表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

悪魔との凄舌戦

姫の住む小さなお城には、毎日多くの人々が訪れた。

 国内の商人や外国の商人。遙か遠方からやってくる大金持ちやその国の大臣や執事。時として大国の王までがわざわざ訪れた。

 彼らの目当ては姫の部屋にある老婆の石像だった。

 その石像がいつから姫の部屋にあるのかは誰も知ず、いつ誰がどこから仕入れたかは王でさえも知らなかった。

 石像の噂は国内から国外にまで風のように伝わり、興味本位で見に来た評論家達は声をそろえて「美しい」と唱えた。それを聞いて集まった人々は、石像を譲ってもらおうと、小さな城なら買えてしまいそうな程の金額を提示した。

 王は誰と交渉するときも同じ事を繰り返し唱えるだけだった。

「あの石像に関しては私の一存ではどうすることも出来ない。姫に交渉してくれたまえ」

 姫は誰にも譲る気はないようだった。それがその石像の価値をさらに高めていった。

 姫は部屋に一人でいた。問題の石像の頭をピタピタと叩きながら言った。

「困ったわね。問題が大きくなる前に捨てておけばよかったわ。ここまで来ると下手に売るわけにもいかないし」

 姫は石像のまえにしゃがみ込み、石像の顔をのぞくように眺めながら言った。

「これが美しいですって。バカじゃないの?どう見たって醜いわ。『まるで生きた老婆を魔法で石に変えてしまったようだ』って言っていた評論家もいたわね。あったりまえじゃないの。だってそうなんだもん。あ~あほらし」

 その時、姫の背後から部屋全体が響くような低い声がした。

「ふふふっ。俺様は悪魔だ。その石像を頂きに来た」

 姫は不思議そうな顔で振り向いた。誰もいないのを確認しながら呟いた。

「空耳かしら」

「空耳ではない。俺様は悪魔だ」

 姫は首を傾げながら言った。

「空耳ではないって聞こえるわ。変な空耳」

「空耳ではないと言っておるだろ」

 低い声は少し大きくなった。

「むきになってるわ。かわいい空耳ね」

「空耳ではないと言っておるのがわからんのか!」

「どうしても空耳じゃないって言い張る気ね。この空耳は」

「ちゃうっちゅーとるじゃろ!」

「別に空耳だからって、隠すことはないのよ。立派な空耳だっているんだから。聞いてる?空耳さん」

「何が立派な空耳じゃ!そんなのがどこにおるんじゃ!」

「立派な空耳に会って、自分も立派な空耳を目指すのね。それはいい志しだわ。がんばるのよ。空耳さん」

「俺様は悪魔だ!空耳ではない!」

「悪魔?ふふ、自分が空耳だってことに気づいていないの?」

「空耳ではないと言っておるだろ!」

「空耳よ。ソー・ラー・ミー・ミー」

「ええい!もう我慢出来んわ!」

 黒い煙とともに姫の三倍はありそうな巨大な男が姿を現した。顔は人というより牛に近かった。頭には二本の大きな角が生えていた。色はどす黒く、腕も首も太く大きな胸板は針金のような剛毛に覆われていた。目は小さく大きな黒目は不気味に光っていた。

 一歩後ずさりした姫が言った。

「でも、ここに来る人はどうして、いつも黒い煙とともになんだろ?」

「何の話だ?」

「いえ、何でもないわ。でも、驚いたわ」

「驚いたか。はははっ」

「私ね、お姫様育ちで、世間の事はよくわからないの。だから初めてなの」

「何がだ?」

「空耳をこの目で見るのは…」

「空耳など見た奴は世界中を探してもおらんわい!」

「じゃ、私が世界で初めてなの?空耳を見るのって!」

「だから、俺様は空耳ではないって言っておるだろ!」

「じゃ、さっき私と言い合ってた空耳はあなたじゃないの?」

「いや、あれは確かにおれ様だ」

「ほら、やっぱり空耳はあなたなのね」

「そうじゃ。さっきの空耳は俺様だから、つまり俺様は空耳で…ちゃうやろがあ!」

「べたべたね」

「何がだ?」

「いいえ、何でもないわ。で?」

「俺様は悪魔だ」

「嘘ばっかり」

「何で嘘なんだ」

「私も悪魔なのよ」

「何!お前のどこが悪魔なんだ?」

「どこが悪魔?悪魔ってここが悪魔でここは違うってもんなの?肩から腰にかけては悪魔だけど足は悪魔じゃないとかって」

「そんなわけないだろ!」

「でも、あなたの質問の仕方はそう解釈できるわよ」

「馬鹿者!悪魔は全身が悪魔だ!」

「そうでない人は」

「そうでない奴は全身がそうでない!」

「へえ、そうなんだ」

「そうだ」

「で、悪魔って悪いの」

「決まってるじゃないか。悪いから悪魔っていうんだ」

「あなたは悪魔だから全身が悪魔なのよね。ということは、あなたは全てが悪いのね」

「俺様は悪の権化だ!」

「頭も悪いの?」

「何?頭?」

「そう頭」

「頭はそんなに悪くはないと思っておるが…」

「でも、全身が悪魔なんでしょ」

「そうだ」

「頭だけ悪魔じゃないとか」

「頭も悪魔だ」

「じゃ、やっぱり頭も悪いんだ」

「ううっ、そういうことになってしまうのか…」

「本当に頭も悪そうね」

「なんだと?」

「じゃ、あなたは空耳ではないのね」

「そうだ。何度も言っておるだろ」

「私の勘違いか、がっかりぃ~。大体あなたが悪いのよ」

「何で俺様が悪いんだ?」

「悪魔だもん」

「悪魔だったら悪いのか?」

「自分でそういったじゃないの。悪魔は悪いんでしょ」

「悪いから悪魔っていうんだ」

「だから、あなたが悪いのよ」

「俺様が悪いのか…」

「当然でしょ。悪魔なんだから。あなたが悪い!」

「はて?俺様は悪魔…悪魔は悪い…俺様は悪い…俺様が悪い?」

「悪魔をやめて、阿呆魔にしたら?」

「どつくぞ!」

「で、自分が悪いってことに気づいた?」

「おう、俺様が悪い」

「あなたが悪い」

「俺様が悪い」

「じゃあ、謝りなさいよ」

「なんで、謝るんだ?」

「あなたが悪いんでしょ」

「おう、俺様が悪い」

「悪い方が謝るっていうのが筋ってものでしょ」

「しかし…」

「ごたごた言ってないで、さっさと謝って、とっとと帰りなさいよ」

「ぬふふふ…」

 悪魔は不気味に笑った。

「何が、ぬふふよ」

「そうだ、悪い奴が謝るのが正しい…」

「で?」

「俺様は悪魔だから悪い。それを解っていて謝らない。悪いのに謝らないのは悪いことだ。そうだ、俺様は悪くていいんだ。なぜなら、俺様は悪魔だからだ。悪魔だから悪いのが正しいんだ。はははっ。どうだ、反論出来まい!がははっ。」

「ははは」

 姫は嬉しそうに笑っていた。

「貴様!何が可笑しい!」

「だって、見てよ。あのカラス」

 姫は嬉しそうに窓の外を指さした。

「よそ見しながら飛んでいて、木にぶつかって落ちちゃったのよ。ははは」

「カラスのことなんてどうでもいいだろうが!俺様の言ったことに反論はしないのか!」

「え?ごめんなさい。聞いていなかったわ。もう一度言って」

「うがっ。もう一度いうのか?」

「いやなら、言わなくてもいいわよ」

「俺様は悪魔だから悪い」

「あたりまえじゃない」

「最後まで聞かんか!」

「はいはい」

「それを解っていて謝らない。悪いのに謝らないのは悪いことだ」

「そうかしら?」

「そうかしら?って、悪い事じゃないのか?悪いのに謝らないんじゃぞ!悪いじゃないか!」

「なに向きになってるのよ、あなたの言いたいことは解るわ」

「な、解るじゃろ!筋が通っておるじゃろ!」

「でも、悪魔が筋を通してどうするの?」

「んが~*」

「頼むから、気持ち悪い声を出さないで!まとめるわよ。つまり、あなたは悪魔だから悪い。悪い者が謝るのは正しい。でも、あなたは謝らない、それは悪いこと。でも、悪魔だから悪くてもいい。そう言うことでしょ」

「そうじゃそうじゃ」

「牛面で嬉しそうに喜ぶのはやめなさいよ。気色悪いわ」

「大きなお世話じゃ」

「でも、悪魔だから正しいことはしないっていうのは、正しいんじゃないの?」

「その通りじゃ」

「だから正しくてはいけないんでしょ?悪なんだから」

「あ。そうか…」

「悪魔は究極の悪だから様になるのよね。中途半端に正しい悪魔なんて最低だわ」

「そうじゃな…悪魔だから正しいことをしない。それは正しい…と、言う事は正しいこともする…すると究極の悪で無くなってしまう…徹底した悪であるためには…正しいこともすればいいのか…いや、その段階で正しいことをしているので、中途半端じゃ…ううう…時々正しいこともするお茶目な悪魔…あああ解らんようになってきた…」

「謝っちゃえば?」

「なんじゃと?」

「とりあえず謝っちゃえば、悩まずにすむわよ」

「んー。どうやって謝ればいいんじゃ?俺様は今まで謝ったことなど無いので、謝り方がわからぬ」

「そうね、とりあえず三つ指ついて」

「三つ指か…難儀な…」

「どうしたの?嫌なの?」

「手が蹄になっておるので三つ指は…」

「牛の蹄って二本しかないのね。知らなかったわ。ま、適当にやって」

「私が悪うございました…これでいいのか?」

「そうやって、最初から素直に謝れば可愛いのに」

「どうも、不愉快な気がするんじゃが…」

「そう?私はとっても愉快よ」

「納得が出来ん」

「納得する必要なんてないじゃない。悪魔だモン」

「そうじゃな…」

「もう、気が済んだわね。じゃあ、帰ってもいいわよ」

「おう、邪魔したな」

「じゃあね」

「ちゃうやろがあ!」

「あら、帰るんじゃなかったの?」

「俺様は、謝るためにここに来たのではない!」

「あら、そうなの?」

「この石像を頂に来たのだ!」

「ああ、この石像がほしいの。現金なら安くしておくわよ」

「誰が買うと言った」

「もう、冷やかし客はお断りよ」

「ふふふ…冷やかしでもない…俺様は悪魔…断りもなしに奪って行く…ははは」

「断りもなしに?あなたはアホだからそんな器用な真似はできないわ」

「なんじゃと!出来たらどうする?」

「出来なかったらどうするの?偉そうに言って、何もできないんじゃ様にならないわよ。中途半端な悪なんだから…」

「うぐ、言わせておけば!」

「じゃあね。出来なかったら魂を置いて行きなさいよ」

「何じゃと!」

「悪魔って人の魂を買ったりするでしょ」

「そうだが…」

「しかし、悪魔が人間に魂を手渡すとなると…」

「あ、奪って行く自信がないんだあ」

「ふふ、自信はある。俺様の魔力にかかれば、こんな石像ごとき、一瞬で魔界へ飛ばせるわい」

「それなら心配する事は無いじゃないの」

「そうだな、その賭にのった!」

「いいわ。賭が成立ね」

「おう!では、俺様の魔力を見せてくれるわ!」

 悪魔は両腕を高く上げ、奇妙な呪文を唱え始めた。

「あなたの負けよ」

「何!」

「待て、まだ術を使っておらんぞ」

「そこまでする必要がないわ。賭の公約を思い出してよ」

「なに?俺様はこの石像を断りもなく頂いて行くってっことだろうが」

「そうね」

「だから、これから頂いて行くでわないか」

「でも、十分断ってるじゃないの」

「あ」

「魔力で石像を運んでも、断りもなしにっていうのは無理よね」

「あ」

「はい、魂を置いてとっとと帰ってちょうだい」

「…」

 悪魔の胸が突然光り出した。黒く輝く玉がふわりと飛び出し、姫の元へ飛んでいった。それを手に取った姫は嬉しそうに言った。

「ふーん、これが悪魔の魂か…」

 魂を抜かれた悪魔は姫に向かって言った。

「貴様、アホだな」

「え?どうして、私があなたにアホ呼ばわりされなければいけないの?」

「はははは。俺様の勝ちだ。この石像はもらって行く」

「あなたは賭に負けたのよ。どうして石像を持っていくの?筋が通らないわ」

「なぜ、悪魔が筋を通す必要があるんだ?気色悪いことを言うな」

「どうしたの、あなた突然性格が悪くなったわよ」

「仕方がない、貴様はアホだから簡単に説明してやろう」

「誰がアホよ。さっきから角があるわね」

「悪魔に魂を売り渡した人間がどうなるかしっておるか?」

「そうね、心が悪魔の様になるのよね、確か…」

「ははは、そうだ。俺様は誰に魂を手渡したと思っておる」

「私に?え。ちょっと待ってよ、私に魂を手渡したから性格が悪くなったって言いたいの?」

「やっと気付いたか」

「あーにくたらしい!でも、魂を手渡したら、相手の下部になるんでしょ!」

「誰がそんなことを決めた!」

「私が今決めたの!ガタガタ言ってると、魂を刻んでネズミの餌にでもするわよ」

「うぐ、それはやめてくれ」

「いいこと、あなたは私の下部。石像を置いてさっさと帰りなさい。そして私が呼んだら三秒以内に現れるのよ。解った?」

「なんという、滅茶苦茶な性格!魂を手渡したぐらいでは本物には勝てぬのか!」

「誰が本物よ!失礼なことを言わないで。私は心の優しいお姫様で通ってるんだから」

「あーそーですか」

「あーにくたらしい!とっとと帰りなさいよ!」

「あばよ!」

 悪魔は煙と共に去っていった。

 残された姫は呟いた。

「冗談じゃないわ。誰が性格が悪いって言うのよ。失礼ね。まあ、いいわ。あの悪魔使えるわね」

 姫は窓の外を眺めながら軽く微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ