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妖精憑きハガルは気まぐれだ。
いや、対人はしっかりしている。分をわきまえ、家でも手伝いをして、いい子なんだ。
なのに、妖精に対しては、我儘だ。
「あの男に、誰が付いてくれ」
ある日、妖精憑きの男を拾ってきた。見るからに訳アリだ。わざわざ、拾ったのも、ここ一か月、王都が騒がしいから、その元凶を取り除くために、ハガルは妖精憑きの男を排除しようとしたのだ。
なのに、いざ、妖精憑きの男を目の前にしたら、ハガルは家にまで連れ帰って来たのだ。しかも、この男をわざと深く眠らせて、妖精に命じるのだ。
「え? 意味がわかりません」
「突然、何を言っているのでか?」
「この男、妖精憑きなんだから、皇帝に献上するのが正しいだろう」
最高位妖精たちは、口口に、正しいことをいう。
皆、ハガルの教育を同じように受け入れている。生まれた頃の常識は神から与えられたものだが、妖精憑きと一緒に地上に誕生してからは、常識は妖精憑きが受ける教育で変化していく。
妖精憑きの男は、一見すると、大した格ではない。魔法使いになれるかどうかの、本当に弱い存在だ。野の放っても、大した影響はない。むしろ、王都を騒がせる元凶なのだから、このまま、いなくなったほうがいいだろう。
妖精は妖精憑きに手を出せない。それは神が決めた理だ。しかし、妖精憑き同士で殺し合いをさせればいいのだ。ハガルが隠し持つ手勢の中には、この妖精憑きの男を秘密裡に殺せる実力を持つ妖精憑きがたくさんいる。ちょっと命じれば、喜んでやってくれるだろう。皆、ハガルの隠された美貌に魅了されている。
年頃が近いからだろう。ハガルは、この妖精憑きの男を随分と気にかけていた。
「だいたい、つけるにしても、高位ぐらいだろう。ハガルの大好きな皇帝にさえ、高位妖精しかつけてないってのに」
「ラインハルト様のお傍に私がいるのに、お前たちをつける必要なんてない。私の皇帝は、私が守り通す」
皇帝の儀式の強要に、随分と距離をとっているというのに、ハガルの心は皇帝でいっぱいだ。それは、妖精であれば、皆、感じている。どれほど、皇帝の儀式を嫌っても、ハガルは皇帝ラインハルトへの思いは捨てない。それどころか、どんどんと募らせていく。
千年に一人生まれるという最強の妖精憑きの思いは難しい。そこは、ただの人と変わらないのだろう。
妖精憑きの男は、無理矢理、眠らされているからか、寝顔が苦しそうだ。それを見て、ハガルは悲しげに顔を歪ませる。普段は、その姿を平凡に偽装しているのに、それが外れてしまっている。
「ハガル、泣かないで!!」
「ごめんなさい!!」
「もう言わないから!!!」
ハガルが泣きそうになると、最高位妖精たちはすぐにご機嫌をとる。どうしても、私たち妖精は、宿主である妖精憑きに逆らえない。ハガルこそ最上なのだ。
「きっと、何か辛い思いをしているのでしょう。誰か、この男に付いて、調べてください」
『………』
しかし、いざ、言われると、誰も手を上げない。
命令がイヤなのではない。ハガルから離れるのがイヤなのだ。皆、ハガルの側にいるだけで幸福なのだ。命じられるのもまた、幸福だ。だけど、離れるとなると、話は別だ。
「高位妖精でいいではないですか」
だから、手下の高位妖精に押し付けようとする。
「高位妖精では、知能が足りません。私が欲しいのは、きちんとした記憶です」
ハガル、最高位妖精を側につけて、妖精の記憶を読みとるつもりだ。
それは、つまり、妖精の行動とか、全て、読み取られるということである。これには、もう、誰もやりたがらない。妖精は気まぐれだ。最高位妖精だって、ちょっといたずら心がうずいて、やってしまうことだってある。万が一、それがハガルに知られたら、なんて思うと、名乗り上げられない。
「私がやろう」
結局、私が前に出ることとなる。読まれて困る記憶なんてない。当たり障りのない行動を常にしているので、いくらでも覗けばいい。
「本当に? やってくれるの? きっと、そんなに大変じゃないことではないから、他の妖精でもいいですけど」
「大変ではないのだろう。だったら、私がやろう」
「じゃあ、名づけしないといけませんね。いくら格が低くて、お前が見えないといえども、万が一のことがあります。さて、どう名づけようか」
「必要ないだろう」
最高位妖精でさえ、個体名がないのだ。こんなことのために名づけされるのを私は嫌がった。
「よし、カーラーンだ!!」
しかし、容赦なく、ハガルは私に個体名をつけてしまう。瞬間、私は、カーラーン、という個体名の最高位妖精となる。
「カーラーン、今から、この妖精憑きに付いてください」
「何かあったら、助ければいいのか?」
「命に関わることであれば、そうしてください。そうでなければ、何もしてはいけません。そこは、あるがままです」
「わかった」
溜息交じりに、了承する。そして、私はその日から、この妖精憑きの男の側につきっきりとなったのだ。
こうして、ハガルの一方的な友達ごっこが始まった。
妖精憑きの男は、ハガルの家から出るとすぐ、捕獲されて、連れ戻されて行った。そうさせたのは、ハガルだ。ハガルは妖精憑きの男をわざと捕まるようにしたのだ。
口では、戻ってこい、なんて言っておいて、酷いな。しかも、家から出る時に、魔法で、妖精憑きの記憶をいじった。もう、この家に来ることはできない。ハガルの顔だって、ぼんやりとしているだろう。本当に、ハガル、酷いな!!
妖精憑きの男のことが、心底、気の毒でなからなかった。
この男を捜索していたのは、父親だった。妖精憑きの男を目の前にして、抱きしめた。なんだ、愛されているではないか。
だが、妖精憑きの男は、ものすごく不貞腐れた顔をしていた。妖精を盗られてしまったので、抵抗らしい抵抗もできない。
しかし、この男一人を連れ戻すために、随分なことをしたな。王都の貧民街総出での捜索だったという。よく話を聞いてみれば、父親は、王都の貧民街の支配者だ。
連れ戻された妖精憑きの男を見て、兄弟姉妹はどうなのか、と見ていれば、遠巻きである。戻ってきたというのに、抱擁は父親だけだ。
しかも、妹が父親を憎悪の目で睨んでいる。その妹の両肩を後ろから綺麗な男がつかんでいる。この綺麗な男、よくよく見れば、元妖精だ。私のことが見えるほどの格持ちだ。私がいることに気づいているのに、ただ、静かに笑っているだけだ。
とんでもない魔窟に来てしまった。何が大変じゃない、だ!? 妖精憑きだけでも大事だというのに、元妖精が、妖精憑きの男の支配下に入っている。
私はハガルの命令通り、この妖精憑きの男から離れられない。私は元妖精のことは気を付けつつも、父親に連れていかれる妖精憑きの男の後をついていく。
そして、とんでもないものを見せられてしまった。
貧民街だからか、狂っていても、それが正常なのかもしれない。なにより、私の常識はハガルだ。だから、一概に、目の前に起こっている光景を否定できないのだ。
しばらくは見ているだけだ。命に関わるようなことはされない。ある意味、妖精憑きの男は大事にされていた。ただ、ちょっとやんちゃがすぎて、外に出ると怪我をすることもある。それは、貧民街だ。仕方がない。常に支配する者、される者でわけられている。支配する者の身内なのだから、どうしても、妖精憑きの男は喧嘩をふっかけられてしまう。
妖精憑きはそれなりに才能がある。腕っぷしはなくても、能力は高い。妖精憑きの男は、ハガルのように力はないが、技術で相手をやりこめてしまうのだ。
だが、その後が、妖精憑きの男にとって悲劇だった。父親は、妖精憑きの男を傷つけた貧民を処刑したのだ。しかも、妖精憑きの男の目の前でだ。
そんなことを繰り返され、妖精憑きの男は、見た目は普通だが、気狂いを起こしていた。ハガルと同じだ。
そういう光景を私は全て見て、記憶した。そして、ハガルの元に報告のために戻った。
「あの男には、妖精は付けていますか?」
「私の配下がついている。高位妖精だ」
「なら、心配ありませんね」
この時のハガルにとって、妖精憑きの男は、それほど執着しない存在だった。珍しい野良の妖精憑きを見つけた、その程度だ。
早速、ハガルは容赦なく、私の記憶を読み取った。凡人であれが、記憶全てを見るには、同じ時間がかかるが、ハガルは一瞬だ。
一瞬で読み取ったハガルは呆然となる。そして、もう一度、私の記憶を読み取り、驚愕する。
「ど、どういうことですか!? どうして、カーラーンは、何もしないのですか!!」
「命に関わることはされていない」
「ち、父親に閨事を強要されているではないですか!?」
ガクガクと震えるハガル。信じられないものを読み取って、ハガルは他人事ではないので、震えるのだ。
ハガルは幼い頃、知識のないままに、皇帝ラインハルトの悪戯を受け入れていた。ハガルはラインハルトのことが大好きだ。ラインハルトに触れられること全て、ハガルにとっては喜びだった。だから、閨事の入口のようなことをされているとわかるまで、ハガルはラインハルトから受ける行為全てを受け入れていたのだ。
ハガルはまだ、ラインハルトとは、最後までされていない。まだ、そこまでの成長がないこともあるが、ラインハルトなりの情けだ。まだ、可哀想だ、と思っているのだろう。
なのに、この妖精憑きの男は、父親の全てを受け入れていた。最初は、ハガルと同じような扱いだった。それも、妖精憑きの男が反抗することから、強制的に最後までしたのだ。その事実に、ハガルは自らの未来を見たのだ。
「この妖精憑きを保護しましょう!!」
「どこにだ? 貧民といえども、家族がいる。わかっているのか? ハガルでさえ、家族から離せなかったんだ。あの妖精憑きを家族から離すことは不可能だ」
「家族を殺せばいい」
ハガルにとって、人の命は軽い。簡単に消し炭にしてしまえるのだ。お気に入りの妖精憑きを手に入れるために、その家族を消し炭にするのは簡単だし、罪悪感すらない。
それを聞いたほかの最高位妖精たちは、心躍らせる。妖精は慈悲の生き物ではない。本能に忠実だ。ハガルが平然と人を殺せば、そちらのほうに妖精も本能が動き、喜ぶのだ。
「無理だ。人になった妖精が近くにいる」
「あっ」
私の記憶を見たとはいえ、元妖精との出会いなど、一瞬だ。私に言われて、ハガルは気づいた。
私の中では、常に、あの元妖精は警戒するべき存在だ。しかし、記憶だけでは、それは読み取れない。だから、ハガルは流してしまったのだ。
「カーラーンでも、勝てないですか?」
「勝てる勝てない以前だ。私の姿をはっきりと見えていた。格が高い証拠だ。そんな元妖精に手を出しては、何が起こるか想像つかない」
「その、元妖精は、妖精憑きの支配下にあるのですね」
「あるといえば、ある。だが、妖精の王の支配下から完全に抜けているわけではない」
「ああ、そういうの、いますね」
ハガルにとっては、妖精の社会なんて、どうでもいいのだ。私たち妖精から説明を受けてはいるが、人の社会には関わりがないので、気にしていなかった。
「元妖精は、何を起こすか、わかりませんね。仕方がありません。しばらくは観察を続けてください。あと、命に関わることがありましたら、妖精憑きだけ守ればいいです。家族とかは、見捨ててください」
ハガルにとって、妖精憑きの男だけが大事だ。その家族は、むしろ、邪魔でしかなかった。
しばらく、私の記憶を見ては、一喜一憂するハガルを見ることとなった。あれから、ハガルは妖精憑きの男が父親に閨事をされる場は見たくない、と側から離れるように命じられた。私が側にいなくても、私の配下の高位妖精がついているので、安全である。
そういう日々を過ごしていたある日、ハガルに呼び出された。
「何をしているんだ!?」
偽装はしているが、少し綺麗目な男の姿をしたハガルが貧民街にやってきた。ハガルは無駄に人払いをして、私を呼びつけたのだ。
「あの妖精憑きに魔法使いの基本を教えてやるんだ」
「何をふざけたことを」
「本気です。そこら辺の野良の妖精憑きに教えられて、変な癖がついてもらっては困ります」
私の記憶の中で、父親が、貴族に妖精憑きを借りる話が出ていた。父親は、妖精憑きの男の腕っぷしを鍛えることを禁じたが、妖精憑きとしての力の使い方は伸ばしたいという。そのために、貴族が隠し持つ妖精憑きから指導を受けることとなっていた。
「いきなり、お前が出てきても、怪しいと疑われるだろう」
「逆です。貴族の子飼いの妖精憑きのふりをしてやればいい。今こそ、その時ですよ!!」
物凄く笑顔だ。もう、誰も止められないな。やる気満々だ。
「お前は、そんな野良の妖精憑きの相手よりも、魔法使いをどうにかしろ。そっちの指導のほうが重要だろう」
だが、一応、私は止める。ここまで喜んでいると、逆に不安になる。何かとんでもないことが起きそうで、怖い。
「自尊心だけは高い魔法使いや見習い魔法使いなんかのために、どうして私が動かないといけないのですか。あれらは、あるがままです。勝手に自滅していきます。自滅して、落ちて、終わりですよ。どうだっていい。それよりも、あの、何者にも踏み荒らされていない、原石のような妖精憑きですよ。私が、少しずつ、導いて、貴族の子飼いの妖精憑き全てでも手におえない、最強の妖精憑きにしてみせます!!」
「そんな、とんでもないものを作るな!?」
「心配いりません。どんなに強くたって、私の前では、蟻ですよ、蟻。さあさあ、ここまで、妖精憑きを導いてください」
仕方なく、私は妖精憑きの男を偽装したハガルの元へと導いた。私にとっては、人心を操ったりするのは、片手間だ。
ハガルにとってもそうだ。貴族の子飼いの妖精憑きの精神を操作して、教育をした気にさせたのだ。そうして、ハガルは一年も、妖精憑きの男に妖精の使い方から、魔法の行使まで、みっちり教えた。
そして、ハガルは容赦なく、精神を操作した貴族の子飼いの妖精憑きを捕縛して、しっかりと証拠隠滅したのだ。
こうして、妖精憑きの男は、知らないところで、魔法使いとしての才能を花開くこととなった。
「道具の才能があるかもしれませんね」
不用意な一言だった。私は、今でも、そう思っている。このことをハガルが言わなければ、妖精憑きの男は、次の段階に上がることはなかっただろう。
妖精憑きの男は、一年の修行を経て、次の段階とばかりに、父親に魔道具や魔法具をねだった。もう、男を捨てていた。
そうして、こわれた魔道具や魔法具を手に入れた妖精憑きの男は、夢中になった。知識も何もない。文字だって、今は使われていない古代文字だ。それを読み取り、壊れた道具を分解して、組み立て直して、部品を交換して、図面を作って、とどんどんと高度になっていった。
私はただ見ているだけだ。何もしていない。私が導くよりも、元妖精がいるのだから、そちらが何かやるだろう、と見ていた。ところが、何もしないのだ。ただ、大好きな妖精憑きの男が子どものように夢中で道具のことを語ったりする姿を喜んで見ているだけだ。
ハガルの噂は、妖精憑きの男を動かすこととなった。貧民街から、というよりも、家から出ることがあまりなかった妖精憑きの男は、父親を説得して、女遊びをするハガルを見に行った。
ハガルはもちろん、すぐに妖精憑きの男が来たことに気づいた。私がいるのだから、すぐだろうな。
そして、どうにか近づこうと、いい言い訳を探した。そして、たまたま、妖精憑きの男を接客していた女が妊娠しているのに気づき、お近づきとなったのだ。
やっと、お互い、名乗りあったのだ。それまで、ハガルは妖精憑きの男の名前をあえて、聞き流していた。きちんと、知り合いとなるために、待っていたのだ。
その日は、名乗りあって終わりだ。妖精憑きの男ルキエルは、一度、ハガルを見て満足していた。
私は、ハガルはどうだろうか、と見に行った。
「私のこと、覚えていなかった」
「記憶操作してたんだから、仕方がないだろう!!」
会っても、ハガルのことを昔見た男として認識してもらえなくて、落ち込んでいた。
初めて会った頃のことは、ハガルには昨日のように覚えているのだろう。しかし、ルキエルにとっては、遥か昔だ。日々、大変な目にあっているのだ。ハガルに接した過去なんぞ、もう覚えてもいないだろう。
「私はこんなに覚えているのに。心配で、カーラーンだってつけているのに」
「ハガルが一方的にやっていることだがな。ルキエルは頼んでもいない」
「そう、やっと、名前を教えてもらえたんだ!!」
お互い、名乗りあったことは、ハガルにとっては、最高に嬉しいことだった。私が見ていたというのに、あえて、報告だ。
「ルキエル、随分と大きくなりましたね。もうそろそろ、親離れですよね」
「あの父親が、ルキエルを手放すはずがないだろう」
日々、執着を強くする父親。ルキエルが成長していくことで、閉じ込めることに限界を感じていた。だから、壊れた道具を与えて、ルキエルをどうにか家に引き留めているのだ。
「邪魔な男だ。さっさと子離れすればいいのに」
「………」
それは、ハガルにもいえることだ。さっさと父親離れをしろ。お前だって、いつまでたっても、あのダメな父親を甘やかしているではないか。
声を大にして言いたいが、私は黙っていた。このハガルの執着は、もう、病気だ。気に入ると、とことん、執着するのだ。
ルキエルのことは、どういう名前の執着か、よくわからなかった。
血の繋がりのない家族は、家族としての執着だ。何があっても、あの家族をハガルは手放せない。
皇帝ラインハルトは、何かだ。恋人とか、そういうものではない。ラインハルトは、ハガルのことを特別と言っている。ハガルは男としての自尊心がまだあるため、それを否定的だ。だが、傍から見れば、ラインハルトは特別なんだろう。ラインハルトが側に近づいてくると、ハガルは女も、家族も、何もかも、振り切って、ラインハルトの元に行ってしまう。
ルキエルへの執着は、家族とも、特別とも違う。何か、別のものだ。
ハガルはこれから、どんどん、言い訳のような理由をつけては、ルキエルの成長を記録するように見ていくようになった。




