19.ショートカットのあの子
「あけおめ〜」
「お、あけおめい。正月ぶりだな!」
1月9日。俺たちの高校が冬休みから明け、再開された。
今年に入ってから昨日までの8日間。俺は延々と家でダラダラしてい。特に遊びに誘いに来るような人は居ないのでゲームして、寝て、小説やら漫画やら読んで寝てと至福の時間を過ごしていた。
つまり、何が言いたいかと言うと、冬休みが終わってしまった事が悲しい!!
「冬休み何してたんだ?」
「…ぐうたら生活だな。最高だったよ」
「んな悲しそうな顔すんなよ。すぐ春休みじゃん」
「春休みも楽しみだな確かに」
そうだ。3ヶ月でまた春休みじゃないか。なんだ、そんなに悲観することじゃなかったな。
「お前は冬休みなにしてたんだ?」
遼太郎の冬休みについても聞いてみる。てっきりこいつの事だから遊びに誘ってくるか、ゲームしに来るかすると思っていたのだが。
「俺か? 聞いちゃう?」
「あ、やっぱりいい」
今の顔で何となく分かった。
どうせ高橋さんと遊んでいたのだろう。
「俺はな、真子…あ、高橋さんのことな?」
「……」
「俺は真子と初詣に行ったり、冬服を見に行ったり、地域の餅つきに参加してみたり。まぁそんな感じだな」
「うぜぇ。リア充アピールうぜぇ」
顔がニヤニヤしている。片眉を上げてドヤ顔だ。
よくもまぁ数ヶ月前に別れたヤツにそんな顔ができたものだ。ぶん殴ってやりたい。
「まぁまぁ、そう言うなよ。お前もそのうち、な?」
「……殺す」
落ち着け、俺。
こいつは初めての彼女が出来て舞い上がっているだけだっ。くそ!
「あ、浜松さん。あけおめ」
「あけましておめでとう。一ノ瀬くん」
俺の肩に手を置きポンポンと叩いていた遼太郎が俺の背後に向かって声をかけたので俺も振り返る。
クリスマス会の時と同じマフラーを付け、鼻を赤くした浜松さん…胡町がいた。珍しくマスクをしていない。まぁマフラーと前髪でほぼ隠れていので一緒だが。
「あけましておめでとう。春成」
「あ、おう。あけましておめでとう、こ、胡町」
「ふふ。ええ」
小さく笑った彼女は自らの席に歩いていき、マスクをして席に着いた。
やっぱりマスクはするんだ。
「え、お前ら名前で呼びあってんじゃん」
「ん、ああ。浜松さんって呼びにくいでしょって。だから名前呼びになった」
「え、でも浜松さんもお前のこと名前呼びじゃん…」
「俺が名前呼びなら名前呼びでってなったんだよ」
「へぇ〜、そうなのか〜。ふ〜ん」
さすがに正直に言うのは憚られたのでやめておいた。言ってしまったらこいつは間違いなく邪推をしていらんことをし始める。ならば適当に濁しておいても問題ないだろう。
そうこうしているうちに担任が教室へと入ってきて学校が始まった。
朝のSHRが終わると始業式を行うために俺たちは体育館へと移動する。
体育館は冬休みのことや、明日からのことに関して話し合う生徒たちで非常にザワザワしていた。
「いや〜、このざわつきが先生がマイク持ったら静まるんだから凄いよなぁ」
「逆にザワザワし続けてる方が嫌だろ。大丈夫かなってなるわ」
俺たち2人もそのざわつきを生み出している内の一人だ。
黙って待っているのは退屈なので喋るしかない。
「てか聞いてくれよ」
遼太郎がニヤつきながら話題を変えようとする。十中八九、高橋さん絡みだ。
「惚気なら殺す」
「なんでだよ。前までお前の話聞いてたじゃん」
「何言ってんだ。あの時は相談だったろ」
「俺も相談だよ」
「そうか。…なんだ?」
ちひろの時に相談を聞いてもらっていた経緯があるので相談と言われれば聞くしかない。むしろ聞いて何とか力になってやりたい。
「付き合ってまだ2週間くらいなんだけどさ」
「ああ」
喧嘩でもしたか?
「き、キスとかってまだ早いかな…」
「……」
やっぱり惚気じゃねぇか!
おちょくってんのか!
「な、なぁ春成。経験者のお前なら分かるだろ…? どう思う?」
…俺からすれば惚気でしかないが、遼太郎は女性と付き合ったことがない。だから気にしているのだろう。
少し聞きずらそうなのを見ると相談であるのは間違いないか…。
「そうだなぁ。2人の親密度にもよるが…軽くならいいんじゃないか?」
「軽く?」
「所謂はフレンチ・キスってやつ。こうちょっとだけするやつ」
手と手を口に見立て、手を叩くように一瞬だけ触れさせた。
「なるほどな。それ以上はまだ早いか?」
「さすがにな。俺は早いと思うぞ。最悪の場合、体目的と取られる可能性もある」
「まじか…」
「ま、2人がいいならスピードなんて気にしなくていいと思うけどな」
遼太郎にはそう言っておく。
恋人達がどれくらいのスピードで何やってるかなんて知らない。そんなのは人によって違うだろう。大事なのは相手が嫌がっていないかだけだ。それさえ気遣っていれば問題ないだろう。
その点、遼太郎は大丈夫だろう。こいつはちゃんと優しい。
「分かった。ありがと」
「ん。かんば」
「お、おう」
遼太郎とそんな話をしていると、突然一部のざわつきが大きくなる。体育館への入口の辺りだ。
「なんだ?」
「さぁ? イメチェンでもしたんじゃないか?」
俺たちは入口から少し離れた位置に並んでいるため、入口で何があったのかどうかは分からない。
冬休みとはいえ、休み明けだ。思い切ってイメチェンをしてる奴もいるのかもしれない。
「ま、いっか」
「それより今日はこれとHRで終わりって最高だよな〜」
「な。夏休み明けの時は授業あったのに」
「真子が先輩から聞いたらしいけど、いつもそうらしいぞ。理由は分かんないけど」
「ふ〜ん、授業数的な感じかね」
始業式のあとに授業がある場合とない場合があるってことはそんなところだろう。2学期は行事ごととかも多いし、そこで調整しているのかもな。
「あ、おい。ザワザワしてたのあれじゃね?」
「ん? ……おお」
遼太郎が急にそんなことを言い出すので指を指された方向へ目を凝らした。
するとそこには、胸の辺りまで伸ばしていた髪を肩につかない程度にまでバッサリと切り、ロングだった髪をボブにしたちひろがいた。
「あれだろうなぁ。たぶん」
「だなぁ」
クラスを超えて、学年さえも超えて人気のある彼女が急に髪を短くすれば少しざわつきも大きくなるだろう。
それに、よく見るといつもついて回っている派手めな生徒や、うるさそうな男子が居ない。彼女は座って、前後の女子と喋っているっぽいがそれはいつもの取り巻きじゃない。
彼女の中で何か変化があったのだろう。
ちひろを見ながらそんなことを考えていると、教師がマイクを持って「静かに」とザワついていた体育館を静まり帰らせる。
いつも通りの始業式が始まった。