告白
最高位の妖精カーラーンのお陰で、しばらくは平和だった。野良の妖精ども、決まって夜中にコクーン爺さんの寿命を盗りにくるんだよな。安眠妨害だよ、本当に。
身売りの仕事も、いい感じに回ってはいるが、軽蔑の視線がどんどんと増えていく。とうとう、男と付き合い始めたのか、なんて言われるようになった。
仕方ない。タリム、相当な好きモノだという。かなりの回数、女を買っていたのだが、俺を買ってから、それもピタリと止まった。ついでに、俺の仕事の帰りは、途中までだが、わざわざ送ってくれるという姿をあちこちで見られている。週に二回、俺が身売りを休んで、タリムと過ごしている姿を日中、見られている。
結果、俺とタリムが付き合っている、という噂が流れた。
言い訳はしない。男相手に身売りをしているし、付き合っている女がいるわけではない。貧民街で妙な噂を流されても、別に、痛くもかゆくもない。面白半分に騎士どもや兵士どもに言われても、頭の片隅では、いい宣伝だな、程度だ。生まれた時から貧民の価値観で生きているのだから、その程度、気にもならない。
「お金は貯まりましたか?」
だけど、どうしても穢れたものとして見てしまうのは、元貴族令嬢のヘレンお嬢さんである。幼い頃に都落ちしたとはいえ、両親や祖父母から、それなりの教育を受けているのだろう。俺に対しては、冷たくなる。
相も変わらず素振り千回をこなしている途中の俺は、手を止める。
「そうだな、もうそろそろ、出ていかないと、コクーン爺さんに迷惑がかかるな」
コクーン爺さんはまともな人だ。貧民に堕ちたとはいえ、しっかりした物の見方と考え方をしている。気の毒だから、と俺みたいなのを受け入れてしまって、色々と抱えている奴らに、言われているだろう。
「お嬢さん、ルキエルは働いた金全て、御屋形様に渡していますから、貯まりようがない」
「そうなの!? てっきり、ただ飯食いをしているとばかり思っていたわ」
「ただ飯食いしているようなものだろう」
「でも、食事の後片付けを手伝ってもらってるって、聞いてる。あなたが来てから、魔道具の調子もいいって」
「偶然だろう。皇帝も変わって、筆頭魔法使いだって変わったんだ。色々と変わるさ」
「お金、もう、お祖父様に渡さなくていいのよ。ここは危険だから、外で暮らしたほうがいいわ」
「コクーン爺さんと相談するよ。住む場所なくても、野宿でも生きていけるし」
「そういうことをいうから、お祖父様が心配するのよ」
「すみません」
笑って謝るしかない。俺はこれが普通だが、元貴族や元平民にとっては、普通ではない。俺が普通に話していることは、彼らにとっては、心配してしまうほど壮絶なんだろう。
野宿、そんなに大変じゃないけどな。一度、親父から逃げた時は、一週間は飲まず食わずで野宿していた。妖精憑きだから、そんなに大変ではなかったんだよな。
聞き耳をたてている騎士たちや兵士たちは、ヘレンお嬢さんがあんまりにもお優しいから、呆れてしまう。いやいや、世間知らずなだけだよ。貧民の常識、もうちょっと教えてやってほしい。
俺は残りの素振りを終わらせると、訓練は終了である。今日はコクーン爺さんが俺の様子を見に来た。
俺の両手を見るコクーン爺さん。
「綺麗だな」
「すみません、豆とか出来なくて」
「真面目にやってるのは、見ていればわかる。ワシムからの報告も受けているからな。しかし、ここまで上達しなくて、手が綺麗すぎると、なんとも言えないな」
「木剣、俺には重いんだよな。もっと軽かったらいいんだけど」
「一番、軽いのなんだけどな」
「非力ですみません」
謝るしかない。それなりの期間、お世話になっているが、俺が出来る仕事なんて、食事の後片付けと、男相手の身売りくらいだ。
コクーン爺さんは、俺をまともな道に進ませたいのだろう。いい人だ。まだ、俺をいいトコの坊ちゃんと勘違いしている。もうそろそろ、俺自身のことを話したほうがいいな、なんて考えた。
そうして、いつもの通りの一日を過ごすこととなった。食事を終えて、一度、部屋に戻る。
珍しく、カーラーンが俺から離れていた。部屋に戻れば、カーラーンが何やら難しい顔をしていた。
「何かあったのか?」
「ハガルから貴様の近況を聞かれた」
「そうなんだ」
ちょっとは心配してくれたんだ。一応、ハガルは俺のことを友達と思っているらしい。友達と思っているくせに、利用するわ、実験するわ、とてもそうとは思えないけどな。あいつ、歪んでるな。
カーラーンがどこからか、短剣を出してきた。妖精が持てるものは、きっと、人間には握れないものなんだろうな。
「ハガルからだ」
「まさか、取りに行った?」
「子飼いの妖精に取りに行かせた。私はお前の側から離れることはない。ほら、受け取れ」
ハガルからの贈り物かー。絶対に、何かあるな。俺は疑いながら、短剣を受け取る。
「かるっ!」
作りは重厚なのに、持ってみると、物凄く軽い。
「それは、妖精殺しの短剣だ。気をつけろ。そこらの武器は簡単に真っ二つにする。人だって、この短剣で真っ二つに出来るぞ」
「まっさかー、いくらなんでも、それは無理だ。俺、力がないから」
「切れ味が妖精並だ。これは、妖精によって鍛えられた短剣だ。妖精だって殺せる」
「なんつう恐ろしいものをよこすんだ、あいつ!?」
とんでもない業物だ。ぽんと俺に渡すようなものではない。
「問題に巻き込まれている、と報告したら、これが送られてきた。ハガルからの好意だ。有難く身に着けろ」
「ま、まあ、使わなければいっか」
使うようなことが起こることはない。ほら、この建物は腕っぷしのある奴らでいっぱいだ。ちょっとした勢力がやってきても、防ぎきってしまうだけでなく、敵側を蹂躙してしまうだろう。使うことはない、そう思った。
「今日は仕事か? それとも、男か?」
「今日は男だな。たまには、閨事なしで過ごしたいそうだ」
「お前、男好きなのか?」
「わからん。女、抱いたことないからな。付き合ったこともない。女遊びの店では、ただ、ハガルとアイオーン様について行っただけだ。どうなのか、今だにわからん」
「ハガルも、よくわからないことをしているな。女好きといいながら、ラインハルトに呼ばれれば、女なんて見向きもしない。あいつも、どっちなのか」
「ハガルと皇帝は、恋とか愛とか、そういう安っぽい関係ではない」
「お前とあの男もか?」
「どうかなー。俺、タリムのこと、よく知らないしな。ハガルと皇帝はお互いのことをよく知っていた。別物だ」
最高位の妖精といっても、生きてる年数はハガルと同じだ。経験が浅い。だから、俺のいうことは理解出来ないのだろう。難しい顔をする。
「妖精と人とは、価値観が違うんだから、そんな、無理して理解しようなんてするな」
軽く笑ってやる。カーラーン、なんだかんだ、いい妖精だよな。一生懸命、理解しようとしている。
本当に、いい奴ばっかりだ。その中で、俺は、そうではないんだよな。
今日は閨事しない、とか言っていたタリムだが、部屋に入ると、衝動が走ったのか、圧し掛かってきた。結果、いつもの通りだ。
いつもの閨事が終われば、俺はベッドの上でしばらく、動けなくなる。その間、タリムはすっきりした顔で、甲斐甲斐しく、俺を世話する。
「その調子で、いい女を探すんだな。俺が女だったら、タリムと付き合うな」
「一緒に暮らそう」
珍しく、真剣な顔でタリムが言ってくる。
「女好きなんだよな?」
「ルキエルは特別だ」
そう言われると、俺はハガルと皇帝ラインハルトを思い出してしまう。反射だな。そして、俺だけ冷める。
「俺はそうではない」
「どうして!?」
「タリムは身代わりだ。タリムの体だけでいい。タリムの人柄とか、そういうのは、どうだっていいんだ。例えば、お前が最悪な奴だって、どうだっていい。タリムの体だけが目的だ」
「最初は、それでいい。ルキエル、もう身売りなんてするな。俺が養おう」
「こういうことしか出来ないのだから、仕方がない」
「俺だけのものになってくれ」
抱きしめてくるタリム。閨事が終わった後は、ともかく俺は抵抗が出来ない。されるがままだ。そこに、俺の感情はない。
ただ、抱擁を受けて、まだうずく体に熱い息が漏れてしまう。ちょっとした刺激だけで、俺は身もだえしてしまう。
また、閨事をやろうと、タリムは俺の首に舌を這わしてくる。すっかり、俺を楽しませることをタリムは身に着けた。この調子で、もう一度、女を抱けば、元鞘だろうに、なんて頭の片隅で考えてしまう。きっと、そうなる。
俺は無言でタリムの体を押した。毎日、素振り千回をしているお陰で、まあまあ、力はついてきた。抵抗する力くらいはある。
「もう帰る」
「もう少し、一緒にいよう」
「今日は閨事しない、と言ってたよな」
「仕方ない、したくなったんだ」
「もうしたんだから、いいだろう。俺は帰る」
見るからに、俺は不機嫌になる。もう、俺は男ではないな。
俺が女みたいに不機嫌になるので、タリムは苦笑する。俺と同じことを思ってしまったんだろうな。
一応、いつもだったら、これでタリムは解放してくれる。そういう関係なんだ、と思い出すからだろう。ところが、今日に限って、そうではない。俺をベッドに押さえつけ、圧し掛かる。
「今日は泊まっていってくれ」
「泊まる話はしていない」
「子どもじゃないんだ。そんな、いちいち、許可なんかいらないだろう」
「世話になっている。この貧民街に連れて来てもらって、住む所と食べるものを与えてもらっている。きちんとしたい」
「なら、もう少し、このままでいてくれ」
「………帰る」
いつもよりも、俺はタリムとは長くいた。帰るのも遅いくらいだ。俺の決意は揺るがない。
タリムは仕方ない、とばかりに、やっと俺を自由にしてくれた。もう、俺とタリムは男女の仲みたいだな。
「送らなくていい。俺一人で帰れる」
「だけど、危ないだろう。お前、わかっているのか? 男に随分と目をつけられているんだぞ」
「知ってる。そうなった時は、体使って逃げるから心配ない」
「やっぱり、送って」
「冗談だ。俺は大丈夫だ。そういうことは起こらない。絶対に」
妖精憑きの力は人の常識を越える。タリムが心配しているようなことは、絶対に起こらない。
俺が妖精憑きであることは、タリムにも秘密にしている。ほら、体だけの関係だ。タリムはそうでなくても、俺はそうなんだ。だから、教えるようなことではない。
俺は服を着て、さっさとタリムの部屋を出ていく。
外に出れば、肌が粟立つような気持ち悪さを感じた。こういう時、貧民街のどこかで、何か起こっている。そういう空気を肌で感じることがある。
海の貧民街では、こういう気持ち悪い感じは、コクーン爺さんが襲撃を受けた時だ。コクーン爺さん、本当に人がいいから、内部の裏切者が出るんだよな。
コクーン爺さんに限って大丈夫だろう。俺は、だけど、心配になって、いつもより足早に歩いた。
そして、例の頑強な建物の近くまで来てみれば、大変なこととなっていた。外側を見知らぬ貧民たちに囲まれていた。どこかの勢力が、海の貧民街の支配者となりたくて、襲撃しに来たのだ。
襲撃されているので、普段から鍛えている騎士たちや兵士たちが応戦している。それでも、多勢に無勢だ。すぐに隙をついて、敵側は建物へと侵入していく。それも、出入口一か所しかないので、そこを複数で守りを固めているため、侵入しようとする敵は切り捨てられてしまう。
籠城の仕方が貴族だな。さすが、戦争バカの元貴族だ。戦い方がしっかりしている。
だけど、心配になって、俺は妖精憑きの力を使って、姿を隠し、見えない出入口から建物の中に入った。
中は人が右に左に、と大変なことになっていた。皆、どうにか籠城を完璧にしようとしている。俺のことは誰も気づかない。それをいいことに、俺はコクーン爺さんの元に行こうとして、途中のヘレンお嬢さんがいるだろう私室に行く。
音もなく開けると、中は壮絶なこととなっていた。ヘレンお嬢さん一人で、どこからか侵入した敵複数と対峙していた。だけど、多勢に無勢。男と女だ。もう、ヘレンお嬢さんに勝ち目はない。ただ、面白半分に、ヘレンお嬢さんを追い詰め、際どく服を切り裂いていた。
俺が入ってくるのを見て、男たちは笑う。
「役立たずが来たぞ」
「逃げていれば、助かったのにな」
「こいつ、男に身売りしてるんだって」
「それはいい。比べてみよう」
俺のことを明らかに下に見る男たち。仕方がない、力ないからな。俺は、ハガルからもらった短剣を抜いて構えた。
「逃げなさい!」
ヘレンお嬢さんが叫ぶが、こいつら、俺を逃がそうなんて考えてもいない。複数で襲ってきた。
「明日は、動けないな」
俺は溜息をついて、妖精憑きの力を違う形で解放する。
相手の動きがゆっくりとなる。ついでに、俺の動きはものすごく早くなる。身体強化だ。妖精の魔法で、俺自身を一時的に筋肉やら何やら、強化したのだ。
これの欠点は、次の日、動けなくなるんだよな。
連日の戦闘には不向きなのだ。だから、短期決戦用に使う。
ゆっくりと動く敵の武器を妖精殺しの短剣で壊し、ついでに、足やら腕やらを切り裂いた。
片足やら片腕やらを失った敵どもは、倒れ、悲鳴をあげた。
呆気にとらわれるヘレンお嬢さん。まさか、俺があれほどの数の敵を倒すなんて、思ってもいなかったのだろう。
「ヘレンお嬢さん、ドアをしっかりしめて、隠れてください。きっと、ここには誰も来ない。こいつらの役割は、ヘレンお嬢さんをどうにかすることだ。そのために、この人数での襲撃だ。よく、ヘレンお嬢さんの実力をわかっている」
「あなた、手を、抜いていたのですか」
「訳アリなんだよ、俺は。じゃあ、コクーン爺さんのトコに行ってくる。こういうのは、だいたい、大将のコクーン爺さんを殺して、ヘレンお嬢さんを凌辱して、が定石だ」
まだ何か言ってくるヘレンお嬢さんを閉じ込める。ついでに、妖精を使って、部屋の出入りを封じた。ヘレンお嬢さんは部屋から出られないし、外側の侵入者は部屋に入れない。ついでに、中で手足を失った奴らは、眠らせた。
「これから、どうするんだ?」
「力を貸してくれ」
「断る」
試しに、最高位妖精カーラーンに頼んでみるが、断られた。そりゃそうだ、カーラーンは、俺の護衛だ。
「そういうと思った。けど、力を貸すしかないんだよな。俺が寿命でない死を迎えたら、ハガルはきっと、悲しむぞ」
「そういうのはないな」
「不名誉だよな、出来ないってのは。お前、将来は、妖精の支配者になるんだろう? ハガルの命令を遂行しきれない、なんて、汚点だよな」
「………本当に、クソだな、貴様」
「誉め言葉だ」
何言われたって、俺は気にしない。妖精の導きで、コクーン爺さんの居場所なんてすぐわかる。
予想通り、コクーン爺さんも多勢に無勢である。ただ、この爺さん、戦争バカだけあって、化け物だ。全身、返り血でどす黒くなりながらも、襲撃者を血祭りにあげていた。
コクーン爺さんとは離れた所でワシムも戦っている。こっちも化け物だな。
俺は来たことに気づかれ、俺まで敵に襲われる。仕方ないので、向かってくる敵をさっさと妖精殺しの短剣で動けなくする。
俺が簡単に人を切り裂いていくので、コクーン爺さんだけでなく、ワシムも目をむいて驚いていた。だけど、手を止めないのは、立派な武人だな。
そうして、辺りの敵を一掃し終わった。
俺は一人一人の死体を確認してみると、やはり、内通者の死体があった。
「今回のは、なかなか大がかりですね」
「すまんな、客人なのに、巻き込んで」
コクーン爺さんが謝ってくる。その横で、ワシムが無言で俺を睨んでいる。
「俺は関係ない。それは、コクーン爺さんがよくわかっている」
「実力を隠していたな」
「妖精憑きなんだ」
「………は? なぜ、妖精憑きが、ここにいる?」
「野良の妖精憑きだ。俺は生まれも育ちも貧民だ。妖精の魔法を使えば、ちょっと強くなることは出来る。ただ、明日からしばらく、動けなくなるんだ」
死にかけたこともあるけど。この身体強化は諸刃の剣だ。運が悪いと、心臓が止まることだってあるのだ。一度だが、俺は死にかけた。
そういう悪い情報は隠して、俺の身の上を語った。
「ものすごく、育ちがよさそうじゃが?」
「色々とあったんだ。そういうものも仕込まれた」
「そうか、勘違いか」
「訳アリなのは確かだ。さて、外も手伝ってこよう」
「そこまでしなくていい。ワシらでどうにかする」
「魔法をちょっとやるだけだ。妖精憑きがいるとわかったら、だいたいの貧民は逃げる。妖精憑きは帝国の魔法使いだからな」
俺がちょっと視線を外へとやる。途端、外ではいくつもの火柱が起きる。それに敵が巻き込まれた。
本当に脅かし程度だ。敵も味方も方々に逃げていった。誰だって、帝国の魔法使いには逆らわない。最近、妖精の呪い、というとんでもない刑罰を目の当たりにしたので、皆、逃げるのだ。捕まったら、苦しい刑罰を与えられる、なんて考えてしまう。
そうして、あっという間に、静寂となった。
コクーン爺さんを先頭にして外に出る。あれほどいた敵の勢力はいなくなっていた。味方だって逃げたのだ。いつもそれなりに賑やかなそこが、静寂に包まれた。
「ほら、逃げた」
「は、ははははは!! とんでもない策士じゃな!!!」
「王都の貧民街では、よく使ったんだ。策でも何でもない。じゃあ、俺は部屋で寝る。ヘレンお嬢さんは部屋に閉じ込めておいた。もう、妖精を引き上げたから、出入り自由になった」
「何かあったのか!?」
「ヘレンお嬢さんの部屋に、複数の男どもが襲撃してたんだ。ヘレンお嬢さんは無事だから、大丈夫だ。敵はまだ生きているから、情報を吐かせるといい。じゃあな」
反動はまだ来ていないが、いつ、倒れるかわからない。俺はさっさと与えられた部屋に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。