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激変の狼煙①

 秀に気がついたヘルカは、操作していた端末をしまいながら近づいてきた。揺れる金髪が、月明かりに照らされて幻想的な光を見せる。一瞬秀は目を奪われそうになるが、気を引き締めて留まった。秀は殺気をみなぎらせ、ヘルカを睨み付ける。


「ここで何をしていた?」


「そんな怖い顔しないでよ。散歩してたら連絡しなきゃいけないことを思い出したから、そこでサッと終わらせただけ」


 ヘルカは堂々としていた。その間にも、ヘルカは近づいてくる。秀も負けじと仁王立ちする。一歩で殴れる距離に来ても、ヘルカは止まらない。鼻と鼻が触れそうになる距離まで近づいてきて、ヘルカはようやく止まった。かと思いきや、一息置いて抱きしめてきた。大人の女性の色香と、豊満な体の感覚に、秀はくらっと来た。


「ねェ、シようよ」


「誤魔化すつもりだな、そんなことで」


「そんなこと言って、アソコはもうカチカチだよ?」


 ヘルカは秀の股間をさすりながら、妖艶に微笑む。大分慣れた手つきだった。不意に射精しそうになる。何でもない時に誘われたらホイホイと乗っただろうが、今の秀は違った。ヘルカの手を払い除け、距離を取る。


「悪いがまた今度にしてくれ。あんた、さっきの端末は国連軍のものでもないし、ましてや地球のものでもないだろ。何をしてたんだ?」


 秀は、ペースを握ろうとして捲し立てた。その間、ヘルカは笑顔を保ったまま黙っていたが、秀が言い終えると真顔になり、ゆっくりとヘアバンドを取った。


「まあ、元々君は誘う気だったんだよ」


 そう告げると、ヘルカはまた笑った。しかし、目が笑っていない。先ほどとの違いはヘアバンドを外しただけだというのに、ヘルカの発する威圧感は相当なものだった。


「何を言っているんだ?」


 秀は雰囲気に飲まれないよう、気を強く持ちながら尋ねる。養護施設にいた頃は、荒れた連中に喧嘩を売ることなど日常茶飯事だった。だから、殺気立った相手に対する心構えは息をするようにできる。一応、いつでも動けるように、重心を低くして、全身を脱力させる。一方で、ヘルカは余裕綽々として佇んでいる。


「私たちの組織に来ない? 私たちは、ここの連中よりもずっと、君のことを知っている」


 その言葉だけで、秀の心はぐいとヘルカに惹き寄せられたが、すぐ戻した。ヘルカの持っている情報も聞きたいところだったが、秀の思いを利用した罠かもしれない。エイレーネも自分が出自を知りたがっているのは誰だって分かると言っていた。ヘルカも、秀が孤児であることを何かで知って、そのような推測をしたのだろうと考えた。


「信用できないな。大体、お前らの組織は何をしようとしてるんだ。誘うならそこからだろ」


「それを言うわけにはいかないな。じゃあ、さようなら」


 秀は、襲いかかってくるかと身構えたが、ヘルカは突然踵を返し、全速力で駆け出した。秀もすぐ追うが、ヘルカの俊足っぷりは信じられないほどだった。秀が全速力で追いかけても、見失わないようにするのがやっとだった。秀が実際に見た中では、自分よりも速く走れる人は初めてだった。


(嘘だろアイツ。オリンピック選手並みじゃないか)


 驚嘆しつつ、自分一人では追い付けないと悟った秀は、当直に連絡を入れた。それからほどなくして、警務隊のパトカーのサイレンがあたりに鳴り響いた。


「諦めろよ! 警務隊が出てくるんだぞ!」


 秀は追いかけながら大声で呼び掛ける。しかし、ヘルカは無視して逃げ続ける。一方で、秀はヘルカの狙いがよくわからなかった。撒くのが目的なら、明かりがなく緑の深い演習場方面に逃げれば良い。何か工作するとしても、行方をくらませてからすれば良いのだ。しかし、ヘルカは真っ直ぐ、基地の建物の方に向かっている。時間が無いとか、そういうことだろうかと思案していると、警務隊が隊列を組んでヘルカの真正面に現れた。


「足を止めろ! さもなくば——」


 警務隊の一人が警告するが、それを言い終える前に、突然光が溢れ、爆発が起きた。警務隊の隊列は完全に崩れている。怪我人だけではなく、死人も出たようだった。

 ヘルカが爆弾を投げ込んだわけではないというのは見て分かる。地雷の線も薄い。死人を出すような地雷は対戦車地雷くらいだ。もちろん対人地雷も死ぬことはあるが、爆発の規模を考えると対人地雷ではない。どちらにせよ、地雷を埋めるのには時間も手間もかかる。このような目立つ場所に仕込む余裕があったとは考えにくい。

 正体は何かと考えているうちに、秀はヘルカの持っていた端末のことを思い出した。地球では使われていない機械ならば、あの端末はヨルズの物と推測できる。ガイアでは機械がほとんど発展していないからだ。


(とすると、実はヨルズの人間……? 超人か?)


 それを疑うと、先ほどの爆発も納得がいった。魔術か異能かのどちらかで引き起こしたのだ。ヘルカは地球人と考えていたから、余計な混乱をしてしまった。


「アーリドッティルが超人としても、やることは変わらない」


 秀は自分に言い聞かせてから、再びヘルカを追った。


        ***


「不審者?」


 エイレーネは、手を止めて聞き返した。自室ではなくガイア軍の司令室で仕事をしていたところ、従者から不審者が出たと告げられたのだった。


「はい。先ほど通報がありました。不審者は国連軍のヘルカ・アーリドッティルです。外にいるようでして、今、日本軍と新国連軍の警務隊が出ています。一般隊員は待機しているようにとのことだったので、姫様もこの部屋から出られぬよう」


 どこかで聞いた名だった。エイレーネはどこで聞いたか考えていると、一度外で会ったことを思い出した。あの時違和感を感じたものだったが、今問題を起こしたらしいと聞いて納得が行った。


「ああ、分かった」


「では、私は失礼します」


 従者はうやうやしく去っていった。エイレーネは、もともと仕事の量が多いので外に出る気は無かったのだが、出るなと言われると出たくなってきた。それに、何か嫌な予感がした。

 魔術使いの予感は、かなり当てになる。優れた魔術使いはエネルギーの感覚を肌で捉えることができるため、気の流れが物理的にわかるのだ。


「抜け出すのはお手のものだからな」


 エイレーネは、いつものように認識阻害の魔術を使ってから、窓を通って部屋を抜け出した。エイレーネの魔術は無尽蔵に使える。宇宙の狭間から発生しているエネルギーを使っているためだ。なぜそのようなことができるのかエイレーネ自身も分かっていないが、使えるものは使わせてもらうというのがエイレーネのモットーである。

 そういうわけで、認識阻害という、多くの物理現象に干渉しなければならない高度な魔術も、エイレーネは息をするように使える。今ヘルカのところに行ってみようとするのも、魔術を駆使すれば誰が相手でも勝てると踏んだからだった。

 エイレーネは、エネルギーの流れを探る。一般隊員に待機命令が出ている今、外に出ているのはヘルカと警務隊だけだ。ならば、エネルギーの流れを見るだけでヘルカたちの位置はある程度分かる。


「北西か」


 エイレーネがヘルカと警務隊の位置を探り当てた瞬間のことだった。突然、そこのエネルギーが大きく爆ぜた。


(爆発するまであまりエネルギーの動きが無かった。ということは、魔術でなく異能使い——超人か)


 相手が超人なら、地球の警務隊程度の装備で対処するのは難しい。エイレーネはソルヴァルズに魔術で声を届ける。


「ソルヴァルズ。不審者はどうも超人らしいんだ。そちらの警務隊を出さないとまずいぞ」


「こちらも今要請を受けて部隊を出したところだ。相手の異能は分かるか?」


「分からない。何の仕掛けもなく爆発を起こしたくらいだ」


 エイレーネが告げると、ソルヴァルズが大きくため息をつくのが聞こえた。


「そうか。流石に我々でも異能が分からねば手の打ちようがないぞ」


「分からないのか? 異能って一族固有のものなんだろ?」


「マクティグにも分からんことはある。(リティル)・ミズガルズの超人だったりすれば、それこそ分からん」


 その言葉で、ソルヴァルズは会話を打ち切った。今の状態ではかなり危険ということは分かった。とにもかくにも、ヘルカの異能を解き明かさなければならない。ガイア軍も出せればいいのだが、敗戦国で、その上ガイアの一般的な思想もあっていまだ信用されていないせいで、部隊を動かすために多くの手続きを踏まなければならない。それならば、今外にいるガイア有数の魔術使いの自らが、ヘルカの懐に飛び込むのが最も近道だ。


「頑張れ私。ガイア最強の魔術使いが、そこいらの超人に負けるはずないんだぞ」


 エイレーネは自分に言い聞かせるように意気込むと、夜の新島基地の道を全速力で走り出した。街灯が足元を照らすが、他に明かりはない。人の気配もしない。聞こえるのは自分の息遣いと足音だけだった。少しだけ不安になるが、ワクワクもしたりする。しかしそれ以上に、今のエイレーネは、使命感に満ち溢れていた。

 これは彼女自身も不思議に思っていた。今の使命感は、何のためのものなのか自分でも分からない。麓英子という町娘として過ごすうちに新島に愛着を持ったのか、秀のいる新島が好きなのか、ガイアの名誉を回復させようとしているのか。

 ここまで考えて、三つ目は無いなとエイレーネは自分で否定した。実のところ、エイレーネはガイアが嫌いだ。というよりは、ガイアという国としての理念が嫌いだ。自分以外の国を認めないとかいう大昔からの理念を引きずっているせいで、ガイア本星で反乱は日常茶飯事で、また地球とマクティグとの間に、戦後20年近く経っても未だ軋轢がある。そんな国のために働くよりも、新島のために働きたい。ならば使命感の出どころは最初のふたつだろうと考えた。

 そう考えているうちに、視界でヘルカを補足した。ヘルカもエイレーネを見る。その瞬間に、ヘルカの双眸が妖しく光り、エイレーネの左約1メートルの空間が爆発した。エイレーネは咄嗟に魔術障壁で身を守りつつ、爆風の勢いでヘルカに接近する。ヘルカは体の右側に魔術障壁を展開するが、エイレーネは開いた左側にエネルギー球を叩き込んだ。見事に命中し、ヘルカの足が地から離れて吹き飛ばされる。しかし、ヘルカは空中で宙返りをして、何でもないように着地した。


「お前、王女じゃない。自ら奇襲をかけてくるなんて、随分とアグレッシブなお姫様だ」


 今度はヘルカと目が合った。それで、エイレーネは位置に関する認識阻害が破られたと悟る。


「悠長に話をする余裕はあるのだな。早くお縄につけ、と言っても聞かないのだろう」


「それはそうだよ」


 ヘルカが告げると同時に、その目が再び光った。エイレーネの周囲で爆発が起こるが、本人は無傷だった。爆風が晴れてその姿をヘルカの前に晒すと、ヘルカの舌打ちが聞こえた。その様を見て、エイレーネは得意になって顔をにやけさせた。


「お前の異能は見切ったんだぞ。視線の先にあるものを爆発させる。で、一瞬しか使えない。そうだろ?」


「認識阻害といい、厄介な姫様だな……! でも、こっちはあんたの弱点もとっくにリサーチ済みさ!」


 ヘルカは顰めた顔を不気味な笑みに変え、後ろを親指で指差した。その先には、息を切らして走ってくる秀がいた。それで一瞬、エイレーネの意識が秀の方に逸れた。しまったと思った時には遅かった。ヘルカは既に距離を詰め、すぐにでも殴れる距離まで来ていた。防御を考えたのも束の間、重い拳がエイレーネの腹に打ち込まれていた。痛みと苦しさで気を失いそうになるが、魔術でそれらを打ち消して、何とか意識を保った。そして、魔術を使ってヘルカの体を弾き飛ばし、その隙に距離をとる。


「さあ、秀が追いつけば挟み撃ちになるからな。いい加減諦めるんだ」


 エイレーネは胸を張って告げた。ヘルカの顔から笑みが消える。秀もかなり近づいていた。上手く狙えば拳銃でもヘルカに当てられる位置だ。


「欲張りすぎたな」


 ヘルカは吐き捨てるように呟くと、その場から真横に凄まじい速さで走り去っていった。まさかこれほどあっさりと逃げるとは思わなかったので、エイレーネはしばらく呆然としてしまった。


「エイレーネ!」


 いつの間にかすぐ近くまで来ていた秀に呼びかけられて、エイレーネは我に帰った。なぜ秀が追っていたのかは気になるが、それよりもヘルカを探す方が大事だ。エイレーネは秀の手を掴むと、ぐいと引っ張った。


「ヘルカを探すぞ。あっちの方だ!」


「おう!」


 秀は何も聞かずに応じてくれた。それから二人で足並みを揃えて、ヘルカの逃げた方へ走り出した。

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