20.ショートカットかロングヘアか
始業式が終わると生徒たちは教室に戻る。わらわらと仲のいい生徒同士で集まり、話しながら教室へと向かっていく。
俺と遼太郎とその流れに乗って、教室へと向かっていた。
「にしても、すげぇな。髪切っただけでこんなに話されてるとか」
「それだけ人気だってことだよ」
隣を歩く生徒や前を歩く生徒との距離は近い。当然話の内容もある程度は聞こえる。彼らが話しているのはもっぱら、ちひろの髪の件だった。特に同級生はともかく他学年の生徒まで話しているのだから彼女の人気度合いが伺える。
「ボブ好きが多いねぇ」
遼太郎は彼らの話を聴きながらそう呟いた。
彼らの話の内容は「ボブのちひろはいい」と言う話ばかりだ。
「何言ってんだ。高橋さんもボブだろ」
「あれはミディアムヘアっていうそうだ。少し違うんだと」
「へぇ」
「前にボブ好きって言ったら、ちょっと拗ねた。拗ねたところもいいけどな」
「……」
ダメだ。隙を与えるとこいつはのろけ始める。
まだ1日目だから良いが、これが続くようなら俺は手が出てしまうかもしれない。それくらい、うざったい。
「あなたもボブが好きなのかしら」
いつの間に隣まで来ていたのか、胡町が会話に混ざってきた。いつも突然会話に入ってくるので少しドキッとする。下品な会話をしていなくて良かった…。
「お、浜松さん。こういう話好き?」
「女性にとって髪型は大事なのよ。もちろん興味あるわ、一ノ瀬くん」
「へぇ意外だな。胡町はあんまり男子の好みとか気になんないと思ってた」
「別にそれに合わせるつもりは無いけど話すこと自体は楽しいから好きよ」
意外だ。女子は男子の好きな髪型の話にはあんまり入ってこないイメージだったのだが。それに、胡町なら「あらそう」とか言って話を終わらせそうだ。
「で、春成。ボブが好きなの?」
なぜターゲットは俺なんだろうな。
目線がこっちを向いてる。
遼太郎にも聞いてあげてほし…あ、遼太郎はさっき言ってたわ。
「俺はなんでもいいかな〜。似合っていればいいと思う。いつもと違えばおっとはなるけど」
「…そうなのね。ロングとショートなら?」
「ん〜、どっちもいいけど…」
「どっちかで言えば?」
「……ロング。かな」
「へぇ、そうなの…」
正直、女性の髪型は俺はなんでもいい。
長くても短くてもその人に似合ってたらなんだっていい。ただまぁ、普段ショートヘアの子のロングとか、ロングヘアの子のショートとかは是非とも見たい。新鮮味があるのと、なんか可愛いと思っちゃうからだ。
要するに、見慣れてるものじゃなくなった時にドキッとするのだ。自然と視線も向くしな。
「胡町の方はどうなんだ? なんか男子の髪型でこれがいいとかあるのか?」
ついでなので聞いてみる。
ちなみに俺の髪型はなんだろうなこれ。意識したことないから分からないが若干くせっ毛の髪を短めに切って前髪をちょっと上げてる。
遼太郎も同じ感じだ。こいつはストーレートな髪だが。
「そうね…」
何やら真剣に考えているようだ。顎に手を当てて遠くを見つめている。軽い話題なのに…。
「私も清潔感があればなんだっていいわね」
「なら浜松さん、別にロン毛とかでも?」
「見る分には全然いいわよ」
「見る分には?」
「その…あれよ。恋愛対象としてはちょっと…て感じ」
「なるほどね〜」
意外となんでもいいみたいだ。
ただ、恋愛対象として見れるかどうかは別として。まぁ髪は結構重要な要素だからな。
「あ、浜松さんも見た? ちひろさんの髪」
「え? ああ、見たわよ。随分バッサリいってたわね」
そういえばこの2人はあの公園での1件からちひろと会ってないんじゃないだろうか? しばらく姿を見せなかったし。と、思っていると。
「健康そうで良かったわ」
「だな」
ん? 健康そうで良かった?
そんな言葉が出てくるってことは不健康そうなあいつを見たのか?
「2人とも、あの後ちひろに合ってるのか??」
「ん?……ああ、そうね。ちひろさん、謝りに来たわよ」
「俺のとこにも来たぞ。ついでに真子にも」
「え。あ、そうなの?」
その後、教室に帰りながら詳しい話を聞くと、どうやら彼女はみんなに謝りに来ていたらしい。
公園でのこと、バスケの時のこと全て含めて。しかも、一人一人にちゃんと1:1で向き合って。
その時にとても不健康そうな顔をしていて、目に隈を作っていたと言っていたことから俺に謝った時と同じタイミングだったようだ。
そうか…。みんなにも謝っていたのか…。
心のどこかで少しほっとする自分がいた。
彼女は改心した。
俺にだけじゃなくて、みんなに謝ったのだ。何が悪かったのか、何を言ってしまったのか、それをちゃんと理解していた。
教室に戻ると、先生がやってきてHRが始まった。
予想通り、提出物の確認とか今学期の係決めとかだった。
「じゃ、次。数学の係をやりたいやつはいるか〜」
係は教科ごとに1~2人つくことになっている。やることは提出物や課題を集めることと、持っていくことくらい。
「はい。やります」
「お、浜松。今期もやってくれるのか。助かるぞ」
一学期からずっと数学の係だった浜松さんは今期も続けてやるらしい。
「あと1人、誰かやるやついるか〜? 居なければ今期も浜松一人だが」
先生がそう呼びかけるが誰も手を挙げない。
一、二学期を通して分かったことだが数学の教諭は課題をよく出す。そのため回収の頻度が高い。係の仕事がそこそこあるのだ。
それがよくわかっている級友達は決して進んでやろうとはしない。当然だろう。めんどくさいことなどやる気は起きない。
「はい。俺もやります」
でも今回は俺が手を挙げてみた。
一、二学期は生物基礎の係をやっていたが今回は数学を手伝ってみようと思う。仲良くなった胡町がひとりでセコセコとやってるのを見るとなんだが申し訳なくなってくるでな。
「お、小野寺。いい自主性だ。他にはいないか…?」
先生は周りを見渡すが当然誰もいない。
「よし、じゃ2人で決定だ」
先生は手元の紙に俺たちの名前を書き込む。
後からクラスの共有フォームに送られる係・委員会表だ。
委員会は1年間なので変わらない。
決まったので、よろしくという意味も込めて胡町の方を見ると胡町もこちらを見ていた。マスクをスっと下げて「よろしく」と言って笑った。これも「よろしく」と声には出さず口だけで言って笑い返す。
それを見てうなづいた彼女はマスクをして再び前を向いた。
「さて、それじゃ次だ…」
先生が次々と教科ごとの班を決めていく。大体は2学期にもやっていた人達がやっているが、そこに俺のように追加で誰か入ったり、全く別の人がやったりなどそれなりに変化はあった。
「ありがとね。春成」
「俺も係だし当たり前だろ」
HRが終わり、2人で数学の課題を職員室へ運ぶ途中。胡町がそんなことを言った。
「そうじゃないわ。数学の係になってくれてってことよ」
「大変そうな様子を見てたからなぁ」
一二学期、胡町は大変そうだった。毎時間出される数学の課題を毎回職員室に持って行っている。ほぼ毎日ある数学のせいでほぼ毎日30人分の課題プリントやノートを運んでいた。
「おかげで、随分楽よ」
「これからはこれが普通になるよ」
「ふふ。そうね」
マスク越しでも分かるくらいに笑みを浮かべる。
楽になったことがだいぶ嬉しいのだろう。女子が30人分の課題を職員室までほぼ毎日持っていくのは結構しんどかったはずだ。プリントだけならまだしもノート提出などもあるからな。
「やっぱり優しいわね。春成は」
「え…」
ポツリと彼女はそんなことを口から漏らした。
彼女の髪の隙間に見える耳が僅かに赤いのを見て、俺も少しだけ耳が熱くなる。
「大変そうだからなってくれたんでしょう?」
「あ、いやまぁそれもあるけど…」
「生物基礎の先生とそれなりに仲良かったのに。楽なのはそっちなのに。ね」
「ほ、ほら、自分が楽してるのに他人が大変そうなのってなんか嫌じゃん?」
「そう思っても自分がやるのは嫌な人が多いわ。実行出来る春成はやっぱり優しい人よ」
「きゅ、急に褒めてくるな…」
なんだなんだ。何が起きている。なんで胡町はこんなに俺の事を褒めてくるのだ。
おかげで恥ずかしくなってきた。
「だから、ありがと」
「あ、いや、うん」
本来なら当然の行為であるはずなのに何故か感謝を受けてしまう。
最初から思っていたが、この子は何故こんなにも俺の評価が高いのだろうか? 特に胡町のためになるようなことを何かした覚えは全くない。なのになんで?
?
分からんな。
「それに、一緒の係になれて嬉しいわ…」
小鳥が鳴くような、小さな声で胡町は呟く。
しかし頭に疑問符を浮かべて歩く俺の耳にはその時、何も聞こえていなかった。




