10. 寂しくないと思うのは、寂しいから。
お立ち寄りくださってありがとうございます。
それから五日ほどワラストフェルトさんと過ごした。
もっとまとまった休暇を取るべきだったと、ワラストフェルトさんはブツブツと言っていたけど、僕としても楽しい時間だったので、名残惜しく彼を見送った。
人と過ごす時間って、大事なんだなって思う。あっ、義兄を数に入れないって意味じゃないから。だって、ほら、義兄は、姿が見えないし、声だけだし、さ。
それはそうと、彼がプランしたジャーキーは失敗だったと思うんだけど、はっきりと失敗と断言できないのは、理由がある。僕的には、なんか尖った味がして、最後までピリピリとした刺激が口に残ったのが失敗と思ったんだけど、ワラストフェルトさん的には、これで成功と言う。
今回できた分を持ち帰るから、次に来るまでにまた作っておいてくれと、念を押してきたから、大成功なんだろう。
人によって、地域によって味覚は異なるらしいから、そうなんだろうけど、けども、不味い物は不味いで全国共通だとも思う。
ともあれ、一人でボ〜としてても仕方ないので、修行を再開する。
ナイフを手に森に分け入る。
ワラストフェルトさんは、いつも笑いがら茶化してきていた。
「どうせ脱ぐんでしょ。もう脱いで行ったら?いつもはそうだったんでしょ?全裸で魔獣狩り。裸戦だったっけ?裸戦──ププッ」
あまりにも誂ってくるんで、意地になって服を着たまま戦った。そしたら、結局、帰る頃には破れてほぼ全裸に近い姿になってたので、悔しくて涙が出そうになった。僕は回避が苦手だから、敵の攻撃を躱せないし、武器もナイフしかないから、簡単に殺せないし、身体の頑丈さ頼みでひたすら刺し続けるしかないじゃないか。
「いやいや、君の戦いは実にユニークだ。まるで、石人形みたいだよ。だって、今日戦ってたのって、コカトリスだろ?あのサイズならLV12〜3はあるだろうね。それの攻撃を一切躱す事なく受けきって、そんなナイフで滅多刺しって…………ありえないだろう」
「見てたんなら手伝っくださいよ」
「いやいや、私は頭脳労働専門だから、肉弾戦は君に任せるよ…………ね」
「頭脳労働って…………」
労働自体してないじゃないですか。
「それにしても、コカトリスだよ。石化させられることもないなんて、RESも高いんだろうね。ちょっとステータスを全部見せてくれないかな?」
「拒否!」
義兄に聞いた話では、予言では敵味方関係なく、誰のステータスも見ることができたらしいけど、現実では違う。基本的に自分自身のステータスしか見ることができない。そんな事は常識だ。
ただ、基本的というのは、チームリーダーとか、親、親代わり等、一部のコミュニティ内の首級のみコミュニティ内人員のステータスを見ることができる。そう言えば、妹のアリアのステータスが僕には見えた。
当然、ワラストフェルトさんと俺は、一緒に暮らしているが全くの他人で上位下位は存在しないから、見ることができない。
「でも、やっぱり、脱いで行けば良かったのに。言ったでしょ。裸戦?裸戦で行きなよって」
半笑いで言ってくるのが腹が立つ。
容赦ないよね、この人。
ワラストフェルトさんは言いながら、コカトリスの肉から器用に脂身を取り除いていく。あっ、これもジャーキーにしていくんだ。串焼きにして今夜の飯と思ってたのに…………。
それにしても、ワラストフェルトさんは、異様なくらい、ジャーキー作りにはまってしまった。
既に僕が作ってた種類を軽く越えて、二十種類以上の肉が吊るされている。終いにはログハウスの横にジャーキー小屋を造るとまで言っていた。僕が近くの洞(元ピッグマンの巣)を教えると、扉を作って、ジャーキー部屋にしていた。
あの時は気が付かなかったけど、思いの外奥行きがある洞で、奥は以外と涼しく乾燥していた。これで風の通りがあれば最適なんだけど、そこまでは都合が良くないが十分だろう。
その中を火で炙って要らない菌を除去して、棚と吊るしフックを設置したら完成。
この作業をワラストフェルトさんは一人で半日足らずで仕上げたから、彼のジャーキーに対する熱は半端ない。
ワラストフェルトさんがログハウスを去ってから二日。なんとなく広くなった気がするログハウス。
昨日は、気が抜けたような一日を過ごしてしまった。でも、僕にはやる事がある。
「さぁ、行くか」
小さく独りごちて、木の陰から一気に走り出す。
今日の獲物はブラッドベアー、確実に格上。
気付かれぬよう背後から膝裏の筋を狙ってナイフを振るう。本当なら首を狙いたいところだが、身長差で届かないから、足を狙った。
皮を破り、肉を裂き、筋を滑る感触からもう一息力を込め、筋を断つ。
「ガアアアァァ」
振り向き、よろめきながら振り下ろされたブラッドベアーの爪を両腕て受ける。VITが高いから傷を負わないとおもっていても、顔にくる攻撃にはつい身構えてしまう。下手に躱そうとはしない。回避しようとして失敗するよりも、防御する方が確実。
防御は成功した。でも、圧倒的な体重差は攻撃に質量を与える。
弾き飛ばされ、二度、三度と地面をバウンド。息を止め、衝撃に耐える。
ダン──ダン──ダン──ザザッ
両腕が、背中が痛く、息が漏れる。でも、怪我はしていない。内臓も大丈夫。
「グルガアアアァァァ」
怒り狂うブラッドベアーが赤茶色の体毛を逆立てながら威嚇してくる。普段、濃い茶色に見える体毛が、興奮すると逆立ち、体が赤く見える。それが、血の様に見えるからブラッドベアーと名付けられたと聞いたことがある。
僕は、対峙しながらも、チラと林の奥に目をやってしまう。
変な癖になったみたい。
いつも遠くからワラストフェルトさんが見てたから、ついつい戦闘中に彼を探すように周りを見るようになってしまってる。
駄目だ、集中!
僕の体はそう簡単には傷が付かない。
でも、ブラッドベアーと俺では体格差、体重差が大きい。もしも、体重を乗せた攻撃を受けると外側は無事でも、骨折ないし内臓にダメージを負う可能性がある。殴り飛ばされて気を失いでもしたら、死亡確定。
ブラッドベアーが一歩踏み出そうとした瞬間、体が右に傾ぎ、倒れた。右足に力が入らないのだろう。筋を断っているのだから当然だ。
僕は再び背後を取ると、ブラッドベアーの左脇の下を狙う。奴の腕を封じる為。鎖骨を折るか、筋を断つか、考えた末、脇の下の筋肉に狙いを絞った。
脇の下は神経が集まり、太い血管もある、その上なんと言っても、柔らかい。ナイフでも確実に刺せる急所の一つ。
馬鹿みたいに腕を振り上げて威嚇してくる脇の下にナイフをめり込ませる。
狂ったように怒声を上げながら、掴みかかろうとするブラッドベアーから距離を取る。俺はAVDは低いが、AGI(敏捷性)が低い訳ではない。足に傷を負った熊なんかには捕まらない。
とめどなく流れる脇からの鮮血は、ゆっくりとブラッドベアーの体力を奪っていく。
これが状態異常の流血状態異常か……。なんて、思った以上に血なまぐさい状況を俯瞰しながら、再度近付いていく。
今度はゆっくりと正面から。
ブラッドベアーは、両腕を振り回して攻撃してくるが、力無い振り回すだけの攻撃に力はない。始めに感じた攻撃の質量も感じない。躱すこともせず、防御することもせず、受けるがままにナイフを握る手に力を込めて、刺す。
横倒しにし、馬乗りになり、ただひたすらに刺し続ける。
爪を引っ掛け、牙をたててくるが、されるがままに攻撃を放置し、息の根が止まるまで刺し続けた。
ピクピクしていたのが、一瞬、ビクッと跳ね、肉が締まる。
やがて、ピクリとも動かなくなる。
ナイフ越しに感じる、肉が絞まる感覚もなくなり、ブラッドベアーが鼓動を止める。
僕の勝ち。
泥臭く、スマートさの欠片もない戦闘。
こんなのを、ワラストフェルトさんは何で楽しそうに、見てたんだろう?
分からない。
分からない。
裸戦
らせんって、響きが好きです。