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魔法使いの悪友  作者: 春香秋灯
悪友
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儀式

 ハガルの父親を見た後は、決まり切っているように、俺の親父だ。同じ地下に収監されているというのに、音も存在感も全て、遮断されている。思っているよりも広い地下に、俺は気持ち悪くなる。

「妖精憑きだから、抵抗力があるんだろうな。やめておくか?」

「いや、一度、会いたい」

 どれほど、地下牢にいたのかはわからない。ここを生きて出られない、と思ったので、数えなかったのだ。

 しばらく歩いて、みすぼらしい牢屋の前でハガルが止まる。

 俺とは扱いが明らかに違った。人らしく生きていけるものがない。食事もパンと水のみ。トイレもバケツ程度だ。体を清めるためのものだってない。

 髪も髭も身なりも酷い状態の親父が地下牢に閉じ込められていた。本当に、最悪な状態だ。

 親父は、それまでは生きた屍のように宙を見て、呆然としていた。それが、俺とハガルを見た途端、鉄格子に駆け寄り、隙間から手を伸ばす。

「サツキ!!」

 狂気の目で、俺たちを見て、求める。俺はぞっとなる。母を呼んで、俺を呼んでいるのだ。

 俺と親父の間に入るように立っていたハガルは、親父の汚れた手を握る。

「サツキ!!!」

 大喜びする親父。目の前にいる麗しい姿のハガルを見て、亡くなったお袋だという。

 そんなバカなことがあるか!? お袋は、確かに美しい女だ。しかし、ハガルの美しさは人を越えたところにある。明らかに別物だ。

「さあ、今日こそは、俺と愛し合おう!!」

 ハガルを引き寄せよう手を引っ張るが、ハガルは呆気なく親父の手を離した。ハガルは力は弱いが、妖精憑きの力は化け物だ。ハガルが本気になれば、男の拘束など、簡単に外せる。それを目の前で見せつけられた。

 ついでに、妖精憑きの力で、親父を牢屋の端へと吹き飛ばした。

 何が起こっているのかわからない親父。だけど、目の前にいる麗しい人を手に入れようと鉄格子に駆け寄り、これでもか、と鉄格子を掴み、曲げようとする。

「どれほど力があろうとも、妖精の力で鍛えられた鉄は、人ごときでどうにか出来るものではありませんよ」

「サツキ!! サツキぃいいいいいー------!!!」

「ふざけるな!?」

 俺は鉄格子の隙間から、親父を蹴った。だけど、鍛えていない俺の力なんて大したことはない。ちょっと痛いかな、程度だ。

 驚く親父。俺を見た。

「ルキエル、サツキが帰ってきた!!」

 今更、俺を認識した。狂った目で、俺だと認識しやがった!!

 数年に渡る凌辱を受けた俺の苦しみは、一生、癒されない。身代わりとして、散々、体を弄ばれた。なのに、代わりが来たら、用無しだ。あんまりだ。

 鉄格子を握りしめて泣いた。

「そうか、嬉しいか!!」

 狂った親父は、それをうれし涙なんて勘違いしてくれる。違う、悔しくて、腹が立って、もう、手がつけられないほど、辛いんだ!!

「どうして、ハーレムが解体となったか、知っていますか?」

 嫣然と微笑むハガルは、唐突に、そんなことを質問してきた。

 ハガルは、俺たちの事情を捕らえた家族や貴族から聞いたのだろう。親父が狂った起因は、ハーレムの解体だ。

 だが、ハーレムが解体されなくても、お袋は生きて戻って来れなかったのだろう。

 契約書を見て、お袋生きて戻ってこなかったことから、俺も兄弟姉妹も、その事実に気づいていた。結局、親父は皇帝に復讐をしようと動いた。それが、早かったか、遅かったかの違いだ。

「戦争をするために、金が必要だった、と聞いた」

 俺は貴族がそんなことを言っていたことを思い出す。

 帝国は現在は平和であるが、過去は停戦状態だった。いつかは侵略戦争が起こったのだ。その戦争が起こるというので、金がかかるハーレムを解体して、戦争資金にしたのだろう、と説明された。

「私が、ラインハルト様の体についた女の残り香に頭が痛くなる、と言ったからです」

「………なんだ、それ」

 真実は、物凄く軽い理由だった。

「実は、ハーレムがあったことは、私にも隠されていました。それも、テラスの寿命がなくなる頃に、テラスが油断して、ぽろりと零したのです。その後、ハーレムの再開をするしないでラインハルト様と口論となって、聞いたのです。何故、ハーレムを解体したのか? 別に、戦争の費用なんて、大したことではありません。戦争が起こると、税がちょっとだけ上がる程度です。帝国は巨大です。人だって多い。ちょっと税をあげてやれば、戦争の費用なんて、簡単に集まります。税が上がるといっても、微々たるものですし、その年だけです。次の年には元通りですから、帝国民にとっては、ちょっと高くなったな、その程度なのですよ。そう言ってやれば、白状しました」

「ハガルの、せい、なのか?」

「五歳児の言ったことですよ。私のせいにされても困ります」

「………」

 確かにそうだ。逆算すれば、俺もハガルも幼い頃の話だ。

 ハガルは深く溜息をついて、まっすぐ、狂った親父を見つめる。親父は、ハガルの話などまるで聞いていない。ただ、目の前にいる、お袋の身代わりを求めて、ギラギラとした目で見つめ返した。

「ですが、今、生きていたら、私はあなたの母親を殺していたでしょうね。だって、私が手を出した女をラインハルト様が全て殺しました。だったら、ラインハルト様が手を出した女を私が殺すべきです。私とラインハルト様は、そういう間柄ですよ」

「………」

 ハガルが手を下したら、俺は絶対に逆らわない。一度、ハガルの力を見てしまったのだ。俺は家族を説得するだろう。無理だったら、家族を見捨てて逃げる。だって、ハガルには絶対に勝てない。生きているだけで、運がいいのだ。

 笑うしかない。どっちにしたって、親父の復讐は失敗だ。損したのは、俺だ。俺はお袋の身代わりをさせられ、すっかり、娼夫だ。

 親父を見れば、俺なんか目も向けない。それはそうだ。あれほどの美しい人がいるのだ。狂った親父は記憶を塗り替えてでも、ハガルをお袋と思い込んでいる。

「ルキエル、家族のことは、どうしますか?」

 恐ろしいことを聞いてくる。

 俺は、家族の生死なんて、これっぽっちも考えていなかった。それはそうだろう。俺が犠牲となって、家族は平穏を手に入れたのだ。俺は復讐を親父に囁いて平穏を無茶苦茶にしてやったが、それでも、復讐が果たされるまでは、家族は平穏だ。

「まだ、生かされてたんだ」

「あなたの兄弟は城の牢屋にいます。姉妹のほうは、参加していませんでしたから、取り調べして、釈放です。その後、どうなったと思いますか?」

「家に戻ったんだろう?」

「あなたの父親は、王都の貧民街の支配者だ。その支配者が公の場で捕縛されました。貴族だって道連れですよ」

「………」

 そうだ、無事ですむはずがない。

 王都の貧民街の支配者である親父の狂った計画に巻き込まれた貧民たちは、怒り狂っているだろう。俺たちが暮らしていた家は知られている。あの家には手を出すな、あの家は王都の貧民街の支配者がいる、なんて皆、教えあっているはずだ。そうして、俺たち兄弟姉妹は、親父の力で守られていた。

「まあ、あの家は、大事な大事な証拠があるかもしれませんから、今も魔法使いたちや騎士たちが囲って、立ち入り禁止にしていますけどね。戻る家のない女は、ありていに、男に縋るものですよ。誰か、良い人がいれば、そこに行っています」

「なんだ、どこにいるのか、教えてくれないのか」

「知りたいなら、生きて、探してみたらどうですか」

「皇帝は、俺を殺したいんだろう?」

「私の父親をこの地下牢に連れてこられたのは、どうしてだと思いますか?」

「筆頭魔法使いのご機嫌とりのためなんだろう?」

「そうです。ラインハルト様は、私に対して、随分と酷いことをしてくれました。そのことを責めてやったら、父を返してくれました」

「慣れたものだろう、閨事」

「通常の閨事でしたら、惰性で流してあげましたが、あれほどのことをされたのです。流してやりません。寿命がもうないからって、あんなことするなんて」

 思い出したのか、顔を真っ赤にして怒るハガル。相当、腹に据えかねるような閨事をされたのだろう。

 俺自身では、想像のつかないことだ。俺だって、それなりのことをされている。それでも、過ぎてしまえば、屈辱はあるが、諦める。

 そして、ふと、聞き捨てならないことをハガルは吐き出した。

「寿命が、ない? 皇帝は、もうすぐ死ぬのか?」

「そうですよ。もう少し、大人しくしていれば、あなたがたは目標を失いましたよ。大人しくしていれば、今も王都の貧民街の支配者家族です」

「そして、俺は親父の娼夫のままか。俺だけ、不幸のままだ」

「だから、ラインハルト様を囮に出したのですけどね」

「は?」

「どうにか妖精の呪いの刑をやりたかったので、ラインハルト様を囮にして、おびき寄せたのですよ。お陰で、妖精の呪いの刑は、しっかりと発動して、貴族たちの一族は今、滅亡しようとしています」

「………」

 艶やかに笑って、とんでもないことを告白するハガル。全て、ハガルの手の平の上だ。

 様々な組織に、ハガルは目をつけていたのだろう。そのために、ラインハルトを平民観衆の前に出したのだ。そうして、我慢出来ずに動いた組織に関わる貴族を捕まえ、妖精憑きの力を使って、罰を与えた。

「妖精の呪いの刑はすごいですよ。罪状を決めて、妖精の呪いをかけます。無罪であれば、呪いは発動しません。しかし、有罪であれば、呪いが発動します。この有罪無罪を決めるのは、神です。証拠とか、そういうものは関係ありません。神は絶対です。この呪いのすごいことは、呪いを受けた者の一族全てが呪いの道連れになります。罪状に関わっていようが、いなかろうが、悪人だろうが、善人だろうが、一族である以上、道連れです。

呪いが発動すると、手にする食べ物は全て腐ります。水でさえ腐ります。そして、呪いを受けた者たちがいる土地は呪われてしまうので、結果、追い出されます。定住することも出来ず、食べることも飲むことも出来ず、苦しんで、死に、一族は滅亡するのです」

 とても楽しそうに話すハガル。恍惚としている姿は、見惚れてしまう。しかし、内容をしっかり聞くと、この上なく悍ましいものだ。

「とても面白いですよ。あの貴族ども、無節操に女に手をつけていましたから、平民から貧民から、呪いが発動して、大変なことになっていました。浮気の話が持ち上がり、子でないのに育てさせられた、なんて夫婦喧嘩となり、そんな飛び火が貴族にまで広がっていますよ」

「はっ、はははははは!!」

 笑うしかない。ざまあみろだ!! 俺たちを散々、いいように使った貴族どもは、一族郎党、滅び去ろうとしている。それだけでは収まらず、ただ、血縁というだけで、貴族、平民、貧民と飛び火していた。

「どうですか、すっきりしましたか?」

「どうして、俺だけ特別扱いする? 俺とハガルは同じだからか?」

 親父や兄弟姉妹の扱いに比べて、俺だけ、守られている。どう見てもおかしい。

 憐みからだ、と感じた。ハガルは俺の身の上を調べて、知っている。俺の犠牲をもとに、家族も、貧民街も、貴族も、平穏を手に入れたのだ。

 ハガルは、皇帝の娼夫だ。目の前でのやり取りを見ていればわかる。はっきり言わなくても、ハガルは皇帝の手によって、随分と色ごとを仕込まれている。ただ、そこにいるだけで、物凄い色香なのだ。

「野良の妖精憑きを見つけたので、興味を持ったのがきっかけですね。調べてみれば、父親に随分なことをされていましたから、憐んだことは確かです。でも、あなたは、私が声をかけると、物凄く嬉しそうな顔をしていました。女遊び、そんなに興味がないというのに、私と一緒にいたいばかりに、付き合ってくれたのでしょう。それも、無意識に」

「よく、わからない」

「裏の事情は後で知りました。その前までは、アイオーン様と同じです。女には代えがありますが、ルキエルには代えがありません。私はあなたのことを友達と思っています」

 随分と遠まわしな言い方だが、わかる。

 ハガルにとって、代えがきかないものは、大事だ。

 妖精に呪われて、あんな肉の塊になってしまった父親でさえ、ハガルにとっては代えがない大切な存在だ。

 皇族アイオーン様も、ハガルにとっては、代えのない大切な存在だ。

 皇帝ラインハルトなんて、今のハガルを作ったような男だ。骨の髄まで、ハガルはラインハルトにいいように染められている。それでも、ハガルにとっては、代えのない大切な存在だ。

「俺、親父に毎日、やられてたんだ」

「知っていたのに、助けてあげられませんでした。友達だと言いながら、目的のために、あなたを見捨てました」

「俺がハガルの側にいたかったのは、助かった、と思ったんだ。ハガルは大魔法使いの側仕えだ。ハガルを理由にすれば、家に遅く帰っても、親父に責められることはない。立派な理由が出来る、と思ってた」

「なんだ、お互い、利用しあってたんですね」

「だから、俺を特別扱いする必要なんてない」

「わかりました。では、すごい扱いをしてあげましょう」

 とても軽くいうハガル。俺の本音を聞いても、ハガルはこれっぽっちも気にしていない。笑顔のままだ。

 そうして、俺は再び、あの贅沢な地下牢に閉じ込められた。





 数日後、ハガルは騎士二人と皇帝を連れて、俺が収監される地下牢にやってきた。ハガル、無茶苦茶、機嫌がいいな。

 対して、皇帝は呆れたような、うんざりしたような、そんな顔をして、ハガルの横を歩いている。

「久しぶりです、ルキエル。食事はどうですか? 毎日、飽きないように、趣向をこらしていますよ」

「囚人食うまいな」

「私の手作りです」

「………」

 まさか、ハガルが作っているなんて、思ってもいなかった。こいつ、料理まで出来るのか!!

 ハガルが牢屋の一部を魔法で解放すると、騎士二人は俺を床に押し付けるように拘束する。

「ラインハルト様の説得が終わりました。これから、ルキエルは魔法使いとして生きることとなりました」

「………は?」

「ただし、罪人ですからね、首輪は必要です」

 そう言って、ハガルは焼き鏝を皇帝に手渡す。

「私は力がありませんからね。失敗するかもしれません。ラインハルト様、よろしくお願いします」

 魔法によって、真っ赤に熱せられる焼き鏝をラインハルトは憂鬱そうに見る。

「私は、皇帝なんだけどな」

「皇帝の仕事は、筆頭魔法使いのご機嫌とりですよ。これ、私用に作られた焼き鏝なんです。せっかくなので、私と同じものを背中にやりましょう」

 ちょっとハガルが手を振れば、俺の服なんて散り散りだ。脱がせるなんてことはしない。

 俺は抵抗しない。というか、わけがわからないので、呆然としているのだ。

 ハガルは、俺の背中を優しくなでる。

「私のは、この辺りにありますね。ラインハルト様、お願いします」

「はいはい」

 どちらが上なんだ!? 筆頭魔法使いは皇帝の番犬なのに、皇帝が筆頭魔法使いに使われている!!

 そんな他人事みたいなことを考えていると、とんでもない苦痛を背中に受けた。力がなくったって、いざとなったらそれなりに抵抗だってする。それをわかっているのだろう。騎士はしっかりと俺をおさえこんでくれた。

「これで、あなたも皇族の犬ですよ。ついでに、帝国の契約もしてしまいましょう」

 苦痛で酷いこととなっているというのに、ハガルは容赦なく、赤ん坊の頃にするという、帝国の契約まで俺に施した。

「帝国の契約は、やる魔法使いによって抑制力は違います。私がしたのですから、最大ですよ。良かったですね。もう、帝国にも、皇族にも、逆らえませんよ」

 嬉しそうに話しかけてくるが、それどころではない。俺は苦痛にのたうち回り、大変なこととなっていた。騎士は俺をベッドにうつ伏せにして、背中の治療をしてくれる。その治療だって、むちゃくちゃ痛い。

「そうそう、説明しませんでしたが、これ、長くて一か月は苦痛が続きます。妖精憑きの回復力を疎外して、皇族に絶対服従の契約紋を火傷の痕として背中に定着させるのです。看病は、この者たちがしてくれますから、望むものは全て、言ってください。全て、私が手配します。この季節に手に入らない果物だって、出してみせますよ」

 知るか!? ハガルが嬉しそうに色々と話しかけてくるが、もう、理解がおいつかない。それよりも、この苦痛からどうにか逃れたい!!

 ハガルは何かやることがあるのだろう。さっさと地下牢から出ていく。残ったのは、俺を看病するために残された騎士二人と、筆頭魔法使いに振り回される皇帝である。

「俺が死んだ後は、ハガルのこと頼む」

 ハガルの前では、随分と情けない顔をしていたというのに、ハガルがいなくなると、皇帝というよりも、ハガルの何かになる。

 ハガルと皇帝の間柄は、言葉に出来ないのだろう。俺が聞いても、皇帝も、ハガルも、上辺だけの答えを出すだけだ。

 俺は、皇帝の願いに頷かない。苦痛やら何やら、大変なんだ。いちいち、皇帝が死んだ後のハガルのことなんて知るか!?

 だけど、皇帝は返事なんか求めていない。いうだけ言って、地下牢から去っていった。





 一か月は続くといわれた火傷の苦痛だが、その間、ただ、うなっているわけではなかった。

 古参の魔法使いが入れ替わり立ち代わり、地下牢にやってきた。

「お前の知識を調べよう」

 起き上がれないというのに、試験をするのだ。聞き取って、答えを魔法使いたちが書いて、とやっていた。回復するのを待ってくれない。どこまで容赦がないんだ、ここは!?

「ハガルは?」

 それなりに余裕になってくると、俺はハガルのことが気になった。焼き鏝をされてから、ハガルには会っていない。ここまで長いこと、ハガルが地下牢に来ないのは、初めてのことだった。

「皇帝が代わったから、大変なんだ」

「そうか」

 ハガルは平気ではないだろう。あれほど、ハガルは皇帝のことを愛していた。失えば、相当、辛いはずだ。

 だけど、俺はハガルの心配などしている場合ではなかった。試験が終わり、それなりに回復すれば、勉強である。生まれてこのかた、ここまで勉強なんてしたことがない、というほど、色々と詰め込むように教えられる。時間は有限だが、俺はベッドで寝ているだけだから、と容赦なく、一日中、勉強させられる。

 幸い、お袋の教育が生きた。文字の読み書きと、お袋からの教えで、試験も半分ほど解けていた。解けていない、残り半分のための勉強だった。

 そうして、一か月近くで、俺の背中の契約紋は定着したようだ。その定着具合を確かめるために、ハガルは新しい皇帝をわざわざ連れてきた。

「あ、アイオーン様!?」

 まさかの、皇族アイオーン様だ。女遊びの店では、随分とお世話になっていた。

「私の皇帝ですよ」

 アイオーン様の前では、ハガルは平凡な容姿に偽装していた。だから、安心感があった。

「アイオーン様、ルキエルに命じてください」

「こんな形で再会してしまったというのに、性急だな。もっと、こう、色々とあるだろう」

「はやくしてください」

 ハガルは冷たい顔で急がせる。俺もアイオーン様に賛同したいが、ハガルは怖いので、黙っていた。ハガルだけは、敵に回してはいけない。

 アイオーンは溜息をつきつつも、俺の前に立った。

「私の靴を舐めなさい」

 背中が物凄く熱く、痛くなる。いくら俺でも、アイオーン様の靴を舐めたいなんて思わないし、考えたこともない。しかし、命じられてしまったので、俺は苦痛に顔を歪めながらも、アイオーン様の前に両ひざをつき、アイオーン様の靴を舐めた。

「もうやめろ!!」

 アイオーン様が命令を取り消すと、俺の背中の熱さも痛みもピタリと止まった。

「さて、この次の段階を試してみたいですが、いいですか?」

「絶対に嫌だ」

「………ラインハルト様なら、応じてくれたのですけどね。仕方がありません、アイオーン様はお優しいから、私の首輪となれる方です」

「おいおい、何をさせようとしたんだ?」

「皇帝の儀式をルキエルにさせようとしただけです」

「何、それ?」

「皇帝との閨事の強要です」

「っ!?」

 こいつ、俺のこと友達とか言ってなかったか? 友達を泳がせるは、実験体にするわ、とんでもない奴だな。

 俺だけでなく、アイオーン様までドン引きだ。

「いくらルキエルが罪人だからって、やっていいことと悪いことがあるぞ」

「罪人だからでしょう。だいたい、ルキエルは私が保護しているから、無事なんです」

「無事な奴は、筆頭魔法使いの儀式なんかされない」

「手厚く治療もしましたよ」

「絶対安静なのに、試験させたり、勉強させたりしない」

「妖精憑きは頑丈だから、これくらい出来ます。私なんか、回復半ばで戦争に行かされ、雑用全般をやらされましたよ。戦争で裏方だというのに、魔法使いたちに殴る蹴るの暴行まで受けて、大変でした」

「………」

 想像していたよりも、ハガル、魔法使いたちに酷い目にあわされていた。ついつい、憐みをこめて見てしまう。

「まあ、私に暴力をふるった魔法使いどもは、戦争が終わると、妖精に見放されて、教会送りになりましたけどね」

 こわっ!! ハガルの仕業だとは思いたくないが、ついつい、ハガルがやったんじゃないかな? なんて疑いの目を向けてしまう。

 俺と同じく、アイオーン様も、ハガルを見ていた。

 そんな視線を受けても、平然としているハガル。

「命じるだけです。先ほどみたいに、途中で取り消してください」

「まあ、そういうことでいいなら」

 実際にやらせるつもりは、ハガルにはないことを知って、アイオーン様は安心して、俺の前に立つ。

「………どう命じればいい?」

「閨事を命じればいいのですよ。そのままです」

「恥ずかしい!!」

「さっさとしろ」

 もう、ハガル、アイオーン様への敬語が命令になっているよ!! 本当に、どっちが上かわからないね!!!

 アイオーン様は、数度、深呼吸する。

「私と閨事をしなさい」

「………」

 何故か、背中は熱くも痛くもならない。衝動も起きない。

「なるほど、皇族の血の濃さだけが重要なのですね。ありがとうございました」

「何が?」

「契約紋を持つ側の能力に左右されるかどうか、確かめたかっただけですよ」

 ただ単に、俺を使って、試しただけだった。本当に、ハガル、俺のこと、友達と思っているのかな!?

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