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ノエルの追憶  作者: 理春
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第七部

かつてロディアは俺に言った。

獣人は元々獣の姿で生まれ、人を知るから人の姿に変化するのだと。

獣人とは名ばかりで、俺は半分人間というわけじゃない。

その後何度かロディアと顔を合わせた際に、時々奴から獣人について知っていることを聞きだしたことがあった。

長い魔術師の生の中で、あいつは俺の知らない獣人の情報も少しは持っているもので

ロディアによると、人間だった頃読んだ書物の中で、かつて人間と獣の間に子が出来た話もあったようだが、それはあまりにも稀有なことで、かつ生まれた赤子はどちらとも言えない姿をしており、長生きすることは出来ないと書かれていたという。

そしてそれらの者達がかつて多く存在していた時代は、「獣人」ではなく「半獣」と呼ばれたそうだ。


線路を走る列車の中、荷物という荷物は持たず、ただ静かに席に座り車窓を眺めていた。

そう遠くないフロリアンまでの道のりが、まるで遠い世界に向かうような、穏やかで凪いだ気分でいる。

いつか感じたそれと同じだ。


やがて静かに到着した街並みを、重い腰を上げながら覗く。

もうすぐ夕暮れだという時、まばらに人々が戸口から降りていった。

人並みに合わせるように歩を進めるのも、何やら久しぶりな気がする。

降り立って改札口を出ると、ふわっと懐かしい潮の匂いが鼻をくすぐった。

感傷に浸りそうな自分を跳ね除けて、ただ足を前へと動かした。


50年ぶりのフロリアンは、そうさして様変わりしていなかった。

当時の見慣れた風景の中に、知っている店もいくつかあり、変わってしまった建物の間には、そのままに路地裏への道が続く。

古びたレンガの道を進みながら、だんだんと海の香りが強くなっていき、サラのうちまでもう少しという頃、あの花屋が目に入った。


まだあるのか・・・


無意識に足が向いて、店先に並ぶバケツに入った花たちを眺めた。


「いらっしゃいませ。」


ふと顔を上げると、店員の女性がエプロン姿で現れた。


「・・・やぁ。」


「何かお探しですか?」


「・・・かつて・・・ここで働いていた知り合いを探している。サラ・・・サラ・レイナス、という女性を。」


「レイナスさん・・・ん~・・・ここで働いてらっしゃったかどうかはわかりかねますが・・・レイナスさんのお宅なら、そこを曲がったところにある、海岸近くのうちですよ。」


「・・・ありがとう。」


礼を述べてまた懐かしい坂道を上っていく。

どうやら家はまだあるらしい・・・。

大きく息をついて気持ちを落ち着かせながら、見えて来た赤い屋根もまた、あの頃と変わらない。

辿り着いて門扉の前に立つと、あの時俺を引き留めたサラを思い出す。

塗り直されたのか、綺麗にベージュのペンキが塗られた扉に手をかけると、人の気配に気づかず声をかけられた。


「うちに御用ですか?」


ハッと声の主に目を向けると、あの頃のサラに瓜二つの少女が佇んでいた。


「・・・・・サラ・・・?」


そんなはずはないと思いながらも、思わず声を漏らすと、少女は目を見張って俺の目の前に駆け寄った。


「もしかして!ノエルさん!?」


「・・・・あ・・・・ああ・・・。」


「はぁ~すっごい!おばあちゃんに見せてもらった写真とおんなじ!ホントに年をとらないのね!ほらほら入って!お母さんもおばあちゃんもうちにいるから!」


「・・・・サラは生きてるのか?」


「当たり前でしょ?・・・ていう程若くもないか。もうだいぶおばあちゃんだしねぇ。」


少女に手を引かれながら庭を通り過ぎ、真新しい玄関のドアが開かれる。


「お母さ~~ん!ただいま!たいへんよ!」


懐かしい匂いがする家の中へ入って、少女は手を離して奥へ走って行った。

そしてすぐにドタバタと戻ってきて、今度は当時のサラより少し歳を重ねたような、似た女性が玄関へ現れた。


「・・・あ・・・・貴方・・・もしかして・・・」


「・・・ノエルという。サラの・・・娘なのか?」


女性は感嘆の声を漏らしてうっすら涙を浮かべた。


「・・・母はずっと貴方の帰りを待っていたの。どうぞ、あがってください。母は二階のバルコニーにいます。」


視線を落として俯くと、10代後半くらいのサラの孫であろう少女は、また俺の側に立って手を取った。


「おばあちゃんね?『ノエルが帰るまで、意地でも長生きするの。』が口癖なの。・・・おじいちゃんは、去年亡くなったんだけど・・・。ねぇ・・・もしかして、おばあちゃんが寂しくないように、おじいちゃんがノエルさんを呼んでくれたのかな・・・。」


可愛い笑顔を浮かべる少女が、忘れていたサラの記憶を呼び起こして、思わず目の前が歪む。

二人に促されるまま、俺は彼女が待つ二階へと上がった。

懐かしい家の中は何も変わっておらず、所々に飾られている花の香りで満ちていた。


「・・・お母さん」


娘に呼ばれ、バルコニーの椅子に腰かけた女性が振り返る。

白髪を束ねて、カーディガンをゆるく羽織った彼女は、俺に目を向けると、そのグリーンの瞳を見開いた。


「・・・ノエル・・・?ノエルなの?」


「サラ・・・」


こみ上げてくる涙と感動と後悔と申し訳なさが、体中を駆け巡って、一歩ずつ足は彼女の元へ動く。

サラはみるみるうちに涙を溜めて、しわくちゃの顔を歪めた。

かつて二人きりで静かに夜を過ごしていたそのバルコニーに駆け寄って、何度も夢に見た彼女を抱きしめた。


痛くて熱い涙が溢れてはこぼれていく。

会いたいなどと口に出してしまえば、自分を保てなくなるほど弱い心を、ずっと押し込めて生きていた。

抱きしめ返す彼女の力が、弱々しくて微かに震えていて、同時にこんなに年老いるまで待たせたことが、心底申し訳なくなった。

何もかもを捨てて、サラと生きることを選べなかった自分が、情けないことくらい分かっていたのに、それでもいつか彼女に許されたいと思っていた。


「サラ・・・遅くなってすまない・・・。」


「・・・いいえ・・・。帰って来てくれてありがとう・・・ノエル。」


どれ程そうしていただろう

ただただ抱きしめ合いながら、何もそれ以上言葉を交わすことも出来ずに涙を流していた。


サラはあの日、俺が去った数年後、花屋を贔屓にしてくれていた建築家の男性と結婚したという。

子宝にも恵まれ、二人の子供を産んだ彼女は、その後も花屋で働きながら家計を支えていた。

長く連れ添った旦那は、写真を大事にしながら俺の話をしていた彼女に、「きっといつか帰ってきてくれる。」と、言い聞かせてくれていたらしい。


彼女の細くて白い手を、そっと握った。


「サラ・・・今度こそ・・・死ぬまで側にいてもいいか・・・?」


サラは握り返した手をじっと見つめて、また俺の瞳を覗き込む。


「・・・ノエル・・・私は80年程しか生きていないけど、貴方を想いながら人生を重ねて、色んなことを経験して、色んな気持ちを背負ってきたわ。きっとノエルもそうだろうと思う・・・。貴方は長く生きられる者として、何を成せるか考えていると・・・ずっと言っていたわよね。」


「・・・ああ・・・。」


「貴方の夢や願いが、まだ続いているなら・・・私に残りの人生を捧げようなんて、何だか勿体ない気がするのよ。」


「・・・サラ・・・俺は・・・」


「わかってるわ・・・ありがとう、私も貴方を愛してるわ。生まれ変わったら、きっとまた一緒になりましょうね・・・。」


穏やかに微笑む彼女は、当時と変わらぬ可愛らしい目元を細めて俺の髪に触れた。


「・・・サラが望むなら、猫の姿のまま新しい家族になってもいいぞ。」


ふわっと靄を纏うように姿を変えて、彼女の膝の上に丸まった。

また口元に手を当ててクスクス笑う彼女が、心底幸せそうで楽しそうで・・・

それだけで満たされた気持ちになりながら、暖かい膝の上で喉を鳴らした。



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