とジークフリート殿下の腕試しを兼ねお出でになる。弓の師であるエステル殿にぜひ見て頂きたいと。そして最後にこう書かれていた。
『是非ともエステル殿と弓の腕試しをしたく、直々にウィリアム殿下にお願いし、随行を許された』
そうだ、王都警備隊長アルバス・ローリーと言えば、王国屈指の弓の名手として名高い。近衛騎士団のフィンレー将軍から、機会があれば会ってやって欲しいと何度も言われていたのだ。王都滞在中は近衛騎士団の訓練に付き合うのが精一杯で希望に添えなかった為、ウィリアム殿下に直訴したとは。そもそも王都警備隊が地方に出張って良いのやら。
「ご依頼承りましたとお伝え下さい。ところで、何故エミリーが道案内を?」
エステルは気になっていたことを兵士に尋ねた。
「すみません。先に砦に行き、地図を描いてもらえと言われていたのですが、有名なエステル殿の治療院なら、行けばすぐに分かると思ったもので・・・」
兵士の返答が徐々に尻すぼみになっていく。
「小さな治療院で見つからなかったんですね。私は一介の治療師です、たまたまウィリアム殿下とご縁を頂いたに過ぎません」
(なるほどね)エステルは心の中で苦笑いした。
兵士は恐縮して、6日後に迎えに来ると言って帰って行った。
「もう2年以上経つのですな、武術大会でエステル殿の雄姿を見たのは。ようやくお目にかかれた」
5人の部下を連れラスゴーに現れたアルバス・ローリーはにこやかにエステルに会釈した。
「大会を見ておられたのですか?」
フィンレーからは詳しい話を聞いていなかったエステルは驚いた。
「ええ、弓の予選で貴女を見て、決勝にローガンを誘ったのはこの私です。剣の準決勝と決勝は部下も大勢引き連れて行きましたぞ。そこの5人も皆エステル殿の雄姿を見ております。決勝の相手は小細工を弄する輩で気に入らなかったが、エステル殿の鮮やかな剣筋に溜飲が下りましたぞ」
ローリーの言葉に周りの兵達も頷いていた。
前日砦から届けられた馬に跨り、演習会場の放牧地へ向かう道すがら、ローリーはエステルの弓の師匠について知りたがった。トリスタンから教わった風の読み方などを話しながら、エステルも久々の乗馬を楽しんだ。
なだらかな放牧地の一角に陣営が見えた。後方にある小高い岩場が風を防ぎ、野営には向いていると思われたが、エステルは何か胸騒ぎを覚えた。
既に兵の一部は放牧地に隣接する森に分散し、狼を狩り出しにかかっているようだった。陣営先端の馬上にはウィリアムとジークフリートの姿があり、追い出されてくる獲物を待っていた。
「すでに始まったようですな」
ローリー隊長の言葉に頷こうと右を向いたエステルの目に光る物が映った。陣営後方の岩場に何かが居る。
(光ったのは武器か?)
エステルが身構えた瞬間、二人の人間が立ち上がり弩を構えるのが見えた。
「狙撃兵が岩場に!!」
警戒を叫びながら、馬に吊るしている弓を取ろうとしたエステルは一瞬手を止めた。弩から打ち出される矢は強力だ。エステルが魔法をかけて矢を放っても、確実に弾き飛ばせるかは微妙だ。
エステルは手ぶらで馬を飛び降りた。後ろに続いていた兵が持つ槍を奪い取ると陣営に向け走り出す。エステルは走りながら脳裏に魔法を記し、矢の軌道を見定めて槍を勢いよく投げ放った。
この地には初めて来た為、付近の妖精の助けは借りられない。かと言って周りに人が居る状態で大きな魔法は使えない。後ろの兵士が持つ槍に、部隊と所属を示す2色の太いリボンが4本付いているのを思い出し、魔法で槍の回転による風の威力を増し、リボンで矢の軌道を逸らそうと考えたのだ。だが、逸れた矢が近くの兵士を傷つけるかもしれない。エステルは近衛騎士団との訓練を思い出した。
「近衛師団、高所警戒! 盾かざせ!」
槍を放った直後、エステルは大声で叫んだ。渓谷などで待ち伏せを受けた際の防御体制をとる命令を叫んだのだ。
突然の警戒命令に一瞬たじろいだものの、エステルの声に馴染んでいた近衛騎士達は直ちに盾を頭上にかざし、守るべき両殿下を囲んだ。
ウィリアムの後ろに居たフィンレーは、後方を振り返り唖然とした。飛来する2本の矢の射線上に斜め後ろから何かが回転しながら凄い勢いで飛んでくる。それは唸りを上げて風を起こし、矢を次々と弾き飛ばす。2本の矢は失速し、盾をかざす兵の上にフラフラと落ちた。役目を果たした槍は兵士たちの頭上を飛び越え草原に落ちた。
エステルの警告に、ローガンは愛用の弓に矢を番えて岩場を見た。
「逃すものか!」
二人の狙撃手を認識すると矢継ぎ早に2射放った。
「急所は外した、ひっ捕らえて来い!」
隊長の命令に3名の兵が岩場に向け馬を駆る。
矢と槍の落下を確認して、エステルはローリーのそばに戻った。
「エステル殿、槍もお得意とは驚きましたな。何故大会に出なかったのです?」
「『槍』は対人戦のみで投擲競技は無かったのでは? ローリー隊長、私も今日は良いものを見せて頂きましたわ。」
にやりと笑うローリーに笑顔を返し、エステルは馬に跨った。
馬に積んでいる鞄からアベルが心配そうに顔を覗かせていた。大丈夫よと言うようにエステルはアベルの頭を優しく撫でた。
槍に魔法はかけたが、それほど不自然な動きではなかったはずだ。魔法なしでは弩の矢を弾くほどの風は生まなかっただろうが、兵士は盾をかざしていたから風の強さはさほど感じなかったはずだ。
岩場に行ったローリーの部下が戻ってきた。馬の背に犯人二人を乗せていたが、どうやら死んでいるようだ。ローリーの矢は急所を外れていたものの毒を飲み自害したらしい。
「隊長、申し訳ありません。着いた時には既に・・・」
「仕方がない、砦に運び持ち物を改めよう。お前たちは先に砦に向かえ」
随行の5名を砦に向かわせ、ローリーはエステルを伴って陣営に向かった。
陣営に着いた二人を出迎えたのはフィンレー将軍だった。
「ローガン、両殿下はご無事か?」
ローリー隊長が姿の見えない両殿下を案じた。
「あぁ、念のために幕舎にお入り頂いたが問題ない。ところであの槍を投げたのは誰なんだ? 盾を構える号令はエステル殿の声だったが」
「もちろんエステル殿だ。うちの兵の槍を奪い取って、もの凄い勢いで投げたぞ」
フィンレー将軍の問いにローリー隊長は嬉々として答えた。
「奪い取ってって・・・」
馬から下りてローリーの後ろに控えていたエステルが小声で抗議した。
「いずれにしても助かった。あれは特殊な矢で盾を構えただけでは危なかったからな。犯人はお前が射てくれたようだが?」
二人の後ろを見やってフィンレーが尋ねた。
「残念だが捕らえる前に自害された。遺体は部下に砦に運ばせている」
「そうか・・・ 恐らく金で請け負った者だろう。黒幕に繋がる物は見つかるまいな」
(平和に見えるこの国にも王族を狙う者が居るのね・・・)
エステルはモードレッドの事を思い出していた。
「ローガン、他に伏兵が居ることも考えられる。両殿下には直ちに砦に避難して頂き、警備を強化したうえで王都へお戻り頂くべきだ。ところで今日は何匹くらい狼を狩る予定だったんだ?」
ローリー隊長が急に話題を変えた。
「土地の者が直接目撃した訳ではないが、被害からして10頭ほどの群れとみている」
「10頭か・・・ よし、俺に任せろ。エステル殿と二人なら日暮れまでには砦に戻れるだろう。勢子兼荷運びに5人ほど残してくれれば良い」
「それは助かる。天幕などは明日回収するように砦に命じよう」
勝手に予定を立てる二人にエステルは不機嫌な声を出した。
「私と二人でとはどういうことですか、ローリー隊長。私はジークフリート殿下のお手並み拝見に呼ばれただけですよ」
「エステル殿、無理を言って済まんが、王族二人が出張ってきたのに成果なしで引き揚げたとあっては立つ瀬がないのだ。被害を受けている民の為にも頼む」
フィンレーが申し訳なさそうに頭を下げた。
フィンレー将軍にそう言われては断る訳にもいかず、エステルは渋々承知せざるを得なかった。
「ローリー隊長、狩場に行きましょう。早く終わらせないと」
「おいおいエステル殿、両殿下にご挨拶はしないのか!」
陣営に置かれていた予備の矢筒を一つ握ってさっさと馬へと向かうエステルを、ローリーは慌てて追いかけた。
「また、そなたに助けてもらったのだな」
そう言うであろうウィリアムの顔を、エステルは見たくなかったのだ。
放牧地を颯爽と駆けるエステルの後ろ姿を、天幕の隙間から見ている者があった。
「ジーク、どうかしたのか?」
「いえ、何でもありません兄上」
ジークフリートはわざと明るい声で兄に答えた。
久しぶりにエステルに会える、それだけを楽しみにジークフリートはこの狩りに参加していた。
武術大会で一目エステルを見てから、ジークフリートは彼女に憧れていた。当初は叶わなかったが、1年後に兄ウィリアムの手配でエステルが武術指南をすることになり、敬遠していた武術にも懸命に取り組んだ。今回、少しでも上達したところをエステルに見せようと、弓の鍛錬にも励んでいたのだ。
王都滞在中、騎士達とは笑顔で接するエステルだったが、ジークフリートとの鍛錬の際は表情を崩すことは無かった。武術鍛錬なのだから、真剣な顔で接するのは当然と思いながらも、自分にも少しで良いから笑顔を向けて欲しいとジークフリートは欲していた。
(今日、上手く狼を仕留める事が出来ていたら、少しは笑顔を向けて貰えただろうか・・・ 次はいつ会えるのだろう・・・)




