第一話
朝、農村の道を、無限軌道の音を立てながらゆっくり進む一両の戦車。
砲塔はあるが、砲は後ろ向きでトラベリングロックに固定されている。
その砲塔の上には、一人の少女(小学校低学年くらい)が座っている。肩には学校用の布のカバンをかけている。
風景は戦前の日本の農村のようだが、遠景には巨大な建造物や、ロボット兵器らしきものの残骸が見える。
道の向こうから歩いてくる農夫が戦車に気付くが、驚いた様子もなく挨拶する。
農夫「小雪ちゃん、氷雨ちゃん、おはよう」
戦車前部のドライバーズハッチが開き、ヒロインが顔を出す。
(ヒロインの上半身が上昇するとき、メカの駆動音)
ヒロイン「おじさん、おはようございます」
ヒロイン妹「おはようございまーす」
ハッチから上半身だけ乗り出したまま、ヒロインの乗る戦車は道を進む。
途中、ヒロインの妹と同じカバン、同じ制服の学童らに追いつく。
(やはり、戦車の存在には誰も驚かない)
学童の一人の少女が振り向く。
学童の少女(トキコ)「ユキちゃんおはよう」
ヒロイン 「トキコちゃんおはよう」(笑顔で、友人なのだと暗示)
戦車と学童たちの目的地、学校に到着する。古い木造の校舎で、平屋。
タンクデサントしていたヒロインの妹は、慣れた様子で戦車から飛び降りて教室へ向かう。
学童たちは校舎に入っていくが、ヒロインだけは分かれ、戦車を教室の窓のすぐそばに停止させる。
そこには、応急で作ったようなトタンの屋根が張り出していて、戦車のハッチ部分くらいは雨をしのげるようになっている。
教室内の女生徒が窓を開けてくれるのに、ヒロインは笑顔を向ける。
ヒロイン、戦車の中から教科書や帳面などを取り出し、ハッチの前に並べる。
ヒロインが覗く窓の向こうの教室に、女性の教師が入ってくる。
教師「はーい、席に着きなさーい」
教室内の生徒は数人で、小学生から中学生程度。
男子生徒の一人が号令「起立、礼!」
教室内の生徒全員と、屋外のヒロインが頭を下げる。
授業の風景、ヒロインは、トタン屋根の下、開いた窓から授業を受けている。
教室内の黒板に書かれているのは、なぜか大学専門レベルの高等数学だが、小学生の生徒がそれに答えている。
昼休みの風景、ヒロインは、やはり窓越しに、妹や教室内の生徒と談笑しながら弁当を食べている。
学童の少女トキコ「そういや、滝町の新吉兄、街の基地に召集されたんやって?」
ヒロイン「うん。兄やんは優秀で、第六段階やから……」
トキコ「えーなあ、うち、街とか一度も行ったことないわ」
ヒロインは、少し顔を曇らせモノローグ。
(新吉兄は私のいとこだ。私の二年前に『お召し』を受けて改造された。最初から『第六段階』まで到達したから、すぐに軍隊から召集された)
ヒロイン、食べかけの弁当を見つめる。
(うちも、『第四段階』止まりでなかったら、村にもっと補助金が入ったんやろうか?)
このセリフに合わせてヒロインの回想を一コマ、酒の席らしき場面で村人が「小雪ちゃんも新見んとこのぼんみたいに『第六段階』やったらのー」とぼやいている。
夕方、学校の校舎の遠景、終業の鐘が響き、「先生さようなら」の声が響く
ヒロインの戦車は、また砲塔の上に妹を乗せて、家路をたどる。
ハッチから身を乗り出し、平和な風景を見つめるヒロイン
家は、さほど大きくない平屋の農家、周囲は畑と田だけ。
ヒロインの戦車は、やはり家の外、後から取り付けた屋根の下へ戦車を停める。妹が飛び降りる。
ヒロイン「ただいまあ」
開けた窓から母親が顔を出し、ヒロインが出した弁当箱を受け取る。
母親「おかえり、すぐにごはんにするけえ、氷雨見とってな」
ヒロイン「うん」
(『氷雨』は妹の名)
家の居間でおはじきで遊んでいる妹を、窓越しに見ているヒロイン。
そこへ、父親が帰ってくる。父親の服装は軍服。優し気な雰囲気。
ヒロインと妹「お父さんおかえりなさい」
母親「おかえりなさい、寄り合いはどうでした?」
父親、靴を脱ぎながら「うん、北の用水は補助金で直すと決まったよ」
母親「それやったら『愛新神楽』さまに……」
父親「うん、明日村長が拝謁する」
ヒロインは、その話に、顔は向けずに耳だけそばだてている。
夜の風景。ヒロインは、戦車から上半身だけ乗り出して星空を見ている。
窓越しに、お茶を飲んでいる父と、遊んでいる妹。
ヒロイン、視線を落として、戦車の内部にある計器を見る。
計器には「▼気圧低下 一〇〇八ミリバール 全国一般風ノ向キハ定リナシ天気ハ変リ易シ但シ雨天勝チ」と表示。
ヒロイン、窓越しに「おかあさーん、明日たぶん雨や」
台所にいる母(声だけ)「あらそうなん? 洗濯物干せんねえ」
ヒロイン、晴れた星空を見上げる。
ヒロイン「今日は星見ながら寝られると思うたのに」
機械の作動音と共に、ヒロインの上半身は戦車内部へ引き込まれる。
戦車の内部に降りたヒロインの身体は、上半身しか存在しない(読者には、このコマで初めてそれが分かる)。
腹部から下は完全に切断されていて、チューブやコードで戦車内部の機器に接続されている。
身体は、背中で可動式のアームに支えられていて、これで戦車外部へ身を乗り出せる。
ヒロインは、戦車内部にあった大きなクッションを手に取る。
ヒロインモノローグ(私は、この身体に改造されたあと、一度も横になって寝たことがない)
ヒロイン、計器だらけのコンソールにクッションを置いて、そこに頭を沈める。
ヒロイン「おやすみなさーい……」
明かりの消えたヒロインの家と、ハッチを閉じて静かになった戦車。