秋風琴音中学時代その3
神楽坂くんが私に教科書を見せてくれるようになって、3か月が過ぎたある日。
私は、3人のクラスメイトにむりやり女子トイレへ連れ込まれた。
「急になに?」
「あんたさ、チョーシのってんじゃないわよ?」
「そうそう。アホの神楽坂が相手してくれるからっていい気になってんじゃないわよ」
「まあその神楽坂だって、いまだにあんたのこと顔も覚えられないみたいだけど!」
それは彼女の言うとおりだった。話をするようになって、最近では移動教室のときや帰りも一緒に帰ってくれるようになったが、神楽坂くんは私のことは覚えていない。
「それはそうとぉ今日は何でここにつれてきたか分かるぅ?」
「……どうして?」
「ストレス解消のために決まってんじゃない!!」
そう言って、3人のうちの一人が私にバケツ一杯の水をぶちまける。
「ああそうだ。ストレス解消できたお礼にいいこと教えてあげるわ!」
いいこと?
「実はさ、アホの神楽坂はあんたに話しかけた最初の日からずっとあんたのいじめを見てたのよ」
「・・・・・・え?」
その言葉に、私は思わず声を出した。それって、どういう
「つまり、アホの神楽坂はあたしらと一緒にあんたがいじめられる様を見て楽しんでたってことよ!今でもよく覚えてるわよ!あんたがやめてとか言ってる間もあいつが廊下にずっといたときのことを!!」
「・・・そんな、嘘だ・・・だって、神楽坂くんは」
「あんたに教科書を見せた。ただそれだけのことでしょ?」
「・・・一緒に帰って」
「あんたが騙されてるざまを一秒でも長く見てたかったんじゃないの?」
「「「アハハハハハハハハハハ!!」」」
「・・・・・・・」
彼女たちの笑い声など、すでに私の耳には入っていなかった。
私の中にあったのは、大きな大きな、絶望。
信じていた人に裏切られたという、悲しみ。
そんな感情だけだった。
「ははは。じゃあ、いいことしたついでに、もういっちょやりますか!!」
そう言って彼女は私に水をかけようと持っていたバケツを後ろに振り助走をつける。
もう、私には一切抵抗しようという気持ちはなかった。
もう何も信じられなかった。今度こそ、生きようと思う気力も、なかった。
「・・・・・・?」
しかし、そこで少しおかしなことがおきた。
いつまでたっても水がかかってこない。
「きゃあああああああああああ!!」
女子トイレに少女の悲鳴がこだまする。しかしそれは琴音のものではなく、水をかけようとしていた少女のものだった。
「・・・・・・え?」
そして私は、目の前の光景に驚愕した。
「ったく、てめえら何してんだ?いじめが立派な犯罪だってこと、知らないのか?」
目の前にいたのは神楽坂くんだった。女子トイレまで入ってきて、彼女からバケツを奪い、中に入ってた水を彼女にぶちまけたのだ。
「つめた~・・・・アンタ、何すんのよ!?」
「っていうかここ女子トイレよ!何入ってきてんのよ!!」
「ごちゃごちゃうっせぇな。外までてめえ等の声が聞こえてきたから止めるために入ってきたんだよ。悪いか?」
「悪いに決まってんじゃない!見なさいよ、あんたのせいで私の携帯が台無しじゃない!弁償してもらうわよ!!」
「そもそもうちの学校は携帯禁止だろ。持ってくる方が悪い」
「あんたが水さえかけなきゃこんなことにはならなかったのよ!許さない。パパに言いつけてやる。あんたらなんか、学校にいられなくしてやる!!」
そう言って彼女たちは出て行った。女子トイレには私と神楽坂くんの二人だけだった。
静寂を割って、神楽坂くんが口を開いた。
「大丈夫だったか?えっと・・・・」
「誰だっけ?」その言葉が頭をよぎった瞬間、今までずっとせき止めてきた何かが私の中からあふれ出てきた。
「・・・・・てよ」
「ん?」
「いい加減やめてよ!!」
私の怒声が狭いトイレに反響して何度も何度もこだました。
「どうして!?どうしてこんなひどいことが平気で出来るの!?私をいじめてそんなに楽しいの?そんなにうれしいの!?」
「ちょ、おちつけよ」
「いい子ぶるのはやめてよ!!知ってるんだからね、神楽坂くんが私をいじめられるのを見てたってことも私を陥れるためにやさしく接してくれたってことも!!」
「なに言ってんだよ?落ち着けこ」
「信じてたのに、神楽坂くんだけは違うって信じてたのに、神楽坂くんなら助けてくれるって信じてたのに・・・・・」
私は神楽坂くんを突き飛ばし女子トイレから逃げるように走り去った。
その日私は早退した。そして、自分の部屋で泣いた。
数日後、私と神楽坂くんが全校生徒及びPTAの目の前で謝罪させられることが決定した。