踊らされる人々
次の日から、様々な悪評が飛び交いました。
婚約者と義妹を引きずり落として、生徒会役員になった、とか。
婚約者の手助けもしない、とか。
騎士を使って、婚約者を痛めつけた、とか。
婚約者がいる身で、騎士と浮気している、とか。
物凄い速度で悪評が広まっていきます。もう、わたくしのことが気に入らない貴族なんて大勢いますから、生徒会のほうにも、苦情が行っています。
放課後、生徒会室に行けば、苦情を訴える生徒が大勢います。わたくしが来ると、蔑むように見てきます。
「やだ、こんなに生徒会役員になりたい方が大勢いるのでしたら、わたくし、いりませんわね。帰ります」
「待て待て待て待て!!!!」
生徒会副会長マクルスが止めに来ます。ちっ、逃げられなかったか。
「君たち、出ていってくれ!! ただでさえ、除名した役員二人のせいで、仕事が滞っているんだ」
「それも、その女が邪魔したというではないですか!!」
「婚約者と妹の足をわざと引っ張ったと聞きました」
「可哀想に、泣いていましたよ」
「え、泣いたのですか。でも、泣いたからって、その山積みの仕事が一日で終わるわけではありませんよね」
わたくしは、婚約者と義妹が座っていた席に山積みにされている書類を軽く叩いて言ってやる。
「それは、あなたが邪魔を」
「家の手伝いをさせられた、とか、婚約者が買い物とかに付き合わせた、とか、そんな話ですよね。別に、悪いことではありませんよね。仕事の処理能力が足りなかったから、結果、こうなっただけです。ここにいる役員の皆さまだって、同じような立場です。それで役員の仕事を滞らせているわけではないのですから。あの二人の能力が低いくせに、言い訳だけは一人前とは、笑ってしまいます。ついでに、踊らされている皆さんも、もっと見る目を持ったほうがいいですよ。こうやって踊らされるということは、その程度の能力、ということを自ら認めたことになりますよ」
『………』
「お望み通り、出て行ってあげます。あなた方の大事なお友達が処理できなかった、そこにある全てをあなたがたが手分けして、今日中に終わらせてください。それが、味方をした責任です。わたくし一人で出来る仕事をあなたがた全員で今日中に終わらせられないなんて、泣き言は言いませんよね? 頑張ってください。今日は帰ります」
真っ青になるお友達の皆さん。ついでに、生徒会役員の皆さんも真っ青です。知ったことではありません。
わたくしが出ていくと、予想通り、副会長マクルスが追いかけてきます。
「もっと、言い方があるだろう!! あんな言い方をすれば、恨まれるばかりじゃないか」
「そうです。わざと、そうしているのです」
「何故!?」
しつこく追いかけてくるマクルス。わたくしは適当な方向に視線を向ける。マクルスが一緒なので、どうしても目立ってしまいます。今度は副会長か、みたいに見られています。もっと悪評が増えますね。
「目的があります。だから、放っておいてください」
わたくしは、たった一つの目的のために、どんどんと悪評を高めていっている。別に、悪いことなんて何一つやっていない。公明正大に見れば、わたくしは、口が悪いだけの女だ。それをマクルスも気づいてしまった。
「恨みばかり抱かれて、いいことなんて何も………」
靴置き場に行けば、わたくしの靴箱は、大変なことになっていました。それを見て、マクルスは絶句します。
「問題ありませんよ。こんなことがあるとわかっていますから、予備の靴があります。こちらは、綺麗に洗って、再利用ですね」
「………こんなの、おかしい」
マクルスは、靴箱の中身を床にぶちまけて言います。わたくしは、適当なゴミ箱を持ってきて、それを拾って集めます。それを見たマクルスは、小刻みに震えながら、わたくしを見下ろしています。
「やだ、ゴミをまき散らして、常識がありませんよね」
「貴族だというのにな」
「これだから、気位だけの女は」
適当な悪口をいう通りすがりの貴族たち。そんな彼らをマクルスは睨みます。途端、彼らは逃げるように去っていきます。
ゴミはゴミ箱に片付いたので、わたくしはやっと帰れます。
「帝国は弱肉強食ですもの。大多数に入る者たちが強者として生き残ります。わたくしは、少数なので、弱者として排除されます。だから、これで、いいのですよ」
悪女と囁かれているけど、大多数で攻撃をしかけてくる貴族どものほうが質が悪い。扇動されているのですから、そうなりますよ。気にしませんけど。
「見ていればいいですよ。明日には、面白いことになりますから。では、家の手伝いがありますから、帰ります」
悔しそうに顔を歪めるマクルスに丁寧にお辞儀して、わたくしは学校を出ました。
そして、次の日、わたくしの婚約者のエクルドと、義妹クラリッサは、大多数の貴族に囲まれて、大変なこととなりました。
何せ、あの二人がやり残した生徒会の仕事を役員監視の元にやらされたのです。そして、役員から全て聞いて、知ることとなります。あの二人が言ったこと全て、でたらめだということを。
信じて、苦言まで言いに行った子息令嬢は、恥をかいただけでなく、生徒会長である皇族にしっかりと顔と名前を覚えられました。そして、言われたのです。
「この事は、皇帝にも報告しておこう。友情のために、皇族の目の前で、皇族が決めたことに、苦言を出してきた、と」
権力って、素敵ですね。
だからといって、わたくしの立場は、そう簡単によくはなりません。元々、悪いのですから、悪評は囁かれます。
真実を知った子息令嬢がそれなりにいたって、学校にいる大多数は、エクルドとクラリッサの味方です。だから、すーぐに、噂は盛り返されるわけです。
でも、生徒会役員になってしまったので、わたくしは行かないといけません。その日も、放課後に生徒会室に行けば、昨日、わたくしに苦言を呈してきた子息令嬢の皆さんがいました。
「終わらなかったのですね。そうでしょうね。机の上でやるべきことは半分、残りの半分は、動いてやるしかありませんものね」
山を二つにわけて、わたくしは内容わけをして、その上にメモを置いて、とやっていく。何か言いたそうにしている子息令嬢たちなど、無視です。
「会長、こちらは、ぜひ、会長御自らが動いてください」
わたくしは笑顔で生徒会長に押し付けます。
「来るとわかっていた。いいだろう、私がやろう。騎士と一緒に脅してきてやろう」
「さすが会長、話が早いです」
権力者、最高ですね。外への活動は、全て、会長に押し付けてやりました。
残り半分は椅子に座ることなく終わらせて、わたくしは帰宅の準備です。机の上の仕事なんて、すぐ終わりますよ。
「あとは確認をお願いしますね。家の手伝いがありますので、帰ります」
「待って待って待って!!」
さっさと逃げようとするのに、副会長マクルスがしつこいです。
「マクルス様、もう終わりましたので、帰ります。ごきげんよう」
「まあまあまあ、座って座って」
「もう、面倒くさいからいいですよ、謝罪」
わざと、わたくしは座らなかったのです。座った瞬間、昨日、やらかした子息令嬢の皆さんが謝罪しようと集まってくる、とわかっていました。だから、この場にいるのです。
だけど、わたくしは椅子に座らないし、さっさと仕事を終わらせてしまうし、隙がないのですよね。
「わたくし、学校は無駄なものなんです。ですが、学校を卒業しないと貴族になれませんから、仕方なく通っています。ここにいる皆さんは五年かけて卒業されるでしょうけど、わたくしは二年か三年で卒業します。お付き合いする時間なんてありませんの。今回のことは、良い勉強となりましたでしょう。こういう失敗が許されるのも、学生の内だけです。良い目と良い耳を養ってください。では、さようなら」
わたくしは、いうだけ言って、さっさと部屋から出ていきました。暇ではないのですよ、本当に。
噂を鵜呑みにする残念な人たちは大勢います。今日も靴箱は大変なことに、なんて見ていれば、そこに、騎士がいました。
「あら、アルロではないですか。お使いで来たのですか?」
「サツキは、いつも歩いて帰るのだな」
「義妹と時間があいませんので、仕方がありませんわ。今日も歩きです」
バレちゃいましたか。下手な言い訳はしません。笑顔で流してやります。
騎士アルロは、わたくしの靴箱を見ます。今日も大変なこととなっています。だけど、アルロはそれがわたくしの靴箱だと覚えていません。ただ、おかしなことになっているな、みたいに不思議そうに見ています。
「ここは、ゴミ箱なのか?」
「そうなんですよ」
わたくしは、アルロの話にあわせて、靴箱を素通りして、いつも持ち歩いている靴に履き替えました。もう、あの靴箱はゴミ箱でいいでしょう。
アルロは何故か、わたくしの後をついてきます。わたくしは馬車乗り場に立って、馬車を探しますが、やはり、ありません。
そうして、いつも通り歩こうとすると、アルロがあの立派な馬に乗ってやってきます。
「よかったら、家まで送ろう」
「………お願いします」
少し考えてから、わたくしは笑顔で受け入れました。途端、アルロはとても嬉しそうに笑います。あら、素直。
そして、やっぱりわたくしを抱き上げて馬に乗せて、さっさと走らせました。今度は、わたくしの送り先を覚えていましたので、無駄に走らせることはありませんでした。
「この浮気者が!!」
次の日、婚約者エクルドが、学校で叫んでくれます。
「お義姉さま、エクルド様という方がいながら、浮気だなんて!?」
エクルドの隣りで、義妹クラリッサが叫んでくれます。仲良いですね。
昼食をとっている所で言われるわたくしは、はしたないので、頑張って、口の中にあるものを飲み込みました。でも、なかなか飲み込めませんわね。ちょっと、欲張り過ぎました。
「浮気者ということは、わたくし、すごい所を見られたのですか? ぜひ、教えてください!!」
ついつい、喜んで、聞き返してしまいます。一体、どんな所を見られたのでしょうか。身に覚えがありませんが。
「騎士と一緒に、馬に乗っていたというではないか!?」
「………」
大した内容でないので、わたくし、見るからに落ち込みます。そうですよね、身に覚えがないのですから、真実なんて、それっぽっちですよね。
「しかも、その騎士、貧民の出というではないか!!!」
貧民と聞いて、ざわめきます。貧民とお付き合いがあるなんて、ということまで言われます。
勝ち誇ったように笑うエクルド。
「そういうエクルドは、軍神コクーンに嫌われて、騎士の試験に落ちましたよね。コクーン様が言っていましたよ」
笑顔で暴露してやります。
一気に、静かになる。軍神コクーンは、生きる伝説です。そんな偉大な人にエクルドは嫌われたなんて聞いたら、静かになっちゃいますよね。
「で、でたらめをいうな!? 僕は、実力が足りなくて、落ちただけだ」
「貧民出の騎士は、コクーン様のお弟子さんですって。今度、コクーン様に会わせてくれる約束をしてくれました。せっかくなので、直筆の証明書を書いてもらって、掲示板に貼りだしてあげましょう」
「で、でたらめ」
「最近、暴漢に襲われた所をたまたま通りかかったコクーン様に助けていただきました。お礼をしなければいけませんね」
「………」
真っ青になっていくエクルド。お前、ちょっと前に、コクーン様に散々な評価をされたこと、忘れてしまったの? コクーン様はしっかりと覚えていましたよ。
「まあ、でも、浮気者というのは、あながち、間違っていません」
そこは、潔く認めましょう。わたくしがそういうので、途端、エクルドは勝ち誇ったような顔に戻る。
「だって、軍神コクーンの弟子ですよ。女でしたら、憧れてしまうではないですか。騎士の試験に落ちた婚約者は仕方なく我慢するとして、生きる伝説に認められる騎士と一夜の過ちなんて、夢があります。エクルドは我慢するしかない婚約者でしかありません。貧民出の騎士は、女であれば、憧れる素敵な男性です!!」
これでもか、とエクルドをコケ落としてあげます。楽しいわ、これ。
表向きでは浮気を認めています。だけど、裏では、婚約者を蔑んでいます。
これには、見ていた皆さんは、同情の目をエクルドに向けます。だって、男として何一ついい所がない、と言われてしまっています。貧民以下と言われたようなものです。
「ごめんなさい、浮気者で。理想そのままの、憧れの方ですから、ついつい、お誘いを受けてしまいました。背中にあたる胸板と腹筋が素晴らしかったですよ」
「うわあああああー--------!!!」
もう、耐えきれなくて、エクルドは走り去っていきました。えー、罪を認めたのだから、エクルドが逃げる必要なんてありませんのにー。
残ったのは、エクルドに味方した義妹クラリッサです。
「クラリッサ、ほら、エクルドが泣いていますよ。追いかけなくてよいのですか?」
「お、お義姉さま、婚約者になんて酷いことを!!」
「酷いことって、わたくし、浮気者だと認めただけではないですか。しかも、何故なのか、理由を言いました。感想は、わたくしが自慢したかっただけですよ。婚約者がいますと、我慢するしかありませんものね。いいですわね、クラリッサは婚約者がいなくて。浮気者、なんて言われませんわね」
「わたくしが先に生まれていれば、エクルド様の婚約者は、わたくしだったというのに!?」
怒りに震えるクラリッサ。わたくしは呆れるように見返してしまう。
「大好きなお父様におねだりすればいいではないですか。エクルドのご両親にも相談すればいいではないですか。婚約者のすげ替えなんて、それで簡単に出来ますよ」
「サツキ嬢!!」
それまで、黙って見守っていた。副会長マクルスが間に入ってきた。もう、邪魔な男ですね。
だけど、もう遅いです。クラリッサは、何かいいことを思いついたような、暗い笑顔を浮かべて、その場を去っていきました。
「なんてことを言うんだ!? 君はあの男と婚約関係にあるから、跡継ぎなんだ。その婚約が妹のほうに移ったら、君は追い出されてしまうんだぞ!!」
「そうですよ。それがどうかしましたか?」
理解できない、みたいに驚愕するマクルス。わたくしは、あえて、追い出されようとしています。
場が良くないですし、わたくしは席を立って、さっさと歩き去っていきます。その後をマクルスはついてきます。
「君は、貴族をやめるつもりなのか!?」
「貴族をやめたいなら、学校に通わなければいいだけです。それだけで、貴族になれません」
「だったら、家を継ぎたくないのか!?」
「あの家の跡取り、わたくしだけですよ。わたくしが跡を継がないのでしたら、親戚が継ぐこととなりますよ」
「腹違いとはいえ、妹がいるじゃないか」
「父は入り婿です。今は、わたくしが成人するまでの代理人ですよ」
「………は?」
「常識と思い込みで、勘違いしすぎです。いいですか、わたくしが成人したら、お父様はお払い箱です。義母も、義妹も、わたくしの気分一つで追い出されます。皆さん、義母と義妹のいうことに疑いもせず、信じすぎです。義母も義妹も、その事実に気づいてすらいません」
父も、義母も、義妹も、これっぽっちも気づいていません。きっと、エクルドのご両親すら、気づいていないでしょう。エクルドを見ていればわかります。気づいていたら、もっと、わたくしを大事にしなければならない、と厳しく言うでしょう。
「ど、どうして?」
「見ていれば、わかります」
あえて、わたくしは家から追い出されようとしている。矛盾しているのは、それなりに頭のいい人であれば、わかります。このバカっぽい劇を遠くから見ているのです。
家に帰れば、早速、エクルドのご両親が来ているので、呼ばれました。
「お久しぶりです。今日は、浮気者という話が出てしまい、申し訳ございませんでした」
「聞きましたよ!! 貧民相手に熱をあげているとは、恥ずかしい!!」
エクルドの母が怒りの形相で言ってきます。怖い顔ですね。
「学校での評判も悪い、と取引相手から言われて、恥ずかしい目にあった」
エクルドの父が蔑むように見て言います。親子だから似ていますね。エクルドに言われているようで、これっぽっちも心に響きません。
呼ばれましたが、わたくしが座る場所がありません。お父様の隣りには、義妹クラリッサが座っています。あれですか、浮気者なので、立って反省しろ、ということですね。
クラリッサは、勝ち誇った顔をしています。
「あまりにも悪評がひどすぎるのは、こちらも困る。そこで、評判の良いクラリッサさんと婚約者を交代することとなった」
婚約者の交代のための書類がすでに用意されていた。わたくしはまだ、成人前ですので、お父様のサインで出来てしまいます。
「サツキさんは、とても頭が良いのですが、性格に問題がありすぎます。貴族は、領地運営だけでなく、社交も大事なのですよ」
「至らない女で、申し訳ございません」
わたくしは笑顔で頭を下げる。あまりにも素直に頭を下げるから、エクルドのご両親はとても満足そうに笑う。
「クラリッサさん、これからは、あなたがエクルドの婚約者よ!!」
「嬉しいです、お義母様!!」
すっかり、クラリッサはエクルドのご両親の義娘です。それを見ているお父様も嬉しそう。どうしても、クラリッサにすげ替えたかったのですから、嬉しいに決まっていますものね。
そして、その日の内に、わたくしは生家を追い出されました。




