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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

外伝 アンドロイドに涙を

作者: 流月

 これは、少しだけ未来の話。

 有限の奇跡の中で、人が生きようとした末路。

 風が病み、空の色が狂いゆく中。人が星と共に生きることを諦めてしまった道。



「お前、人間じゃないだろ」

 弾痕、裂傷、火傷を背負う身体で。引き金の音と火薬の匂いに生きる日々。

 政府に雇われた殺し屋として。正義もなく、酒と煙草のために仕事をする俺が、ある日聞かされた話。

 人民選別電脳化計画。#000000(ノワール)計画と呼ばれたそれ。

 深刻化する環境汚染、食糧不足、国際情勢の悪化など。国が人を支えることができなくなったために打ち出された話。

 そこで、電脳世界が作られたらしい。それこそ、半世紀以上前に流行った『異世界』のような箱庭が。

 試験的に、『勇者』として何人もそこに送り込まれた。大病の末期患者、事故による植物状態の青年から、政治家の娘まで。

 さらに、それらを『魔王』として迎え撃つ者たちも創られたそうだ。

「ボクは東雲(しののめ)四葉(よつは)。これからよろしくね、オジサン」

 そのうちの一体が、この少女…正しくは、その人格プログラムを焼きつけられたアンドロイド。

 倫理性が無い、ある意味完璧な殺人鬼。

 難敵だった刺客の悉くを屠り、反政府派組織を幾つも壊滅へ追いやった立役者。


「オジサンも、なかなかやるね?」

 己の頬に垂れる血。無邪気にナイフを弄ぶ少女。

 人間以上のスペックに、計画が生んだ異世界産の戦闘技術。

 人員不足を解消するため、生み出された最終兵器。

 コスパという言葉は、どうやら人類を終末にまで導こうとしているらしかった。


「ざっと三十人か。あぁ、キミは下がっていていいよ。ボクが全部片付けるから」

 それだけ言って、単独で飛び込んで。十分も待たずに皆殺しにしてしまった。

 流れ弾すら許さずに。阿鼻叫喚が不気味なほどの静けさに変わるのは、一周回って清々しかった。

「よし、八分四二秒。新記録だね」

 屍を邪魔とすら思っていない。まるで木の葉の音を楽しむような無邪気さすら感じる足取り。


「お前、人間じゃなかっただろ」

 傍観者に飽きて、観察者となっての言葉。

 いつも俺の目すら見ようとしない少女が、初めて振り返った。

「なら、何だったと思う?」



 少しだけ親密になれた気がした日のことだった。

 俺は、間違いを犯した。

「…ボクの名前は四葉だよ。だから、その名前で呼ばないで」

 鉄拳が両腕に鈍い痛みを走らせる中、少女は無表情にそう言った。

 享楽主義が抜け落ちた、異様な執着がそこにあった。

 


 またある日、少女は無茶な戦い方をしていた。

「あのな、万が一腕が吹っ飛んだら…」

「別に腕くらい、回復薬使えば…」

 失うことを恐れた俺と、治せるものと思っていた少女。

 しかし、どちらも不正解だった。

「…これも消耗品だよ。取り替えればいいだけ。だから、そんな心配いらないよ」

 事実であり正解だった。しかし、重く冷たい棘がある言葉だった。

 計画は元々気に入らなかった。その一環のアンドロイドというのも。

 しかし、この少女自身が最大の被害者だと痛感した。



「どう?向こうでは、ハンバーグって呼ばれてた料理なんだけど」

 嗅覚機能だけを頼りに作られた一品。それが、身に染みて美味かった。

「これはね、うちの嫁の好物だったんだよ」

 洗い物をしながら、世間話のようにそんなことを言った。

 不思議と声音は柔らかく、懐かしく愛おしい色があった。

「三〇〇歳差の年の差婚だけどね。ボクも立派な旦那さんだったんだよ?」

 機体(ボディ)と人格プログラムの設定に乖離があるとは知っていたが。まさかここまでとは思わなかった。

「幸せな最期だったね」

 自らの死を懐かしむという、歪んだ図がそこにあった。

 これは残滓であって、悲劇ではない。しかし。

「話すつもりはなかったよ。でもね、もう疲れちゃったんだ」

 死者の記憶を転写された、機械仕掛けの冷たい身体。

 鉄と基盤でできた身体は、眠り方など知らないから。


 

「死には絶対の不可逆性がある。だからみんな、悼み、悲しむことができる。でもね、今のボクにはそれがないんだ」

 心が壊れていることは知っていた。しかしこんな、人間味のある生々しい傷跡だとは思ってもみなかった。

「美化しすぎだ。死にたいのか?」

 浮世離れした、恋をしているような表情だった。

「あは、キミ、面白いこと言うね?」

 蔑むような目は、俺に向けたものか。否。


「そもそも、ボクが生きているように見える?」


 感情性自傷症。漸近線的関係性。逆説的死生論。

 分かり合えない溝を、痛いほどに感じた。

「いつも名前を呼んじゃいそうになるんだ。でも…それはダメだと思うんだ。そんなことしたら、あの子の名前が汚れちゃう」

 少女が名前にだけはこだわっていたことを思い出した。

 だとしたら、『東雲』というのはおそらく…。

「あぁ、ごめんね。さて、気を取り直して…明日のご飯の話でもしよっか」

 それが、人間に赦された最後の贖罪なのだろうか。

「じゃあ、次は何を食べたい?」

 作り物の完璧な笑顔で。少女は、明日という名の罪状を突きつけてきた。




 狭い通路。響く銃声。血溜まりを踏む音。

 防衛戦。重要拠点なのだとかで、地図も持たされないまま現場に放り込まれた。

 閃光弾に、突破される包囲網。

 いち早く少女は駆け出して、侵入者の追撃を始めた。


「…どういうことだ?」

 少女を追った先にあったのは、最終防衛ライン。

 壁一面に広がる、電子機器のランプ。点滅するそれらは、まるでお伽噺の星空のようで。

 だだっ広い空間の、中央にそびえ立つ塔は、かすかに熱を帯びていて。黒い重厚なそれは、高出力の演算機だと一目で分かった。

 これが#000000(ノワール)計画の心臓…中央制御装置(マザーシステム)

「この子はこの部屋への道を知っていそうだったからね。案内してもらったんだ」

 少女の足元には、首を捻じ切られた死体があった。

「でも、この子、盗もうとしたんだよ。あの子の棺を」

 操作機器らしいタッチパネルには、IDコードと62l2711e5iv7の文字列が、叩き割られた形で残されていた。

「ボクは、この墓を壊しに来たんだ。墓荒らしなんて、二度とさせないようにね」

 少女は、配管のパイプを一本引きちぎった。


「…おやすみ。またね。次は、天国で」


 ガラクタのパイプが振りぬかれた。

 鉄と電気の心臓に、深く突き刺さるそれは、神殺しの槍でもあった。

 爆ぜる火花とプラズマ。ランプが赤く染め上がり、液晶にはエラー表示が林立する。


「ちゃぶ台返しにもほどがあるよね」

 遠くから聞こえる爆発音。赤々と燃える帰り道。

 断続的に揺れ、崩れゆく天井。それが、ここが地下拠点である理由であるらしかった。


 命からがら逃げ出して、脱出用の小型船を発見した。

 しかし、そこに少女は飛び込もうとしなかった。

「もう、終わりにしたいんだ。生き残るのは、キミ一人で十分だよ」

 炎が刻一刻と近づいてくるのが見えた。

 あとは、アクセルを踏むだけだった。そのはずなのに。 


 船室から飛び出した俺は、ワイヤーを放ち。少女を甲板に引きずり下ろしていた。

「キミ、一体何して…!」

「うっせえ!!黙って攫われろ!!」

 腹の底から出た怒声に自分でも呆れつつ。

 俺たちは、海原へと亡命した。



「これは、俺のエゴだ。人間のエゴじゃない」

 考えてしまったのだ。あの後のことを。

「…お前の亡骸が、利用されると思ってな」

 もしも、敵に回収された場合。

 魔女だ悪魔だと、醜く焦げたフレームをネットに流すだろう。

 そこに利他的な優しさはない。快楽的な攻撃がエスカレートしていく。そうなれば、骸の尊厳が失われてしまう。

 …惨死体は見慣れているはずなのに。この少女の亡骸は、どうしてか見過ごせなかった。

「ほんと、変なところで優しすぎるよ、キミ」



 それから、海の上で待っていた。

 少女が、バッテリー残量を秒読む中。

 訪れるかも分からない、奇跡を。

「はは…!ほんとに来やがった…!」

 俺たちにとって、空色とは灰色か黄色。

 しかし、この海域では。十数年に一度、風や海流の条件が合致すれば見られる色がある。


「…青、空…?」


 少女は、呆然と見上げた先。

 厚い雲の中。ぽっかりと空いた穴。

 昇る太陽の光が、揺れる水面に乱反射して。白から淡い青へのグラデーションが美しかった。

「残念だよ…嬉し涙、流せたら良かったのに」

 何度も瞬きしていた。震えない声に、無表情に、咽び泣くような仕草が。少女の中での出力エラーを暗に示していた。


「どうせ身体も作りもんなんだ。涙だって作りもんで十分だろ」

 少女の瞼の底に目薬を落とした。

 ゆらりと顔を起こせば、雫はそのまま頬を伝っていった。

 それは、まるで涙を流しているかのように見えた。

「うん、そっか。そうだね…ありがとう、ハル」

 ようやく、少女と目が合ったような気がした。

「ボクを生かしたのが、キミで良かったよ」

 それからずっと、少女は青空を見つめ続けていた。

 ずっとずっと。その電気信号が像を結ばなくなるまで。



 日も沈んで、少女の瞼を下ろした。

「…眠ってろよ。大人しく」

 その手に、目薬を握らせた。あの世で、涙が足りないことがないように。

 重金属の亡骸は、僅かな水の跳ね返りと気泡と共に。あっけなく見えなくなった。

 

「さて、どうしたもんか…」

 このまま入水も一興かと思ったが、やめておく。これ以上あいつの罪を重くするのは可哀想だ。

「じゃ、生きるとするか」

 帰るべき場所は分からない。おそらく、もう存在しない。

 なら、放浪しようか。大変そうだが。

 しぶとく、あいつの分まで生きてみせる。しわくちゃになって天国へ行って、しこたま驚かせてやろう。

 そんな子供じみた野望を胸に、俺は陸へと舵をきった。

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