妖精の女王
邪魔者は俺と元妖精ナナキ、後は、ハガルの妖精だろう。最高位妖精カーラーンと高位妖精カリンはどこにいるのか、俺では探れなかった。海の貧民街全体が、妖精の女王の支配下に置かれている。
そんな中を俺はナナキを従えて歩いていく。行先は、コクーン爺さんのとこだ。コクーン爺さんがいる場所だけ、何かに覆われていて、見えなかった。
コクーン爺さんは、支配者が暮らす建物の最上階にいた。しかし、入ろうとしても、見えない壁で入れなくなっている。
「ナナキ、どうにか出来るか?」
「出来ますが、ルキエルも挑戦してみたらどうですか?」
「俺の力は、最後の最後でとっておくんだよ。ほら、どこまで出来るか、隠しておかないとな」
ここを突破出来る能力がある、と知られたら、警戒されちゃうよ。
何か、言いたげに見てくるナナキ。ナナキは、俺がどこまで出来るのか、知りたいのだろう。だけど、俺はあえて、何もしない。ナナキが知る俺の実力は、一年前の王都の貧民街にいた頃で止まっている。そこから先の情報を俺はあえて、ナナキに隠した。
ナナキはもう、誰かの支配下にはいない。目隠しを外して見てみれば、それはわかる。だけど、俺はまだ、隠した。
俺の命令は絶対なので、不承不承ながら、ナナキは見えない壁を取り払う。ナナキが触れると、壁は小さな妖精となり、すっとナナキの中に消える。妖精の女王から、妖精を盗ったのだ。
見えない壁の向こうには、謁見の場である。コクーン爺さんが、支配者の席に座って眠っていた。
周りを見回せば、ヘレンお嬢さんとワシムが倒れている。どちらも、怪我らしい怪我は見られない。
『しつこい男め』
「女々しいんだよ。仕方がない」
『お前の愛しい男を作ってやったのに、気に入らなかったのか』
「下手くそが。もっと作りこめ。あんな中途半端な偽物で、満足するわけがないだろう。これだから、育ちのいい奴は。お前も、意外と育ちがいいよな」
『貴様は最低最悪だ。こんな男のために、あなたは人となるなんて!?』
まだ、ナナキに未練があるんだな。しつこいな、妖精の女王。女性型だから、そうなってしまうのだろうな。
妖精の女王は、眠るコクーン爺さんの体を軽く押す。それだけで、コクーン爺さんは椅子から倒れ落ちる。
『もう、この男の寿命は盗ってやった!!』
「まあ、残った寿命なんて、誤差みたいなもんだからな」
『っ!?』
「悔しがると思ったのか? ここまで長生きした爺だ。今死んだって、思い残すことなんてないだろう。それくらいの気持ちで生きてる爺が死んだって、俺は気にしない」
むしろ、遅いくらいだけどな。いつだってコクーン爺さんの寿命を盗れたはずだ。それをしなかったのは、妖精の女王が、無駄に警戒していたのもある。
俺は視線を妖精の女王に向ける。それだけで、妖精の女王はびくっと震えた。
瞬間、俺は身体強化を行使して、妖精の女王の背後に立つ。
「ルキエル!?」
ナナキが止める声を叫ぶが遅い。俺は、妖精の女王の背中に刺さったままの妖精殺しの短剣を掴んで、押した。
『ぎゃああああー------!!!』
「やはりな。これ、抜けなかったんだな」
妖精をも殺すことが出来るから、妖精殺しの短剣だ。いくら妖精の女王といえども、この短剣の前には無力だ。俺は思いっきり、短剣を深く突き刺してやる。
妖精の女王だって、ただ、刺されているわけではない。支配している高位妖精を解き放った。そいつらが、俺を襲おうとやってくる。
「僕が相手だ」
それに対抗するのが、ナナキが支配する高位妖精だ。互角ではないが、妖精の女王が支配する高位妖精の行く手を阻むくらいのことはしてくれる。
それでも漏れはある。高位妖精は、俺をどうにか妖精の女王から引きはがそうとやってくる。それを俺は妖精憑きの力で阻害するが、時間稼ぎでしかない。
「カーラーン!!」
最高位妖精カーラーンを呼ぶ。カーラーンがいれば、どうにかなるはずだ。しかし、呼んでもカーラーンは来ない。たぶん、外で他の高位妖精の数に押されているのだろう。
見えない戦いに、俺は頭が痛くなる。高位妖精を盗ればいいが、それをするには、妖精の女王の隙が足りない。妖精殺しの短剣で刺していたって、高位妖精はたった一つの単純な命令に従っているだけだ。それほど、力が必要でない。
どんどんと高位妖精が迫ってくる。このままでは負ける!!
とんでもない威圧が遠くから飛ばされた。
俺はつい、妖精の女王から離れて、辺りを警戒した。妖精の女王でさえ、恐れおののき、一度は解き放った高位妖精をひっこめ、守りに入ってしまう。
それどころか、海の貧民街を覆う魔法が、一気に破壊されたのだ。ただ、眠ってしまっているので、覚醒するわけではない。それでも、妖精の女王の支配は解けた。
『ご、ご主人様』
妖精の女王はガタガタを震え、怯える。一体、どうなっているのか、わけがわからなかった。
「ルキエル!!」
そんな所に、呼んでもこなかったカーラーンがやってくる。
カーラーンだけではない。最高位妖精が十体もやってきたのだ。
「あらあら、お年寄りには優しくしないといけないのよ」
「人に危害を加えるような狂った妖精は優しくする必要なんてない」
「こっわー。人の護衛なんかやってて、随分と人でなしになったな」
「妖精なんだ。人でなしなのは、当然だ」
最高位妖精たちは、カーラーンに嫌味をいうが、カーラーンは上手に受け流す。
「すまない、遅くなって」
「カーラーンのほうは大丈夫なのか? 起きたら、義体にいなかったから、心配はしていた」
「ハガルに呼ばれてただけだ」
「なんだそれ!?」
てっきり、妖精の女王に何かされていたと思っていた。だけど、ただ単に、ハガルに呼ばれて、義体から出ていただけだった。
その事実に、俺は唖然となる。心配した俺は恥ずかしい!!
「ということは、あれ、ハガルの最高位妖精? まさか、助けに来た!?」
「違う。たまたま、近くの聖域に慰問に来てるだけだ。ハガルは妖精の女王のことは知らない。ただ、妖精が悪さをしていることに気づいて、ハガルが威嚇しただけだ。ハガルの前では、妖精の女王など、無力だ」
「………」
俺が片目まで失ってまで、妖精の女王を傷つけたというのに、ハガルは遠くからちょっと力を見せるだけで妖精の女王を大人しく出来るという。
妖精の女王は、近くにハガルという主人がいないことに気づき、怒りに震えて、目の前の最高位妖精たちを睨む。
『お前たちの妖精をよこせ!!』
妖精の女王は、少しでも優位に立とうと、最高位妖精たちに高位妖精を差し向ける。
ハガルの最高位妖精たちは、それぞれが持っている高位妖精を出すが、数は妖精の女王のほうが遥かに上だ。
「ナナキ!!」
俺が命じれば、ナナキは再び、高位妖精を出した。そうして、高位妖精たちが飛び回る。もう、誰がどこの高位妖精かわからない。
経験値が、ハガルの最高位妖精には足りない。見ていればわかる。力で押そうとしている。ナナキの支配する高位妖精は、少数精鋭で、数で押す妖精の女王の高位妖精を抑えているが、やはり、数に負けそうだ。
「もう、無理をするな。ハガルを呼べば、あの妖精は終わりだ」
「まだ、ハガルの登場は早すぎる。だって、ハガルの寿命が尽きるのは、まだ先だろう。あの妖精の女王は、まだまだ、女王のままだ」
残念ながら、野良の最高位妖精は、あの妖精の女王だけだ。今、どうにか出来たとしても、次の王は誕生していないから、再び、妖精の女王は復活してしまう。
完全に消し去ることが不可能だ。それは、神が作った理だ。
「カーラーン、義体を持ってきてくれ」
「どうするつもりだ?」
「野良の妖精が、一番、嫌がることをやってやる」
俺が言いたいことを理解したカーラーンは、言われた通り、義体を持ってきた。持つには重すぎる義体だが、身体強化をしている俺には、軽いものだ。
妖精の女王は高位妖精を操るのに夢中だ。その隙に、義体を持って、妖精の女王の傍らに移動する。
実体化していない妖精の女王は妖精憑きでも掴むことは出来ない。しかし、妖精殺しの短剣は何故か、妖精の女王を傷つけられる。短剣が刺さったままにして引っ張って、無理矢理、妖精の女王を義体に押し込んだ。
妖精憑きの力で、無理矢理、義体に妖精の女王を憑かせる。しかし、縛るものがないので、妖精の女王は義体から出て行こうとする。
俺は義体の背中に手をあてて、魔法で、資料に描かれていた契約紋を焼き付けた。
「ぎゃああああああー-------!!!!」
義体に縛られた妖精の女王は、人にも聞こえる声で叫んだ。あまりの叫びに、眠っていたヘレンお嬢さんとワシムが起きてしまう。
俺は目隠しを外し、義体についた妖精の女王を床に倒して、その上に乗って、妖精殺しの短剣を抜き、もう一度、深くぶっ刺した。
目隠しを外したことで、俺の妖精憑きの力が暴走する。物凄い情報が俺自身に流れこんできて、意識が飛びそうになる。それに耐えながら、俺は実体化させられた妖精の女王を視た。
妖精の女王に支配されている妖精は、全てが味方というわけではない。いやいや、従っている妖精だっている。その妖精の抵抗が見えた。
「ほら、妖精憑きだ。俺の所に来い」
ちょっと誘惑してやれば、妖精たちは駆けこむように俺の中に入ってくる。その中には、高位妖精もいた。
「返せ!!」
「俺がいいんだってな」
さらに妖精殺しの短剣を押し込んでやると、どんどんと妖精たちは、俺の中に入ってくる。
妖精たちはもとは妖精憑きと一緒に生まれたのだ。妖精たちは、妖精憑きを愛し、そして、妖精憑きを寿命で失って、自由となった。それでも、本能は妖精憑きを求めてしまう。俺が妖精憑きの力で盗ろうとすれば、むしろ、妖精たちは大喜びだ。
そうして、残るのは、わずかな妖精たちだ。妖精の女王に従い、コクーン爺さんの一族から、寿命を盗った妖精たちだろう。神に反するようなことをしたのだ。少し、薄汚れたような感じがした。
妖精殺しの短剣で、ちょっとやりすぎた。妖精の女王を縛り付けていた義体は、壊れてしまい、妖精の女王を再び、解き放ってしまう。
妖精の女王は、俺に復讐しようと向かってきた。しかし、寸前で止まってしまう。
『なんと美しい』
「煩い!!」
俺の姿に妖精の女王は手が出せず、そのまま消えて逃げられてしまった。ちっくしょー、あとちょっとで、妖精殺しの短剣で串刺しに出来たってのに!!
「お祖父様!!」
「御屋形様!!」
見えない戦いなので、ヘレンお嬢さんもワシムも、騒ぎで起きないコクーン爺さんが危ないことに気づいて、必死に呼びかけた。
俺は目隠しをして、倒れたコクーン爺さんを見る。寿命がもうないに等しい。このまま、眠るように死ぬのだろう。そう見ていると、俺の中に入った妖精が出てきて、耳元で囁く。
「そうか、無理矢理、やらされたんだな。じゃあ、コクーン爺さんに返してやってくれ」
俺が盗った妖精の中に、コクーン爺さんの一族から寿命を盗った妖精がいた。ものすごく後悔していたので、俺が命じれば、喜んで、寿命をコクーン爺さんに渡した。
そして、コクーン爺さんはヘレンお嬢さんとワシムの呼びかけに、目を覚ました。
何も知らないヘレンお嬢さんとワシムは、コクーン爺さんが起きて、普通に安堵する。しかし、何かを察しているコクーン爺さんは、立ち上がるなり、俺の元にやってきて、平手を食らわしてきた。
「生い先短いワシなんかのために、命を無駄にするんじゃない!!」
色々と、言い返したかったが、俺はそこが限界だった。
身体強化をして、妖精憑きの力も暴走させたのだ。そこに、許容量を越える高位妖精まで受け入れてしまった。
そのまま、俺の意識は闇に飲まれた。
幼いハガルがいた。ハガルは、皇帝ラインハルトに抱きしめられ、眠っていた。あれだ、頭痛が酷くて、添い寝してもらったんだな。
ラインハルトは気づいていないが、ハガルは寝たふりをしていた。ラインハルトに抱きしめられて、大喜びしている。本当に、大好きなんだな。
そこに、ハガルの妖精が、ラインハルトの命を狙う不届き者がいる、と知らせてきた。大好きな皇帝を殺そうとするなんて、ハガルは許せない。
きっと、暗殺者を殺せば、ラインハルトは褒めてくれる。
そう思って、わざと、ラインハルトに見えるように、暗殺者を殺した。ただ、簡単に消し炭になってしまったので、ハガルはびっくりした。
だけど、ラインハルトは、ハガルを恐怖の目で見てきた。
その場は、泣いて誤魔化したが、失敗した、とハガルは思った。喜んでもらえなかった。殺してはいけなかったんだ。
ラインハルトを殺そうとする敵を殺しても、褒めてもらえない。仕方がないので、次に来た暗殺者は、手足を綺麗に切断して見せた。
だけど、ラインハルトは悲し気にハガルを見てきた。
今度は殺していない。生け捕りにして、逃げられないようにしたのに、ラインハルトは褒めてくれなかった。これで、証言だってとれるというのに、泣きそうな顔をされてしまった。
何がいけなかったのか、わからない。相手は、ラインハルトを殺そうとしているのだ。生きている価値なんてないのに。
次に来た暗殺者は、同じように生け捕りにした。手足を引き千切って、だけど、ラインハルトの目の前には見せなかった。筆頭魔法使いの屋敷の地下に閉じ込め、証言をとって、ラインハルトに報告した。
だけど、ラインハルトは、ハガルを抱きしめて、泣いた。
今度こそ、褒められると思った。だって、ラインハルトを殺そうと命じた貴族の名前まで突き止めたのだ。なのに、ラインハルトを泣かせてしまった。
ハガルは、どうすればラインハルトが褒めてくれるのか、最後まで、わからなかった。
もう、何度目かの長い眠りだ。物凄く寝ていたような感じだ。もう、寝てるだけの俺なんか、この豪勢な部屋で囲う必要なんてないと思う。
俺が目覚めると、俺の側から離れない最高位妖精カーラーンが慌ててやってくる。
「無理に起きるな」
「これはちょっと、あれだな。やりすぎだ」
妖精封じの布だけでなく、鉄で出来た妖精封じの拘束具まで腕やら足やら首やらつけられている。重いんだけど、そこは妖精さんがどうにかしてくれる。
随分と寝ていたけど、体は問題なく動ける。よく考えれば、一か月眠り続けた時も、普通に活動していたな。さすが、妖精憑きは、常識を超えるな。
「どれくらい寝てた?」
「………」
「え、もしかして、びっくりするくらい寝てたの!?」
「私にとっては、それほどではないが、人にとっては、長いな。五年だ、五年」
「一年で起きたかった!?」
「それでも、すぐに眠りについてしまうだろうな。妖精の女王から奪った妖精が多すぎて、体のほうが耐えられないんだ」
「格が上がっても、生まれ持った体はそうではないのかー。やっぱ、中位程度の妖精しか受け止められない体なんだな」
確かに、油断すると、眠くなってくる。俺なりに、踏ん張った。
「カーラーン、伝言、頼みたいんだけど」
「ハガルにか?」
「まずは、返事をよこしてからいうことだろう。どうせ、いまだに手紙の返事、書いてないんだろう、あいつ」
「………」
無言だけど、肯定してるようなもんだよ!! 本当に、アイツ、俺のこと友達と思ってるの!?
「ハガルには、もう金は送るな、と言っておけ」
「………」
「俺から手紙で伝えてやる!!」
俺はベッドから出て、紙とペンを出して、ぱぱっと手紙を書いてやる。なんで、俺だけが手紙を書くんだよ。ハガルも書け!!
そういうことを混ぜて、近況は当たり障りのない内容である。五年も過去のことは、今更書けない。
「ハガルは、俺が寝てること、知ってるのか?」
「知らない」
やっぱりか。カーラーンは、聞かれるまでは答えない奴だもんな。
でも、矛盾を感じる。五年前、カーラーンは、ハガルの最高位妖精十体を連れて来た。たまたま、ハガルが近くに来ていた、としても、威圧だけでいいはずだ。
「なあ、カーラーンは、本当に、ハガルに俺の居場所とか、話してないのか?」
あまりにも、偶然がすぎるので、ついつい、カーラーンのことを疑った。
カーラーン、俺に付き合いすぎて、人間に近くなったんだろう。気まずい、みたいに視線を反らす。そういう顔をすると、隠し事してることになるぞ。
じっと俺が見てやれば、カーラーンは観念したように口を開いた。
「ハガルは、貴様の居場所も、近況も、いつも質問してきている」
「………は? ハガルは俺のこと、聞いてこない、てカーラーン、言ってたよな!?」
「嘘だ」
妖精って、嘘つくのかよ!? いや、嘘つくよ。その嘘を見極めるのが、妖精憑きの力量だよ。俺もカーラーンのことを信じすぎていた。この見た目だな。真面目そうだもん。
カーラーンがハガルに嘘をついているのがびっくりだ。
「お前、ハガルに聞かれたら、正直に答えるみたいなこと言ってたよな」
「………貴様は、隠したそうにしていたから、隠した」
「そんなことない。俺は、ハガルに知ってもらいたかった」
「見ていればわかる。気づいていないが、貴様はハガルによく似ている」
「どこが!? 生まれも育ちも、全然、違うぞ!!」
「表情だ。普通にはわかりにくいが、ハガルに似ているところがある。私がハガルに近況も居場所も話していないと聞いて、貴様は安堵していた」
「………そんなこと、ないと思ってたんだけど、そうなんだ」
無意識に、俺はハガルに知られたくない、と思っていたようだ。
だけど、さすがに、最高位妖精十体をカーラーンに頼まれたら、ハガルも俺の居場所は気づくだろう。
「じゃあ、もう、知ってるわけだ」
「そこは、誤魔化した」
「ハガルから最高位妖精十体も借りてきて、誤魔化したはないだろう!?」
「貴様もわかっているだろう。ハガルは育ちがいい。簡単に騙されるんだ。誰が聞いても嘘だとわかるようなことを私が言っても、信じる」
「なるほどな、ハガルって、本当にすごい妖精憑きなんだな」
「どういうことだ?」
「ハガルのことは、大事にしろよ」
ハガルは本当にいい奴だ。あえて、騙されてくれたんだ。カーラーンが明らかな嘘をついているのがわかっていても、ハガルは笑ってそれを許しているのだろう。
俺の居場所を知らないのは確かだ。ただ、海の貧民街に、俺が関わっているのは、その前の内戦でわかっている。だから、カーラーンの願いを聞き入れて、最高位妖精十体をぽんと寄越したのだ。あいつ、賭け事だけは、絶対にやっちゃいけないな。
笑ったりして、ちょっと疲れた俺は、ベッドに横になった。
「俺さ、ハガルの夢を見たんだ」
五年も寝てたってのに、見てた夢がハガルだ。笑える。
「ハガルさ、皇帝に褒められたくて、暗殺者を殺したり、生け捕りにしたり、色々とやってるんだけど、褒めてもらえなくて、悩んでた」
「何故、それを、知ってる………」
夢だと思っていたが、事実だった。俺の中では笑い話だけど、カーラーンには笑い話ではない。
どうして、ハガルの過去を夢として見てしまったのか、ちょっと考えてみた。
「あれだ、義体だ。ほら、妖精の女王を義体に閉じ込めただろう。あの時、義体に残ったカーラーンかカリンの記憶が、妖精に移ったんだよ。その妖精を俺が妖精の女王から盗ったから、俺にハガルの過去の記憶が夢として出たんじゃないかな」
話していると、正解なような気がしてきた。それしか接点がないんだけどね。
「そんなことで、記憶のやり取りが出来てしまうとはな。義体の素材は聖域のものだから、そういうことがあってもおかしくないだろう」
適当に言ったようなものだけど、カーラーンは納得した。むしろ、正解だったか。
「ハガル、頭がいいのに、ラインハルトの気持ち、わからなかったのか」
「私もわからないがな。ハガルが好意でやったことを喜ばないなんてな」
妖精目線でも、皇帝ラインハルトの本音はわからない。そりゃ、妖精だから、見る世界も、価値観だって違うよな。
「ラインハルトも、皇帝の前に、人だったってことだ」
「当然だ。皇帝ラインハルトは、ただの人だ」
やっぱり、カーラーンには通じないか。これ以上、俺からは説明しない。これは、ハガル自身が見つけるべき答えだ。
「あとは、伝言だ。俺は元いた部屋に戻して、そのまま、妖精の力で封鎖してくれ。こんなとこで眠るのは、勿体ない」
「貴様には、それだけの価値があるんだ。大人しく従え」
「お願いだ。あの部屋がいいんだ」
「伝えるだけだ」
「ありがとう。あと、壊れた道具も、部屋に山積みにしておいてくれ。五年も眠っていたんだ。きっと、たくさんあるだろう。起きた時に、直して、綺麗にしておくから」
「そんなことしなくても」
「道具いじりは、俺の趣味だ。起きている間は、やりたい」
「………聞くべきことがあるだろう」
「聞きたがっているか?」
俺の表情でわかるカーラーンは口を閉ざした。俺は薄情な上、自分自身のことでいっぱいいっぱいだ。五年間、何があったかなんて、聞かない。聞いてはいけない。
「もう、俺のことは皆、忘れろ。いつ起きるかわからないような俺は、死んだようなものだ。次、目覚めるのは、俺を知る奴ら全てが死んだ後かもしれないからな」
五年、眠っていたんだ。次起きるのは、五年後とは限らない。もしかすると、眠るように、そのまま死ぬかもしれないな。
だから、俺は今のうちに、カーラーンに最後の頼みをいう。
「カーラーン、俺の寿命が尽きる前に、俺が持つ妖精全てを盗って、妖精の王になれよ」
呆然とするカーラーン。俺の頼みが、カーラーンの予想しているものではなかったから、驚いて、呆然となる。
「ほら、今のままだと、あの妖精の女王、カーラーンだけでは倒せないだろう。だけど、俺が盗った妖精全てをカーラーンの支配下に置けば、妖精の女王を倒せるようになる。これで、お前は妖精の王だ。もう、候補じゃない」
「何を」
「ハガルが持つ、他の最高位妖精なんか頼るな。お前だけで妖精の王になれ」
だから、俺は妖精の女王から、妖精を盗った。
妖精の女王に勝つ算段はあったんだ。最初、妖精の女王に妖精殺しの短剣を突き刺した時に、囚われている妖精の声を聞いた。実体のない妖精の女王は逃げてしまうが、義体に閉じ込め、逃げられなくしてしまえば、抵抗して囚われている妖精を盗れるとわかっていた。
「俺が死んだら、妖精たちは自由になるが、妖精の女王の支配下に置かれてしまう。その前に、俺から盗るんだ」
「………」
「もう眠いから、寝る。じゃあな」
本当に、眠くなってきた。ちょっとした逢瀬だ。しかも、相手がハガルの最高位妖精カーラーンだ。どこまでいっても、俺は女に無縁だ。
カーラーンが何か言っているが、もう、俺は眠くて聞こえない。寝て、逃げた。




