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変わり始める日常③

 穂高の空中機動とは、スラスターによるジャンプ中にバーニア制御で短時間滞空する時の動きのことを言う。これが第二世代機と言われる所以であり、第一世代機には出来ない。この空中機動を使いこなせてこそ第二世代機乗りといえる。


「これより空中機動の訓練を始める。シミュレーターで合格点を出した者だけがここにいるわけだが、当然、実機で使いこなせなければ何の意味もない。事故が起きれば死ぬこともある。くれぐれも気をつけるように」


 格納庫の一角に並んだ秀たち三人の前で姿勢良く語るのは、久我山新太(くがやま しんた)大尉だ。第五分隊付きの教官である。本来はそのような分隊付きの教官というのは存在しないのだが、秀たち問題児三人を見たがる教官が誰もいないので、嫌われ者の新太が優先的に第五分隊の面倒を見させられている。


「笹川。お前いつもパイロットスーツの着こなしは一人前だな」


 新太は一弘の前に立って、ジロジロと全身を眺める。秀も横目で一弘を見てみるが、確かにパイロットスーツを教本通りにしっかり着ている。しかし、相変わらず首から上が汚いので、かなりちぐはぐな印象だ。新太にも暗にそう言われているにも関わらず、一弘は得意げだ。鼻息に揺れる鼻毛が見えた。


「指摘事項! 寝癖! 鼻毛! ヒゲ!」


「寝癖、鼻毛、ヒゲ」


 一弘は何ともやる気のない復唱をした。入隊直後はよくそれで怒られたものだが、もう二年目の夏ともなれば許されるようになってしまった。

 新太が一弘から離れると、次は秀の番だ。一弘は整列休めをして、秀は気をつけをする。新太が真正面に来ると、秀は声を張り上げた。


「景浦士長!」


 その声を受けてから、新太は秀の全身を見る。一通り見終わると「よし」と告げた。その声を合図に、新太が衍子の前に移り、秀は整列休めをする。衍子も服装容儀に問題は無く、次はMGの点検に入る。部品レベルは整備士が既に行ったあとなので、パイロットとして直前に行うのは簡単な動作確認レベルだ。

 MGは立った状態で格納されている。リフトで胸部の搭乗口の前まで上がり、落ちないように慎重に乗り込む。そして起動ボタンを押してOSを起動させる。操作画面が正常なのを確認してから、一歩踏み出す。歩行時の姿勢制御も問題無しと分かると、バーニアの向きを変えられるのを確認しながら外に向かう。他の分隊のMGも格納庫からぞろぞろと出てくる。一旦、教育MG隊機が全て格納庫から出て来ると、それぞれの分隊にまた別れて、穂高を歩かせて演習場に向かう。

 演習場となっているのは、向山の一帯全てだ。標高が比較的低い所は市街地戦演習用に改良され、山中では主に訓練課程の演習や山地での戦闘演習に使われている。その中で、防衛省のミサイル試験場だった場所は、新島基地建設後も引き続きその用途で使われている。


「分隊、止まれ」


 第五分隊に割り当てられた場所まで来ると、今回の分隊長役の衍子が号令をかける。その号令で、秀たちはMGの歩行を停止させ、列を揃える。


「事前に示したとおり、最初にやるのは真上にジャンプして、その後バーニアで滞空する。ただ真上に飛ぶだけと思うなよ。空中機動の全ての基本だからな。景浦、青沼、笹川の順番でやってみろ」


 教官用の穂高に乗った新太が、モニター越しに指示を飛ばす。秀はそれに従い、二、三歩前に出ると、穂高のスラスターを点火させ、真上にジャンプさせた。すると、土煙を上げて穂高の機体が飛び上がる。コンピュータによる自動制御で、重心の位置は保ったまま、バランスを崩すことなく上昇していく。事前に指示されていた高度は10メートルだった。その高さまでくると、滞空用のバーニアを点火させてからスラスターを切る。肩や脚、背中に付いたバーニアが、全高8.5メートル、総重量5.6トンの穂高を空中に留め置く。とはいっても徐々に高度は落ちているが、空中でも直立不動の姿勢を保つことができている。これは第一世代機と比較して大幅に軽量化がなされたことから実現したことだ。

 ここまでは、両の足元のペダルを同時に踏んで離すだけなので、誰でも出来る。しかし次からの、滞空中の機動が難しいとされる。ある程度の動きはやはり自動制御で誰でも出来るのだが、空中から飛んだり跳ねたり回ったりする動作は、自動制御だけではこなしきれない。だが、これを習得しないことには、穂高を一人前に操れるとは言えない。まして甲装備を使う秀や一弘には必須技能だ。


「景浦。これより指示通りに行動せよ。急上昇!」


 秀はいきなりか、と思いながらも「ハイ」と大きく返事をし、ペダルをぐっと踏み込む。そうしつつ、どうせ無茶振りをされるだろうと思い、秀は姿勢制御を全て手動制御に切り替えた。そうすると、モニターの中で新太が爽やかに笑顔を浮かべていた。それは、秀がこれまで嫌というほど見た、新太の今から無茶振りをするぞ、というサインだった。


「急降下、右旋回、前転、左旋回、後転、トリプルアクセル」


 トリプルアクセルなどという動きは教本には無かったが、秀は全てこなしてみせた。ものすごい勢いで操縦席が揺れ動いていたが、最早慣れた。気持ち悪くなることすらない。

 最後に着地すると、衍子が拍手していた。一弘は面白くなさそうな顔をしている。新太は何やらキーボードを出して打ち込んでいた。おそらくは評価だろう。


「落伍分隊などと呼ばれているが、やっぱり景浦はピカイチだな。今すぐ実戦に出せる。もう景浦は今日の訓練は終わりだ。その辺で見学していてくれ」


 新太は鼻息を荒くしている。その様子で、秀は自分に与えられた評価が満点であることを悟った。自分でも、今の段階でここまで出来るのは異常なほど良くできていると思う。事実、すぐ後に行った一弘も衍子も、空中機動の途中でバランスを崩して失敗していた。それが普通だ。新太でさえ、先の指示通りに完璧に動くのは無理だろう。


(MGを誰よりも完璧に動かせて、魔術も使える神格持ちか。俺は、本当になんなんだ?)


 秀は一人、操縦席で身震いした。孤独感が怖い。一弘や衍子は自分のことを仲間と認めてくれているが、自分を理解してくれないだろうし、自分の出自に繋がる何かを持っているわけでもなさそうだ。今は、エイレーネだけが、神格持ちだと教えてくれた。また休日に、いや今すぐにも、エイレーネに会いたい。操縦席という箱の中で、秀の中でそんな思いが渦巻いていた。


        ***


 訓練時間が終わり、秀は一弘と衍子には目もくれず素早く着替えて、一人で自室を目指して廊下を歩く。その間に、手のひらからエネルギーを出す練習もしてみる。エイレーネに教わってから数日経つが、だいぶこなれてきた。次に会ったときは、具体的なエネルギーの使い方を教えてもらおうと考えていたときだった。

 廊下の突き当たりから、数人の兵を引き連れた、イグドラシルの軍服を着た青年が現れた。その軍服は、他のイグドラシル軍人のものと比べると、少しばかり豪奢な仕様となっていた。それを見て、秀は思い出した。彼はマクティグ王国軍地球駐留軍の最高指揮官にして、マクティグ王国第三王子、ソルヴァルズだ。

 秀はソルヴァルズとの距離が六歩前まで縮まると、立ち止まって45度の深い敬礼をした。王族相手なので、これが礼儀だ。大概、向こうは軽い会釈をして通り過ぎていくのだが、今日は違った。ソルヴァルズが立ち止まった。


「顔を上げよ、景浦士長」


 凛とした声だった。心臓を鷲掴みにするような圧迫感と威厳が漂う。歳は18で秀より歳下だが、まるでそのような感じはしない。秀は意思が挟まる間も無く、まるで操り人形のように顔を上げた。すると、ソルヴァルズは護衛の兵を下がらせて、秀に耳打ちをする。


「少し余と話をしよう。エイレーネも一緒だ」


 エイレーネもいるという言葉に釣られて、秀は気がつけばエイレーネの部屋にソルヴァルズと共に入っていた。そこにいたエイレーネは唇をキッと結び、ソルヴァルズと同じような風格を纏っていたが、秀の顔を見ると一瞬で崩れた。


「おおっ、秀!」


 ドアを閉めて部屋の中で三人になると、エイレーネは目を輝かせて飛びついてきた。避けようかと思ったが、秀はエイレーネを受け止めた。会いたいと思っていたところだったので、感無量だった。

 エイレーネは、今日はウィッグではなく元の金髪で、目もカラーコンタクトではない碧眼だ。それでいて、王女らしい高貴なペプロスを着ている。そうした薄い服のおかげで、受け止めた時にエイレーネを受け止めた時に、秀はその体の感触を否が応でも味わってしまった。

 小さくて、柔らかくて、暖かい。二次性徴真っ只中のその体は、普段秀が店で抱く女とは違った趣があった。


「エイレーネとソルヴァルズ殿下と俺との三人で話をするということだけど」


 秀は変な気分になる前に、エイレーネを引き離しながら尋ねる。エイレーネも特にそれに不満を示すことなく、ソルヴァルズを指差して答えた。


「神格持ちの日本人がいるという話をしたらコイツが興味を持ってな。秀は自分のルーツが知りたいんだろ? 何か分かるんじゃないかと思ってな」


「待て、いつ俺がそんな女々しいこと言った」


 自分を知りたいというのは、確かに秀が思っていることだが、誰かに話したことはなかった。無論、エイレーネにもだ。しかし、エイレーネは秀の言葉を鼻で笑った。


「みなしごで、いつも憂鬱そうな目をしてればそんなことくらい分かるんだぞ。そんな意地張ってちゃ知りたいものも知れないぞ。困ってるんだったら、今度からはちゃんと相談するんだぞ。私なら力になってやれるから」


 エイレーネは秀が口を挟む余地も無いほど、堂々と言い切って、最後には微笑んでみせた。秀が呆気に取られていると、横でソルヴァルズがため息をついた。


「景浦士長。そこまで言われたら、素直に認めねば男が廃るぞ」


「分かっています。エイレーネ、ありがとう」


 秀が頭を下げると、そこにエイレーネの手が乗った。秀は齢14の少女に撫でられることに恥ずかしさを覚えたが、それ以上に、心が温まった。

 エイレーネが撫で終わると、部屋の真ん中にあるソファにテーブルを囲って腰掛けて、話を始めた。


「こちらの記録で、有力といえば有力な手がかりはあった」


 ソルヴァルズが、ソファに腰掛けてすぐに切り出した。言い方は引っかかるが、それでも秀は大きく心を動かされた。しかし、ソルヴァルズの表情は渋かった。


「一応確認するが、景浦士長は地球の暦で、2105年8月4日に新島空港で見つかったのだよな」


「そうです」


「その日に、新島空港で農奴の凡人による密航事件があり、彼の子供の一人が行方不明となっている」


「そんなの!」


 秀は思わず立ち上がった。それで決まりではないかと。しかし、ソルヴァルズの顔は渋いままだ。


「凡人と言ったろう。つまり、神格など持っていないのだ」


「あのな、秀。凡人というのは——」


「分かってるよ、エイレーネ」


 秀は深呼吸して、エイレーネの言葉を遮り、ソファに座り直した。そこでまた気持ちを落ち着かせてから、ソルヴァルズの方に向いて口を開いた。


「ヨルズには大きく分けて二種類の人間がいます。超人と凡人。超人は支配者でもあり、何らかの超自然的な力を持つ人間。神話の時代の神から続く人間であり、神格を持っています。対して凡人は、どれだけ先祖を遡っても人間で、異能も神格も無い、多くの地球人と同じ人々。それで被支配者で、差別もされて、殆どは奴隷労働に従事している。そうですよね?」


「そうだ。凡人が神格を持っているということはありえない。つまり、先ほど示した行方不明は関係無い可能性が高いということだ」


 ソルヴァルズの口調には、突き放すような冷たさは無かった。淡々と言いながらも、包み込むような優しさがある。人望が厚く、本国でも王子として人気が高いらしいが、このような人間らしさが垣間見えるからかもしれない。

 しかし、それでも秀は深く落ち込んだ。上げて落とされた分、苦しさが増す。何とか安心しようとして、失礼とは分かっていながら、視線を落としたままソルヴァルズに尋ねる。


「その彼が、凡人を装った超人というか、そういう可能性は、ありませんか」


「無いだろうな」


 ソルヴァルズは即答した。そのまま、秀が考えている間に同じ調子で続ける。


「超人としてヨルズで生きるなら、支配者層として様々な特権のもとに生きられる。わざわざ不自由な農奴として生きる理由が無かろう」


 もっともらしい理由だった。しかし、秀はまだ諦められない。自分が何者かというのは、自我を持った時からずっと持ってきた悩みだ。理由がそれらしいからといって、すぐに納得できるわけはなかった。


「それでも、隠してるとかないんですか。エイレーネは神格を感じられると言ってました。そういう手段、あるんじゃないですか?」


 秀の問いに、ソルヴァルズは目を丸くしていた。ソルヴァルズはそのまま、エイレーネの方を向く。その動きはどこかぎこちなかった。


「エイレーネは、他人の神格が分かるのか?」


「え? みんなそうじゃないの?」


「普通は、少なくともヨルズの超人にそんなことができるのはいない」


 今度はエイレーネが固まっていた。しばらく三人が沈黙する。今のやり取りで、秀は自分のルーツを探るのは現在では出来ないと悟った。その好奇心は、今度はエイレーネに向いた。秀もエイレーネを見る。二人の視線を受けて、エイレーネはしばらく明後日の方向を向いて、向き直った時には晴れやかすぎる笑顔になっていた。


「ま、流石はガイアの第二王女ということだな! ソルヴァルズも出来ないことがが出来るなんて私は天才だ! はっはっは!」


「俺はお前が羨ましいよ」


 あまりに能天気なエイレーネの姿に、秀はため息を漏らした。そのくらい能天気に生きられたら、きっと出自で思い悩むこともない。しかし、そこまでの人格改造をする気力は、秀には無かった。

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