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魔法使いの悪友  作者: 春香秋灯
海の貧民街
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新しい生活

 ちょっと前まで、王都の貧民街で暮らしていた俺だったが、王都の貧民街の支配者である親父の復讐劇の失敗により、罪人となった。運がよいのか、どうなのか、筆頭魔法使いハガルと俺は、女遊びの店だけの知り合いだ。俺は、ハガルが大魔法使いの側仕えだったことから、情報が欲しくて近づいたようなものだ。ハガルはというと、よくわからない。俺の正体を知っているくせに、数年間、知らない顔をして付き合っていた。皇帝を殺そうとする親父に付き従っていたので、明らかに、泳がされて、利用されていたのだろう。ハガルは俺のこと、友達、なんて言ってるけど、利用関係は友達とは言わない。

 だけど、ハガルの気まぐれで、俺だけ、地下牢だけど、快適な軟禁生活を送り、皇帝ラインハルトが亡くなり、しばらくすると解放された。

 俺だけ解放されても、正直、困った。ハガルは金まで融通してくれたが、俺は行先がない。何せ、俺は親父の娼夫だ。親父に縛られて生きてきた俺には、自由なんてわからない。

 仕方なく、古巣である王都の貧民街で、ちょっと、暴力沙汰となったところに、海の貧民街から来た爺コクーンに助力された。

 コクーン爺さんのことは気になったし、王都の貧民街に居ればまた問題に巻き込まれるだろうし、ということで、海の貧民街に連れて行ってもらった。

 コクーン爺さんは、むちゃくちゃいい人だ。金持っていても、盗ったりしない。むしろ、大事にしろ、なんて言って、移動中の金はコクーン爺さんが全て出してくれた。

 海の貧民街につけば、そこでお別れかな、なんて思っていたら、コクーン爺さんは空いている部屋があるから、と住む場所を提供するなんて言ってくる。

「いや、さすがに悪い。適当に野宿して、働くトコと住むトコ探すから」

「だが、お前、いいトコの出だろう」

「ソンナコトアリマセン」

 俺はおもいっきり顔を背ける。恥ずかしい、勘違いされてる!!

 俺はハガルによって地下牢に軟禁されている間に、色々と教育された。なんと、テーブルマナーから所作まで、びしばし、身に着けされられたのだ。あんな短期間で、とんでもないものを教育させるな、ハガル。

 移動中、野宿したり、宿屋に泊まったり、としていた。コクーン爺さんは、元は貴族だけあって、きちんとしている。俺はそれに釣られただけである。出来ないと、教育中は、小言とか、舌打ちとか、睨みとか、すごかったから。体罰はなかったけど、教育を施す皆さんは、持ってる空気が怖いんだよ。

 恐怖って、最大の征服だね。骨の髄までしみ込んだ恐怖のせいで、コクーン爺さんは勘違いしたのだ。

「いや、何も言わなくていい。ワシのところは、そういう訳アリばかりだ。元は貴族だったり、元は騎士だったり、元は兵士だったり、そういう者ばかりじゃから、心配ない」

「なおさら、俺を受け入れちゃダメだろう」

「仕事と住む所が見つかったら、出ていけばいい」

「………わかった」

 コクーン爺さんのことが気になっていたので、丁度よかったこともあって、その申し出を受け入れた。

 そうして、海の貧民街の最奥にある剛健で大きな建物に連れて行かれた。

 それを見た俺は、嫌な予感しかない。貧民街の中にあって、ここまでの建物を我が家、なんていうコクーン爺さんはタダものではない。

「御屋形様、おかえりなさいませ!!」

 建物の中から、服装は残念だが、むちゃくちゃガタイのいい男が出てきて、コクーン爺さんの前に跪く。

「ワシがいない間、何かあったか?」

「ちょっとした襲撃がありましたが、お嬢さんの指揮のもと、撃退しました」

 コクーン爺さんが歩き出すと、男は爺さんの後ろを付いて行く。

 俺はコクーン爺さんたちをそのまま見送って逃げてしまおう、なんて考えていた。俺は動かない。コクーン爺さんが気づかず、そのまま建物に入ったら、逃げ出すつもりだった。

「何をしている。中に入りなさい」

 コクーン爺さんではなく、出迎えの男が俺の存在に気づいていた。しかも、何も聞かない。普通、警戒して、色々と聞くよね!!

 だけど、俺は動かない。俺のほうが、コクーン爺さんたちを警戒していた。絶対に、まずい連中に違いない。

「ほら、そこに突っ立ってると、色々と盗られるぞ。心配ない。この建物の中にいる奴らは、盗みなんてしない」

「う、うん」

 そういう問題じゃないんだけどね!!! 俺は俯いて頷いて、出迎えの男に腕を引っ張られて、無理矢理、建物の中に連行された。

 中は、まあ、貧民街にある建物らしい作りである。そこかしこ、ちょっと、と気になるところはあるが、口出しする間柄ではないので、見るだけにした。

 そうして、来客用の部屋っぽい所に案内された。お、まともな家具がちょっとある。ソファがあって、俺はそこに座らされる。

 俺の向かいに、あの出迎えの男が座る。上座に、コクーン爺さんだ。

「この若者は、ルキエルという。王都の貧民街で襲われているところをワシが助太刀した。ワケありで、王都にいられない、という話をされて、ここに連れて来たんじゃ」

「俺は、御屋形様が貴族時代からお仕えしている一族で、ワシムという。大変だったな」

「ルキエルです。道中、助かりました」

 改めて、自己紹介して、俺は頭を下げた。それを見て、出迎えの男ワシムは、ニッと笑う。

「いいトコの出だな。お前のような者は、ここでは珍しくない。貧民街だから、後ろ暗い仕事ばかりだが、お互い、助け合って、これまでやってきた。お前が独り立ちするまで、手伝おう」

「あ、はい」

 ここでも、勘違いされる俺。俺、生まれも育ちも貧民なんだけど!!

 コクーン爺さんにも、何度か説明しようとしたが、ワケありなので話さなくていい、とずっと拒否されていた。きっと、ワシムも拒否するんだろうな。

 簡単な説明を受けて、俺は空いている、という部屋にワシムが案内してくれた。俺が王都にいる頃に使っていた個室とそう変わらない。俺、親父の娼夫だったから、部屋には何もなかったんだよな。家にいれば、親父に閨事強要されるから、むしろ、恐怖とかそういうのでしかなかった。

「急だったから、掃除が出来ていないが」

「そこは大丈夫だ。やれるから。ありがとう」

「………しばらくは、骨休みをすればいい。仕事のほうは、何が出来るからで、決めよう」

「いや、もう決めてる。今日にでも、行ってくるよ」

「そんな急がなくても」

「ただ、世話になるわけにはいかない。すぐに金をいれよう」

「無茶はするなよ」

 ワシムはいい奴だ。物凄く心配してくれた。




 だけど、次の日から、その心配もどっかに吹っ飛んだがな。




 結論からいおう。結局、俺は男娼として生計をたてるしかなかった。

 俺は長いこと、体を鍛えることを禁じられた。女よりは力があるが、男よりはひ弱だ。剣術と体術だって、親父の娼夫にされる前までのものだ。それも、見よう見まねだ。力もないから、一人前が持つ剣は、俺には重すぎた。

 いつまでも、コクーン爺さんの世話になっているわけにもいかない。それに、コクーン爺さんの勘違いを直すために、俺は、男娼という仕事を選んだ。

 俺の背景はまあ、内緒にした。ただ、王都の貧民街の元支配者の娼夫だった、という売り文句で客寄せした。貧民街だったら、そういう男や女を売る専門のような店がある。そこに行き、俺は嘘か本当か、と疑われながら、一日に一人だけ客をとった。一人だけなのは、俺の体力がないこともあるが、客のほうが俺の体に溺れて、相当、濃いことをしてくれる。売り文句が売り文句なので、俺の金額は、相当なものだ。試してみて、買った客たちは、長時間、俺を蹂躙して、文句も言わず帰っていき、噂を流していくので、一日一人だけで、十分、俺はやっていけた。

 店には、部屋代を渡して、その日も、コクーン爺さんトコに戻る。

 あの頑強な建物に入れば、コクーン爺さんが呆れたように待ち構えていた。

「また、体を売ったのか」

「今日の分です」

「いらん。もっと、体を大事にしろ。明日も、訓練をするぞ」

「じゃあ、訓練料として。とても助かっている」

「………預かっておこう」

 コクーン爺さんは仕方なく、俺から金を受け取ってくれた。

 俺が身売りをしてすぐ、コクーン爺さんは、俺の裏事情を知ることとなった。といっても、俺が男娼としての売り文句だ。

 本当のことは言えない。実の父親の娼夫にされていた、なんて、元貴族のコクーン爺さんには衝撃的だろう。男娼をしている事実でさえ、かなり衝撃を受けていたな。

 部屋に向かう途中、身なりのしっかりした女が、部屋から出てくる所に出くわす。

「ヘレンお嬢さん、こんばんは」

「………」

 蔑むように見てくるこのお嬢さんは、コクーン爺さんの孫ヘレンお嬢さんだ。幼い頃までは、一貴族として生活していたせいか、どこか、貧民らしくない。服装も、平民に近い。価値観とか考え方も、貴族の教育をそのまま受けたのか、俺の身売りを蔑んでしまう。

 返事がなくても、俺は苦笑するしかない。言い訳もしないし、理解してもらおう、とも思ってもいない。ただ、あるがままだ。

 俺はきちんと挨拶だけしたので、ヘレンお嬢さんの横を通り過ぎる。

「ルキエル、もっと男らしい仕事する努力をしなさい」

「明日も、手ほどき、よろしくお願いします」

 俺は一度、立ち止まると、丁寧にヘレンお嬢さんに頭を下げる。

 ヘレンお嬢さんは苦々しい、と俺の所作を見る。短い間ではあるが、俺は所作をしっかりと教育された。恐怖は最大の支配だ。ヘレンお嬢さんの前に立つと、どうしても、貴族並の所作が出てきてしまう。

「明日、起こしに行きますからね」

「助かります」

 貧民としての生活が身についているので、俺は早朝に起きるなんてしない。起きたい時に起きて、寝たい時に寝るのが貧民だ。時間なんか守らない。

 だけど、コクーン爺さんも、ヘレンお嬢さんも、俺の身の上を勘違いしている。俺をいいトコの出と勘違いしたまま、身売りをさせられていた、と思い込んでいる。早朝に起きられないのも、そういう生活をし続けたため、なんて思い込んでいるのだ。

 否定したいが、貧民街では、身の上を隠すのは普通だ。下手に話すと、後々、大変なことになる。俺は、犯罪者として帝国に捕らえられた王都の貧民街の元支配者の息子だ。表沙汰にするには、危ない身の上だ。だから、あえて、ぼかした。

 やっと与えられた部屋に入れば、中には、コクーン爺さんの一族に代々仕えている一族だという男ワシムが待ち構えていた。

「貴様、また、身売りをしたのか!?」

「もう、説教やめてぇ!!」

 コクーン爺さんから、ヘレンお嬢さん、そして、ワシムにまで責められる。俺、そんなに悪いことしてないと思うんだけど。

 俺は疲れているので、さっさとベッドに横になる。

「もう、いいじゃん。身売りしても、客から苦情出てないし」

「御屋形様は、お前を少しでもまともな道に導いてやろう、としている。その期待にこたえるべきだ」

「明日も頑張って、素振りします!!」

「そうだな。お前は毎日、頑張っているな」

「ごめん、才能なくって!!」

「回数だ。俺は物心つく前から、剣を振ってた。お前も毎日やれば、それなりになり」

「どれくらい?」

「三年? 五年くらい?」

「………」

 武人としての道を突き進むには、果てしなく長い時間が必要だった。身売りはやめられないな。

 そんな他愛無い話をして、やっとワシムが部屋を出ていってくれたので、俺は部屋で一人になれた。

 コクーン爺さんはむちゃくちゃいい奴だ。いい奴だけど、海の貧民街の支配者だ。元は貴族で、落ちぶれて、平民となったが、何かあったみたいで、貧民となり、持った武力で、海の貧民街の支配者になったという。コクーン爺さんには、爺さんを慕う騎士やら兵士やらいっぱいいたという。コクーン爺さんが落ちぶれると、この騎士やら兵士やらもくっついてきた。結果、一大勢力となったのだ。そのお陰で、コクーン爺さんは隙のない海の貧民街の支配者となったのだ。

 だけど、人が良すぎる。俺みたいな訳アリも普通に受け入れてしまう。なので、裏切りも日常茶飯事だ。俺がここに来て、そういうのに出くわしたこともある。

 コクーン爺さんは戦争バカな一族だ。裏切も簡単に防いでしまう。孫娘のヘレンお嬢さんも奇襲なんて慣れたものだ。男女関係なく、裏切者には容赦なく、生きていても、証言をとって処刑である。こわっ。

 実は、俺だって疑われている。いつか裏切られるだろう、と。今は様子見なんだろう。

 見知らぬ男に随分と好きなようにされて、俺はけだるい疲れを感じていた。ちょっと目を閉じれば、すぐに眠くなる。

 いつものように眠れるかな、と様子見しているも、すぐに目を覚ました。俺は、気配や物音を完全に消して、部屋を出る。そのまま、勝手知ったる建物をどんどんと上がっていくと、たった二つの扉しかない階に到達する。そこの一つを音もなく開ける。

 中には、俺にあてがわれた部屋がいくつも入るような広い空間があった。それなりの家具が置かれ、奥にベッドがあった。そこに、コクーン爺さんが熟睡していた。

 俺は、部屋をざっと見回す。

「性懲りもなく、来たな」

 常人に見えない何かを俺は見た。

 壁とか窓とか、ドアなんて意味がない。それは、そんな障害物を潜り抜けて、熟睡するコクーン爺さんの部屋に入ってきていた。

 野良の妖精だ。それも、かなりの数だ。俺は、生まれ持った妖精を動かし、野良の妖精どもを部屋の外へとはじき出した。しばらくは、部屋の外で何やらやっていたが、諦めたように、静かになった。

 俺は少し離れた所でコクーン爺さんを見た。野良の妖精の力で、熟睡させられているだけだ。それ以上のことは何もされていない。俺は野良の妖精がかけた魔法を解いて、部屋を出ていった。

 俺が、なんだかんだ理由をつけて、コクーン爺さんのトコに居座っているのは、この野良の妖精のせいだ。コクーン爺さんは、何故か、野良の妖精に命を狙われていた。

 俺が初めてコクーン爺さんと出会った時、俺の目の前で、野良の妖精がコクーン爺さんの寿命を盗ったのだ。俺は野良の妖精憑きだ。人には見えない妖精が見えて、話も出来て、妖精を憑けて生まれたので、野良の妖精をどうにか出来る力がある。この時も、盗られたコクーン爺さんの寿命を取り戻したのだ。

 そのまま別れてよかったのだが、何か運命を感じて、俺はコクーン爺さんにくっついて、海の貧民街まできた。移動中も、コクーン爺さんは野良の妖精に命を狙われ、大変だった。俺、寝ているように見えて、実は寝ていなかった。妖精憑きは頑丈だ。一か月寝なくても、どうにかなる。海の貧民街に来るまで、本当に不眠不休である。

 俺は海の貧民街で、コクーン爺さんと縁切りしたかった。だけど、コクーン爺さんの勘違いで、いまだに、俺は側で、コクーン爺さんを守っている。

 出て行ってもいいんだ。どうせ、生い先短い爺だ。寿命盗られたって、誤差みたいなものだ。だけど、コクーン爺さん、無茶苦茶、人がいいから、見捨てられないで、今日も見えない番人だ。

 野良の妖精は用心深い。建物全体に、眠りの魔法なんかかけてくれる。お陰で、俺はコクーン爺さんの部屋に不法侵入したことがバレることがなかった。このまま魔法をかけられたままだと、危ないので、俺は熟睡の魔法をといた。

「もう、出て行こうかな」

 コクーン爺さんへの恩返しは十分、終わった。もう、出て行ってもいい気になる。

 だけど、明日の訓練の約束しちゃったしなー。このまま抜け出せばいいのだけど、そういう約束しちゃったので、俺は、仕方なく、明日も居座るのだ。

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