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魔法使いの悪友  作者: 春香秋灯
妖精の女王
26/40

妖精に呪われた一族

 さすがに、俺が使っていた部屋で話すには、人が多すぎた。なにせ、狭い部屋に、俺、元妖精のナナキ、義体に憑いた最高位妖精カーラーンと高位妖精カリンといっぱいだ。座るトコもないので、仕方なく、俺が一か月眠らされた部屋に移動した。

 あの豪勢な部屋には、先に待っていた、ワシム、コクーン爺さんの孫娘ヘレンお嬢さんがいた。

「ヘレンお嬢さんはいなくていいんだけど」

 ヘレンお嬢さんが、どこまで一族のことを知っているのか、謎だ。ここでコクーン爺さんの話を聞いて、藪蛇になるのは避けたい。

「いや、ヘレンもここにいなさい。ヘレンはただ一人の後継ぎじゃ。ここまで来たら、全て、知らなければならない。それに、もう、ワシらだけの問題でなくなった」

 俺の姿を見ていうコクーン爺さん。俺がこうなったのも、コクーン爺さんの秘密のせいだと、なんとなく、悟っている。

 コクーン爺さんの命を狙う妖精は、俺がどうしても邪魔だから、俺を廃人にしようとした。廃人にはなったんだ。それも、俺の護衛のためにつけられた最高位妖精カーラーンのお陰で、意識は戻り、歩いたりは出来るようになった。

 そのため、見た目は酷いものだ。筆頭魔法使いハガルが作ったという妖精封じの布を顔にやら、腕にやら、足にやら、今は首にまで巻かれている。もう、これで服作ったほうがいいんじゃないか? なんて考えてしまうが、この布、かなり派手なので、着るには勇気がいる。

 今更、気づく。ハガルが筆頭魔法使いとして着ている服は、この妖精封じの布が使われているのだろう。柄とか色使いが似ている。筆頭魔法使いって、最強だけど、わざわざ、力を封じてるんだな。

 あの煩さがだいぶ緩和されたので、俺はナナキの側に座る。ちょっとナナキの中は煩いが、ナナキを安心させるためには、我慢するしかない。ナナキは、やっと俺が側に来たので、見るからに喜んでいる。

「では、何故、ルキエルがそんな姿となったのか、教えてくれ」

 まずは、俺からだ。俺は、あえて話さなかったことを全て、話した。


 ナナキが元は妖精であることを。

 カーラーンとカリンは、かなり高位の妖精で、俺の護衛のためにつけられていることを。

 俺が妖精に命を狙われているコクーン爺さんを助けたため、妖精に廃人にされたことを。


「それで、ワシについてきたというのか!?」

「知的好奇心というやつだ。ほら、気になるだろう。どうして、コクーン爺さんが妖精に命を狙われているか」

「一歩間違えば、命だって危なかったというのに」

「復讐が終わった後のことなんか、これっぽっちも考えていなかった。だから、丁度よかったんだ。王都から離れられたし、色々とやりたいこともやった。結果的には、良かった」

「良くない!! 死にかけて、廃人になって、悪いことばかりじゃないか!!!」

「それは、人それぞれの価値観だ。俺は、男らしくありたい。それだけだ」

「バカバカしい。死んだら、それで終わりじゃ!!」

「終わりじゃない。泣いてもらえる」

 ハガルは泣いてくれるか、謎だけど。一番、泣いてほしい奴は、泣きそうにない。

 残された者たちが悲しんでくれる。それだけで、俺は十分だ。それだけ、俺自身に価値があったということだ。

 コクーン爺さんは怒りの形相をしていたが、結局、おさめてくれた。

「ワシは、お主が死んでも泣かんからな」

「生い先短い爺に泣かれても、俺だって気持ち悪いだけだ。ナナキは泣いてくれるよな?」

「ルキエルが死んだら、僕も死にます」

 笑顔で断言するよ。後追いされちゃうのかー。

「次は、コクーン爺さんだな。話してくれ」

「かなり古い言い伝えからじゃ」

 コクーン爺さんでさえ半信半疑の話だという。



 帝国が滅びかけた頃よりも遥か大昔から、コクーン爺さんは戦争に出れば必ず功績を残すという、戦争バカだった。戦争の功績によって、爵位と領地を得ていたが、領地経営は人任せにして、戦争にばかりかまけていた。

 一族でいつも困ることがあるのは、子が何故か一人しか生き残らないことだ。たくさんの子を産み育てるのだが、一人が立派な後継ぎとなると、他の子は皆、眠るように死んだ。ついでに、一族の血をひく親も死んだ。結果、一族とは名ばかりで、親戚もなく、一人だけの一族であった。

 ある日、千年に一人生まれるという力ある妖精憑きが、一族の呪いに気づいた。妖精憑きは、その力を使って、一族が暮らす屋敷を魔道具や魔法具に改造し、帝国内にいる限りは、一族の呪いが発動しないようにしたという。

 そうして、一族は、本当の一族として、家族、親族を増やしていった。



「めでたしな話だな」

 言い伝えだけ聞けば、良い話である。

「じゃが、ワシの一族は、どんどんと死に絶えていったんじゃ。屋敷から遠くに嫁入りしていった者は、病気でもなく、ある日、眠るような死を迎えていった。そういうことが、あちこちで発現していったんじゃ。今ならわかる。屋敷の魔法具や魔道具は永遠に発動するわけではない。どんどんと壊れていって、魔法の効力を帝国中から、どんどんと狭まっていき、最後は、この領地周辺にとどまるほどしか、効力がなくなってしまったんじゃろう」

 帝国中が抱えている問題だ。魔法具や魔道具の制作・修理の方法が大昔、失われてしまったのだ。そのため、現存している魔法具や魔道具を使って、便利な生活をしているが、それも、壊れてしまったらおしまいである。延命する手段すら失われてしまったため、いつかは、帝国も困難な状態となるだろう。

 それが今、コクーン爺さんの一族に起こっているのだ。屋敷にある魔法具や魔道具の発動範囲がどんどんと狭まってしまって、コクーン爺さんの一族が抱える呪いから逃れられなくなっていた。

「ワシは最初、古い言い伝えを信じておらんかった。貴族でなくなったから、そのまま、領地から離れたんじゃ。それが間違いだった。ワシの息子夫婦が、眠るように死んだんじゃ」

 だから、俺がここに来た時、コクーン爺さんの家族はヘレンお嬢さんだけだった。

「慣れない旅で死んだと、言っていたではないですか!?」

「二人とも、戦争バカの血を引き継いでおる。あの程度の旅では死なん。そんな生易しい鍛え方はしておらんよ」

 ヘレンお嬢さんは両親の死が別にあることを知って、愕然となる。

「呪いについては、伝わっていないのか?」

「一人しか生き残らない、としか伝わっておらん。どうして、他が死に絶えるのか、いまだにわかっておらん」

「たぶん、妖精に寿命を盗られているんだろう。俺は何度もコクーン爺さんが寿命を盗られそうになっている所に居合わせている。間違いない、一族の呪いは、妖精がやっていることだ」

「なんてことだ。神の使いである妖精に呪われているとは、救いようがないな」

 呪いの原因が妖精だと知ると、コクーン爺さんは諦めたように俯く。一気に、老けてしまったようになった。

 救いようのない事実に、ヘレンお嬢さんも言葉も出ない。妖精に呪われるなんて、先祖が何かやらかしたとしか思えない。

「だが、矛盾がある。コクーン爺さんは物凄く高い神の加護を得ている。ヘレンお嬢さんもだ。これほどの神の加護は、支配者になってもおかしくないものだ」

 数度、俺は皇帝ラインハルトに会っている。皇帝となる者は、神の加護が凄まじいのだ。皇帝ラインハルトにも、凄まじい神の加護が与えられていた。

 コクーン爺さんが持つ神の加護は、皇帝よりも上だ。妖精に呪われていなければ、コクーン爺さんの一族は、皇族の血筋に入るべきだ。それほどの神の加護だ。

「コクーン爺さんの一族が戦争で功績をあげられたのも、この神の加護のお陰だ。妖精がコクーン爺さんの一族から寿命を盗る行為は、神に反していることだ。さて、ここからは、ナナキに話してもらおう。お前は、これまで、コクーン爺さんの一族の命を狙う妖精に支配されていた。コクーン爺さんの一族が、何故、妖精に命を狙われているのか、知っているよな?」

 知らないはずがない。ナナキは、万年と生きた妖精である。カーラーンがいうには、そこまで長生きの妖精は珍しいという。逆に言えば、知らないことはないんだ。

 これまで、あの妖精の支配下にいたナナキは、俺が聞いても答えられなかっただろう。実は、俺はカーラーンに頼み込んで、調べてもらったんだ。だけど、コクーン爺さんの一族の謎だけは、野良の妖精たちは、誰も、教えてくれなかった、とカーラーンから報告された。

 だけど、今、ナナキはあの気持ち悪い妖精からの支配から解放され、俺の妖精となっている。

「ルキエルの望みは絶対だ。全て話そう。しかし、これは、まず、僕自身のことを話さなければならない」

「ぜひ、教えてくれ。ナナキのことは、全て知りたい」

「喜んで」

 そして、ナナキは自身のことを話し出した。




 ナナキはもともと、千年に一人誕生する力ある妖精憑きとともに誕生した最高位妖精であった。妖精憑きとともに誕生した妖精は、妖精憑きが寿命を迎えると解放される。

 ただの妖精憑きとともに誕生した妖精は、ただの野良の妖精となる。しかし、千年に一人誕生するという力ある妖精憑きとともに誕生した妖精はそうではない。

 妖精にも社会がある。帝国や王国のように、妖精にも王が存在するのだ。この王になれるのは、力ある妖精憑きととも誕生した最高位妖精である。最高位妖精は、妖精憑きの死により、解放されると、王となるべく戦うのだ。もちろん、現存の王だって抵抗する。現存の王の支配する高位妖精は相当な数だ。だから、妖精憑きとともに誕生した最高位妖精たちは共闘して、現存の王から高位妖精を奪うのだ。

 ナナキは、大昔、妖精の王だった。気まぐれに戦い、勝ち残り、王となったのだ。それから随分と長い年月を王として存在し続けていた。

 ある日、たった一人の最高位妖精が王となろうと、ナナキに戦いを挑んできた。

 本来ならば、兄弟姉妹である同じ妖精憑きから誕生した最高位妖精たちと群れて戦うのだ。だけど、妖精は気まぐれだ。いつも共闘してくれるわけではない。だから、ナナキは長い間、妖精の王で居続けたのだ。

 ナナキは長く妖精の王として君臨しすぎた。ナナキは飽きたのだ。ちょっと力をふるえば吹き飛んでしまうほど、小さい存在である最高位妖精に、王の地位を譲渡した。

 女性型の最高位妖精は妖精の女王となって歓喜した。ところが、問題が起こった。新しい王が誕生した場合、最高位妖精から高位妖精に格を落とされるのが世の理なのだが、ナナキは最高位妖精のままだった。それもまた、神が定めた理だ。譲位することによる崇高さを認められ、ナナキの格を落とさなかったのだ。

 そのため、世に最高位妖精が二体存在することとなってしまった。

 ナナキは男性型、女王は女性型の妖精である。妖精の女王は勘違いした。ナナキが妖精の女王に好意を持っている、と思い込んだのだ。そうではないと気づかされた時、妖精の女王は復讐心を持った。高位妖精の支配を広げ、ナナキを越える最高位妖精となって、ナナキを支配下に置いたのだ。

 ナナキはただ、従った。妖精の女王の相手も、ナナキにとっては暇つぶしだ。そうして過ごしていたある日、妖精の女王は、神に溺愛される一族を見つけてしまう。

 妖精の女王は、嫉妬深い妖精だ。神に溺愛される一族に嫉妬したのだ。神の寵愛をも妖精の女王は欲した。そして、嫉妬心から、神に溺愛される一族の寿命を盗って、殺していったのだ。

 しかし、神に溺愛される一族を絶滅させるわけにはいかなかった。たった一人となった時、ナナキは妖精の女王に言ったのだ。

「もし、お前が嫉妬のためにやったと知ったら、神はお前を嫌うだろうな」

「たかが人ごときに!?」

「僕が君に譲位した時、崇高だと神は褒めて、格をそのまま残してくれた。嫉妬は、崇高なことか? 妖精が人の寿命を盗ることは、褒められたことか? さて、この事実を知った神は、貴様をどうするかな?」

「告げ口するというのか!?」

「告げ口するのなら、もっと前にやっている。忠告だ。ほどほどにしなさい」

 気まぐれに、ナナキは忠告したのだ。

 嫉妬に狂った妖精の女王は、ナナキの忠告を受け入れ、神に溺愛される一族を絶滅させることは諦めた。しかし、その一族が増えることを妖精の女王は許さなかった。

 神に溺愛される一族が増えることは、妖精の女王が高位妖精の支配を増やすことと同じだ。いつか、この神に溺愛される一族が、妖精の女王に牙をむくことを恐れたのだ。

 そうして、妖精の女王は、この神に溺愛された一族を増やさず、また、たった一人だけ生き残らせたのだ。



「気持ち悪いクソババアだと思ったが、本当に気持ち悪い妖精なんだな」

「ちょ、妖精に向かってクソババアって」

「えー、カーラーンなんて、千年生きた高位妖精に向かって、クソババアって言ってたもんな」

 ワシムが注意するも、俺は気にしない。それどころか、最高位妖精カーラーンがそう言ったんだから、許されるというものだ。

 カーラーンは気まずい、みたいに顔を背ける。

「なーんだ、呪いじゃなくて、クソババアの醜い嫉妬か。真実は、詰まらないものなんだな」

「その嫉妬で、ワシらの一族、大変なことになってるんじゃが!!」

「神の加護のお陰で、戦争に行けば、生きて帰ってこられたんだろう。一人しか生き残らないが、それだって、見方を変えれば、絶対に滅びない一族だ。世の中には、筆頭魔法使いの逆鱗に触れて、一族郎党滅び去った貴族がそれなりにいるんだぞ。一族が一人でも生き残るということは、実は、すごいことだ」

「そう、じゃな」

 俺は思ったことをそのまま言っただけだ。だけど、いい事を言ったんだろうな。コクーン爺さんは随分と晴れ晴れとした顔となった。

「まあ、けど、話を聞いたら、危ないかもな。妖精の女王、自暴自棄になって、滅ぼしに来るかもしれない」

 話を聞けば、嫉妬の塊のような妖精だ。執着だって、半端ないだろう。

 妖精の女王は勘違いまでしてくれている。なにせ、ナナキに好意を持たれている、なんて勘違いして、一人芝居なんかしていたのだ。そのナナキの支配も、俺が奪ったので、妖精の女王の怒りは相当なものだろう。

「なあ、カーラーンで、あの妖精の女王に勝てる?」

 ちょっと気になった。妖精の女王は、ナナキという最高位妖精を失っている。ついでに、ナナキが過去に支配していた高位妖精以下もナナキの元に戻ってしまったのだ。妖精の女王も力が半減していると思いたい。

「私一人では無理だ。あの妖精の女王を倒すのならば、他の最高位妖精の協力でどうにかなるだろう」

「ナナキと共闘しても無理?」

「妖精の女王が持つ高位妖精の数が多い。せめて、半分になれば、勝ち目はあるだろうがな」

 それだけで、妖精の女王との戦力差がわかるというものだ。

 カーラーンは、忌々しい、みたいにナナキを睨む。たぶん、ナナキが持つ高位妖精は、カーラーンよりも上なんだろう。そして、ナナキよりも上なのが、妖精の女王である。

「それで、お主はこれからどうするんじゃ? そのような姿となってしまった以上、道具いじりもさせられんじゃろう」

 目隠ししないと廃人になっちゃうんだ。もう、俺自身に価値なんてない。むしろ、お荷物だ。

「身売りも出来ないな。まず、欲求がなくなった。常に情報が入ってくるから、それどころではなくなった」

「そういうものか?」

 疑うように見てくるカーラーン。本当に、これっぽっちも、何も感じない。ナナキの側にいても、衝動も起きないのだ。

「ワシに関わったばかりに、酷いことになってしまったな」

「謝らなくていい。結果から見れば、ナナキをあの気持ち悪い妖精から解放出来たんだ。それは良かった」

「片目を失ったのにか? その姿では、平凡には生きていけないぞ」

「ナナキは、妖精の羽を神に捧げて、俺の元に来てくれた。だったら、俺は片目を神に捧げて、ナナキを解放するしかない。ナナキは代償をj払ったんだ。俺だって、代償を払うべきだ」

「………」

 俺のナナキの間は、ただの人には理解出来ない。仕方がない。見ている世界が違うのだ。

「端から見れば、俺は不幸かもしれない。だけど、俺は幸福だ。本物をやっと手に入れた」

 筆頭魔法使いハガルと皇帝ラインハルトとの関係は、本物だ。言葉では表現出来ない、何かが二人の間にはあった。それが、とても羨ましかった。

 そして、俺は色々なものを犠牲にして、ナナキを手に入れた。ナナキは妖精の女王の支配から解放されたので、俺を裏切ることはもうない。

「ルキエル、もうこれ以上、ここにいる必要はない。真実を知れば、ワシもヘレンも悟る。もういいんじゃ」

「まだ、終わっていない。俺の目的はまだ、達成していない」

「もう、やめなさい!!」

 コクーン爺さんだけでなく、ワシムまで止めてくる。てっきり、ワシムは助力を頼むものと思っていた。ワシムは、コクーン爺さんの一族に代々仕えている血族なのだ。むしろ、俺を犠牲にして、コクーン爺さんとヘレンお嬢さんを守らなければならない。

 だけど、ワシムは俺に情がわいてしまったのだろう。そんな考えにも及ばない。

「何故、そんな痛い生き方をするんだ!? 見ていて、本当に痛い。ここにいる皆、ルキエルのことを心配しているんだぞ」

「そうだな。だけど、俺の目的は、身を削らないと達成できない。ナナキを解放するのも、片目を犠牲にすることとなった。あの妖精の女王は、嫉妬深いが、用意周到だ。どうやって、あの壊れた妖精の目を持ち込んだと思う?」

「それは、妖精の女王が持ってきたのじゃろう」

「道具は全て、聖域を素材とされている。妖精では、道具は簡単には持ち出せないんだ。あの壊れた妖精の目は、中央の貧民街の支配者ケリンが持ち込んだんだ。ケリンはな、妖精の女王に操られてたんだよ」

 義体を持ち込まれた時、義体の組み立てには関係ないものが持ち込まれた。眼球なんて、必要ないのに、あったんだ。

 義体の資料を読めば、眼球が必要なことはわかる。ケリンは何度も読み返したと言っていた。だったら、あの眼球は必要ないのだ。

 魔道具や魔法具は貴重だ。壊れていたって、いつか使えるかもしれない、と貧民街は隠し持っている。だったら、関係ない魔道具は持ち込まれることはない。あの気持ち悪い眼球の形をした魔道具は、隠されるべき、貴重な道具なのだ。

 だけど、義体を組み立てるために、と集められた材料が入った箱の中に、あの気持ち悪い眼球が入っていた。不吉な気配を持つそれは、わざと、箱ごと、俺の部屋に保管させたのだ。

「あのクソババアも、予想外だったんだろうな。あの義体に妖精が憑くなんて、思ってもいなかったんだ」

 肉体のない妖精は妖精の女王の力を持ってすれば、簡単に封じ込められる。本来、ナナキの支配権は、すぐに妖精の女王によって取り戻されるはずだった。廃人となってしまった俺を妖精の女王は人質にするつもりだった。中央の貧民街の支配者ケリンは妖精の女王に操られていた。俺の身柄を奪わせることも出来たのだ。

 それが不可能となったのは、カーラーンとカリンだ。実体がなければ、どうしようもできなかったが、ケリンが持ち込んだ義体に、抵抗もなくカーラーンとカリンは憑いて、俺を守ったのだ。

 妖精の女王も、元妖精のナナキだって、あの義体には随分な嫌悪感があった。しかし、カーラーンとカリンは若いので、そういう知識とか経験がない。そこから、妖精の女王の計画は狂ったのだ。

 妖精憑きには、妖精は手を出せない。だったら、人を使うのが妖精のやり方だ。

「妖精の女王にとって、あの義体は、俺をおびき寄せるための餌だった。俺を廃人にして、ついでに、人を使って始末させようとしたんだろうな。あのクソババアにとって、俺は我慢ならない存在だ。勘違いとはいえ、一度は思いを募らせたナナキが俺のために羽を捧げて人になったんだ。それなりに崇高な人ならば、少しは納得しただろう。なのに、俺は男に身売りをする、最低最悪な生き方をしている。それを許すナナキもまた許せない。どっちにしても、俺は、あの妖精の女王に廃人にさせられていた」

 真実を知れば、俺の未来は決まっていたも同然だ。ナナキの執着は酷い。あれほどの執着をナナキが持っているのだ。妖精の女王だって、ナナキに対して、恐ろしい執着を持っているはずだ。

「それで、俺を追い出すのか? ここにいたって無茶はするし、外に出したって同じだ。もう、囲う理由だってないだろう。道具いじりをする俺は、用無しだ。各地の貧民街は、すでに、独立出来る技術を持っている。むしろ、俺は邪魔だろうな」

 俺は制御出来ない妖精憑きだ。生きているほうが危険だ。何をやらかすか、わからないからだ。

「恩人を追い出すわけにはいかない。ワシに出来ることがあれば、何でも言ってくれ」

「本当にいいのか? とんでもないお願いをするぞ」

「出来ることであれば、だ」

「じゃあ、ヘレンお嬢さんの腹の子を堕胎してくれ」

 突然の願いが、とんでもない内容に、コクーン爺さんは固まる。何を言われたのか、コクーン爺さんは理解出来ない。しばらくして、理解したコクーン爺さんは、ヘレンお嬢さんを愕然と見た。

「誰の子だ?」

「………」

 ヘレンお嬢さんは答えない。お腹をさすっても、当のヘレンお嬢さんも驚いている。

「そりゃ、まだ自覚がないほど小さいからな。誰の子って、それ、俺の子だろう。よくもまあ、俺が廃人になってるトコに、やってくれたな」

 俺はヘレンお嬢さんを蔑むように見た。

 俺が廃人となってから過ごすこととなった、あの豪華な部屋に出入りできる人は限られている。コクーン爺さんか、ワシム、そして、ヘレンお嬢さんだ。ヘレンお嬢さんは女なので、色々と気が回ると考えたコクーン爺さんは、ヘレンお嬢さんに俺の世話を任せたのだろう。

「ルキエル、許してやれ!!」

「お前も、どうしてそれを許した!?」

 カーラーンとカリンがいたというのに、俺は寝ている内に、種馬にされたのだ。この妖精は、わかっていて、見逃したんだ。

「あなたは、ナラータの種馬の申し込みを受けたではないですか!!」

「だからって、俺の了解もなく、やっていいことではないだろう!! それに、ナラータからも聞いてるだろう。俺は、初めてには向かない相手だと」

 山の貧民街の支配者ナラータでさえ、俺との閨事に、最後は逃げて、中央の貧民街の支配者ケリンを受け入れたのだ。

「そんな話、していません!! ナラータが選んだあなたをわたくしが選んでいけませんか? あなたは、ナラータが選んでしまうほど、立派な種馬なんですよ」

 えー、知らないでやったのか、この女!? 元は貴族というのもあるけど、やっぱり、育ちというか教育がいいから、俺の一物が普通じゃない、とわかってなかったんだな。

「よりによって、なんで俺なんか選んだ!? 俺は男に身売りする、最低な男だ。ついでに、俺は妖精の女王に命を狙われている。そんな俺の血筋が、神に溺愛される一族に混ざるなんて、あの妖精の女王が許すはずがないだろう!! 間違いなく、その子は妖精の女王に殺される。だったら、今の内に堕胎したほうがいい」

「イヤです。わたくしは、この子だけしか産みません!! そうすれば、この子は生き残ります」

「妖精の女王は人だって操れる。あんたが子ども一人だけ、と言ったって、そこら辺の男を操って強姦させれば、二人目の子どもの出来上がりだ。そうなったら、俺の子は用無しだ。どんな殺され方をされるかわかったもんじゃない。今すぐ、堕胎しろ」

「絶対にイヤです!!」

「待ちなさい。まだ、無事、生まれるとは限らないじゃろう」

 俺が無理矢理、堕胎させようと迫るも、コクーン爺さんが間に入ってくる。ちょっと手を掴めば、瞬間、ヘレンお嬢さんの腹の子は流してしまえるというのに。

 必ず生まれる。この女は、神の加護が凄まじい。俺が妖精の力を使って、ヘレンお嬢さんの腹の子を流すのは、とんでもない罰を受けるだろう。それを覚悟の上だった。

 しかし、コクーン爺さんには勝てない。それに、どんどんとヘレンお嬢さんの味方が増えていく。

「ナナキまで、どうして!?」

「僕ではルキエルの子は産めない。ルキエルの子は大切だ。僕も守ろう」

「どいつもこいつも、俺の意思はどうなる!?」

「種馬じゃ。何もしなくていい。ヘレンの子は、ワシらで守り、大事に育てよう」

 ナナキまで味方となったのだ。ある意味、無敵だ。コクーン爺さんも色々と覚悟を決めてしまう。

「もう、勝手にしろ!! 俺は子育てなんて、絶対に参加しないからな。責任だってとらない。俺の子だ、なんて誰にもいうなよ」

「勝手にします!!」

 少し傷ついた顔をするヘレンお嬢さん。傷ついたのは俺だよ。だって、廃人になっている間に、まさか、女にまで襲われてるなんて、最悪だ!!

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