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21.後悔


「「失礼しました」」


 職員室にいた数学教諭に課題を渡し終えた俺たちは職員室を後にした。

 職員室には休み明けともあり係の生徒たちは結構いる。みんな課題を提出しに来ているのだ。


「いや〜多かったなそれにしても」

「休み明けだからね」

「夏もあんな感じだったのか?」

「ええ。…そっか生物基礎は休み課題なかったものね」


 夏休みの時は生物基礎の先生が学生は遊べと言い、課題を出さなかったので職員室に課題を提出なんてことはしなくて良かったのだ。

 先生は神だね。

 


 職員室の人の多さに少しびっくりしていた俺が、教室に帰るべく、廊下の曲がり角を曲がろうとした時だった。

 

「うおっ」

「わっ!」


 ちょうどタイミングよく曲がってきた女子生徒とぶつかってしまう。俺の目線に頭がなく、気づくのが遅れてしまったのだ。

 その子の頭が俺の鎖骨辺りにクリーンヒットする。その衝撃で女の子は後ろに倒れ……なかった。

 

「うおっと、おっとと、よっと」


 その生徒は何とか耐えながら、持っているノートが崩れそうになるのをバランスを取りながら耐えたていた。

 彼女のショートカットの髪が左右にフラフラと揺れている。


「ほっ」


 そして、両手で持っていたノートが崩れそうになるのを廊下の壁を利用することで元に戻した。


 

「わ、悪い、ちひろ」


 俺がぶつかったのは元カノ。ちひろだった。

 ちひろは近くで見ると髪型だけでなく顔つきも変わっていた。去年最後に会った時は隈をつくり、痩せて、肌も荒れていた。でも今は隈も消えて以前のような綺麗な顔をしている。


「あ、春成…、胡町さん…」


 ちひろは俺と胡町を見て、目を逸らし、少し気まずそうな顔をした。

 それもそうだろう。謝ったとはいえ、あんなことがあったあとだ。次からは普通に振る舞えますって言う方がどうかしている。


「大丈夫か…?」

「あ、うん。ほら、なんとか、持ちこたえたから」


 そういう意味ではなかったのだが、ノートを少しだけ上にあげたちひろは笑った。しかしその笑顔は無理をして笑っているようにしか見えない。


「そ、そうか。何か係についたのか…?」

「あ、うん! 古文の係になってみたんだ…」

「いいじゃないか」


 ちひろは高校に入ってから委員会も係もやっていなかった。それは周りの人が彼女を持ち上げるからであり、友人と共にちひろ自身が「そんなことは私たちがやることじゃない」と蔑んでいたからだ。

 そのちひろが今は1人で現代文のノートを運んでいる。彼女は変わろうとしている。いや、戻ろうとしているのだ。

 中学生の頃の優しかったちひろに。

 

「それにしても重そうだな。手伝おうか?」


 ちひろにはもう恋愛感情も苦手意識も残っていない。あるのは幼馴染としての親愛だけ。


「あ、いや、大丈夫大丈夫。任された仕事だし、1人でやってみるよ!」

「そうか? 30冊くらいあるだろ?」

「大丈夫だって!」


 ちひろはそう言うが、重そうだ。

 少しだけ腕も震えているように見える。


 そんな風に判断した俺にずっと黙っていた胡町が言った。

 

「春成。ちひろさんがそう言っているんだからいいのよ。それ以上は余計なお世話ってやつになるわ」

「あ、う、そ、そうか」


 喉まで出かかっていた「それでも手伝う」という言葉を飲み込む。


「あ、いや! ありがとね! 気持ちは嬉しいけど、やっぱり1人で頑張ってみるよ!」

「そ、そうか」


 確かに無理に手伝うというのは意味がわからないからな。それはもう手伝いじゃなくて自己満足の押し付けだ。


「じゃ、じゃあ、私行くね!」


 ちひろはそう言って俺たちの前から歩き出そうとする。しかし、そのちひろに胡町が待ったをかけた。


「ちひろさん。待って」

「ん?」

「今日、この後空いてるかしら?」

「空いてるけど…」

「なら、ちょっと3人で話せないかしら」

「え?」

「ん?」


 突然そんなことを言い出した胡町に俺もちひろも「なんで?」という顔をする。

 毎度の事だが、胡町の考えていることはあまり分からない。


「どうかしら? 忙しい?」

「あ、いや。私は空いてるけど」


 ちらりとこちらを見る。

 ちひろは俺が断るとでも思っているのだろう。客観的に見れば俺は酷い振られ方をした側だ。普通なら、まだ数ヶ月しか経ってないのに元カノも居るところになど行きたくないと感じるだろう。


「俺もいいよ」


 だがしかし、なぜ胡町さんがこんなことを言い出したか分からない手前、拒否するのはやめておいた。嫌でもないし。



「じゃあ決定ね。私は春成と一緒に行っとくから、ちひろさんは終わったら学校近くのサイゼまで来てね」


 思っていたよりも長い時間を話すようで、胡町は学校から十数分のところにあるファミレスを指定した。

 ちょっと話すって言ってたから数分くらいだと思ったのにファミレスが場所となるとそれだけでは済まないだろう。

 ちひろは少し緊張した顔で「うん」と返事をした。






 


 ※※※



 サイのゼリー。学校から十数分のところにあるそのふざけた名前のファミレスは始業式の今日ともなれば生徒が沢山いた。俺たちの学校だけじゃなく、他校の生徒や、明らかに中学生にしか見えない生徒達もいる。

 そんななか、運良く入れた俺たちは1番奥のボックス席に座っていた。胡町は俺の隣りで、ちひろは向かいに座った。


「何か飲む?」


 ちひろが座ったのを確認したあと、胡町はそう言ってメニューをちひろの方へ向けた。


「ありがとう。ふ、二人は何飲むの?」

「私はカフェオレね。あとプリン・ア・ラ・モードも頼むつもりよ」


 胡町は何故か思いっきり楽しむつもりだ。

 全く読めない。何を話すつもりなのか聞いても教えてくれないし。


「そ、そうなの…」


 見ろ。ちょっと「まじで?」みたいな顔だぞ。


「俺はミルクティー。あとビッグバナナパフェだ」


 もちろん。そっちがその気なら俺も楽しむ。


「あ、春成もなんだ…。じゃ、じゃあ私はレモンティーとチョコアイスにしようかな…」



 俺たちは店員さんを呼んで飲み物とデザートを注文した。

 ビッグバナナパフェを頼む時に「相当でかいですけど大丈夫ですか」と聞かれたのでどんなものが来るのか少し楽しみである。


「じゃ、さっそくだけれど」

「うっうん…」


 注文をしてから30秒くらいみんな黙っていると胡町は口を開いた。

 真剣な顔で真っ直ぐにちひろの目を見つめている。ちひろも彼女が声を発した瞬間に体をビクつかせ胡町を見ていた。

 不安げに瞳が揺れている。


「ちひろさん」

「うん」




 緊張感が漂う。

 名前を呼ばれていない俺まで緊張している。







 ゴクリ。







「あの時は本当にごめんなさい」





 胡町は座ったまま、頭を下げた。

 机につくんじゃないかというくらいまで。




「え……え!?」


 ちひろは思っていたものと違うらしく慌てふためいている。

 俺にも分からなかった。なぜ彼女が謝っているのか。


「あの公園での事よ」

「あの公園で……。で、でも胡町さんが謝ることなんて何も」

「いいえ」


 公園と言われて、去年のあの時のことだと分かる。ちひろが胡町さんに突っかかった日だ。


「私はあなたに酷いことを言ったわ。人には上下はないといいながらあの時、私はあなたを貶した。他者と比較してあなたを下げた。酷く下劣なやり方だったと思うわ。ごめんなさい」


 再び頭を下げた。

 彼女は後悔していたのだ。あの時は俺を守ろうとしてくれて、怒ってくれた。でも、そのためにちひろを俺と比較して、自分と比較してしまったことを後悔していたのだ。


「い、いやいやいやいや! 頭を上げて、ね? 胡町さん」

「いいえ。あなたに許してもらうまでは」

「ゆ、許す許す!! だからその、そんなに謝らないで?」

「…ありがとう」


 頭をあげる胡町。

 ちひろは酷く戸惑った様子だ。当然だろう。これまで自分が悪いと思っていたんだから。

 

 そうだ。胡町がそうするまでは俺もそう思っていた。あの場面。あの時に悪かったのはちひろだと。でも胡町は自分の言動を振り返ってそれを恥じた。

 

 なら俺は? 俺はあの時の俺の言動に恥じるところはなかったのか?

 いや。違う。

 あの時俺は最初から喧嘩腰だった。どれだけ酷いことをされても、それはきっといい事じゃない。


「ちひろ。俺も悪かった。ごめん」


 頭を下げる。


「え!? 春成も!?」


 先程よりも大きな声をちひろが上げたので、一瞬ファミレス内がシンとする。

 そのせいか彼女に促されて顔を上げた時、少し赤かった。


「その、2人ともそんなに謝らないで? 私はあの時かけてくれた言葉で自分がやった事や、今の自分の姿に気がつけたんだから。感謝してる。ありがとう。そして本当にごめんなさい」


 ちひろはそう言って謝った。

 俺と胡町に対して。それをしっかりと受け止め、言う。


「ああ、もう許してるよ」

「私もよ。胡町さん」


 それを聞いて彼女は顔を上げて笑った。

 晴れやかな笑みだった。


 俺達も、笑った。








 ※※※




 家に帰った私は考える。

 あれで良かったのだろうか。

 あの件では私にも恥じるべき点があった。いつか謝りたいと思っていた。

 今回謝ったのは私の恥を、あの件を終わらせるためという形をとった。

 でもそれは1つの理由に過ぎない。

 本当はあの2人のためだった。



 彼とちひろさんがぶつかった時、彼女は私たちを見て目を逸らした。そしてそんなちひろさんを見て、彼は少し悲しげな顔をしていた。彼は無意識だったのかもしれない。でも彼は確かに悲しそうな顔をした。


 私はそれがとても嫌だった。それは決して嫉妬心じゃない。彼が悲しそうなのが嫌だったのだ。

 なんとかしてやりたい。そう思った。



 私の中でもまだあの件が終わっていないように、彼やちひろさんの中でも僅かにあの件はわだかまりとして残っている。そう思った。


 だから、2人がまた自然に話せるように。彼が悲しい顔をしなくて済むように。

 私はあの2人を誘って、私から謝った。すると、彼とちひろさんも謝った。

 2人はその後、仲良さげに話していた。

 私ももちろん話した。楽しかった。


 分かっている。こんなことをすれば彼の気持ちはちひろさんに傾くかもしれない。

 でも、彼の悲しむ顔は見たくないのだ。




 私は彼には笑っていて欲しい。

 だからきっと、この選択は誤ってなんかいない。

 そう、信じたい。


 

 

  


 


 

 


 


 


 



 


  

  

 


 

  

  

 

 

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