婚約者と義妹と生徒会
授業が終わっても、わたくしの一日は終わらない。そのまま、何故か生徒会室に連れて行かれる。
「本当に、悪いね、手伝わせて」
婚約者であり、侯爵家次男エクルドが頭を下げていう。その隣りでは、わたくしの母違い義妹クラリッサが、上目遣いでわたくしを見てくる。
そんな二人の目の前には、大量の書類が山積みになっている。これ、全て、この二人がやるべき生徒会の仕事である。
エクルドは侯爵家次男ということで、生徒会役員に抜擢された。義妹クラリッサは、わたくしが断ったので、その隙にねじ込んで生徒会役員となったのだ。頼みに来た生徒会の先輩方は、きっとエクルドは肩書から、クラリッサはわたくしの義妹だから、仕事が出来るのだろう、と思ったのだ。当時、生徒会の先輩方には、わたくしは言ったのだ。
「わたくしは、父の手伝いがありますので、生徒会の仕事など、出来ません。本当に忙しいのです。学校だって、今更ですが、貴族になるために、仕方なく通っているだけです。もっと頭のよい、暇そうな人に頼んだほうがいいですよ」
正直に言った。これで、悪評がたっても、気にしない。だって、忙しいんですもの。悪評なんて、いくらだって囀ればいい。悪評なんかたったって、痛くもかゆくもない。
それを聞いていたエクルドは呆れた。
「栄えある生徒会役員に任命されたというのに、断るなんて、とんだ無礼だな」
同じく、聞いていたクラリッサは言った。
「お義姉さまが出来ることですもの。わたくしにお任せください」
どういう自信があるのだろうか、この女は。わたくしは、クラリッサがエクルドの隣りに居座って、ぴったりとくっついている光景を無表情に見返す。注意したって、「将来は義理の兄ですよ」なんてとってつけたようなことを言うのだ。だから、もう何も言わない。色々と噂が流れてきているけど、気にしない。どうだっていいのだ。
こうして、二人はたくさんの人目のある所で、堂々と宣言したのである。なのに、いざ、生徒会役員として仕事を回してみれば、これっぽっちも出来ていない。
一度、選任してしまった以上、生徒会の先輩方は、この口だけの二人に、これ以上の仕事を回さなかったのだ。だけど、残った仕事は二人だけでやるように言ったのに、結局、わたくしが連れて行かれることとなった。
ちょっとめくってみたけど、そんなに大変な仕事でもないでしょうに、よくもまあ、溜めてくれましたね。
「忙しいのですが」
他の生徒会役員もいる前で、わたくしは言い切った。本当に忙しいのよ。
「お義姉さま、婚約者の窮地ですのよ。救ってさしあげるのが、婚約者というものでしょう!!」
「だったら、生徒会辞めればいいじゃないですか。出来ないのですから、辞めて、もっと出来る人に仕事をふりましょう」
「そんなことしたら、エクルド様の名前に傷がつきます!!」
「言い訳なんて、いくらだってつきます。話をつけてあげます。ついでに、クラリッサもやめなさい。仕事の邪魔ばかりする、と苦情がきています」
「邪魔なんてしていません!! わからないので、ご教授していただこうと」
「お茶を持っていっては、それを重要書類の上にこぼして、謝りもせずに、火傷してしまった、と大騒ぎしたそうですね。あなたのやったことも、我が家に泥を塗っていますよ」
「君は冷たいな!!」
わたくしとクラリッサが口論していると、エクルドがわたくしを批難してきました。
「そうです、わたくしは冷たい女なのです。聞いてますよ。エクルドの婚約者は、なんて冷たい女だと。あんな女と婚約者だなんて、エクルドは可哀想、なんて学校中でわたくしは言われています。そう、冷たいのです」
「だ、誰が、そんなことをっ!!」
わたくしは、クラリッサを見てやる。クラリッサは、エクルドの後ろに隠れるが、明らかにお前が言っているのは、調べがついているのよ。もう、証言者まで見つけているのだから、この場で、クラリッサを退学にしてやろうか。
「確かに、君は冷たいな。だけど、僕の仕事を手伝ってくれれば、僕の心象は変わる」
「あなたの心象なんてどうだっていい。気に入らないのなら、婚約破棄してもらって結構ですよ。わたくしには、痛くも痒くもないですから」
「侯爵家との縁談を」
「わたくしを敵に回して、後でどうなっても知りませんよ。わたくしは、頭だけはいいんです。見た目は冴えない、中身も面白味のない女ですけど」
「………」
生徒会役員全員が、批難するようにエクルドを見た。そう、言っているのだ、この生徒会室で。
わたくしは二人が溜めてしまった仕事をめくって見る。
「この二人を、生徒会役員から除名するのであれば、今回だけ、どうにかしてあげましょう。普通の貴族令息令嬢であれば、困った内容でしょうけど、わたくしにとっては、些事です」
「そんなっ!?」
「あんまりです、お義姉さま!!」
「黙りなさい!! 散々、わたくしのことを家でも学校でも社交でも悪く言っておいて、困った時はすり寄るなんて。婚約者だから、身内だから、どうしたというのですか。この程度のことも出来ない頭ですが、わたくしのことを悪くいう頭があります。今更、わたくしは自らの立場を良くしようとは思ってもいません。除名だって、わたくしのせいにすればいいではないですか。汚名が一つ二つ増えたって、誉め言葉と笑ってやります」
「お見事!! さて、サツキ嬢から解決案が出たから、それでいこう。サツキ嬢、今回はよろしく頼む」
生徒会副会長であり伯爵家次男マクルスが頭を下げてきた。
エクルドは忌々しい、みたいにマクルスを睨む。貴族的には、エクルドのほうが上なのだが、学校では、マクルスのほうが上である。エクルドは、マクルスに妙な対抗心を持っているが、格が違い過ぎる。
エクルドは、成績は中の下のほう。生家が侯爵なだけだ。
マクルスは、成績は上位のさらに上位。皇族の覚えもめでたいが、伯爵家次男なのが残念、と言われる実力者である。
学校での立場は、マクルスのほうが明らかに上である。そのマクルスがわたくしの頭を下げるのだ。エクルドにとっては、屈辱であり、怒りしかない。
「ついでに、生徒会役員を引き受けてほしいな」
「忙しいのです」
「授業、ある程度、休むことが出来るように取り計らってあげよう」
「わたくし、飛び級も考えています」
「手伝うよ」
「いいでしょう」
そう言われてしまっては、わたくしは引き受けるしかない。
貴族の学校、五年で卒業なのだけど、わたくしは三年卒業を目指しています。貴族になるには、学校に通わないといけない、というよくわからない仕来りがあるので、仕方のないことですが、あの内容で五年は長すぎます。
そんなやり取りを聞いていたエクルドはわたくしにつかみかかってきました。
「お前、僕を利用したな!?」
「く、苦しいっ」
さすがに暴力にはわたくしは敵いません。
「なんて酷い女ですか!!」
酷い義妹です。家族よりも他人の味方ですよ。助けもしない。
そして、わたくしを助けてくれたのはその他の生徒会役員でした。
「お前、なんてことを!!」
「おい、警備を呼んでこい!!」
腕っぷしはあるエクルドです。生徒会役員数人がかりでも、抑え込むのは困難でした。
そうして、呼ばれたのは、たまたま、学校に来ていた騎士でした。生徒会役員に呼ばれた騎士は、それはそれは立派な体躯の持ち主です。わたくしを床におさえこんで、何か叫んでいるエクルドを騎士は片手で放り投げます。
「何をする!?」
「男が女に暴力とは、嘆かわしい!!」
エクルドが抵抗するも、別の騎士がおさえこむ。その人を見て、皆、緊張する。
「軍神コクーンだ」
「初めて見た」
「学校に来てるなんて、奇跡が起きた」
わたくしでも知っている、生きた伝説の男です。
わたくしは、ひどい目にあって、なかなか起き上がれません。そんなわたくしを助けてくれた騎士がひょいっと抱き上げてくれました。
「だ、大丈夫、です」
「首が赤くなっている。師匠、どこに連れて行けばいいですか?」
「無難に保健室だ。案内しなさい」
騎士の問にコクーンが答えた。そして、生徒会役員の案内によって、わたくしは保健室に連れて行かれました。
保健医に簡単な治療をされる間、騎士はわたくしの側を離れません。わたくしは、伺うように見上げます。
体躯もそうですが、持っている空気が荒々しい男です。なのに、ここまで運ばれる間は、壊れもののように扱ってくれました。
「あの、ありがとうございます」
助けてくれて、ここまで運んでくれたのです。お礼をいうのは当然のことでした。
お礼を言われた騎士は、とても驚いています。何か、まずいことを言ったのかしら。
「いや、礼なんていい。俺みたいな男に触れられて、不快だったろう」
「わたくしに暴力をふるったあの男のほうが、不快です」
あれと将来は結婚するのだ、と思うと、ぞっとする。貴族だから、受け入れるしかないが、絶対に浮気される。
騎士は、それでも、申し訳ない、というふうに項垂れています。何か理由があるのでしょう。
「どうして、そういうのですか?」
「俺は、貧民だ」
「ですが、騎士ですよね」
「だが、貧民だ」
「あははははははは」
わたくしが急に笑いだすから、騎士も、聞いていた保健医も驚きました。だって、笑うしかない。
「わたくしに暴力をふるった最低男は貴族で、わたくしを助けてくれた最高の騎士は貧民ですって!! こんなおかしい話はないわ!!! あの男、貧民以下の最低男よ」
笑いが止まらない。久しぶりに、お腹の底から笑った。
「子どもは親を選べないんです。そんな、卑下しなくていいですよ。あの最低男は、たまたま、貴族に生まれただけですよ。最低最悪な男です。生まれなんて、場合によっては、紙屑です。あなたは、貧民から騎士になりあがったのです。誇ればいいです。良かったではないですか。最低を知っているのです。騎士がイヤになったら、最低に戻ればいい。最高しか知らない貴族は、最低になると不幸ですが、最低を知るあなたは、貧民に戻っても、変わらない日常です」
「よく、わからないが、ありがとう」
「お礼をいうのは、わたくしです。助けてくださって、ありがとうございます。もう、服も髪も酷いものです」
「あ、ハンカチ」
「いりません。このまま帰ります。誰も、わたくしのことなんて、気にしていません」
自信がある。今のわたくしを見ても、誰も気にしない。ちょっと悪評が増えるくらいだ。今度は、どんな悪評かしら。楽しみだわ。
笑ったので、わたくしも元気になりました。ベッドから出て、身だしなみを簡単に整えます。
「そうでした、名乗っていませんね。わたくし、伯爵家長女のサツキと申します。お名前を教えてもらっていいでしょうか?」
一応、わたくしが上なので、先に名乗っておく。
「い、いや、名乗るような」
「後日、お礼に伺います。名乗っていただけないのなら、仕方がありませんので、コクーン様の所に行くこととなりますね」
「それは、困るっ! 俺は、アルロ。ただの平騎士だ」
「アルロ様」
「様はいらない、サツキ様」
「わたくしも、様はいりません。恩人ですもの」
「それは、さすがに」
「お互い、呼び捨てにしましょう」
「………わ、わかった」
騎士アルロのほうが先に折れた。だいたい、こういう男は、押しに弱いのよ。ちょろいわ。
さっさと一人で帰ろうとするも、アルロはわたくしの後ろに付いてくる。
「あの、わたくし一人で大丈夫ですよ」
「師匠に言われている。助けたのだから、最後まで、責任をとれ、と。それが騎士らしい」
「師匠って、誰ですか?」
「軍神コクーンだ」
生徒会役員まで一目置いていた、コクーン様ですね。わたくしでも知っています。戦場では、その御業に敵も味方も見惚れたといいます。本来であれば、領地に引っ込んでいるような一貴族なのですが、その体術と剣術が神がかりであるため、騎士団の育成で王都に滞在していると聞いています。
そういえば、あの最低最悪な男エクルドも、騎士団に入団したい、なんて言ってましたね。あの性根では、不可能でしょうけど。
帝国の騎士団は、実力主義です。身分なんて関係ありません。だから、貧民であるアルロも入団出来たのです。
軍神コクーンを師匠と呼ぶことを許される騎士アルロは、きっと、相当な実力なのでしょう。だけど、常識は貧民です。だから、コクーン様に言われた通りに、わたくしを家まで送ろうとしているのです。
下心も、善意も悪意もない行為です。
わたくしは少しだけ考えて、それを受け入れました。
「では、家の近くまで、歩きましょう」
「馬車じゃないのか!?」
「どうせ、馬車はもうありません」
一応、馬車乗り場に行ってみれば、我が家の馬車はいなくなっていた。義妹クラリッサは、わたくしを待つことなく、馬車で帰って行ったのだ。その馬車も、わたくしのために戻ってくることなんてない。そういう使用人たちなのよ。
「貴族なのに、馬車の迎えがないなんて」
「貴族だって、色々とありますよ」
「ちょっと待っていてくれ」
アルロはわたくしを馬車乗り場に置いて、行ってしまう。
待てと言われたので、待っていると、会いたくない男と会ってしまう。
婚約者であり、侯爵家次男のエクルドだ。生徒会役員たちと騎士たちに連れられて、やってきたのだ。
「サツキ嬢、先ほどは、本当に申し訳ない」
真っ先に謝罪するのは、悪くもない生徒会副会長マクルスです。いや、謝罪するべきは、エクルドでしょう。
わたくしはエクルドをじっと見る。エクルドは、周りの圧に負けて、わたくしの前によろよろと出されると、軽く頭を下げる。
「ちょっと、ふざけすぎた」
「なんだ、その謝罪は!!!」
途端、軍神コクーンは、エクルドの頭をつかんで、地面におさえつけた。
「貴様のこと、知らないとでも思ったか!? 騎士になりたいと試験まで受けたが、不合格になっただろう!!! 態度が悪すぎて、私が不合格にしてやった」
「やだ、試験まで受けて不合格だったなんて、知りませんでした。恥ずかしい」
わたくしはついつい、本音がぼろりと漏れた。こういう余計なことを口走るから、嫌われるのよね。
あまりのことに、コクーン様は呆然となる。同じく、聞いていた面々も、わたくしを驚いたように見てくる。
「エクルドは、本当に中途半端ですね。どうせ伯爵家の婚約者という立場があるから、軽い気持ちで試験を受けたんでしょう。何もかも中途半端な男です。さっさと、ご両親を説得して、わたくしと婚約破棄してください。イヤなんでしょう、わたくしと結婚するのが。わたくしだって、こんな顔と口だけの男なんて、お断りです」
「貴様、侯爵家の僕に」
「わたくしの好み、ああいう方です」
ちょうどよい所に、騎士アルロが馬に乗って戻ってきました。
「さすが、騎士に合格する方です。立派な体です。それに比べて、エクルドは、か弱い女を痛めつけるしか出来ない非力さ。はっきりいいます。好みではありません。頭悪くて、口も残念でもいいです。あれくらい、体を鍛えてください。それでしたら、わたくしも選びます」
「師匠、何をしてるんですか!?」
アルロは、馬から降りて、コクーン様がエクルドを抑え込んでいる姿に驚く。いなかったので、状況がわかっていないのですよね。
わたくしは、アルロが連れてきた、鍛えられた馬を見上げてしまう。まさか、これで家まで送るというの!? 貧民出の騎士は、とんでもない方法を思いつきますね。
「師匠、彼女を家まで、馬で送っていきますが、いいですか?」
「行ってこい行ってこい。あとは、こちらで処理する。お嬢さん、アルロのこと、よろしく頼む」
「………」
わたくしは笑顔のまま、沈黙する。この親父、何を頼んでくれちゃってるのよ。妙な勘ぐりをされているような気がする。
断ろうか、なんて思っている間に、アルロはわたくしを軽々と持ち上げて、馬に乗せてしまう。さすが貧民、相手の意思なんて、聞きませんね。
「話さないように。舌を噛みますよ」
わたくしが落ちないように、後ろからがっしりと抱きしめ、アルロは馬を全速力で走らせた。
さて、この貧民出の騎士は、いつ、気づくだろうか。わたくしの家がどこにあるか、知らないという事に。




