腐れ縁と執着
ハガルが筆頭魔法使いとなってしばらくして、魔法使いが一人、処刑された。それからすぐに、長きに渡り、最強の妖精憑きとして君臨した賢者テラスが亡くなった。
皇帝ラインハルトは、筆頭魔法使いハガルを随分と可愛がっているという噂が流れた。しかし、ハガルは見た目があまりにも平凡で、これといって大きな名声があるわけでもないから、貴族からも、魔法使いからも、随分と下に見られていた。
だから、ラインハルトはハガルのご機嫌取りのため、皇族でなくなった者たちを平民に落とし、逆らう魔法使いの処刑を許可したのだ。
それでも、ハガルを低く見る貴族はいる。そんな貴族は、皇帝だって低く見ている。
「賢者テラス亡き後の皇帝は、もう、覇気がないな」
「大魔法使いの側仕えなんかしていた男を筆頭魔法使いにするとは、見る目がないな」
「大魔法使いがいない今、皇帝の守りも穴だらけとなったな」
そういって、虎視眈々と次の皇位継承者に取り入り、どうにか、皇帝ラインハルトから皇位簒奪させようと目論んでいた。
だからだろう。皇帝ラインハルトは、平民観衆の前に出る催しを執り行うことを決めた。傍らに筆頭魔法使いハガルを従え、鉄壁な防御を帝国民に見せしめようとしたのだ。
それは、逆にいえば、皇帝ラインハルトに復讐する好機となった。
「貴族の計らいで、皇帝の前で踊ることとなった。やってくれるな、ルキエル」
「男としてですか?」
「女装してだ」
「………」
昼間は俺は息子だというのに、親父は酷い命令をしてくれる。昼間だけでも男扱いをされるから、俺はまだ耐えられたというのに!!
「お前はサツキに似ている。ちょっとガタイは俺に似たが、化粧をすれば、バレないだろう。一番近くに行って、魔法使いの妖精を盗るんだ」
俺が貴族の子飼いの妖精憑きから妖精全てを盗った実力を評価してだろう。作戦としては悪くはない。
「やります」
やるしかなかった。踊りくらい、いくらだって踊ってやる。どうせ、そういうもの全て、俺をお袋にするために、仕込まれていた。服装とかで、どうにか誤魔化せるかもしれない。
が、ハガルの洞察力は油断ならない。
近くにいれば、ハガルはすぐ、俺を見つけた。俺が気づいていないのに、ハガルは俺の存在をいつも気づいていたのだ。それは、妖精憑きの力かもしれない。
一人で歩いている時は、上手に妖精を隠している。魔法使いの才能があるハガルといえども、妖精憑きとしての力は俺よりも下だ。俺の妖精全てを見破ることは不可能だろう。
そうして、あっという間に、催し当日となった。
その日のために、入念に衣装も化粧も踊りも、準備された。俺の踊りは、貴族の目から見て合格をもらえた。
「いいか、万が一、捕まっても、我々のことは話すな。いいな」
「失敗なんかしない」
自信があった。絶対に成功する、と。
そうして、俺は複数の踊り子に混じり、皇帝ラインハルトの前に出た。
皇帝ラインハルトの傍らに、別れの日と同じ服を着たハガルが立っていた。怪しい笑みを浮かべ、まっすぐ、俺を見下ろしていた。
そして、これまでに見たことがないほどの恐ろしい数の妖精をハガルは抱えていた。それは、舞台をも覆い隠すほどの数と量だ。見上げれば、空高くまで妖精たちは群がり、俺の目には空が見えない。
音楽がなれば、俺は反射的に動ける。少し出だしを失敗したが、すぐに周りに合わせて踊る。しかし、内心は穏やかではない。
あれほど平凡な男だというのに、その身にまとう空気は艶やかだ。平凡な顔立ちだというのに、笑っている姿に色香さえ感じる。
そして、襲撃の頃合いとなる音楽が入った頃、俺は死ぬ覚悟で、妖精憑きの力を使ったつもりだった。
俺の妖精が隠しているものも含めて、全て、ハガルに盗られた。穏やかに笑い、ハガルは何も言わない。このまま、見逃すつもりなのか? それとも、泳がせるつもりなのか?
生まれた頃から持っている妖精がいなくなると、丸裸だ。妙な恐怖を感じる。逃げたくなってきた。
だけど、もう、遅い。逃げるどころか、親父たちは群衆から飛び出したのだ。
合図してからだ、という話だった。だけど、親父は我慢できなかった。飛び出して、まっすぐ、皇帝ラインハルトに向かっていく。
綺麗な踊りの輪が崩れた。その合間に、騎士や兵士たちが親父たちを捕縛していく。それでも、親父の腕っぷしは確かだ。簡単に捕縛を破り、誰よりも早く、近く、皇帝ラインハルトに剣を振り上げた。
ハガルは皇帝の前に立った。それだけだった。親父は剣を振り下ろせなかった。足から崩れ落ち、死んでも離さない、と言っていた剣を落としたのだ。
「私の地下牢に連れて行け」
ハガルは短く命じた。その声には、絶対的な支配力があった。騎士たちも、兵士たちもハガルには逆らわない。言われたままに、親父たちを捕らえた。
皇帝ラインハルトにハガルは一礼して、まっすぐ、俺の元にやってきた。
「こういう再会だけは、したくなかったな、ルキエル」
「………ああ」
妖精を失い、女のようになれと腕っぷしを鍛えることを封じられた俺には、抵抗することも、逃げる足もなかった。
こうして、呆気なく、親父の復讐は失敗となった。
俺が収監された地下牢は、俺の知っている地下牢ではなかった。人が快適に過ごせる広さと、人が生活に必要な最低限の家具がそろっていた。食事も、三食、家でも食べたことがないようなほど、うまいものだった。
地下牢だから、一日過ぎたこともわからない。ただ、食事の回数で、一日の終わりを数えるくらいだ。それも、面倒になって、眠くなったら寝る、という自堕落な生活になった。
これまで、ただ、親父の復讐劇に付き合っているだけだった。それが終われば、解放されるだろう、なんて楽観視していた。実力を隠していたハガルによって、そういう明るい未来を夢見ていた。
が、実際はそうではない。ハガルがいようがいまいが、俺に解放はない。親父が死ぬまで、娼夫だ。もしかしたら、親父が死んだ後も、誰かの娼夫にされているかもしれない。ほら、気を失った俺の面倒をみているのは、俺の家族だ。事後を見て、何も感じないはずがない。
成功しようが、失敗しようが、俺だけはお先真っ暗だ。皇帝に刃を向けたんだ。無事ですむはずがない。
そうして、ハガルが来るのを待っていると、あの派手な服を着た、身目麗しい人がやってきた。嫣然と微笑み、俺がいる地下牢の前に立つ。
男とも女とも見える人に、俺は目を奪われた。
「おっと、この姿では、誰だかわからないか」
瞬きしている内に、麗しい人はハガルとなった。あの地味な男になったが、そうそう、陶酔からは抜け出せない。
「俺を、騙していたのか?」
考える時間はたくさんあった。結果だけ見れば、ハガルは、俺と出会った頃から、様々な形で騙していた。
あの麗しい姿こそ、ハガルの本当の姿なんだろう。
出会った頃から、俺が妖精憑きだと、ハガルは気づいていたのだろう。
ハガルは、妖精憑きの実力をあえて、俺の前で隠していたのだろう。
俺は鉄格子を握り、ハガルにこれでもか、と近づいた。ハガルは、微妙な位置に立っていた。俺の手が届くか届かないかの、微妙は距離だ。
「さて、騙していた、というのは、どういうことだ? そりゃ、野良の妖精憑きがいるな、なんて見てはいたが、それだけだ」
「どうして、見逃した?」
「平民でも、稀にいるんだ。儀式を受けない奴が。儀式を受けて、褒美がもらえるが、子どもは取られてしまう。だったら、儀式を拒絶する平民がいるんだ。別に、儀式を受けなくても、その子どもは平民としての身分は得られる。儀式は、ただのお祝いだ。そういうものだと、思ったんだ」
「だから、見逃した、と?」
「なのに、俺の周りをうろちょろしてるから、気になった」
そういうわけではなかった。ただ、俺は昼間、情報収集のために出歩いて、夜遅くまで帰らないようにしていただけだ。帰れば、俺は父親の娼夫だ。出来るなら、帰りたくなかった。そこをハガルは勘違いしたのだ。
おれは笑うしかない。俺の、ただ、家に帰りたくない、という行動が、ハガルに疑いを抱かせたのだ。
「数年、付き合えば、お前がどこの誰かなんてわかるかと思ったが、記録がない。平民の顔をしているが、そうじゃないんだな、ということはわかった。そこから、どういう目的で、うろうろとしているのか気になった。帝国に弓なすのならば、俺の敵だ」
「それで、わかったのか?」
「衝撃的な事実に、なんともいえなかった。まさか、父親に閨事を強要されているとはな」
「そっち!?」
「あ、お前の父親と繋がりのある貴族のことは、元から知ってる。そこは、一網打尽にするために、泳がせただけだ」
「………」
明るく笑っていうハガルは、やはり、筆頭魔法使いなんだろう。親父や貴族なんて、大した敵なんて思ってもいない。
「妖精憑きの力は、わざと隠していたのか?」
催しで見たハガルは化け物だ。最初から、あの化け物じみた力を見せられていたら、俺は逃げ出していた。
「野良の妖精憑きがどこにいるかわからないから、それなりに隠していた。あと、格が違う。お前が見えない、格の高い妖精をわんさか連れて行ってた。野良の妖精憑きで、それまで見れるようなら、即、捕縛だ。ルキエルは、これっぽっちも気づかなかったから、放置しただけだ」
「今も、いるのか?」
「いるぞ。見えないのは仕方がない。妖精の格が物凄く高いんだ。どう頑張っても、並の妖精憑きでは見えない。魔法使いでも、俺の妖精を全て見える者はもう生きていない。俺の格の高い妖精が見えたのは、死んだ賢者テラスだけだ」
見えないし、何も感じない。その事実に俺はぞっとする。これは、同じ妖精憑きでしかわからない恐怖だ。
「皇帝の前では、あんなにたくさんの妖精を引きつれておいて、今はどこなんだ?」
「そこは、秘密だ。ほら、筆頭魔法使いだから、色々とある。それで、俺が答えられるだけ答えてやったが、納得したか?」
「何が?」
「騙していないということが、だ」
「騙していたようなものだろう。最初から、俺のことを疑って、懐にいれて、俺をあらゆる方法で調べつくしていた」
「そうだな、騙してたな。言い訳は、男らしくないな。認めよう。騙してた」
腕っぷしのないハガルは、いつも、男らしくなりたがっていた。だから、自らの行いを認めたのだが、過程が女々しいんだよな。俺が呆れて見返しているので、ハガルはその事に気づいたようだ。不貞腐れたようにそっぽ向く。
「話は終わったか?」
気配やら何やらを消していたのだろう。突然、皇帝ラインハルトが姿を表す。あまりに突然で、俺は驚いた。
ハガルは気づいていたのだろう。困ったように笑う。
「いけません、あなたのような方が、囚人の前に出るのは」
「お前が長いこと入れ込んでいるから、気になった。何せ、命を助けてほしい、なんて縋ってきたんだからな」
「女は全てあなたに殺されましたが、男は殺すことはないでしょう」
「いや、性別関係なく、お前の執着するもの全て、殺すぞ」
「えー、そんなー」
わけがわからない会話だ。ハガルは甘えるように皇帝を見上げる。
「昨夜は、あんなにご奉仕したではないですか」
「当然だ。お前は私の物だ」
「まあ、筆頭魔法使いは、皇帝のものですからね、それはそうですね。ですが、ルキエルを助けるくらい、いいではありませんか。きちんと、面倒をみます」
「また、ここで飼うのか。そういうことはやめなさい」
「教育を受けていない妖精憑きを野放しにするわけにはいきません。だったら、ここで飼い殺しします」
どんどんと俺の将来を皇帝とハガルが決めていく。皇帝は俺を処刑したいが、ハガルは俺を生かして飼い殺しにしたいという。
俺は手近なソファに座って、二人のやり取りを見た。ハガルはすっかり、本来の、麗しい人の姿となり、皇帝を縋るように見上げた。その姿に、皇帝は心を揺らしている。
端から見ると、恋人同士みたいだな。
ハガルの見た目がそう勘違いさせてしまう。いくらなんでも、ハガルは男だ。皇帝とそんな関係………いや、さっき奉仕がどうのこうの、と言っていたが。
「飼い殺しはお気に召しませんか。私としては、ルキエルは、ここで一生過ごしたほうが、気が楽だと思うのですが」
「今まで、それなりの自由を満喫していたんだぞ。そのうち、狂うぞ」
「妖精憑きは外見も中身も頑丈ですから、そういう心配はありません。ちょっとした気狂いを起こすだけですよ」
「お前は、自覚しているか? もう、気狂いが始まってるぞ」
「私の人生は果てしなく長いので、仕方ありません。それに、物心ついたばかりの私に、随分な悪戯をしていたあなたが、今更、何を言っているのですか」
しぐさ一つ一つに、色香がある。ハガルがただ話して、皇帝に詰め寄るだけで、とんでもないものを見ているような気になる。
気づかされる。今のハガルを作ったのは皇帝だ。全ての人を魅了し、狂わせる色香を持ってしまったハガルを皇帝が作ったのだ。
言われてしまって、皇帝は黙り込む。それはそうだ。ハガルをこんなふうにした自覚はあるのだ。しかも、まるっきり、後悔していないのだろう。
「ルキエルはどうなのですか? 生きたいですか? 死にたいですか?」
突然、俺に話を振られた。そういわれても、俺は考えてもいない。
「処刑されると、思っていた」
「………ルキエル、その、他のことは聞かないのですか?」
言いにくそうなハガル。俺はハガルを直視して、何を言われているのか、わからなかった。
皇帝すら、気まずい、みたいな顔を見せる。
「ああ、仲間とか、家族のことか」
俺は嘲笑ってしまう。
「考えてもいない、あんな奴らのこと」
「………」
「見たんだろう、俺がどういう扱いをされているか。もう、いい。殺してくれ。生きていたくない」
肌が粟立った。これまで受けてきた行為に、今更ながら、気持ち悪さを自覚した。自らを抱きしめ、泣いてしまう。
「俺一人を犠牲にして、やり過ごそうとしてたんだ。俺だけが我慢すれば、円満だ。そんなの、許せるわけがない!!」
「だから、妖精の声に乗ったのですか?」
「俺自身がそうしただけだ。妖精は関係ない! なあ、俺の妖精はどこだ? 返してくれ!!」
「返しましたよ。見えませんか?」
「………見えない」
「聞こえませんか?」
「聞こえない!! 嘘をつくない!!!!」
「あなたの格が落ちたんです。格が落ちると、妖精の視認できなくなってきます。あなたの側には妖精は憑いていますが、それだけです。もう、お互いの意思疎通は出来ないでしょう」
「そんな………」
絶望で、俺は目の前が真っ暗になる。物心つく前から、妖精がいるのは当然だった。
今更ながら、野良の妖精が見えないことにも気づいた。
「ルキエル、ここは、妖精除けがかなりしっかりしていますから、野良の妖精は入ってこれませんよ」
俺の思考を読んだハガルが、余計なことを言ってくれる。そんなことを言われたら、希望を持ってしまうじゃないか!! 外に行けば、妖精に出会えるなんて。
「ハガル、妖精を返すだなんて、甘いことをして」
「ここは私の支配圏ですよ。簡単には抜け出せません」
「そうだな、お前は緻密だからな。蟻一匹、通さないのだろうな」
「蟻は通しますよ、さすがに。頭が痛くなる」
「痛くなったら、昔のように、休ませてやろう」
「もう必要ありません。ほら、皇帝として、筆頭魔法使いのご機嫌とりをしてください。ルキエルを助けてください」
まだ諦めていないハガル。恋人のように皇帝の胸に甘えておねだりする。本当に、倒錯した光景だな!!
「いつも言っているだろう。こういう時はどうするんだ?」
皇帝はハガルの顎に指をかける。ハガルは仕方ない、とばかりに皇帝に深く口づけする。
とても長い口づけだ。お互い、舌まで絡ませているのが、俺からも見える。ハガルからねだっているはずだというのに、皇帝が押している。どんどんと、ハガルは頬を紅潮させ、息を荒くして、腰砕けてしまう。それを皇帝が支えた。
「まだまだだな」
「あ、触らない、で」
身もだえするハガル。その姿に、俺は目を背けてしまう。俺自身を見ているような気になる。見ていたくない。
皇帝にちょっと触れるだけで喜ぶハガル。それを見て、嗜虐的に笑う皇帝。
「そうだな、昨夜も随分、楽しませてもらったな」
「も、もう、やめてください! 今日は、許してください!!」
体の奥に灯った欲望の火に抵抗するハガル。それを容赦なく燃え上がらせようと、皇帝はハガルの首に舌を這わせ、体をまさぐる。ハガルは片手で口をおさえ、声を出ないように耐えるが、どうしても、小さな声が漏れてしまう。
そうしてしばらくして、ハガルは軽い絶頂を迎え、皇帝の体にもたれかかるように脱力した。
「しばらくは、情報の真偽を確かめるために、生かしておこう」
「貴族に証言なんて面倒です。もっと簡単な方法があります」
物凄い色香をふりまいて笑うハガル。
「何をするんだ?」
「妖精の呪いです。テラスでさえ、妖精憑きの力が足りなくて出来なかったといいます。せっかくなので、実験しましょう」
「どんな刑罰だ?」
「説明するよりも、見たほうが早いです。見ごたえがありますよ」
そう言って、ハガルはねだるように皇帝に口づけした。
しばらくして、ハガルが一人で来た。
「皇帝は?」
「宰相にお願いして、仕事おもいっきり作ってやりましたので、来ません」
「………」
どうも、皇帝とハガルの立場は逆転しているように感じる。筆頭魔法使いは皇帝の番犬だという。それは確かだ。しかし、この番犬は、気分屋で、我儘だ。
「今日は、何か用か?」
「私の父に会わせたくて、来ました」
とてもご機嫌な様子のハガル。
ハガルの家族構成は公になっている。借金ばかりをするダメな父親に、それを悪い例として真面目に生きる弟たちと妹たちである。
ダメな父親、と噂されているが、俺は一度も会ったことはない。
「あれ、死んだんじゃ」
そうだ、ハガルの父親は死んだんだ。そういう情報があった。
「生きています。私の父は悪さをして、牢に入れられたのですよ。一生、牢からは出せないですが、ラインハルト様が、この地下牢に移送してくれたのです」
とても嬉しそうだ。俺とは違って、父親とは、円満な関係なんだろう。
「ここから出たら、逃げるぞ」
「無理です。ここから出るのも入るのも、私の許可がいります。私の許可なしに出入りできるのは、ラインハルト様だけです」
「………そうか」
なんともいえない。ハガルは全身で皇帝を愛している、と物語っている。言葉にしないが、その愛情は恐ろしく深い。
ハガルは本当に、俺を地下牢から出した。といっても、俺は右も左もわからない。なにより、この地下牢、方向感覚を狂わされる何かをされている。逃げるのは不可能だ。
少しついていけば、悍ましいものを見せられる。
そこには、人が生活するための物はなかった。ただ、広い空間があるだけだ。そのど真ん中に、巨大な肉の塊が転がっていた。
部分的に、手だったり、足だったり、顔だったり、人だった時の名残が見られた。ただ、その位置はおかしい。顔を中心に見ても、足が上だったり、手が下だったりする。顔だって、目と口の位置が大きく離れているのだ。
悍ましいそれをハガルは愛おしいと見ていた。
「私の父です。本当に仕方のない人だ。アラリーラ様の金に手をつけて、妖精に呪われて、こんな姿となってしまって。もう、悪さも出来なくなってしまった。もう、私の名も呼んでくれない」
鉄格子を開けて、ハガルは肉の塊に近寄る。肉の塊は微動だにしない。ハガルが触れても、何も起こらない。
「これで、もう、悪さは出来なくなった。死ぬまで、私が面倒をみてあげます」
嬉しそうに笑っていうハガル。
ぞっとした。こんな化け物になった父親に、ハガルは愛を感じている!!
「ハガルでも、何を言っているのか、わからないのか?」
試しに、聞いてみた。こんな悍ましい姿となったのだから、言葉など通じないだろう。そう思った。
「わかりますよ」
だけど、化け物じみた妖精憑きであるハガルには聞こえるようだ。肉の塊に振れるだけでなく、全身をつけるように抱きつく。
「殺してくれ、と」
「っ!?」
「そんな、悲しいことを言わないでください。全ての世話は、私がします。体にいいものをご馳走しましょう。体の汚れも、綺麗にしてあげます。ここも殺風景ですね。間違って怪我をしてはいけませんから、そうならないようにしましょう」
肉の塊は目から涙を流して、俺を縋るように見てきた。無理だ、こんな狂気、俺ではどうにも出来ない。
「ラインハルト様は私と関係を持った女全てを殺しましたが、さすがに、私の父親は、殺しませんでした。ラインハルト様は、わかっている。女には代わりはいますが、父親には代わりはいません」
頬ずりして喜ぶハガル。
「血が繋がっていなくても、私の父親はあなただ。大事にします」
その悍ましい光景は、未来の俺とハガルだ。そう思った。