15. 鼬は可愛いけど、短足なのか胴長なのか
マグスの背中を叩いた後、ツォーネは小さく息を吐いて前を見た。
背後に感じている遠ざかる足音に少し安堵し、笑みを浮かべる。
「なぁ、お前達、見逃してくれる気は?」
子供を追うようにと、折れた剣を持った男に指先で指示を出した大剣を持った男の横で、女が嘲るような声を上げる。
「アタシ達が逃さないって分かってるから、ガキを逃がしたんでしょ?」
「まあな」
「で、アンタはどうするのよ。勝てると思ってるの?」
「無理だろ」
「だったらどうするの?」
ツォーネは、笑みを深くして応える。
「逃げるさ」
刹那、タンッという強く地面を打ちつける音がして、男敗残兵狩り達の視界からツォーネが消えた。
重心からも子供の逃げた方向に走ったと思い込んでいた一団は、目を男の背後にあった雑木に向けるが、木々が揺れる気配はなく、煙のように消えたのだ。
「どこだ?」
「どこに行った?」
慌てて叫ぶ男達を尻目に女が声を荒げる。
「あっちだよ!」
女が指さしたのは、弓持ちがいた方だった。
見た時には、弓持ちは首を裂かれ、地に伏していた。
ツォーネの姿は、既にない。
キョロキョロと辺りを見回す男達。
「そっちだよ」
指さされた槍持ちの男が、振り向いて槍を翳す。
ガインッという金属どうしがぶつかる音。
「止められちまったか〜。なんか感の良いネエちゃんがいるみたいだな。盗人か?」
ツォーネは、言いながら無造作に槍持ちの男の首を裂く。
吹き出す血を押さえながら、膝立ちから顔を地面に沈める槍持ちの男。
「ローグよ」
「ふ〜ん、じゃあ、【気配察知】スキルか。ならず者のネエちゃんは」
「で、アナタは忍者かアサシンと言うところかしら?ウサギさん」
「やっぱり感が良いね〜、ネエちゃんは。でも、どっちかは言えねぇな」
女が就いているローグもそうだが、忍者、アサシンもシーフから派生する中級職である。戦士系の職に比べたら攻撃力という点では劣るが、スピード等に特化した職類。トリッキーさと危険察知に秀でたローグ、簡易版の魔法とも言える【忍術】を用い、よりスピードに秀でた忍者、対個人に特化した術である【暗殺術】を用い、より気配遮断に秀でた暗殺者。
職を教える事により、自分の動きを悟られる可能性があるので、ツォーネは答えることはなかった。
「カリエラ、そいつの足を止めろ」
大剣を持った男が、女に声をかけた。
「無理……と言いたいんだけどね、出来る限りはしないとね。分かったわ、ングヴェ」
短剣の女はカリエラ、大剣の男はングウェというみたいだ。
あの男は戦士系か。圧を感じるが、正面から当たらなければなんとかなるだろう。それより、今注意すべきは女。ローグということは、罠とかの搦め手もあり得るか。
そんな事を考えながら、ツォーネは重心を傾ける。
タンッ
「右だよ!」
ツォーネが足を鳴らした瞬間、カリエラが声をあげた。
ツォーネの重心から動く方向を予測していた男達は、たたらを踏みながらも声に従って警戒する。
ツォーネの動きの秘密は簡単なものだ。重心に逆らって動く、この一点で説明が成る。方法としては、動き出しの瞬間、足裏を地面に叩きつけて無理矢理進行方向を変えるだけなのだが、これを刹那の間に行う反射神経と兎獣人ならではの脚の強さが、消えるように見させているのだ。
この時、ツォーネは右方向に移動しようとしたのではないが、ツォーネが移動しようとした方向にスローイングナイフが飛んできた為、結果として、右方向への移動となっていた。
クソッ、厄介な女だ。心で毒つきながら構えられた斧に山刀を当て、速度を落としながら振り下ろされる大剣を躱し、男達の警戒を抜けた。
「怖えネエちゃんだな」
「失礼ね、良い女って言ってほしいわ」
「ふん、鼬か」
「そうね、兎さんの天敵かしら」
そう言ってかき上げる茶色い髪の合間からは、丸い耳が見える。
「そっちの大っきい剣持ったニイちゃんも怖えな」
「だったらどうするの?あっ、そうだ、仲間になるなんてのは、どう?いいでしょ、ングウェ」
視線を外す事なく、口先だけでングウェに同意を求めるカリエラ。
そんな様子を見ながら、ツォーネは戯けた振りをしながらも、足に力を込めていく。
「すまねぇ、鼬は嫌いなんだ。足が短いから」
「はぁ?なんつった?足が短い?はぁ?殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!アタシの足は短くない!動物と一緒にするんじゃねえ!」
激昂するカリエラを抑えながら、ングウェが大剣を下ろす。
「なぁ、本気で仲間にならないか?そうしたらさっきのガキも見逃してやる。どうせ、軍に入ってる訳じゃないだろう。じゃなかったら、死ぬぞ。二人殺られたとはいえ、まだこっちには五人いる。それに──」
手に力を込め、大剣を構えなおす。
「お前は、俺には勝てない!」
「……だろうな。そこの短足鼬なら何とかできただろうが、あんたは無理だ」
「はぁ?まだ言うか。ほれ見てみろよ。どこが短いって、スラッとしてそそられるだろうがよ」
「ほう、なかなか──って、今、シリアスなんだからよ」
「はぁ、アタシだって真剣だよ」
コホン、一つ軽く咳を溢して。
「すまねぇな、ングウェつったっけな、強いなあんた。今のままじゃ敵わない」
「だったらどうする気だ」
ングウェの言葉に、ツォーネは一層に笑みを深くする。
「本気をだすさ」
ダンッ!
ツォーネの重心が振れ、破裂音にも似た一際大きな音が響き、姿が消える。
ングウェは、全方位に対応出来るように力を込めながら、叫ぶ。
「カリエラ、奴はどこだ!」
「クソッ、掴めない。どっちから来るのさ」
「皆、気を付けろ!背合わせになって、背後を守るんだ」
「クソックソッ──」
「………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………………………………………」
「……………………居ないよ」
「「「「はあ?」」」」
「逃げられたんだよ」
「本気、これが奴の本気か──やられたな」
ングウェの大笑が響きわたった。