つい口を出しただけ
聖女ハルが教会で祈りを捧げる日は決まっているので、その日に間に合うように、毎日少しずつ、田畑や民への祈りを行っていた。
日々それが終わり、自分1人が住む小屋に戻ってから食事や掃除を行う。
食事は1日1回、身の回りの家事も聖女ハルが一人で行っていた。
僅かな食事は、庭で取れた野菜や木になった果物だけ。
所謂炭水化物のような物は、両親が亡くなってから食したことがない。
無駄な筋肉は付いておらず、力仕事は苦手だが、日常生活には支障はなかった。
そんな彼女は元気に祈る。
「父ちゃん、母ちゃん、今日もわたしは元気だよ。いつも見守ってくれてありがとう」
ある日、祈りのお礼にと初めてお菓子を貰った。南蛮から来たという綺麗な缶に入ったクッキーだ。聖女ハルは小屋に持ち帰り、大事に少しずつ食べていた。
「美味しいなあ。わたしは凄い幸せだ。また頑張って治癒するよ。それにこの箱の絵は、異国の女の子かなあ。綺麗なドレスとリボン、素敵だなあ。海の向こうには、こんなめんこい子ばかりいるのかなあ。世界は広いな」
お菓子を食べきっても、箱を見る度に幸福に浸っていたのだ。
教育を受ける機会のないハルは、他国のことなんて知る術もない。
それに教会に持ち込まれた物は、聖女ハルの口に入ることはなかった。だがこのクッキーは、「聖女ハル様に」と言って小屋に戻る直前に貰った物なので、聖女ハルはありがたく頂いたのだ。
思えば、教会で祈りを捧げて癒されるのはお金持ちばかりで、皆たいしたことのない怪我や病気で訪れていた。聖女ハルが祈れば、奇跡の力でそれが治癒した。
それに対し教会の寄付として、多額の金銭が支払われていたが、孤児院が潤うことも炊き出しが行われることもなく、何処に流れているのか、周囲を知る者は疑問に思っていた。
勿論癒し手の聖女ハルにも恩恵はない。
彼女の住む小屋も、生前に両親が住んでいた所だ。
教会には他にも聖女と呼ばれる者がいて、たくさんの使用人に傅かれていた。小屋に住む聖女ハルも、両親が亡くなった時はここに身を寄せていた。
けれど、貴族の聖女が嫌がった為に、すぐに1人で小屋に戻された。心細くて泣きたい気持ちを、神様に祈りやり過ごした。布団をぎゅっと抱き締めて。
「なんで私を置いていったの? 寂しいよ、父ちゃん、母ちゃん」
彼女は農民の娘で、家族が流行り病で死にかけた時、聖女の力を宿したのだ。
「神様お願いだ。父ちゃんと母ちゃんを治してください」
必死に祈る彼女に奇跡が起こる。
でもその時には手遅れで、彼女は両親を救えなかった。
だがその気持ちを乗り越えた彼女が人々の為に祈り、他のたくさんの人が救われた。
そしてお金を教会に落とした。
教会は新しくなり、教会に住む神父や聖女の衣装も派手になり、ふくよかになっていた。
当然同じ聖女のハルも、恩恵を受けていると人々は思っていた。
彼女が教会から支給された、荘厳な一張羅の白いワンピースを着て教会に訪れ、病の者を癒し感謝を述べられる。高そうな白いワンピースは、聖女ハルが大事にされていると言う偽装。それなのに1日の仕事を終えて帰る時、貴族の聖女アキから葡萄酒を掛けられた。
「卑しい農民のくせに、いい気になるんじゃない」と、憤慨した顔だった。
最近ここに来た聖女アキは、この服以外聖女ハルが何も得ていないことを知らなかった。教会ではない別の場所で、贅沢をしていると思っていた。
彼女(聖女ハル)は別に驕ってもいないし、流行り病で苦しむ人を助けたいという気持ちから教会に来ていただけなのに。
「確かにそうですね」
流行り病が落ち着いた今、たいしたことのない病しか癒していないのに、ここまで来てお礼を言われるのは確かに「いい気になるな」と言われても仕方ないのだろう。
自分では気づけないことだった。
惰性で来てしまっていた。
教会に住む貴族の聖女からの言葉なら、それが真実なのだろう。
「失礼いたしました、聖女アキ様。気づかせていただき、ありがとうございました」
聖女ハルは、深々と頭を下げた。
聖女アキは、「フン、わかれば良いのよ」と言って踵を返していく。
聖女アキにしてみれば、聖力の強い聖女ハルに対しての、単なる八つ当たりだった。
『支給された一張羅のワンピースも紫に染まり、もう色は落ちないでしょう。私のここでの役割も、ここで終わりと言うことなのですね。神様、今までお世話になりました』
そこで聖女ハルは、晴々した気分で小屋に戻り、片付けした後、近所の畑の人々に挨拶をして旅だったのだ。
教会に聖女ハルが来る日だが、いつまで待っても彼女は現れない。仕方がないので、教会に住む聖女に治癒をしてもらうが、いつまで経っても傷は癒えない。
業を煮やした貴族の騎士は言う。
「いつもの聖女はどうしたのだ? 彼女ならたちまち治すのに」
そう言われても、神父にはわからない。
適当に、調子が悪いと伝えれば、
「そうだろうね。彼女は貴方方と違って、いつも顔色が悪く痩せていた。働きすぎかもしれないと、心配していたのだ。ここに寄付するお金は、彼女に反映されていないようだし」
何かを悟ったように、帰っていく貴族の騎士。
さすがの神父も、倒れているかもしれないと小屋へ急ぐ。
でも既に、人気などなかった。
慌てた神父は、近所の農夫に彼女のことを尋ねた。
すると、「私が必要な場所へ働きに行きます」と、家を出たと言う。
「なんで急に………」
言葉を漏らす神父に、農夫は言う。
「あんな聖女の真似事をする娘1人に、神父様はお優しい。そんなことより、いつも畑に祝福をありがとうございます。お陰さまでいつも豊作だ」
と頭を下げる農夫。
「あ、ああ」
曖昧に言葉を濁し、よろめいて教会へ戻る神父。
そして聖女6人と、使用人10人を聖堂に集めた。
「聖女ハルが姿を消した。あなた達、行き場所に心当たりはないですか?」
その問いに答えられる者はいない。
誰も聖女ハルのこと等、気にも止めていないから。
そして聖女アキが言う。
「そう言えば、簡単な治療をして自慢げな顔をしていたので、いい気になるなと釘を刺しておきましたわ」
その言葉に、神父が震える。
「何てことを。聖女の祈りの殆どを、彼女がしていたと言うのに」
神父が彼女を探すように言うも、貴族の聖女も使用人も全く危機感がない。地元の騎士団にも捜索を依頼したが、近所の人が出ていくと話を聞いたことで、危険性はないとされ捜索は打ち切られた。
何故神父が焦るかと言えば、聖女ハルの働きで教会が潤っていたからだ。
流行り病でハルが聖女として覚醒し、多くの命を救ったことで教会には多額の援助金が支給された。最初こそ、炊き出しや物資の補給もされたが、次第に滞り終了した。大金に目が眩み、つい愛人を作ってしまった。聖職者が何とも情けないことだ。
それを教会に住む聖女達にも知られ、彼女達にも金を流すことになった。ここに来る貴族の聖女等、我が儘な癖のある者ばかりで、これ幸いと思っただろう。質素な生活に馴染めない彼女達は、糾弾などせずたかりに走った。
そうしているうちにも、聖女の治癒で定期的に通う貴族は寄付を続ける。
「聖女ハル様、いつもありがとう」
「力に驕らずに、こんなに親切な方は珍しい」
「これで明日からも働けます」
「「「「「ありがとう」」」」」
農家達の豊作を願う祈祷も、お金を貰って聖女ハルが行っていた。
「今年も豊作だ。ありがたい」
「この蓄えで、子を学校に行かせられるよ」
「「「「「ありがとう」」」」」
農夫は聖女ハルのことを聖女だと思っていなかった。
こんな所に、敬われる人がいる訳がないと思うのは普通の考えだ。
若い彼女(痩せていたので15歳だけど、10歳くらいとしか思っていなかった)が祈っていても、聖女の真似事をして遊んでいると思っていた。
彼女の近所の人も流行り病で病死し、今住む者は彼女のことを知らなかった。
酷い流行り病だったので孤児なら溢れるほどいたが、家と家の距離もあり、まさか小屋に子供が1人で住んでいるとは思ってもいなかった。彼女が『必要な場所に働きに行く』と言った時は、家から奉公に出されるのだろうと考えていても可笑しくない。
聖女ハルのお陰で評判の良くなった教会は、僅かでも聖力のある問題のある貴族を預かり、彼女らに聖女の称号を出し箔をつけていた。勿論、多額の寄付を貰って。
そんな環境なのに、神父は聖女ハルを蔑ろにした。
全てが彼女の恩恵なのに、学のない娘くらいいくらでも御せると驕っていた。
彼女の両親が死に教会で住む予定であったが、以前からいる貴族の聖女に責められ追い出した。
それなのに彼女に渡したのは、教会に来る時の衣装のみ。
食費も物品も渡したことさえない。
彼女が言わぬのを良いことに、援助をしなかったのだ。
『援助を求めないと言うことは、近所に助けられているのだろう』と。
まだまだ復興には遠いこの時期、余裕があるのは被害のない地域の貴族階級の者くらいなのに。
多額の寄付に、目は曇ってしまったようだ。
彼女が去った後、教会に訪れていた貴族達は、碌な治療もできない聖女に見切りをつけて来なくなった。
その噂を聞きつけた娘を預けていた貴族は、教会から娘を戻し噂が出回る前に嫁に出し始めた。
教会でだらだらし寄付金で贅沢だけを続け、何も仕事をしてこなかった彼女らは、当然のように何もできないし身に付けていない。
「教会で聖女として厳格に暮らしていた筈なのに、何故こんなにだらしないのかしらね。それにすぐ贅沢しようとするし」と。
急拵えで整った縁談だ、姑がキツかったり何かと瑕疵がない訳はない。
借金、女癖、ギャンブル、酒癖、姑・小姑問題のどれか、または重複ありだ。それでも親は、いかず後家となるよりは良いと考えたのだろう。
「教会の方がましよ~」と、複数の聖女が嘆いていた。
残る聖女は、引き取り手のない貴族家だけだ。
加護のなくなった田畑は、冷害や病気、虫害で収穫は減り、今までの恩恵が得られないことで、寄付を止めた。
今ではなけなしの聖力で、毎日時間を掛けて数人を癒すだけだ。
治癒を施しても、「もっと若ければ、ちゃんとした治癒師の所に行くのに」と。今まで聖女ハルが微笑んで、優しく素早く癒してくれたことが忘れられない人々は不満も多い。
ぐっと唇を噛み、堪える聖女アキ。
今まで見たこともない気取った貴族の聖女は、治療を受ける人への態度も悪く多数の文句が出ていた。
以前の彼女なら、「成金じじいなど、来るな」と言えたが、今は絶対言ってはならないと身に染みていた。
寄付金が減ったことで、10人はいた使用人は1人となり、貴族聖女は6人から2人へ減った。その2人は聖女アキと年配の聖女(50代)だけだ。自分より若い聖女もおらず、治癒も殆どを彼女が行う。それもその筈、年配の彼女が聖女ハルの前にこの教会を支えてきたからだ。
その聖女にしてみれば、今の状態が通常運転。
後輩聖女を鍛えているだけで、虐めているつもり等ない。
古くからこうして成り立ってきたのだから。
今までも神父に苦言を呈していたが、聞き入れられなかっただけなのだ。
だが、聖力の乏しい彼女は、毎日治癒後くたくただ。
それでも身の回りのことは自分で行い、時には年配の聖女の手伝いを行わなければならない。何故なら、年配聖女は公爵令嬢で聖力も聖女アキより強いので逆らえない。更に、ずっとここで勤めてきた功労者だ。
使用人は、教会の掃除や給仕でてんてこ舞だ。
聖女アキの世話までできない。
「なんでこんなことに……………」
泣きながら日々過ごす、聖女アキだ。
それでも彼女は着実に聖力を伸ばし、数年後には誰からも認められる聖女になるのだが………………
今は、うん、辛そうである。生家に戻れず絶望している。
そのうちに神父は贅沢品を売り払い、農家達に加護の掛からない弁済をした。
また、改めて孤児院への支援と、炊き出しを開始したのだ。
この結果は自らの強欲のせいだと罪を認めて、心を入れ換えたのだった。
金がなくなって愛人に捨てられたり、貴族に役立たずと殴られたり罵られたり、民に石を投げられたりいろいろあった。
嫁いで鬱憤が溜まった元聖女や、おしゃべりな元聖女が何もかもばらしたからだ。教会の内情を話した彼女らは、そのことでさらに姑らに嫌味を言われるのだが、そのことに考えは及ばないのだった。
神父が心を入れ換えるのは遅すぎたが、以前の優しい彼も知られている為、今は経過観察期間なのだった。もう後はない。
後からその噂を聞いた平民達も聖女ハルを不憫に思い、元聖女と神父は、今後ますます肩身が狭くなるのだった。
その頃、聖女ハルは辺境の騎士団にいた。
聖女ではなく、治癒師として働いている。
魔物が跋扈する危険地帯だが、日々充実していた。
聖女アキに言われた通り、たいしたことのない治療で満足していた自分ではなくなったからだ。
今は、精一杯頑張っている治癒師ハルだ。
そして魔物の美味しい肉やお菓子等の、今まで口にできなかった高級品も、時々食べられるようになった。
結局彼女は、お菓子を食べられる生活がしたくなったのだ。
こんな不真面目な自分より、教会には聖女が6人もいるからと、安心してここに来た治癒師ハル。
ここに来た決め手は、以前治療に来た騎士に辺境の大変な状況を聞いていたからだ(魔獣により怪我人が続出中等の話)。
きっとここなら、聖女アキにも誇れるだろうと思ったのだ。
「背中を押してくださってありがとうございました、聖女アキ様」
すっかりこちらの生活になれた彼女は、遠い教会に祈りを捧げていた。美味しいご飯を毎日食べて、黙々と働いている。そして治療に来ていた騎士と再会して恋に落ち、数年後には結婚し子だくさんとなり、もう寂しさとは無縁になるのだった。
「お母ちゃん、ご飯まだー」
「もうできるよ、手洗っておいで」
「「「「はーい」」」」
「お父ちゃんも、洗っておいで」
「俺は汚れてないのになぁ。仕方ない、洗うか」
まさかのかかあ天下だった。母は強しである。
因みに聖女アキは、学園で聖力のあることをひけらかし、平民に虐めを行って生徒会長の第二王子に断罪された過去を持つ。わりと醜聞で、親からも見放されて教会にいたのだった。
「もう、いやーーーー」
それでも今日も、聖女アキは頑張っているそうだ。
「聖女アキ、ここの廊下汚れてるわよ」
「はい、ただ今参ります~」
時々聖女アキは、忙しさに涙が滲む。
「だって涙がでちゃう、女の子だもん」と、言ったとか言わないとか。
聖女アキは、ある意味聖女ハルの救いの神だった。
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