元妖精
妹レーリエットと、護衛役であり、王都の貧民街の支配者ナナキがぐっすり眠ったのを確認してから、俺は部屋を出た。うーん、ナナキは起きているような気がするんだよな。つついても寝てたが、あれ、寝たふりしてくれてるだけだよな。
俺は建物の外に出て、簡単な人払いの魔法をかける。妖精憑きの格が立派になったので、色々と能力値が高くなったよ。ついでに、最高位妖精カーラーンからご指導してもらっている。
その最高位妖精カーラーンは、俺から付かず離れずである。俺がそこら辺で適当に座っていると、カーラーンは傍らに立つ。
「カーラーン、ナナキのことなんだけど、何者かわかる?」
答えてもらえないだろうな、と期待しないで、聞いてみた。
「あれは、人になった妖精だな。貴様は、とんでもない拾い物をしたな」
答えてもらえた!! 本当に、カーラーンって、いい奴だな!!!
「聞いたことがある。あれだろ、羽を神様に捧げると、人になれるってやつ。人になりたい、なんて、酔狂な妖精だな」
妖精から見れば、人なんて矮小な生き物だ。なりたいという存在ではないだろう。
ナナキ、普通の人としては、ずれてたり、おかしいところがあるので、疑ってはいた。元は妖精だった、と言われれば、納得する。
「だが、あれは、相当、まずい妖精だ」
「なんだ、格が高いのか?」
「私に比べれば、高くはない。ただ、物凄く長く生きている妖精だ。見たところ、一万は生きているぞ」
「それは、妖精にとっては長寿なの?」
「長寿だ。そこまで生きる前に、飽きて消えるものなんだがな」
「飽きると消えるんだ」
「寿命なんて、それぞれだ。消えたい時に消える、それが妖精だ」
「カーラーン、長生きしろよ」
「ハガルが生きている限りは、生きてるから大丈夫だ」
「ハガルは千年に一人の妖精憑きだから、百年二百年は生きるって聞いた。カーラーンは、千年くらいは生きてくれ」
「私の寿命を勝手に決めるな。私自身で決める」
俺みたいな矮小な存在に言われたくないよな。カーラーン、ちょっと不機嫌になるも、すぐに表情を真面目にする。
「勝手に僕の話題で盛り上がらないでほしい」
やっぱり、起きてたか。話題の人ナナキがご登場だ。物凄く怖い顔をカーラーンに向ける。
「ちょっと目を離すと、とんでもない妖精をつけて。妖精憑きだから、生まれ持っている妖精は仕方がないが、他人の妖精がついているのは許せない。ルキエル様の妖精は、僕だ」
正体ばれちゃったので、ナナキは堂々とカーラーンに喧嘩をふっかける。
「私がこんな最低な男の妖精になるわけがないだろう!? 勘違いするな!! 私は千年に一人生まれるという妖精憑きハガルの妖精だ!!!」
そっちで怒るかー。カーラーンにとっては、ハガルの妖精であることが誇りなんだよな。俺の妖精、なんて言われるのは、貶されてるようなものか。
「最低な男だからなんだ。これだから、百年も生きていない若造は、わかっていないな。こういう最低なところがいいんだ」
え? 俺、最低なの!? しかも、そこがいいってどうなの!!!
どっちの妖精からも、俺は貶される。俺、そんなに褒められるトコがなさすぎるのか。生きていてごめんなさい、と言わないといけないかもしれないな。
「こんな男のために、わざわざ人になったのか」
「そうだ。一目惚れだ。ルキエル様の全てが愛おしい。長く生きたのは、ルキエル様に出会うためだったんだ。そう、神が僕に、素晴らしい出会いをくれた」
そう言って、ナナキは俺の後ろから抱きついてきた。
「これからは、僕が誠心誠意、お仕えします。だから、王都に戻りましょう」
「戻らない」
熱く口説かれるが、王都に戻る話をされると、俺は冷める。ナナキを振り払って、離れた。
「王都には戻らない。誰が戻るものか。あそこに戻れば、俺はまた、誰かの娼夫だ」
「二度と、そんなことさせません」
「知らないと思っているのか? 俺に手を出したのは、親父だけじゃない。意識をなくした俺を誰かが綺麗に洗った。そいつは、ただ、洗っただけじゃない。俺は親父じゃない誰かに、抱かれている」
身売りをしてわかった。俺の体は、親父じゃなくても喜んだ。体だけは覚えている。俺は、意識を失っている間にも、色々とされていた。親父の目が届かない所で、誰かを受け入れて、無意識に喜んでいたのだ。それを体だけは覚えていて、身売りの時も喜んだ。
カーラーンが驚いていた。知らない事実に、驚くのは仕方がない。俺は話さないし、カーラーンは聞かない。ハガルに聞いたことが全てなんだから、仕方がない。ハガルだって、俺と親父の閨事のその後なんて調べようがない。
「俺は、その誰かをおびき寄せるために、身売りをしている。俺の前に出てこないならいい。だけど、出てきて、俺を脅すようなら、殺してやる」
一年待った。来たのは、俺の身内だ。それはそれで、いい。身内との過去との決着もいずれ、つけなければならない。
ナナキは俺の側に跪き、俺の靴を舐めた。何かあると、ナナキは俺に従属を示すように、そういうことをした。
「ルキエル様の憂い、必ず、僕が晴らします」
「やらなくていい。俺が勝手にしてることだ。誰かの手を借りてやるものではない。お前は、これまでと同じく、レーリエットを守ってくれ。あれは、俺にとって、大事な妹だ」
「あなたを守る者は?」
「カーラーンがいる」
「あなたの妖精は僕だ。その妖精は許さない」
「友達の妖精を悪くいうな。俺の友達が、俺のためにつけてくれたんだ。予感がする。俺は、これから、もっと厄介なことに首を突っ込むことになる。その時、カーラーンは役に立つ」
「僕だって」
「大人しくしていれば、もっといい役割をナナキに与えてやる。それまで、待ってろ」
「期待していますよ」
ナナキはカーラーンを睨むも、俺には逆らえないので、大人しく引き下がった。
翌朝、いつもの通り、ヘレンお嬢さんが起こしに来たのだけど、部屋を見て、唖然としていた。
それはそうだろう。俺と妹レーリエットが同衾しているのだ。レーリエットが俺にべったりくっついて熟睡しているのだ。ナナキはというと、俺の寝顔を見ていたのか、枕元近くに椅子を持ってきて、座っていたのだ。
かくいう俺は、ヘレンお嬢さんがドアを開けたので、飛び起きた。寝たふりしてたんだよ。いつもの通りにしていたら、大変なことになる。
「仲が良いですね」
笑顔だけど、空気が怖い。どうしよう、気に食わない、何かがあるんだな。
「ナナキは、レーリエットを守っててくれ。俺は、朝の訓練だ」
「何をするのですか?」
「剣の修行だ。といっても、素振りだけな」
「ルキエル様が、剣を、使う? いけません!! 怪我をしたらどうするのですか!?」
俺がベッドから出ようとすると、ナナキが止めやがる。
「止めるな!! 体を動かして、少しでも、身体強化をしない戦い方を身に着けるんだ!!」
「僕が戦います」
「お前は王都に帰るだろう」
「ルキエルが戻らないのなら、ここに残る」
「だったら、王都の貧民街の支配者なんかになるなよ。ああいう肩書は、不自由になるんだよ」
「やめます。今すぐ、やめます」
「無責任なことはするな!! 一度、なったんだから、きちん最後までやり遂げろ!!!」
「僕はルキエル様の側で生きたいだけです。その他はどうだっていい」
「せめて、後任を決めろ。あと、忘れるなよ、レーリエットだけは最後まで守り通せ。そこだけは絶対だ」
「わかりました。僕がここに戻ってくるまで、どこかに移動したりしないでくださいね」
「………」
「約束」
「はい」
逃げてやりたいけど、逃げられない。すぐそこで、ヘレンお嬢さんも聞いているから、逃がしてくれないだろうな。
「もう、煩い………お兄ちゃん、また逃げるつもり!?」
俺とナナキの口論で、レーリエットも起きたよ。俺にべたっとくっついてくるよ。あ、やわらかい。女の子はいいね。身内だから、まずいけど。
「それで、お話は終わりましたか?」
笑顔だけど、空気が怖いヘレンお嬢さん。美人は怒っていても、笑顔でも、美人でいいね。
「お兄ちゃん、その女のことが好きなの!?」
それを妙に勘ぐったレーリエットが俺の頬を引っ張って聞いてくる。恋人ではないことは、昨夜、レーリエットに説明したんだけど、女の勘でも働くのか、妙な勘ぐりをしてくれる。
「まっさかー、俺みたいな男には、ヘレンお嬢さんは高嶺の花だよ。あれだな、観賞用だな」
「ふーん」
まだ、何か疑っているように俺を見つめるレーリエット。俺みたいな最低な男、ヘレンお嬢さんが相手にするわけがないだろう。
「ほら、起きろ。俺は早朝訓練に参加する。せっかくだから、見学して行け」
「早朝訓練って、お兄ちゃんが? 怪我しちゃうでしょ!! なんで、そんな危ないこと、お兄ちゃんにさせるのよ!!!」
まだ、振り出しに戻った。
早朝訓練、可愛い子が見学していると、男たちのやる気も漲るというものである。皆さん、張り切っていらっしゃる。だけど、俺の妹に声をかけるのは許さん。俺はレーリエットに声をかけようとする男どもが近づくと、素振りを止めては間に入った。
「お主、妹には随分と甘いんじゃな」
「赤ん坊の頃から、面倒をみてるからな。俺が育てたようなものだな」
お袋が皇帝のハーレムに送られたのは、レーリエットを産んでしばらくである。丁度、離乳の時期だったので、親父はレーリエットを俺に押し付けたのだ。本当に、あの親父、俺に対しては酷いよな!! お陰で、レーリエットは俺にべったりだ。
「お兄ちゃん、そんなにやったら、腕とか痛くなっちゃうよ!!」
「一年やってるが、不調はないな」
妖精憑き、頑丈だから。ちょっとした怪我も、すぐ治るしな。言わないけど。
レーリエットが物凄く心配して、俺の素振りを止めようとしてくる。近くでいうので、危ないんだよな。だから、今日の素振りはなかなか終わらない。
「そうだ、ナナキ、コクーン爺さんに相手してもらったら? いい勉強になるよ」
「そうだな。僕はもっと技を磨いて、ルキエル様の早朝訓練をやめさせないとな」
「やめろ、そういうのは」
無駄なことだけど、この早朝訓練はやめられない。無駄なことだけど、やっている、という姿を見せることに意味があるから。
コクーン爺さんは、ナナキの腕前をちょっと見て、武人としてのやる気に火がついたんだろう。ナナキを引っ張って行った。
「せっかくだから、ルキエルも、御屋形様に技を授けてもらったらどうですか」
「お兄ちゃんには必要ないの!! お兄ちゃんはようせ」
「レーリエット!!」
レーリエットが口を滑らせそうになったので、俺は叱るように名前を呼ぶ。
レーリエットは両手で口をふさいで、黙り込んだ。気を付けないとな。レーリエットは、あまり外に出さない生活をしていた。この見た目だ。外のほうが危ない。だから、家の中で大人しくさせていた。ナナキが側にいてくれたから、問題なかったけどな。
「技は見て覚えるから大丈夫だ。これまでも、そうしていた」
「そうなのか!?」
「ごめん、目で見て、盗んでた」
物凄く、申し訳なくなる。素振りしながら、実は、技を目で盗んでいたのだ。一年で、技だけは随分と身に着けたな。
「見るだけで身に着けられるというのは、本当か?」
俺はワシムの近くに寄って、周りに聞こえないように、防音の魔法を使う。
「妖精憑きだからかも。そっちの上達が早いんだよな」
「羨ましい」
「いい武器を友達がくれたから、使ってやりたい」
ハガルがくれた妖精殺しの短剣は、物凄く軽い。お陰様で、俺でも敵を切り裂ける。切れ味がすごかったから、ちょっとした力で、武器も人も真っ二つだったな。あれはすごかった。
ちょっと叱られたレーリエットは、不機嫌そうに頬を膨れさせる。可愛いな、そんな顔も。俺はついつい、素振りの手を止めて、レーリエットのほっぺをつついた。
「そういう顔も久しぶりに見るな。可愛いな」
「お兄ちゃんは、随分見ない間に、綺麗になったね」
「そ、そうだね」
綺麗と言われると、悲しい。仕方がない。妖精憑きとしても格が上がったから、色々と弊害が出ちゃったんだよな。
さっさと素振りを終わらせて、男らしさと縁のなかった俺に、駆け寄ってくる騎士がいる。
「ルキエル、その子は誰なんだ!?」
「あー、俺の妹なんだ。レーリエット、この人は、俺の身売りの常連になっちゃった」
「ユーリという。ルキエルには、お付き合いの申し込みをしている最中だ」
「………」
耳を塞ぐ。どこに行っても、男が言いよってくるんだよな。こういうご縁は切りたい。
「お兄ちゃん、もう身売りなんてやめて!? 私のお兄ちゃんに、悪い虫がどんどんと寄ってきて。私のお兄ちゃんなのに!!」
「そうだな。これ以上、ルキエルを狙う輩が増えるのは困る」
「お兄ちゃんとのお付き合いは、私が許さないんだから!! お兄ちゃんは、私のなの!!!」
「そうだな、ルキエルは、君の兄だな」
「違う!! 私のものなの!!! 一生、ずっと、お兄ちゃんは私のものなの!!!!」
「………」
物言いたげに見てくる、ユーリとワシム。言いたいことはわかる。
レーリエット、こじらせすぎて、俺のことを異性として好きなんだよ。それは、歪んだ愛情だな。さすが、親父の子だ。レーリエットすら、歪んだ愛情を持っちゃったよ。
「レーリエット、いつまでも子どもみたいなことをいうんじゃない。俺とお前は結婚出来ないぞ」
「男と男では、子も作れないですよね!!」
「俺は結婚する気はない。一生、独り身だ」
『なんだと!?』
聞き耳をたてていた奴らまで、叫びやがったよ。煩いよ。
「結婚しないなら、一生、私が側にいてもいいじゃないですか」
「俺のは仕方がない。男相手にするのが普通にされちゃったんだ。人並の幸せなんて諦めている。だから、家族見捨てて、逃げたんだ」
「子ども欲しいなんて言わないから」
「人の意思は変わる。今はそう言っていたって、何かあった時には、欲しくなる。ナナキにしておけ。あいつだったら、俺は許す」
「ナナキは、お兄ちゃんのことが一番だもん。私のこと、見向きもしてない」
おや? ナナキにはちょっと反応した。あれか、ナナキはレーリエットにとって、異性か。
ナナキは、元妖精だからか、人離れしている。俺も妖精憑きだから、人離れしているものがあるという。そこが、レーリエットの気持ちを向けるのかもしれないな。
「俺にまかせなさい。ナナキは、レーリエットのこと好きになるから」
そう言ってやると、レーリエットは少しだけ、表情をやわらかくする。そうか、ナナキが好きか。いいな、こんな可愛い子に好かれるなんて。俺なんて、男ばっかりだよ、ちくしょー!!
俺の周辺だけ、ちょっとした騒ぎとなってしまったので、我慢できなかったナナキが戻ってきた。
「ルキエル様、何があった!?」
「ナナキ、聞いてよ。この男が、お兄ちゃんに言い寄ってるのよ!!」
見た目は、とんでもなく綺麗な男のナナキは、騎士ユーリを品定めするように、上から下まで見た。
「ルキエル様に相応しい男かどうか、これで確かめてやろう」
ナナキは木剣を構えていう。
「こらこら、それはやめろ!?」
「いいだろう」
「ユーリ、絶対にやめろ!!」
「俺は、ルキエルのことは諦めない!!」
男同士が男を巡って戦うのは、不毛だ。その中心が俺なので、もう、色々と見られた。ここにいるのが辛いっ!!
だけど、俺はある意味、商品なので、この場にいないといけない。面白がって、コクーン爺さんが審判なんかに名乗り上げてくれたよ。もう、後戻りできないな。
コクーン爺さんの合図で、打ち合いが始まる。ユーリは先手必勝と、ナナキに向かっていく。ナナキは、基本、受け流すほうだ。俺が教えたから、そっちのほうが上手なんだよね。だから、ユーリの攻撃を綺麗に流して、簡単にユーリの手から木剣を奪ってしまう。
あまりの流れる動作に、コクーン爺さんは俺を見る。そうです、俺が教えました!! だから、ユーリを止めたのに!? ユーリ程度では、力と技術があるナナキに勝てない。
そこで終わりなのに、ナナキは容赦がない。武器を失ったユーリに攻撃を仕掛ける。それも俺が教えたんだよな。ほら、騎士道なんてくそくらえの貧民だから。武器手放しても、容赦するな、だよ。
ユーリは残念ながら、貧民としては日が浅い。武器を失って、終わりと動きを止めていた。ナナキの攻撃をどうにか反射で避けるが、転んでしまう。その隙を見逃さないナナキ。
「ナナキ、やめろ!!」
俺の命令で、ナナキはぴたりと動きを止める。
「ルキエル様に交際を申し込むのなら、もっと精進するんだな、未熟者」
「お前も未熟者だろうが!?」
俺はおもいっきりナナキを蹴ってやる。俺の蹴りなんて、大した威力ではない。ナナキなんか、ちょっと嬉しそうに笑ってるよ。俺がやること全て、こいつにとってはご褒美なんだよ!!
「お前だって、俺には勝てないだろうが!?」
「ルキエル様に攻撃なんて、出来るわけがない」
「だから、お前に教えるのが大変だったんだよ!! 半分も教えられなかった」
「いざとなったら、僕がルキエル様の盾となって守るから大丈夫ですよ」
「そういうのはやめろ!? 気持ち悪い」
「ルキエル様に言われる言葉全てが、ご褒美だ」
俺が何言っても、こいつは喜んで受け止めちゃう。
「お兄ちゃんとナナキ、仲良くていいなー」
羨ましがるレーリエット。こんな仲良し、俺は嫌だよ。




