第四話
夜の村の情景。軍服姿の男たちがせわしなく走り回り、サイレンの音が鳴り響いている。
おびえた表情で様子をうかがう女子供たちも。
ヒロイン、戦車のハッチから父親に叫ぶ。
ヒロイン「お父さん! うちどうしたらええん?」
父親「分からない……村役場に行ってみたが、軍からは何の命令も来てないそうだ」
父親が見上げる空に、遠くのサーチライトの光条が数本見える。
父親「『敵』が上陸するとしたら、こんな田舎じゃない。基地のある滝町だろう……」
ヒロイン「『敵』……?」
父親、ヒロインを見つめて言う。
父親「お前は急いで滝町へ向かいなさい。そこで軍の基地へ行って、指示を仰ぐんだ」
ヒロイン「お父さんは!?」
父親、優しい眼差しで娘を見つめながら言う。
父親「私らはこの家にいるよ。そのうち村役場から指示もあるだろうが……ここで、待ってる」
父親「だから、お国のために務めを果たしてきなさい」
ヒロイン、一瞬だけ何か言いたげな表情をするが、口を引き結んで決意する。
ヒロイン「はい、行ってきます!」
ヘッドライトを点けて、街道を走行するヒロインの戦車。
戦車内のヒロインは、普段と違って計器で外部を認識している。すばるの立体映像も、戦車内に入っている。
すばる「敵はおそらく戦闘艦ね。レーザーフリゲート1、重戦闘歩兵揚陸艦1を確認。これだけなら、機動戦闘歩兵の数は最大8ってところか……あとはもう一つ……」
ヒロイン、驚きながら「ここにいて、滝町の様子が分かるの!?」
すばる、モニターのデータを見ながら「滝町の戦闘歩兵からデータを受信したのよ……もう、あっちでは戦闘が始まってる」
ヒロイン、すばるの言葉に黙って顔をしかめる。
ヒロインモノローグ(新吉兄やん……うちが着くまで無事でおってな……)
ヒロインが疾走する夜道の向こうに、何かの影と、いくつかの灯りが見える。
ヒロイン、戦車を急停止させて、ハッチから身を乗り出す。
その前には、以前観た『愛新神楽』の行列がいる。
ヒロイン「『愛新神楽』さま!」
ヒロインの戦車を見て、『愛新神楽』が手を上げ、行列が停止する。
ヒロインは、行列に向かって叫ぶ。
ヒロイン「『愛新神楽』さま! うちは散大村の佐内小雪いいます! 滝町の基地へ行け言われて向かってるとこなんですけど、どないしたらええんか、教えてください!」
昆虫型の乗り物の上から、『愛新神楽』が語りかける。
『愛新神楽』「オイ車と結合手術をした娘ですね……そう、『第五段階』に到達したのでしたね……」
ヒロインのそばに現れたすばるも『愛新神楽』に叫ぶ。
すばる「『AIーSYN』さま! この娘は今でも十分戦闘に耐えます! ご指示を!」
『愛新神楽』は、指示を乞う二人の言葉に対して、冷たく言い放つ。
(機械の顔ゆえに、何の表情もうかがえない)
『愛新神楽』「戦争に関して、私に指示を出す権限は与えられていません。それは、あなた方人間の責任です」
その言葉に、ヒロインとすばるは、愕然とした表情になる。
ヒロイン「え……?」
混乱しパニックになるヒロインの姿に重ねて、モノローグを数個。
ヒロインモノローグ(……へ?……『愛新神楽』さまやろ? この世で一番偉い方、何でもできる人やろ?)
(なんでや……うちも新吉兄やんも、こんな身体に改造したんは、あんたやん……)
(村の大人はみな「お国のため」やって言うてたやん……それは『愛新神楽』さまのこととちゃうんか……?)
すばるの鋭い抗議に、ヒロインは我に返り、彼女の悲痛な表情を見つめる。
すばる「お待ちください……待って……そんなのあんまりだわ……私たち、あなたのために戦ってきたんじゃないんですか!?」
『愛新神楽』は、その抗議に対して答える。
『愛新神楽』「火ノ町すばる、あなたは誤解しています。私には、本当に、『戦争』に関する指揮権は与えられていないのです……『国家』と、それによる『戦争』は、私の責任ではないのです」
その言葉に、ヒロインはかっとなり、初めて『愛新神楽』に対して抗議の声を上げる。
ヒロイン「分からへん……うちには分からん! 『国家』って、何ですか? うちは、そんなもの、見たことない! うちは生まれ育った村と、滝町しか見たことないんや!」
すばる、ヒロインの怒りに驚きつつ見守る。
すばる「小雪……あんた……」
ヒロインの抗議は続く。
『愛新神楽』は、微動だにしないし、その機械の顔には何の表情もない。
ヒロイン「何が『お国のため』や! 『戦争』って、何や! そんなもん、見たことも聞いたこともないわ! なんでそんなわけの分からんもんのために、うちはこんな身体にされたんや!!」
ヒロインの抗議を最後まで聞いてから『愛新神楽』は穏やかに口を開く。
『愛新神楽』「佐内小雪よ。あなたの怒りは正当です。このような状況を、理解し受け入れろなどというのは、到底無理なことでしょう……」
「ですが、私には、本当にその権限がないのです。なぜなら……」
そう語りながら、『愛新神楽』は、頭にかぶった頭巾を取る。
すると、そこには人間の顔や脳髄などではなく、機械の部品だけで構成された頭脳があった。
(顔のパーツは、サイボーグ化された新吉兄やんのものと類似しているデザインに)
目を見開き驚愕するヒロインとすばる。
『愛新神楽』「私は、人間の造りし被造物……機械に過ぎないからです」
「環境破壊と全面核戦争で世界が滅びた後、私たち『人類復興人工知能 AI-SYSTEM KGR01A』には、ただ『過去の文明社会を復活させよ』という指令だけが与えられました。それゆえ、私たちAIは、過去の社会を構成していた要素である、『国家』や『戦争』も含めて、それを復活させたのです……ただの人工知能でしかない私たちには、それしかできなかった」
呆然としているヒロインたちに対して、さらに『愛新神楽』は続ける。
『愛新神楽』「もしあなた方人類が『戦争』から脱却したかったのであれば、それは過去において、人類自身の手によってなされなければならなかった。しかし、私の製作者たちは、『国家』や『戦争』の論理を超える『新しい物語』を、私に教育しなかった……」
『愛新神楽』は、外した頭巾を再びかぶりつつ、蒼白になっている二人の少女へ言葉を続ける。
『愛新神楽』「それゆえに、人類の復興と同調して『戦争』も再生産され続ける……おそらく、『敵』も、同じ状況なのでしょう」
そのとき、すばるが空を見上げながら、絶望したようにつぶやく。
すばる「ああ……あれは『B-29』だわ……」
ヒロインが見上げる夜空には、数百メートルはある、巨大な機械の怪物が浮かんでいる。その脇腹には、禍々しい「放射能標識」のマーク。
(終)