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ドルナ

作者: 清水進ノ介

ドルナ


 タイムマシーンが使えるなら、過去に行きたいか、未来に行きたいか。その博士の答えは「未来へ行きたい」だった。博士にはどうしても、抑えきれない好奇心が、見てみたい瞬間があったのだ。それは「人類が絶滅する瞬間」だった。どんな種族もいつかは必ず滅びる。人類だって例外ではない。遠い未来、最後まで生き残った人間とは、どんな人物だろうか。そしてその人物はどうやって死に、人類という種は絶滅するのだろうか。その瞬間を目撃することが、博士の悲願であった。


 普通ならばただの絵空事。そんな事は実現出来ない。しかしこの博士は天才であった。たった一人、誰にも知られることなく、タイムマシーンを完成させてしまったのだ。博士は迷うことなくそれに乗り込み、未来へと向けて旅立った。そして辿り着いたのは、博士が生きている時代から、おおよそ三千年後の未来。そこに、たった独りで生き延びている人間がいた。


 文明というものが崩壊してから、おそらく数百年は経っている。ビルは朽ち果て、苔や植物の葉が表面を覆い、都市全体が鮮やかな緑に侵食されていた。見たことのない、奇怪な姿をした動物達が、狩り、狩られ、かつての大都会の真ん中で、生存競争を繰り広げている。博士は手元にある計器で、現在の地球の状態を確認してみた。すると一つだけ異常が見つかった。空気中に、未知のウイルスが存在していたのだ。このウイルスが人為的に作られたものか、自然発生したものか、そこにさほど興味はない。確かな事は、このウイルスが原因で、人類は滅亡の道を辿ったのだろう。博士は防護服を着込んでいるので、それに侵される事はないが、目の前にいる人間は、そうではないようだ。


 生き残りの人間は、崩れたビルの一室で、ひっそりと暮らしていた。見た目からは、男なのか、女なのか、年齢の判断もつかない。唯一分かることは、名前だけだ。「ドルナ」という名前らしい。部屋のドアにかすれた文字で「ドルナ」と大きく書かれていた。まだ他の人間が生きていた頃、ここが自分の部屋だ、と主張していたのかもしれない。

 ドルナの肌は青白く、髪は真っ白で、瞳はくすんだ黄色だった。体は痩せ、骨の上に皮膚が張り付いたような見た目をしている。ウイルスに侵された人類の、成れの果て。それがこのドルナのようだ。ドルナはどこで学んだのか、廃材のワイヤーで器用に罠を作り、それにかかった獲物を食べ、生き長らえていた。


 博士はそれをただ見ていた。博士の防護服には、透明化の仕組みがあり、ドルナにはその姿が見えていない。博士は声をかけることも、手を貸すこともなく、ただただ、ドルナが死ぬまでを見ているだけだった。そして終わりの瞬間は、あまりにも呆気ないものだった。ドルナは罠を仕掛ける為に、ビルの外に出た。その時に階段で転び、頭を打って死んだ。こうして人類は絶滅したのだ。


 博士は満面の笑みで、悲願を達成したことに満足し、元居た時代に戻ることにした。しかしタイムマシーンに乗り、時間を遡り始めたその時、トラブルが発生した。十年分ほど時間を戻ったとき、タイムマシーンが突然故障して、その時代に取り残されてしまったのだ。防護服も事故の衝撃で破損し、タイムマシーンはただの鉄くずになった。博士は生身のまま、未来の地球に放り出され、行く当てもなく、たった独りで彷徨うことになってしまった。


 博士が辿り着いたのは、とある崩れたビルの一室。もうどうにもならない。ここで生きていくしかない。博士はありったけの後悔を込めて、部屋のドアに、こう殴り書いた。


「モドルナ」


おわり

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