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《 事故 》

王家との関わりが長くなり、エステルは一介の治療師としての生活を続け辛くなってきました

『魔法』という秘密を抱えるエステルはこれ以上国の中枢には関わりたくないのですが・・・


「おや、ジークはさぼっているのかな?」


聞き馴染んだ声にエステルが振り返ると、乗馬服を身にまとったウィリアム第一王子が立っていた。


ここは王族専用の屋上庭園。ジークフリート第三王子の居室の上、3階部分に当たる場所に広い庭園が造られている。

エステルの指導で弓の腕はかなり上達したものの、気が優しい第三王子は剣の修業を苦手にしていた。無様な姿を騎士団に見せたくないと言う王子の希望で、午後の剣の稽古は二人きりでこの庭園で行っていたのだ。


「ウィリアム殿下、遠乗りに行かれるのですか? ジークフリート殿下はバイオリンの授業が長引いているようです。直接馬場に行かれるように使いを頼みましょうか?」

てっきりジークフリートを迎えに来たと思ったエステルが扉に向かおうとするとウィリアムが呼び止めた。


「いや、エステル殿を誘いに来たのだ。実は娘が馬を怖がっていてね、なかなか乗ろうとしないのだよ。貴女がさっそうと馬を走らせる姿を見れば、自分も乗りたいと言うのではないかと思ってね。出来れば娘の乗馬の手ほどきもやってもらえないかな?」

ニッコリと笑うウィリアム。


(まだまだ開放してくれないってことね・・・)

エステルがひっそりと溜息をついた時、可愛らしい声が耳に飛び込んできた。


「父上、見て! 凄いでしょ!」


声の主は4~5歳くらいだろうか、明るい金髪を三つ編みにした愛らしい少女だった。庭園の縁一段高い場所に設けられた東屋の塀に上り、両足をブラブラさせながら父親に手を振っている少女は得意満面な顔をしている。


「リズ、いつの間に来たのだ」

ウィリアムが娘に歩み寄ろうとした刹那、少女の体が傾いた。東屋の塀がゆっくりと外側に向かって倒れてゆく。


「リズ! こちら側に飛び降りるんだ!!」

ウィリアムが叫びながら手を伸ばすが、無情にも少女の体は庭園の外へと放り出された。


エステルは一瞬迷った。魔法で王女の落下を防ぐ手はある。しかしそれではウィリアムに自分の能力を説明しなければならない。この世界で魔法が認知されていない以上、それは危険な行為となる。


【シルフィー、手伝って!】

弓を手にしたエステルは、妖精に声を掛けると素早く矢を二本番えた。午前の弓の訓練後、部屋に帰らず蔵書室に籠っていた為、そのまま持ってきていたのだ。師匠直伝のまじないの言葉と共に矢を放ったエステルは、弓を投げ捨て外壁へと猛然と走り出す。


「リズ!!」

娘の名を叫び走り出そうとしたウィリアムの耳に『不思議な言葉』と鋭い風切音が聞こえ、すぐ脇を2本の矢がすり抜けて行った。


驚いて振り向こうとしたウィリアムの横を一瞬で駆け抜けたエステルは、庭園の壁に飛び上がるとそのまま勢いよく外へと飛び出した。


「どうして・・・」

僅かに遅れて壁際にたどり着いたウィリアムが目にしたものは信じがたい光景だった。

通路の向こうの大木に、落下したはずの愛娘が2本の矢で縫い留められていたのだ。目を凝らすと2本の矢は大きく広がったスカートに命中していた。


「そうだ、エステル殿は!?」

慌てて眼下を見れば、まるで風にでも乗っているかのように両手を広げ、美しい赤髪を靡かせて着地するところだった。受け身をとって転がったエステルの背中から一匹の黒猫が飛び出し、王女が縫い留められている木に駆け上がっていく。

猫が器用に前足で矢を払いのけると、落下してくる王女をエステルが抱き留めた。


エステルは急いで王女の体を魔法で確かめたが、右肩に打ち身はあるものの大きな怪我はないようだ。エステルは気を失っている王女の頭をそっと撫でた。怖い思いは消えてなくなれと。


「リズ!!」

信じがたい光景を目の当たりにし、呆然と立ち尽くしていたウィリアムがようやく我に返り外階段を駆け下りてきた。


「気を失っておられますが、大きな怪我は無いようです」

エステルがそっと王女をウィリアムに手渡した。


「木に打ち付けられた際の痛みが出ると思います。非常時とは言え、王女殿下に対するご無礼、どうぞお許し下さい」

エステルが頭を垂れた。


「何を言うんだ、あのまま落下していたら命も危うかった。親子共々、君に命を救われた。感謝してもしきれないよ」

ウィリアムは愛娘をしっかりと抱き、エステルに頭を下げた。


「暫くはお一人にせず、付き添ってあげて下さい。恐怖で記憶が飛んでいるかもしれませんが、その場合は無理に思い出させないほうが良いと思います」

エステルは優しく微笑むと王女の髪をそっと撫でた。



「本当に父上の髪色そっくり・・・」

ウィリアムが王女を抱いて遠ざかるのを見ながらエスエルは小さく呟いた。幼い日に父に抱かれてキャメロット城の庭を散歩したことが脳裏に浮かんだ。


頭を一つ振って、エステルは樹上に手を差し伸べた。

「アベルご苦労様、さぁ下りておいで。どうして猫って下りるのは苦手なのかしらね。でも、お前が来てくれて助かったわ。あの高さから王女様を抱いて降りるのは大変だったでしょうから」


ウィリアムの悲痛な叫び声に驚いたアベルが鞄から顔を出すと、矢を放ったエステルが走り出すところだった。何が起きたのかは分からないまま、アベルはエステルの背中にしがみついたのだった。


エステルの周りに優しい風が吹いた。

【シルフィーも有難うね、お陰で助かったわ】

シルフィーならエステルの意図を察して、矢を安全な場所に当ててくれると信じての一種の賭けでもあった。


広げたエステルの腕の中にアベルが飛び降りる。木の根元に落ちている2本の矢を拾い、ふと庭園のほうを見上げると、ジークフリート王子がこちらを見下ろしていた。一瞬、庭園に戻ろうかと思ったエステルだったが、その場で会釈するとそのまま立ち去った。

(ウィリアム殿下がどう説明するのか、はっきりしてからのほうが良いわ)


王族の居住区域の最奥で、見張りの兵も呼ばれない限り入らない場所だったため、この出来事の全てを知るのはウィリアム殿下だけだ。ジークフリート王子が何処から見ていたのかは分からないが、兄君の意向に反することは無いだろうと考えたからだ。



「何者なのだ、エステル殿は・・・」

愛娘のベッドの縁に座り、ウィリアムは考え込んでいた。

視界から完全に消えた状態で、はためいているスカートだけを射抜くことが常人に出来るのか? 受け身をとったとはいえ、あの高さから飛び降りて無事な人間がいるだろうか? いや、まるで風に乗っているかのように見えたのは錯覚なのか・・・


「う、う~ん・・・」

エリザベスがうっすらと目を開いた。


「リズ、気が付いたか。どこか痛いところは無いか?」

ウィリアムが優しく声を掛けると、エリザベスは起き上がろうとして肩を抑えた。


「あぁ、少し肩を打ったようだから後で薬を塗ろう。他に痛いところは? 何か覚えているか?」


「えっと・・・ あのね、座ってた塀がグラっとして・・・ で、いま目が覚めた」

エリザベスは少し考えていたが、そう答えた。


「そうか・・・ そうだ、リズは東屋の塀から落ちた時に肩を打ったのだ、大したことは無いから直ぐに治る。でも、お転婆はもうだめだぞ。約束できるか?」

ウィリアムが優しく叱ると、エリザベスはコクンと頷いた。


(外に投げ出された事は全く覚えていないのか・・・ 恐怖で記憶をなくすことがあるとエステル殿が言っていたが、このほうがリズにとっても良いだろうな)


ノックの音がして、女官が入って来た。

「ウィリアム殿下、ジークフリート殿下が隣室でお待ちになっておられます」


女官に娘の世話を命じて、ウィリアムは部屋を出た。

声を掛けようとする弟を目線で制して娘の部屋を出ると、自らの書斎に招き入れた。


「兄上、何があったのですか? リズが怪我を? エステル殿は・・」


「お前、何を知っている?」

ジークフリートの言葉を遮るようにウィリアムが詰問した。


思いがけない兄の言葉にジークフリートはたじろいだ。

「な、何って、エステル殿が庭から外に飛び下りるのを見て・・・」


「ちょうど飛び出す所か? そこからしか見ていないのだな。他には何を見た」

ウィリアムはさらに険しい声で問うた。


「そこからしかって、その前に何があったのですか?」


「他には!」

弟の問いには答えず、ウィリアムは険しい表情のまま質問を繰り返した。


「私が壁際に着いた時、エステル殿がリズを抱いていて、兄上に渡す所でした」

優しい兄のいつもとは違う態度に戸惑いながらジークは答えた。


「そうか・・・ ジーク、今日見たことは全て忘れろ。何もなかった」

ウィリアムはジークフリートから視線を外してそう言った。


「でも、あの高さですよ! エステル殿はお怪我をされたのでは? 上に居る私に気付いても会釈だけされてそのまま行ってしまわれた。なぜ、エステル殿はあそこから飛び降りたのですか!」

忘れろと言う兄の言葉に納得できず、ジークは食い下がった。


「エステル殿は無事だ、心配ない。ジーク、この件はこれ以上一切詮索するな。でないと、エステル殿を直ぐにラスゴーへ戻す。良いな!」

兄の常にない強い口調に、ジークフリートは首を縦に振るしかなかった。



「アレックス、いるか?」

ジークフリートが退出するとウィリアムは隣室に向かって声を掛けた。


「はい、殿下」

声と共に細身の目が鋭い男が部屋に入ってきた。彼の名はアレックス・ダルトン、ウィリアムの側近で主に情報収集を担当している。


「アレックス、エステル殿の調査は進んでいるか?」


「申し訳ございません、以前ご報告した以上は何も・・・」

アレックスは申し訳なさそうに頭を垂れた。


「そうか、お前がこれだけ時間をかけても分からないとはな・・・ 分かった、調査は打ち切ろう」


深く頭を下げ、アレックスが隣室に退いた。


「ラスゴー近くの町に現れる前の情報は皆無か・・・ あれだけ目立つ容姿だ。目撃情報が無いとは、突然我が国に降ってわいた訳でもあるまいに・・・」

ウィリアムは深いため息をついた。



兄の居室を出て庭園に戻ったジークフリートはエステルの弓を拾い上げた。乱暴に放ったのか、柄に土がついている。そばにはいつものようにきちんと畳まれたエステルの上着と大きめの肩掛け鞄が置いてあったが、なぜか鞄は蓋が開き空っぽだった。ジークフリートは丁寧に弓の土を落とすと、上着や鞄と共にエステルに届ける様にと従者に命じた。


第三王子からの届け物と相前後して、ウィリアムから手紙が届いた。内容は概ねエステルの予想通りだ。エリザベスは落下した際の記憶はなく、心配はなさそうだと言う事。第三王子が目撃したのは、エステルが飛び降りた場面とエリザベスをウィリアムに手渡す場面だけだった為、詮索しないように厳命した事。


「でも、ジーク様は納得してはおられないでしょうね・・・」

エステルは呟いた。


残り2週間の訓練中、ジークフリートは何も言わなかった。ただ、剣の鍛錬は空中庭園ではなく、騎士団の鍛錬場に変わった。それがささやかな抵抗なのだとエステルは感じたが、無様な姿を他者に見られても良いとの覚悟は、少し大人になられたと嬉しくも思った。



「明日出立だな、エステル殿」

第三王子の訓練の後、近衛騎士団と1時間ほど打ち合ったエステルに、ウィリアムが声を掛けてきた。


「はい、殿下。ジークフリート殿下は既に騎士たちと打ち合えるレベルです。もう私が個別にお教えする必要は無いと存じます」

もう呼ばないでくれとエステルは声音に滲ませた。


「そうかもしれんが・・・ エステル殿、やはり王都に移り住むのは無理か? ラスゴーの治療院は国が買い取っても構わん」

ウィリアムは重ねて慰留したが、エステルは首を縦には振らなかった。


「そうか、やむを得んな。だが、力を借りたい時は来てくれるか? 私は2度貴女に助けられた。私は貴女を友として遇したいと思っている」

ウィリアムは真摯な瞳でエステルを見つめた。


「そのように仰って頂き光栄ですが、私は一介の治療師にすぎません。殿下のお召しとあれば何時でもお伺い致します」

思いがけない言葉に少したじろいだが、エステルは態度を崩さなかった。


「そうか・・・ 身分とは厄介なものだな。まぁ良い、私が勝手に友と思うのは誰も咎められん。あと、もう一つだけ教えてくれるか? 矢を放つ時、そなたが言った言葉。聞いた事が無い言葉だったのだが・・・」


「あぁ、あれは弓の師匠から教わった『おまじない』です。古い言葉で『必中を成す』、つまり『必ず当たる』という思いを込めた言葉です。無意識に呟いたのがお耳に入りましたか」

あの際はシルフィーに助力を頼んだとはいえ、トリスタンから教わったまじないの言葉をつい呟いたのだった。


「『必中を成す』か、まじないを教えてくれた師匠殿にも感謝をせねばな。ではエステル殿、明日は生憎見送りが出来ん。道中気を付けて」


去っていくウィリアムの後ろ姿にエステルは深く頭を下げた。

(『身分とは厄介なもの』か・・・ そうね、そんなことも幾度かあったわね・・・)

同じく『王位継承者』として育ったエステルは、かつて味わった自身の苦い思い出を振り返った。




今回は『魔法』を使わずに救助出来ましたが、秘密を守るか人命を優先するかを迫られた時、エステルならきっと・・・

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