その星はどこからきたもの?(タマゲッターハウス:ホラーの怪)
このお話は『小説を読もう!』『小説家になろう』の全20ジャンルに1話ずつ投稿する短編連作です。
舞台や登場人物は別ですが、全ての話に化け猫屋敷?が登場します。
夏のキャンプと言えば怪談話が定番ですね。
とある大学生五人がキャンプファイアーを囲んで、一人一話ずつ怪談を披露していました。
炎に合わせて揺れる影。
彼らはあのような悲惨な出来事が起きるとは、だれも想像していませんでした。
既出小説『ランコ推参! ~キャンプ場での一幕~』のキャラクターも登場しますが、前作を知らなくても怖がっていただけるかも?
蛙鳴く 伊吹の里の 焼きもぐさ 珠の鏡に もゆる想いを
藤沢さんが短歌を詠んだ。
僕たちは山にキャンプに来ていた。
参加者のうち、男性は僕と長谷川と和田で三人。
女性は今話している藤沢さんと霧宮さんの二人だ。
せっかくだから怪談話をしようってことになった。
皆で焚火を囲んで、一人一話ずつ持ちネタを披露するところだ。
僕はこういうのは苦手なんだけどなぁ……。
一番手は藤沢さんだ。さっきの短歌で『かわず』ってカエルのことだよなぁ……
藤沢さんは話を続ける。
「これはある人が亡くなる前に残した歌なのよ。ある意味、ダイイングメッセージとも辞世の句とも言えるかもね」
* * *
鏡の収集が好きな人がいた。
ゆがんだ鏡に自分を映して、普段と異なる自分の姿を見て楽しそうにしていた。
彼が敬愛する推理作家の小説で、内側が鏡の巨大な球体がでてくる。
小説の主人公はそこに入ったことで精神に異常をきたしていた。
彼は自分でも似たような球体をつくった。
直径二メートル程の半球を二つ作り、下の方でつなげている。
まるで、くす玉を逆さにしたような構造だ。
入るときは、中で紐を引けば二枚貝が閉じるように球体になる。
彼の部屋では狭すぎたので、それは庭で作られた。
明かり用に、火のついた大型のロウソクを持って、彼は二つの半球の間に立った。
その時、鏡で反射された太陽光がロウソクに集中し、大きな炎を上げた。
はげしく燃え上がる炎は彼の服にも燃えうつった。
彼は驚きながらも、ニヤリと笑って紐を引き、球体を閉じた。
その後、彼は球体から外に出てくることはなかった。
蛙鳴く 伊吹の里の 焼きもぐさ 珠の鏡に もゆる想いを
* * *
「うわぁ……」
なんとなく、火に包まれたカエルを想像して僕は声をあげた。
「ははは。江島くんって、こわがりすぎだよぉ。そんなに怖い話じゃないでしょ」
藤沢さんはケラケラ笑っている。
僕は本当に怪談が苦手なんだよぉ。
僕の左隣にいる和田が言った。
「はた迷惑な死に方だな。火事になったら近所にも被害がでるぞ」
「そうかなあ。球体の中で酸素がなくなれば燃え尽きるんじゃない? 空気穴があれば別だけどね」
そういったのは霧宮さん。
女性ながら今回のキャンプのリーダーである。
キャンプの知識が豊富で頼りになる女性だ。
「その推理小説家の鏡の話って、あたしも読んだことあるやつだと思うよ。そっちの主人公はたぶん、鏡の球体に入る前に病気になってたみたいだけどね」
小説の主人公は骨董品の鏡を集めていた。
昔の鏡には鉛が使われていて、中毒性があったらしい。
さらに最後に入った球体には直前に水銀が塗られていたとか、
もともと病気だった人が、それで悪化したんじゃないかって。
そう言いながら、霧宮さんは焚火の前に立ててあった棒を回した。
棒の先にはツイストパンが巻かれている。
僕も自分の前にある棒を回した。
ツイストパンの作り方は霧宮さんが教えてくれた。
材料は小麦粉に砂糖と塩、それにふくらし粉をまぜたもので、水で練って作る。
よく洗った棒の先にそれを巻いて、たき火で焼くとパンができるんだ。
その時、焚火の向こう側にいる長谷川が口を開いた。
「なぁ、オレは前から不思議に思ってたんだけどよ。鏡って、左右が逆に映るよね。なんで左右だけで、上下が逆にならないんだ?」
長谷川が変なことを言った。
藤沢さんが少し首をひねった。
「目が左右横に並んでいるから、そう見えるとか?」
「いや、片方の目を閉じても上下がそのままで、左右だけが反転するだろ? おかしくないか?」
たしかにそうだ。
文字や絵の横に鏡を垂直に立てておくと、左右反転した像が映る。
正面の鏡を見てもこれと同じになる。
なぜ上下が反転しないんだ?
僕たちの様子を見て、霧宮さんがクスッと笑った。
彼女は答えを知ってる感じかな。
「たまに勘違いしている人がいるけど、鏡が正面にあるときは上下も左右も反転していないよ。反転しているのは前後だ」
「……え? あ、そういえばそうだよね。さっすがランコさん」
藤沢さんは、霧宮さんのことをいつも下の名で呼んでいる。
「疑問が解決したぜ。ありがとな、霧宮。じゃあ次がオレの番だな」
長谷川の怪談が始まった。
* * *
その夜は山道でバイクでソロツーリングを楽しんでいた。
私は飛ばし屋ではないので、安全運転をしている。
前方に大きな左カーブが近づいてきた。
道路わきに『この先、危険。死亡事故多発。スピード落とせ』と書いている。
昨年も何人かの事故があり、死者もでているという話は聞いている。
法定速度よりやや落として慎重にすすむ。
カーブの先で、道路の横に右脇に長い髪の女性が立っていた。
こちらに何かを知らせようというのか、両手を激しく振っていた。
私はアクセルを戻し、エンジンブレーキを効かせる。
左ハンドルブレーキと右フットブレーキをじわりとかけていく。
急ブレーキにならない程度に減速しつつ、カーブに入っていく。
カーブの先、左車線側に大きな木が倒れていた。
左車線は完全にふさがれている。
そして、右車線側の先は崖になっており、さらにガードレールが壊れている箇所があった。
もし、高スピードを出してここに来ていれば、私はバイクごと崖に落ちていた?
私は倒木の脇にバイクを停車させて、振り返った。
あの女性の姿は消えている。
もしかすると、ここで亡くなった幽霊が危険を知らせてくれたのか?
私は女性がいた方に向かって手を合わせ、心の中で礼を言った。
その時、私の耳元で女性の声が聞こえた。
……死ねばよかったのに……
* * *
ぞわっ……
長谷川の語ったお話のオチで、僕は背筋が寒くなったぞ。
勘弁してくれ。僕はほんとに苦手なんだって。
悲鳴を揚げそうになるのをガマンして、僕は焼きあがったツイストパンをかじる。
……熱い。
「ははは……。いいねいいね。さすが長谷川くん」
藤沢さんがひきつった声で言った。
「じゃあ、次はランコさんだね。キツいのをお願いね」
「ああ、まかせといて」
いえ。霧宮さん。お手柔らかにお願いします。
「とは言っても、恐い話っていうより不思議な話になるかもね。じゃあ、あたしの話をいくよ。とある町のマラソン大会の話だ」
* * *
体調が悪いのを無理して参加したランナーがいた。
当然ビリになったが、棄権せずに最後まで走りぬいた。
大勢の観客の拍手の中でゴールし、そこで倒れた。
病院に運ばれたが、結局亡くなってしまった。
後日、ゴールした瞬間の写真が現像されたが、ふしぎな写り方をしていた。
拍手していた観客達の姿が不自然だったのだ。
偶然にも全員が手を合わせた合掌の状態だったのだ。
天に召される彼の魂が、無事に成仏することを祈っているかのようだ。
観客達はニッコリ笑って手を合わせていた。
* * *
怖っ!
「ランコさん。この話って実際にあった出来事がモデルなんだよね」
藤沢さんは言った。霧宮さんは首をかしげた。
「そうなの? あたしは、ある種の都市伝説だと思ってた」
「これ、モデルになった競技会ではランナーは死んでなくてピンピンしてたみたい。ゴールした写真で、偶然みんなで合掌してるように見えたんだね」
「おいおい。そんな偶然あるの? オレはそっちの方が怖いぜ」
長谷川が言った。うん。僕も自分がゴールした写真がそう写ってたら怖い。
「拍手じゃなくて、手拍子してたんだよ。『がんばれ、がんばれ』って」
「あ、そういうこと? あたしの話、一気に怖くなくなったね」
「ごめん、ランコさん。余計なことを言っちゃったかな」
「いいよいいよ。で、次は誰だっけ。江島?」
「次はワシ。これはワシがおじいちゃんから聞いた話」
和田が話し始めた。
* * *
昔、インターネットを使う時はパソコンにモデムという装置をつなぎ、そこに電話線をつないでいたそうだ。
草木も眠る丑三つ時、つまり真夜中の午前二時頃の話。
ある人がいつもと違う設定でインターネットを使おうとした。
モデムから電話のコール音が流れたが、なかなかつながらない。
あきらめて接続を切ろうとしたその時、なんとモデムから人の声がきこえてきたのだ。
「もしもし? もしもしっ!!」
その人は慌ててネット接続を切った。
* * *
「和田くん。これってどう見ても間違い電話だよね。パソコンで設定した電話番号を入れ間違えて、関係ない人の家にかかっちゃったのよね。しかも夜中の二時って……」
藤沢さんはツッコミをいれた。
「いやぁ、じいちゃん……じゃなくて、その人は相手に謝ろうにも装置にマイクもついてなかったんだ。だから切るしかなかったって。ナンバーディスプレイもなかった時代らしいけど、怖かったみたいだよ」
「夜中に電話を鳴らされた人には迷惑な話だね。電話に出るとどんなふうに聞こえるんだろ? ファックスだったら、ピー……、ガー……ってきこえるけど。じゃあ、ラストは江島だね」
霧宮さんが僕に言った。
ちゃんと話せるかなぁ……。
* * *
私が住んでいる学生用アパートは、西洋風の形をしている。
薄暗いうえに野良猫が多いので、周囲の住民は『化けネコ屋敷アパート』と呼んでいる。
そこでは各フロアごとに、お風呂とトイレが共同になっている。
ある夜、私が外出先から帰宅すると、フロアの奥の方から不気味な声が聞こえてくる。
どうやら私の名前を呼んでいるようだ。
この奥には共同のトイレがあるのだ。
* * *
ここまで話したところで、長谷川がツッコミを入れてきた。
「江島ぁ。この話、トイレットペーパーが切れてて『紙ちょうだい』ってオチじゃねえよなぁ」
「大丈夫。これはお笑いじゃなくて、ちゃんと怪談オチにしているよ」
* * *
私はその声の方に歩いて行った。
予想通り、声は男性用トイレの中からだ。
そこに入ると、さらに奥の個室から声が響いている。
私が近づくと、個室の扉が開いた。
そこから手がでてくる。
『……カミをくれぇ……』
私がポケットティッシュを取り出そうとすると、『そのカミじゃない』と声がした。
* * *
僕は右隣の藤沢さんの頭に手を置きながら、こう言った。
「この髪だぁ!!」
「ギャーーーー」
人間って、殴られると目から星が出るんだね。初めて知ったよ。
鼻奥から血が流れるのを感じながら、僕の意識は薄れていった。
霧宮ランコさんの登場する別の作品や、タマゲッターハウスシリーズの別の作品はこの下の方でリンクしています。