しろが死んだ
今の僕は幽霊のように何かを分かってほしくて綴っただけだ。
肉体があるから文章にしただけ。忘れたくないから文章にしただけ。
誰も読まなくていい。
しろが死んだ。
11月9日、寒い日だ。 僕が戸締りの確認を怠ったから、サッシ開けて外に出た。
寒いのに。 いつものように脱走成功って喜んでいたのか、お前は。
僕が時々外に出していたから、外が好きで外に行きたくて、いつも僕が帰って来ると脱走経路を確認してまわる毎日だったよね。
自動車には気を付けろって、道路には出るなって、言ったのに。
お前は好奇心には勝てなかったんだね。
僕がバカだったんだ。 許してくれよ、しろ。
いつもなら、脱走しても1時間ほどで帰って来るしろが夜中を過ぎても帰ってこなかった。くろは朝帰りは時々あったけど、しろが帰ってこないなんて初めてだった。
気温は6℃。どこかに塒でも見つけていればいいな。くらいにしか思ってなかった。
玄関の扉を開けて、猫部屋のドアを細く開けて、ごはんを用意して、12時過ぎに眠った。
いつもなら朝5時半には、くろが起こしに来る。でもその日は自分で目が覚めた。まだ日の登らぬ部屋の中は暗い。よく見るとドアが猫が通れるくらいに開いていた。
「ああ、僕が眠っているうちにやって来たんだな・・。」
そう思っていた。
下でガタゴト音がして猫が階段を上って来た。僕はてっきりしろだと思った。でもそれはくろだった。
くろの朝帰りはそれほど珍しくないけど、しろが帰らない。
胸騒ぎがした。こんなことは初めてだ。
僕はくろにごはんを食べさせて、外に出た。猫部屋を閉めて玄関を開けてだ。僕と入れ違いになって帰って来るかもしれない。
濃い朝霧のなかをしろを呼びながら探し回る。それほど時間がない。出勤の時間が迫る。僕は一抹の不安が的中しなけりゃいいと願いながら車に乗って大回りで道路を見ながら会社に向かう。
その日は外回りが出来たので、2度ほど家に立ち寄り、またあちこち車で道を見て帰る。
(よかった。猫の死骸はない。)
それでも胸騒ぎは収まらない。妻が「家の周りにしろが帰って来たような気配はあるんだ。」
と言った。僕は少しだけ安心したけど、呼んでも呼んでもしろは姿を現さない。昨日は満月で、今日もまだ明るい。
(本腰を入れて探さないと見つからないかもしれない。)
僕は一抹の希望をまだ捨てずにいた。もしかしたら20kmは離れた生まれた場所へ帰ったのかもしれない。しろは子猫の時、あやまって車に乗ってしまい3km離れた場所で逃げ出したことがある。何日かかったかわからないけど、それでも帰って来た。「まさか、20kmは離れてんだよ。」と妻は一笑に付したが、しろの帰巣本能は半端ではない。だからこそ、帰ってこないのには訳があるのだと思う。
夜中の1時に突然クロが僕にダイビングしてきた。
いつもの「起きろ!!」コールだ。
「しろ、帰って来たか!」
嬉しくて嬉しくて、すぐに飛び起きて下に行く。くろはニャーニャー鳴いて扉をガリガリしているが、そこにしろの姿は無かった。妻も自分の部屋からやってきていた。妻もしろが気になっているのだろう。猫アレルギーで猫を飼うのは大反対だったのだけど、やっぱり猫が好きなのだ。
翌日は早く帰ってしろを探す。
隣の猫が、たい肥の上で居眠りしている。発酵しているから暖かいのだろう。しろにしろの事を聞くが、しろは薄く目を瞑るだけで何も話さない。猫にはネコのコミニュケーションがあると信じている。前にも脱走した時、近所の猫に帰って来るように伝えてくれとお願いしてまわった。
一度帰宅して食事を済ませて、またしろを探しに出る。残されたくろがニャーニャーうるさく鳴く。以前しろがいなくなった時も、ずっと鳴いていたらしい。いつも煩く鳴いているくろだけど、なぜかいつもと違うような気もする。
くろを振り払って、外に出る。
一昨日は満月だったので、暗がりではあるが、何とか周りが見えないこともない。今日も寒い。気温は10℃を下回っているだろう。しろが不憫だった。そう言えばくろにかまけて懐中電灯を忘れてきたことに気づいた。まあ、それでも何とかなるだろう。満月の上が少し欠けていた。
遅くなってきたことだし、いつもは行かない場所にも足を延ばして探した。家に帰って来てみてもまだ玄関が細く開いている。まだ帰って来ていないのだ。
また外へ出る。
畑から近くの重機置き場に行く。しろが初めて脱走した時に見つけた場所だ。重機の下やコルゲート管の中、コンクリートブロックの影。どこにもいない。
重機置き場の前に出る。そこは広い県道になっていて、車がビュンビュン飛ばして走る。近所の猫もそこで撥ねられて死んだ。
・・ふと気づいた。
月の光がアスファルトに広がる黒いシミを照らし出していた。
(血ではないだろうか?)
そっとアスファルトを指でこすってみたが、乾いて何もついてこない。臭いを嗅いでみてもなんの臭いもしない。黒いシミは大きく、何かの液体が撒かれたことは間違いなかった。大きなシミの隣に放物線を描くように転々とシミが見えた。何かを放り投げたような感じだ。
道の反対側は枯れた草の茂みになっていて、その下に小さな川が流れている筈だった。
「しろ。」と呼んでみたが、やはり返事は無かった。
欠けた月の灯りでは、もうほとんど何も見えない。僕は諦めて家に帰った。明日の朝、もう一度そこに行って見るつもりだった。
やっぱり今日も朝霧だった。それでも少しは暖かい気がする。
ゆっくりと車を走らせ、昨日の場所の路肩に車を停めてハザードのスイッチを入れる。ウインカーがカッチャンカッチャンと連側的な金属音を出しながら点滅する。僕は車のライトを頼りに昨日のシミを見る。指でもう一度なぞってみたが、結果は同じだ。
枯草の茂みを懐中電灯で照らしてみるが、何かが落ちて行ったような形跡は無い。腰を上げて周りを見渡すと、薄く登った日差しの中で、農道に何か白い物が見えた。
近寄ってみると、それは猫の死骸だった。
(しろに似ている。)
死骸は既に硬くなって内臓をカラスに食べられている。
(違ってくれ。)
祈るような気持ちで死骸を起こして首筋を見ると、そこには菱形の茶色の模様があった。
(しろだ。)
僕は車に戻って、何かを探す。車の中に下敷きにしていた吸着マット見つけて、それを持ってしろを包んだ。抱きしめたしろの死骸は硬くてとても冷たかった。
泣いた。 しろに謝った。
「しろ、ゴメンなぁ!」
しろは返事してくれなかった。
夢であれば良かったのに。僕はしろを抱きしめて泣いた。生きている時は絶対にやってはいけないくらい抱きしめた。
僕は車にしろを乗せて家に帰る。裏の畑に急いで土を掘り、しろの死骸を埋めた。これ以上しろがカラスに喰われるのは嫌だ。見つけた時、しろの顔は驚きと恐怖で歪んでいた。黄金色の目をしっかと見開いていた。それが・・
土に寝かせた時。 気のせいかもしれないけど、少しだけほっとしたような表情に見えた。
そして今日。
くろは鳴き続けている。
しろを探している。
しろは天国に行ってもう帰ってこないんだよと言い聞かせても諦めない。
僕はしろのお墓に大好きだったオモチャと蒸したカツオとチュールをそなえ、土の山を撫でた。
乾いた土が少しだけ暖かい気がした。土を撫でていると、硬いものに触れた。しろの脚だ。
きちんと埋めてやらなければ。急いで埋めたから脚をきちんと埋められなかったのだ。
土を手で掘る。道具は使えなかった。しろの遺体を傷つけたくなかった。栗のイガが時々手に刺さるけど、ほっとけ。土を退けると、土にまみれたしろの遺体が姿を現した。もう一度しろを見る。
しろの左後ろ脚とピンと伸びた自慢のシッポが無かった。
もう一度、しろを見つけた現場に戻る。土の上に投げ出されたしろが気がかりだったけど、もししろの体の一部でも見つかるなら、全部一緒に埋めてあげたかった。
しろが横たわっていた場所にはしろの尻尾も脚も無かった。
散らばっているしろの毛が少しだけある。それを見つけられるだけ拾い集めて僕はしろの所に戻った。しろはやっぱり硬くなって動かなかった。
しろの頭をなでる。
冷たくて湿っぽい感触が指先に伝わる。あのほんのり暖かくてビロードを撫でるようなしっとりした感触はもう帰っては来なかった。
僕は穴をもう一度掘り広げて、しろを寝かせる。もっと深く掘りたかったが、地盤が固くてこれ以上は掘れなかった。しろを寝かせて、さっき供えたチュールと蒸カツオをしろの口の側に置いた。土饅頭の上が乾いて寂しそうだったので、畑に咲いていた菊を1輪その上に乗せた。
不思議なものだ。
道路を走っていて、動物が死んでいるのを時折見かけるが、触ろうという気にはならない。かわいそうだからという気にはなっても、これ以上轢かれるのは忍びないからと、車を停めて草原に避けてあげた事があるのは一度きりだ。多分どこかのドライバーが、どういう気持ちか分からないけど、しろを道路からどかしてくれたのだろう。
感謝する。
しろはお陰でそれ以上、痛い思いをする事は無かっただろう。
でももしすぐに見つけられていたら・・・仮定の話はしないに越したことはない。もう帰らないのだから。
不思議だった。
オヤジが死んだとき、僕は泣かなかった。親が死ぬというのはこういう事なのかと、その時思った。泣けないほど忙しかった事もあるけれど、一人の時も思い出すことはっても涙も出なかった。
他人の通夜に行くと、たまに老人が死骸と一緒に添い寝したり、顔をなでたりするのを見かけるけど、僕には出来なかった。
しろの亡骸を抱きしめた。
しろの死骸の頭を撫でた。
しろの残った脚を軽くつかんでみた。
どうしてこんな事が出来るんだろう。どうして誰もいない場所では涙が出るんだろう。
風呂光さんの気持ちが痛いほどよく分かる。たかが、猫1匹死んだだけなのに。どうして鼻水が止まらないのだろう。
人は近い人が無くなると悲しくなる。
地球の反対側で知らない人が何人死のうと、人は可愛そうだとか、客観的な感情は動いても、涙を流す事はまず無い。
ようやく気付いた。
<愛>という漢字は胸の心が押しつぶされる様を書いているのだという意味がやっと分かった。
僕は今までしろとくろを含めて5匹の猫を飼った。
最初の子はシロといい、雌猫だった。子供の頃の事だからあまり記憶が無いけど、祖母の近くによくいて祖母は嫌っていたとよく聞いた。昔の家の縁側に丸くなっていたような姿を朧気に覚えている気がする。
死んだ時の事も記憶にない。どうして猫を飼ったのかも覚えていない。もしかしたら僕が飼いたかったから、お願いして飼ってもらったのかもしれない。
2匹目のミケを飼う時、祖母か母が今度は妹のお願いを聞いて飼うことにしたといったような
うっすらとした記憶がある。
ミケはよく覚えている。僕が入院していた時、母に頼んでこっそり病院へ連れてきてもらった。カバンに詰められて怖かったろうに、ミケの顔を見て喉を撫でたらドロドロと喉を鳴らした。ミケとは一緒によく布団で寝た。右わきの下に入り込んで、肩に顎をのせる。時々耳元に寝息がかかり、時々寝言も言った。暑くなると布団から這い出て、よく僕の胸の上で眠った。
ミケについてはいい思い出ばかりではない。書けば懺悔になるけど、それは書きたくない。
そんなに自分は人間が出来ていない。ただ、当時は去勢する事もなく、外で放し飼いが普通だったから、ミケはたくさん子をなした。その子たちの事だ。きっと書かなくても分かるだろう。
そんなミケも、家を新築した年に失踪した。
あの頃の猫にしては長生きした猫だった。たしか13年くらいは生きたはずだった。環境が変わったせいか、新築した家に懐かなかったのか、すぐに具合が悪くなって姿をくらませたのか、その理由は知るすべもない。
次は黒猫だった。
娘たちが近所に捨てられていた子猫を拾って来たのだ。目やにがついて紙袋の中に入れられていたその黒猫はブルブルと震えていた。娘たちと妻が猫用のミルクを買って飲ませたが、ほとんど飲まなくて、きっとそのまま死ぬだろうと思った。僕は遅く帰って来て、その猫を見たが、僕の手の平に乗るほどに小さくて、ブルブルと震える躰の振動が手の平に伝わっていたのをまだ覚えている。
僕はその夜、ミケにしたように黒猫を両手に包んで胸に乗せて眠った。翌日まで寝返りも打たずにそのままの格好でいられたものだと自分でも驚いたが、どうやらそれで何とか持ちこたえたらしい。
娘はその黒猫が”星のように長生きするように”と<星夜>と名付けた。捨てられたときに鼻炎を発症していたのか、目ヤニのたまる子だった。ひょっとしたら右目が少し不自由だったのかもしれない。星夜は生まれて間もなく捨てられたせいか、猫としては少しばかり人間よりだったような気がする。彼も放し飼いではあったけれど、僕の所によく来た。娘と一緒にいる事が多かった気がするけど、男同士でしか話せないこともあったようだ。
星夜は7年生きた。
星夜の死に際しては、悔やんでも悔やみきれない。あの時、病院へ連れて行っていたら、今でも飼っている猫は星夜だったかもしれない。娘には本当に済まない事をした。
僕がしろと初めて会ったのが、去年の春頃だったように思う。
お客さんの事務所に行ったとき、『猫、いらないか?』と言われたのがしろだった。僕は年齢の事もあり、次に飼うとしたら最後まで面倒を見られるか自信は無かったし、もう星夜のような悔やみきれない思いをするのも嫌だった。しろのチャトラ。かわいい猫だった。オスだと聞いてハンサムな猫だと思った。
その時は断ったものの、家に帰ってしばらく考えた。その時期、娘は心を患っていてなんとかしてあげたかった思いもあって、妻の反対を押し切り、しろを家に迎える事にした。その前に肺を患っていた父が亡くなった事もあって気持ちを後押しした。
しろを貰う旨をお客さんに伝えてると、その子にはもう一匹猫がいて、しろとは兄弟なのだと聞き、本当は1匹しか買うつもりは無かったのだけれど、娘たちがかわいそうだからという理由で2匹貰う事にした。
数日後、娘たちとキャリーバッグやケージを買いそろえて迎えに行った。しろとくろをチュールでだましてキャリーバッグに詰め込んで家路に向かう途中、くろは泣き叫び失禁までしていた。余程怖かったのだろう。しろは娘たちの部屋へ入れて逃げようとする所を抱きかかえると、思いきり僕の手を噛んだ。猫に噛まれるのは2度目だけど、いつもこういう時はナウシカを思い出す。
しろは警戒心が強くてなかなか慣れなかった。
くろは失禁までしたくせに割とすぐに慣れた。
しろはエサで釣っても食べない日が続いた。誰もいない所でも餌を食べなかった。4~5日は食べなかっただろう。餌を食べたと聞いた時は少しだけ嬉しかった。もうその頃から魅入られていたのかもしれない。
2匹を娘たちの部屋から出せなくて、しろとくろはストレスが溜まってカーテンに八つ当たりした。いまも部屋の中にはカーテンが無い。
しばらくして娘たちは部屋を出、娘たちの部屋はネコ部屋となった。僕は朝晩猫のトイレを掃除して餌を与え、水を取り替える毎日を送った。
蒸しカツオを買って来て、チュールを買って来て、おもちゃを買って来て、二人に与えた。やがて毎晩帰って来てくろと遊ぶようになっても、しろは心を開かなかった。さすがに近寄っても逃げるようなことは無くなったが、餌を与えようとカツオを鼻先に近づけてもシャーッと威嚇する。
(こいつ! 貰ってこなきゃよかった!)
そう思う時もあった。
だけど、少しずつしろは心を開いていってくれて、僕を待つようになったのは3か月を過ぎたころだった。その頃には少しだけリフォームして2階を猫が行き来できるようにしていた。娘たちが妻の部屋で寝起きして狭いので、部屋を開ける意味もあったのだけど、僕が6畳間を空けて猫部屋へ引っ越したのは昨年のちょうど今頃だったろうか。
しろもくろも夜は僕と寝る事が多くなった。秋ごろくらいから僕の部屋にやって来て、僕の足元で寝るようになった。時には2匹とも同じ足の上で眠って足が痺れて目が覚めた時もある。
僕が猫部屋に引っ越して冬が来ると、僕は家の中でも厚着をしてて、しろは僕の脚で爪とぎをする。案の定、夏になったらそれは止めてもらった。しろの申し訳なさそうにする姿が忘れられない。
くろはヤンチャで言う事を聞かない子だけど、甘えぶりが徹底している。しろはくろをなだめるようにいつも首筋を舐め、おしりを舐める。クロはいつも鳴く。しろは滅多に鳴かない。それでも夏場にくろが脱走して帰ってこない日に僕が探しに行くと、屋根の上で行くなと大声で鳴いていた。僕がお風呂に入ると、ついてきて水を飲み、風呂の窓が開いていないか点検する。開いていないとわかると、時には風呂の蓋の上で横になる。(いつかはこいつらも風呂で洗ってあげられる日が来るのだろうか?)そう思った。
しろもくろも元ノラ猫なので、甘えては来ても拘束されるのは大嫌いだ。くろは気が向くと膝の上に乗ったりすることもあるが、本当に稀である。抱っこも嫌いで、抱きかかえられるとすぐに逃げる。その点しろは抱っこされても逃げなかった。僕が抱きかかえると、いつもくろにするように僕の頭に残った残り少ない毛を一生懸命に舐めた。風呂から上がると、濡れている脛のあたりに体を擦り付けた。「濡れるからやめろ。」といっても聞かなかった。
くろは自分の要求をストレートに言って来るけど、しろは僕の所にやって来てちょこんとお座りし、僕の顔をマジマジと見つめた。僕がこういうのに弱いのをよく知っていた。
飼い主依存症かもしれないと少しだけ距離を置こうとしたけど、二人の甘えぶりは一向に治まらなかった。戸締りを疎かにして、時々外に脱走していたけど、少しは外に出した方がいいのかなと思ってハーネスを買って外に出したが、しろはハーネスを付けると固まって動かなくなる。抱っこして何とか外に出すと、ものの2~3分でハーネスを外して逃げた。ハーネス外しは芸術的でさえあり、職人技でもあった。
しろもくろも外に出て30分くらいは家の周りにいた。隣の家の庭の大石に横たわってぼんやりと過ごすしろ。君たちが陽光に照らし出されて、そよぐ風に目を細める姿を見るのが好きだった。
コンクリートの上に来ると、しろはすぐに寝転がって砂浴びをする。
車の下で日差しを避けてじっと虫に狙いをつける。
クンクンと草花の臭いを嗅ぐ。
あちこちの臭いを嗅いで体を擦り付ける。
この家の周りは俺たちの縄張りだと主張する。
他の猫にケンカを売って尻尾が狸のように太くなるくろ。
しろは頭を撫でられるのが大好きで、くろは喉を撫でられるとグルグルと喉を鳴らす。
しろはブラッシングしても怒らない。くろは嫌そうに逃げていく。
くろは僕を起こす時、爪で僕の足を引っかく。最近はダイビングして僕のところに着地する。
でもしろは僕を起こしたことが無いので、僕を起こそうとした時、すごく困っていたよね。思いあぐねて僕の頬を甘噛みした。目を覚ました僕は、あのしろの困惑した顔が忘れられないよ。自分じゃないよとでも言うようにそっぽ向いたよね。
しろは食いしん坊でくろのご飯まで食べるくせに、くろに遠慮する。くろが遊び始めると、しろは離れてじっと見ている。くろが遊び終わるまで待っている。
しろはとても高く飛ぶ。垂直に1mは飛ぶ。壁を駆け上がって天井まで行きそうになる。
しろは食いしん坊のクセに、味の付いた物はほとんど食べない。臭いを嗅いでプイとどこかへ行く。くろは(それほどあげないが)悪食でご飯まで食べる。
しろはボールが好きだ。小さいオモチャが大好きだ。いつも一人でじゃれている。くろは紐が好きで遊んでやらないと遊ぶ術を見いだせないでいる。
しろはドアを開けるのが上手だ。ちょっとの隙間に爪をかけ、ドアノブを上手に回してドアを開ける。
しろもくろも甘噛みする。
特にしろは炬燵の中でよく噛んだ。なんで二人とも僕の臭い足なんか噛むんだろう。
炬燵の中で、僕の足を枕にして前脚をかけていると、時々爪がひょっこり伸びて痛かった。でも多分幸せそうに寝てるんだろうな。
しろはインテリくさい風情を醸し出しているけど、木登りして降りられなくなった時は慌てていたね。
しろもくろも僕がいない日中は、ぐでぇ~~っと廊下で伸びきっていた。どうして僕のいる時はなかなかそういう事をしないんだろう。夜しかいないからか?
そうそう、いつか脱走した時、きっと君は屋根から落ちたんだろう。もう2度と屋根から脱走しようとしなかったものね。
しろのダイヤの模様が好きだった。右肩のあたりにボツンとあったダイヤの形。
くろは脇腹の縞が丸くなってクローバーのような模様をしている。
くろがいつもちょっかいだして窘められたり、二人で取っ組み合って尻尾が太くなった二人を見ると思わず笑った。
そう言えば、去勢する前、しろはくろによく乗っかっていたね。マウントを取る意味もあったのかもしれないけど、やっぱり男の子だなと思ったよ。くろはよく泣きながら逃げてきていた。その頃僕はよく君を叱ったっけ。
やがて君は物わかりのいい猫になった。時々くろのように主張すればいいのにと思うほどじっと我慢をするようになった。いじらしくて抱きしめてやりたくなった。抱っこすると、いつものように僕の髪を舐めた。ザラザラとした舌触りで痛かったけど、とても嬉しかったよ。
僕はそんなしろとくろを見ているのが大好きだった。
しろのきれいなお座りの姿ももう見られない。
もうしろのあの暖かい毛皮を撫でる事も、ざらざらした舌で舐められることも、甘く噛んでくることも、爪がちょっと痛いけど、もうすぐ厚着の季節だから、またおとうの太ももで爪とぎしてもいいよ。でもそれも出来なくなってしまったね。ちょっと重いけど抱っこしたあの重みも感じる事は出来なくなってしまった。
しろが死ぬ3日前の事だった。
しろが初めて僕の布団の中で寝た。今年の冬はしろと一緒に布団で寝られるかと思うと嬉しくて冬が来るのが楽しみだった。
さようなら、しろ。
僕は絶対に君を忘れない。
ボケても忘れない。他の猫と同じように、僕はしろを愛している。
胸が押しつぶされて、眼から水が出る。
さようなら。
僕がそっちに行けたら、また君を抱っこする。
そしたら、また僕の頭を舐めてくれるかな。そうしてくれると嬉しいな。
さようなら・・・しろ。
本当は君に会いたい。 一緒にいたい。
今の僕は幽霊のように何かを分かってほしくて綴っただけだ。
肉体があるから文章にしただけ。忘れたくないから文章にしただけ。
誰も読まなくていい。