身代わりの男
一晩で、色々と変わった。
特に変わったことがあるとすれば、俺が見る景色が変わったということだ。
昨日までは、野良の妖精が見える程度だった。それが、一晩たつと、俺の隣りにとんでもない力を持つ男型の妖精がついて離れない、なんて光景を見ることとなった。
「どうして、私がこんな男を咥えるような男の護衛をしなければならないんだ」
「聞こえる!?」
「良かったな、妖精憑きとしての格が一気に上がったぞ」
「わからん!!」
いきなり、見える妖精も変わってしまった。頭がクラクラするので、俺は早朝稽古を休むことにした。ここにきて、初めてのことだ。
まあ、俺がタリムを相手に閨事をした、という話が広がっていて、そっち方面で、納得されたが。そうか、タリム、すごいもの持っているって、有名なんだな。
食事も拒否して、俺は隣りにいる男型の妖精を見上げる。ものすごい美形だ。男型だけど。不機嫌そうに、俺を見下ろしてくる。ハガルで見慣れているので、魅了はされないな。こいつ、完全な男だから、そういうことは起こらないな。
「あの、色々と教えてほしいんだけど」
「いいぞ。話し相手がないから、暇だったんだ。いくらでも聞いてくれ」
無茶苦茶、偉そうだな、この妖精。まあ、神の使いなんだから、俺よりは偉いよな。
「お前は、ハガルの妖精なのか?」
「そうだ。私はハガルの命令で、お前の護衛をすることとなった」
頼んでない!!! 本当に、ハガル、勝手にやってくるな!?
きっと、俺が自殺したりするんじゃないか、と心配になったんだろうな。まあ、飽きたら自殺しちゃえばいいや、と思ったことはあるけどな。俺には生きる目的、ないから。
「楽な命令だ、と言われたのに、お前は妙なところに首を突っ込むし、大変だったんだぞ。お前は気づいていないだろうが、お前が対処出来る格より高い妖精は、私が払ってやってたんだ」
「そうなの!? 知らなかった。すみません。ありがとう」
「片手間だけどな。いいか、お前の護衛だけだ。妖精に寿命を狙われている爺は知らん」
そうか、実は毎日、俺は妖精に殺されそうになってたんだ。見えない戦いをこの男型の妖精はしていたのだ。
「俺がここにいること、ハガルは知ってるのか?」
「そういう命令は受けていない」
「教えないの!?」
「聞かれたら教える。命令されないことは、俺はしない」
ということは、ハガルは俺が海の貧民街にいることは知らない、ということか。ハガル、俺のこと、そこまで興味がないんだな。寂しい。
「どうして、コクーン爺さんが妖精に命を狙われているか、わかる?」
「命令されていない。貴様に頼まれても、調べない」
「そうだよね!!」
そこはしっかりとしているね。あわよくば、と思ったけど、ダメだった。
「じゃあさ、妖精のこと、教えてよ。お前は、最高位だって言ってたけど、その、格? てどこまであるの?」
「お前の妖精の格が低いから、知識を与えられなかったんだな。本来、妖精の格については、生まれ持つ妖精から学ぶことだ。ハガルも、私たちが教えた」
「教えてもらえないんかい!!」
「お前の格は上がったんだ。私から教えてやろう」
「ありがとうございます!!」
暇なんだろうな。とても嬉しそうに教えてくれた。
妖精には格がある。格は、体の大きさと、持って生まれた力で決まるという。
普段、俺のような平均的な妖精憑きが見ている小型の妖精は、最下位の妖精だ。魔法だって、時魔法は使えないという。
最下位の妖精の上が、中位妖精。中位妖精でも、力がちょっと強いくらいだ。時魔法は使えないけど、二つの属性魔法を同時行使が出来るという。
中位妖精の上が高位妖精だ。ここになると、人型ほどの大きさとなる。時魔法も使えるようになるとか。高位妖精は、格が高いだけでなく、最下位妖精、中位妖精を支配下に置いている。
高位妖精の上が、最高位妖精だ。人型なのは、高位妖精と同じだが、力が違い過ぎる。人の奇跡まで起こせるというほど強い。しかも、高位妖精を支配下に置いている。
「最高位妖精は、いくつも存在する。力比べは、高位妖精の支配数で決まるんだ。こう見えても、私は高位妖精を二十は支配している」
「ハガルって、最高位妖精、何体持ってるの?」
「………」
あ、聞いちゃダメなやつなんだ。そりゃそうだ。戦力なんて、教えるはずがない。いくら、この男型妖精が、妖精除けをしてるといっても、どこで情報が漏れるか、わからないからな。
「それで、お前の存在が俺にバレちゃったけど、それはいいわけ?」
「仕方がない。あの高位妖精が、余計なことをしてくれたから、貴様の格が上がってしまったんだ」
「何したの?」
「妖精の視認化だ。あの高位妖精、わざと貴様の前で姿を見えるようにしたんだ。そのせいで、お前の格が上がってしまった。急に格が上がったから、狂って、私まで見えてしまったんだ。一度でも見えてしまうと、妖精憑きは勝手に格が上がってしまう。そう、神が決めている」
「それで、俺、どうなるの?」
「貴様が生まれ憑いている中位妖精が見えるようになったな。出来ることが増えた」
そうかー、ちょっと見え過ぎるな、と思ったら、俺の妖精か。こんなにいるとは知らなかったよ、俺。
「俺って、中位妖精までしかいない?」
「そうそう、高位妖精や最高位妖精なんか持って生まれないぞ。よほどのことだぞ」
「ハガルって、すごいんだな」
「そう、ハガルはすごいんだ!! もっと尊敬しろ!!!」
ハガル、大好きなんだね、この妖精。ハガルを褒めると、物凄く上機嫌になる男型の妖精さん。そりゃそうだ、生まれた時からずっと一緒だもんな。大好きに決まっている。
「わかった。じゃあ、俺、今日もお仕事だから」
「あんな最低な仕事、やめろ」
「ハガルだって、皇帝と閨事してただろう」
「………」
「他の生き方が見つかるまでだ。俺が客とってる時は、外に行ってろよ」
「わかってる」
見えなかったが、そういう心遣いはあったんだな。見られていなくて、良かったと思えばいいのかな。
「そうだ、お前、名前、ある?」
ふと、聞いてみた。俺に憑いている妖精には、名前があるかもしれないが、数が多いので、聞いていない。ほら、覚えきれないだろう、こんないっぱい。
「ハガルがつけてくた名前ならある。カーラーンだ。呼んでいいぞ」
自慢なんだな。ハガルのことが大好きな男型の妖精カーラーンは、むしろ、俺に呼んでほしそうに名乗った。
「じゃあ、俺も普通にルキエルでいいよ。俺が死ぬまで、よろしく頼む」
「お前の寿命が尽きるまで、守ろう」
末長いな、それ。よろしくしたけど、もう、別れたくなった。
いつもの店に行けば、タリムが俺に向かってきた。
「タリム、昨日はどうだった?」
俺は途中で意識を飛ばしたから、タリムの感想が気になった。
「ルキエル、体のほうは大丈夫か!?」
逆に、心配された。身売りする女たちまで、心配そうに俺を見てくる。相当、大変だったんだな、皆。
「女相手にがっつくのはやめてやれ。あれは、大変だぞ」
「そ、そうか。ルキエルも、痛かったんだな」
「俺は慣れているから大丈夫だ。久しぶりで、良かった」
思い出すと、体が熱くなる。仕方がない、親父の剛直を毎日、受け止めていたのだ。体はあれを喜んでしまうのだ。
「ほ、本当か!?」
「嘘をついてどうする。だけど、あの調子で女を抱くなよ。あれは絶対にダメだ。少しずつ、調整出来るようになったほうがいい」
「その、今日も、お願いしていいか?」
「一つ聞くが、女好きだよな?」
「それは、もちろん!!」
「………なら、いいが」
何か、嫌な予感がする。頭の片隅で、ハガルと皇帝ラインハルトのことを思い出す。あの二人は、互いに、随分と深みに嵌っていた。
俺は貧民として育っている。貧民としての常識が身に染みている。だから、こういう行為も頭のどこかでは、割り切ってしまっている。だから、仕事として、男を受け止められるのだ。
タリムはどうだろうか? タリムのことは知らない。昨日会ったばかりの客だ。金のやり取りだから、俺は割り切るが、タリムはそうじゃない。タリムの全てを受け入れられる俺に、嵌ったのかもしれない。
「タリム、わかっていると思うが、売り買いの関係だ。俺は金を受け取った分、お前に奉仕するだけだ」
「奉仕はいらない。俺が一方的にやりたいだけだ」
「もうちょっと、力加減を覚えろよ」
「ああ!!」
「………」
あ、これ、ダメなやつだ。こいつ、覚える気なんてさらさらないな。
俺は仕方がないので、タリムを親父のように受け止めることにした。
意識を飛ばすことはなかった。タリムが満足して離れると、俺はまだ痙攣する体を持てあます。触れられると、物凄く気持ち良いので、逆に離れてもらえて良かった。
「タリム、金は返す」
「どうして!?」
まだ、体が震えるが、俺はベッドから出て、金をタリムに返した。
「あ、部屋代は欲しいな」
「そうじゃなくて、どうして返すんだ!?」
「金はいらない。時々、俺を抱いてほしい」
「とき、どき?」
「毎日、これはさすがに無理だ。週一でいいから、抱いてほしい。あ、けど、お前に彼女とか出来たのなら、やめてくれていいから。それまでの体だけの関係だ」
「どうして!?」
「俺は一生、この身売りから抜け出せない。タリムに抱かれて、それがわかった。俺は、これが好きなんだ」
タリムに散々されて、気づいた。確かに、きっかけは親父だ。親父の無理矢理で、俺は男を受け入れられる体となった。散々、仕込まれたのだ、仕方がない。
だけど、俺はここから抜け出せない。衝動はなくなったが、タリムを目の前にすると、突き動かされる。一生、俺は娼夫だ。
金はいらない、そう言ってやってるってのに、タリムは俺の手に金を押し付ける。
「明日も抱きたい」
「タリム、女好きなんだよな」
「そうだけど、ルキエルは特別だ」
「………」
嫌な予感が的中した。タリム、俺に嵌った。どうしても、ハガルと皇帝ラインハルトが思い浮かぶ。だけど、すぐに振り払う。残念、俺はそこまで嵌っていない。
「俺は、人の好き嫌いがよくわからないんだ。だから、割り切れないのなら、やめたほうがいい」
「金を払う。これで割り切れる」
「毎日はダメだ。そういう女を探したほうがいい。だいたい、俺相手で、きちんと調整出来てるじゃないか。あれでいいんだ」
「それは、ルキエルが一つずつ、導いてくれたからだ」
「同じようなことを女相手にすればいい。同じことだ」
「ルキエルがいい」
「………」
拒絶がしづらい。金払いはいいし、俺が喜ぶ剛直を持っている。きちんと教えてやれば、俺を喜ばせてくれる。俺が喜ぶところをしっかりとおさえてくれている。
それ以前、俺が拒絶したら、タリム、色々な意味で終わるよな。身売りの女全てに拒絶されているのだ。俺まで拒絶したら、後がないな。
「毎日はお互い、大変だ。金だって有限だ。それ以前に、俺は金に困っていないんだ」
「そうなのか!? てっきり、金に困って身売りを」
「色々と、事情があってやっていることだ。まあ、俺が表立ってやれることは、身売りくらいだった、というだけなんだ」
「じゃあ、もう、この仕事は、しない?」
「その内な。だから、きちんと考えてほしい。俺は、別に金には執着していない。タリムの体には随分と惚れ込んでいる。しかし、毎日を受け入れるのは、お互いに良くない。だったら、週一、お互いの都合がいい日にしたほうがいい。そういうのがいい」
最低だな、俺。体だけでいい、なんてタリムに言ってるよ。言われたタリムは、意味わかってないよね。
「明日は」
「金はいらないから、週一でやろう」
「週三で」
「仕事にならない」
「金には困ってないって!?」
「建前があるんだ!! 俺は今、世話になってるんだ。そこに金をいれてる。いらない、と言われているが、何もしないのは、良くない」
「週二で」
「………わかった」
もう、諦めるしかない。だって、タリム、俺を押し倒して、体を愛撫してきやがった。こいつ、俺が弱いとこばっかり舐めまわしやがって!!
俺はタリムの顔を押した。
「いいか、女探すんだぞ!! いいな!!」
「わかったわかった。もう一回、やろう」
「やらない!! 帰らないと、心配されるんだ!!!」
調子に乗りすぎだ!! タリムは力づくで俺を拘束するが、蹴ってやる。
さすがに嫌われると感じたようで、タリムは諦めてくれた。