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11.野球部の山下


 


 「はよ」

 「うい~、はよ~」


 次の日。 

 あの後、さすがにどこかへ行くつもりにもなれなかった俺たちは、家へと帰った。

 昨日はあんなことがあったが、変わらず俺たちは挨拶を交わす。


「おはようございます。小野寺くん、一ノ瀬くん」

「あ、おはよ。浜松さん」


 浜松さんも変わることはなく、いつも通りの顔面隠しモードだ。


「おはよ~」


 遼太郎も特に動揺した様子はなく、普通に挨拶をしている。なぜ隠しているのかなんてことをこいつは聞かない。みんなが居るところで聞けばどうなるか分かるし、人の事情ってものを知ってるからだ。



 昨日はあんなことがあったけど、いつもの日々。

 何も変わらない1日が始まる。変わったことなんてない。そう思っていた。







 ***


 昼休み。


「小野寺はいるか?」

「や、山下くん。小野寺ならあそこだよ」


 教室の近くに居た生徒が春成を指す。

 チャイムが鳴ってすぐにやってきた山下は小野寺の元へと向かった。






「おい」


 最近よく聞く声だ。振り返らなくても分かる。


「山下」

「小野寺。ちょっといいか」


 山下は顎で廊下の方を指しながら着いてこいと態度で示した。

 恐らく昨日の件だろう。山下は部活であの場に居なかった。


「うん、わかった」

「お、おい。春成」

「大丈夫」


 そう。大丈夫だと俺は思っていた。こいつは多分何もしない。何も出来ない。

 そう確信していたからこそ、俺は山下に着いて行くことにした。


「素直だな。ついてこい」

「……」


 無言で彼に続く。




 

 教室を出て、廊下を歩き、階段を降りる。

 数分くらい歩いてやってきたのは、校舎裏。と言っても人通りが全くないわけじゃない。あまり人が通らないってだけだ。


「お前、なんで着いてきたんだ?」


 校舎裏に着くなり、山下はそう言った。その顔には苛立ちや嫌悪感は浮かんでいない。


「何もしないだろうから」

「なんでそう思うんだ? 暴力をふるうかも知れないだろう」

「振るわない」

「なんで言い切れる」


 こいつが暴力を振るわない理由。そんなのは単純だ。


「そうしたら山下は野球部を退部になるから」

「…それを俺が顧みないとしたら?」

「そうしないと信じている」


 これまで山下には蔑むような言動を取られてきた。でも暴力じみたことをされたことはない。精々、ドスの効いた声で暴言を吐かれた位だ。


 以前も感じた違和感。こいつは以前から俺を以上に敵視していた。それはなぜかをずっと考えてきた。おそらくだが、こいつはちひろに惚れてる。そしてそれを利用されている。


「お前は本来、そういうことを嫌う人間だろ」

「……」

「ちひろから命令されているのか?」

「…なんで分かったんだ?」


 山下は心底不思議そうな顔でそう言って尋ねてきた。

 ちひろの取り巻き。あいつの周りに居るのは同じ類いの人間だ。だから下と思っている俺たちを馬鹿にしている。

 そう。馬鹿にしているだけなのだ。敵視はしていない。

 そんな中、山下だけが俺を敵視していた。まるでちひろと同じように。思い至った時は荒唐無稽でバカバカしい発想だと思った。ちひろがまさか、俺を痛めつけろと、いじめろと山下に命令しているなんて。

 

 それがあながち間違いじゃないかも知れないと気付いたのはバスケの時だ。バスケの試合が終わったあと。山下はすぐに俺たちに声をかけてきた。しかも内容はいつもと変わらない。

 問題はそれをバスケの授業終了後すぐに行ったと言うこと。どうしても気に入らないなら後から言えばいい。あの場にはまだ先生もいた。下手をすれば聞かれる危険性もあった。普通、野球部のエースがそんなことをするだろうか。先生に他人を蔑んでいる言動なんて聞かれたら指導は免れないだろう。ましてや野球部だ。そういうことには厳しいのではないだろうか。

 そう思った時、おかしいと思ったのだ。

 でも、半信半疑だった。好きだったとしても命令に従う必要がないからだ。でも、今日の山下の言動を見て、確信した。


「お前を見てれば分かる」

「…そうか」

「うん。何でかは聞かない」

「助かる」


 聞かれたくないことなんだろう。山下は軽く頭を下げた。

 それにしても、本当にちひろは変わってしまったな。昔はこういう人を使うと言う行為を嫌っていたのに。


「それで、今日はどうしたんだ?」


 何か彼の中で変化があったのか、昨日のことでちひろに変化があったのか。


「今日は、謝りに来たんだ」

「謝りに?」

「ああ。今まで、ひどい事を言ってしまってすまなかった…! この通りだ」


 山下はガバッと頭を下げた。深く、腰が鋭角になるほど深く。

 

「お、おい。頭上げてくれ…」

「本当にすまなかった」

「早く頭あげてくれ…、こんなのちひろにバレたらお前がやばいんじゃないか…?」


 何で従っているのかは知らないが、それなりの理由があるはずだ。

 それが今この瞬間におじゃんになるのはこいつに取って良いことじゃない。


「いや、その心配はない」


 ようやく頭を上げてくれた山下はそう言った。


「…どういうことだ…?」

「ちひろは昨日の件が大分堪えているらしい。随分落ち込んでいたよ」

「そ、そうか…」

「そして俺にもういいと言った」

「そうなのか」

「ああ、だから俺はもうお前達に対して何かすることはない」

「……そうか」


 山下はニコッと笑うとサムズアップした。

 山下は言いたいことは言えたのか、教室へと戻っていった。最後までにこやかにこちらに手を振っていた。

 


 それにしても、堪えてるのか。ちひろのやつ。それなら良かった。決してあいつに不幸になってほしい訳じゃないが、それなりに反省して欲しい。

 …そして叶うならば、以前のちひろに戻って欲しい。あんなことを言われて、あんなことがあった以上、また好きにはなれないと思うが、それでもずっと好きだった人だ。不幸になって欲しいとはどうしても思えない。これまでのことを反省して謝ったなら、もう一度話せるような関係に戻りたいと思う。

 

 どれだけひどい事をされて、どれだけ傷つけられたとしても、あいつは小さい頃から知っている幼馴染だ。できることなら元の関係、付き合う前のような関係に戻りたい。

 



 

 昨日の言葉が響いているなら。本当に届いているなら。きっと彼女は更生する。そう俺は信じたい。









 

 

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[気になる点] >そして叶うならば、以前のちひろに戻って欲しい。 以前のちひろ、とはどの時点のでしょう? 人見知りで自信が無かった頃?
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