エピローグ
それから約2年、サラと共に過ごした。
あの頃に戻ったようだと、元気な彼女は、相変わらず趣味のガーデニングに勤しみながら、日々を穏やかに生きていた。
懐かしい味がする魚料理を作ってくれたり、よく散歩した浜辺を一緒に歩いたり、他愛ない話をしながら、洗濯物を畳んだり・・・
時折世話を焼きに来てくれる、サラの娘と孫に囲まれながら、俺と生活を共にしてくれた。
「また・・・・貴方と一緒に星空を見られるなんて・・・」
いつものバルコニーで椅子に腰かけながら、天を仰いだ。
隣の彼女の手をしっかり繋ぎながら。
「俺は・・・・人間がこんなに長生きしてくれる生き物だとは、到底思ってもみなかったよ。」
「ふふ・・・そうでしょう?・・・生きていられる限りはね、生きるべきだと思ったの。たくさんの出来事と・・・たくさん関わって世話を焼いてくれてきた人たちが、私を生かしてくれたから。皆から力をもらって、今ここにいられるの。・・・・貴方に会うまでは、と思い続けていたから、待てたのよ。」
優しく囁くように言葉を紡ぐ彼女の肩を抱いて、そっと頬にキスを落とした。
「愛してるよ、サラ。」
「ふふ・・・こんなおばあちゃんになっても、そう言ってくれるのね。」
「当たり前だろう。」
「・・・貴方の夢は、叶いそう?」
「・・・わからない・・・。けど・・・そうだな・・・サラとまた新しい時間を過ごして・・・俺もまだ諦めきれないなら、諦めるべきではないなと、思うようになってきたよ。」
「そうでしょう?・・・・ねぇノエル・・・私たちに子供は出来なかったけど・・・お互いを支え合えた時間があったから、貴方の時間は続いて行くし・・・命は繋がっていくのよ。」
「・・・・・サラ・・・」
それが
サラと最後に交わした口付けで
サラとの最後の会話になった。
彼女が20歳だったあの頃からの10年間と、再会したサラと生きた2年
彼女は持病も怪我もなく、健康に過ごしていた。
どこも悪い所はなかったが、一緒のベッドで眠った翌日、彼女は穏やかな表情で眠ったまま、二度と目を覚ますことはなかった。
体温を感じなくなったサラの頬に触れて、亡くなったのだと瞬間的に理解したものの
不思議とその時は、悲しいという想いは湧いてこなかった。
心の内で、彼女が残してくれた言葉や気持ちを、何度も繰り返し再生していた。
それらに満たされた心を抱え、何度も彼女の頬を撫でて礼を述べた。
愛してるや、ありがとうを・・・何度も何度も繰り返し口にしているうちに
声が嗚咽で出なくなり、彼女の亡骸を抱いてむせび泣いた。
穏やかな最期だったと思う。
何も苦しむことなく・・・俺と共に過ごす時間も生きてくれて
どうしてこんな俺が、こんなに真っすぐで優しい彼女に愛してもらえたのか、疑問で仕方がなかった。
見送る心の準備くらい、とっくに出来ていたし、自分が死ぬことになっても、俺には生きるのだと、そう言い続けてくれていた。
後は追わないと決めている。
もう一生、俺は同じような気持ちで、誰かを愛することは出来ないかもしれないけど。
「サラ・・・・」
それでも
あの時の彼女のように『行かないで』とは言えない。
「忘れない・・・今までも・・・これからも・・・。」
今度生まれ変わって出会うときは
きっと人間でいよう。
彼女が猫ならば、俺も猫でいよう。
彼女が花なら、同じく隣に咲く花に。
同じ種であることが、愛し合うために重要ではなかったけれど
それでも・・・
彼女を看取り、身内で葬式が執り行われ
その中に自分もいて・・・。
家族に見送られながら、生前の彼女の要望通り、遺灰を海へ撒いた。
天気が良い夕暮れの海辺で、最初に繋いだサラの温もりを思い出していた。