名門・悪役令嬢養成学校 ~活躍中の悪役令嬢は皆、卒業生です~
とある世界のとある国。
とある都市から数キロ離れた、とあるところ。
そこに、見るからに華やかで、見るからに厳かで、見るからに歴史のありそうな学園があった。
その学園の名は悪役令嬢養成学校。略して悪学と呼ばれていた。
学園を真紅の薔薇が取り囲んでいるため、別名薔薇学とも称される。
通う生徒たちは皆気品があり、見るからに意地悪そうな少女たちばかり。富と地位と狡猾さを持った選ばれし令嬢だけが通える名門校だった。
「いいですか? 皆さん。日々美しく、気高く、高飛車で、意地悪に見えるように努力を怠ってはいないでしょうね?」
女性教師が毒々しく豪奢な見た目の特製鞭を手に教室内を練り歩く。ペチペチと手と鞭がぶつかり合う音と、コツコツとヒールの鳴らす音が絶妙なリズミカルで噛み合う。
「知っての通り、ここは悪役令嬢を多く排出している由緒正しき学園です。現在活躍中の悪役令嬢の100%はこの学園の卒業生で占められています。ただし、異世界転生を除く! ……です」
足を止めた教師が、グッと眉間に皺を寄せ鋭い目付きで生徒たちを見回した。
「異世界転生産の悪役令嬢はとても厄介です……。彼女らは悪役令嬢学を学ぶことなく、生まれし時より既にその知識、振る舞いが備わっているのです。我々は今危機に瀕しているのです。学園の沽券に関わる由々しき事態です。彼女たち異世界転生産に負けぬよう、日々切磋琢磨し、学園の威信にかけて貴女方には立派な悪役令嬢になってもらいます! いいですね!?」
「「「「はい!!」」」」
(っはぁ~~~~~。やっべぇ~~~~~)
生徒全員が闘志に満ち溢れる中、内心焦っている少女が一人いた。
(私……異世界転生産なんすよぉ~~。バレたら確実に苛められる……!)
少女の脳裏に『学園追放』という言葉が浮かんだ。
この世界では、悪役令嬢は王道ヒロイン令嬢と人気を二分する花形職業だ。
近くにある聖女・プリンセス合同養成学校(以下、聖プリ)とは言わずもがな犬猿の仲である。
そんな仲の悪い両校がなぜ近くにあるのかというと、それぞれの研鑽のためだった。悪役令嬢たちはお花畑思考の聖プリ生徒たちへの憎悪を、王道ヒロイン令嬢たちは悪学生徒たちへの慈悲の心を養うため。
相反する二校を並べておくことで、常に両校が互いを意識して成長していくことができるのだ。
火花を散らしているのは何も生徒たちだけではない。教員たちもだった。両校の教員たちは学園の卒業生で構成されており、彼女らは卒業後それぞれ活躍した人物たちばかり。現役時代の知り合い同士ということも珍しくなく、教員同士もライバル意識が強かった。
(面白そうと思って入学したけど……バレないように頑張らなきゃ……! 目立たないように、目立たないように……)
一限目。悪役令嬢メイク学。
「メイクは一通り自分でも出来るように。世間に出たら、メイドがいなければメイク出来ないなどという言い訳は通用しませんからね。どんな不測の事態にも対応出来てこそ悪役令嬢です! 『メイクせずとも珠のごとき美しさですぅ~』……なんていう聖プリもどきの生徒は要りませんからね! ああ、憎らしいっ」
最後の方はもはや私怨だ。
「それぞれが思う、悪役令嬢らしいメイクをしてください。始めっ」
(う~ん……定番は黒とか青とか寒色系よね……。口紅も深めの色で……。いや、ダメだ。完璧な悪役令嬢メイクが出来たらおかしいわよね……。ここは出来ない振りをしよう)
「エリランカ・ハイドロジー! なんですか、そのメイクはっ……! それではまるで聖プリではありませんかっ!」
二限目。悪役令嬢社会学。
「父兄、夫、子どもに代わり貴女方が実権を握る場合もあります。また代わりとならずとも、知識を備えておくことで助言することができます。そうすることで信頼が得られます。自身の立ち位置を盤石にするためにもしっかり社会情勢を学びましょう」
「エリランカ・ハイドロジー! 近隣諸国のトップの名前も知らないなんて、貴女どう生きてきたのですか!」
三限目。悪役令嬢脱出学。
「いいですか? 皆さん。我々は悪役令嬢です。有事の際にはすぐに脱出できるよう、脱出経路を事前に計画しておく必要があります。何の計画もなしでは、あっという間に牢獄や国外追放……最悪あの世行きですからね」
「また貴女ですか! エリランカ・ハイドロジー! 貴女ほど出来の悪い生徒は今までいませんでしたよ! こんな脱出経路では、国はおろか、屋敷を出ることすら出来ずにすぐ捕まってしまいますよ! 貴女聖プリの方が合っているんじゃなくて!?」
「……申し訳ありません、先生」
(まずい……出来ない振りが裏目に出て、逆に悪目立ちしてしまっている……。加減が難しい……)
このままでは別の理由で『学園追放』されてしまう。
四限目。悪役令嬢心理学。
「さて、では四限目、悪役令嬢心理学を始めま――」
中庭の方からザワザワと喧噪が聞こえ、教師は口を止める。
「何事ですか、騒がしい」
煩わしそうに口の形を歪め、窓際へと様子を見に行く。生徒たちも窓際に駆け寄って中庭を見下ろした。
そこには人だかりが出来ていた。
その輪の中心にいるのは、白地に淡い色の花がデザインされた服を着た少女が一人。
その胸には服に同化してしまいそうなほど真っ白なウサギが抱かれている。
(またか――)
見慣れたその服は、聖プリの制服だ。
脱走したウサギを追いかけて敷地内に入ってくるのは、もう何度目かわからない。
「またですか!! 貴女方は何度ウサギを脱走させれば気が済むのですか! きちんと小屋に入れているのですか!?」
「申し訳ありません……。ですが、狭い小屋に閉じ込めてばかりでは可哀想だと思って……」
「でしたら、囲いでも何でも作って逃げ出さないように見張っていなさいな!」
案の定怒り狂う教師と、目に涙を浮かべる聖プリ生徒。正直そろそろ見飽きてきた光景だ。
「またなの?」
「学習能力ないわねぇ」
「これだから聖プリは……」
そんな声がそこかしこから聞こえる。
それは涙目で小刻みに震える聖プリ生徒にも聞こえているようで、さらに涙を溜めて今にも零れ落ちそうである。
(まさにヒロインって感じねぇ……)
この先渡り合っていかなければならない相手だというのに、どこか他人事のように感心してしまう。
「エリランカ・ハイドロジー!」
「……は、はい!」
急に教師から名前を呼ばれて、慌てて返事をする。
「この部外者を学園の外に放り出してきなさい!」
「はい、先生」
中庭に出ると、ザッと人垣が割れ、聖プリ生徒への道が開かれる。生徒達の視線を浴びて、居心地の悪さを感じながら彼女の下へ向かう。
(えーっと、冷たく冷たく……)
「いつまで座り込んでいるの? さっさとしてちょうだい」
「ごめんなさいっ」
彼女が慌てた様子で立ち上がったのを確認して、私は校門に向かって歩き始めた。一刻も早くその場を離れたかった。注目の的になることは避けたい。自ずと早足になり、後ろからは小走りで付いてくる足音がした。
人だかりから早足で脱出したこともあり、早々に聖プリ生徒と二人きりになる。
(え~、なにか意地悪とかした方がいいのかな……。でも、別に他の人が見てるわけじゃないし、必要ないよね……?)
チラリと後ろを確認すると、彼女は落ち込んだ様子で大事そうに抱えたウサギを撫でている。
「ねぇ。貴女たち……私たち悪学が怒るとわかっててどうしていつも同じ失敗を繰り返すの? この間も逃がしてたわよね? もう少し気を付けた方がいいんじゃない? そうしたら貴女もこんな嫌な思いしなくてすむのに」
一応学園内なのでこそっと尋ねれば、きょとんとした顔が私を見つめる。まあるい目は無垢そのもので、やはり彼女は聖プリの生徒だ。
「それは――」
彼女は数多の人々を包み込む、天使のような微笑みを浮かべ――。
「私たちの役割だからですよ」
右に15度。完璧な角度で頭をコテンと傾けた。その動作で、美しく手入れされた髪がふわりと揺れ、微かに甘い香りも漂う。
隙だらけなのに、完璧すぎてまるで隙がない。
聖女やプリンセスが根っからの純真無垢だなんて誰が決めたのか。
もしそうならば聖プリなんて学園は必要ない。悪学が怜悧狡猾な令嬢を養成しているように、かの学園も純真無垢な令嬢を養成しているのだ。
「ははっ……この世界もなかなか面白いじゃん」
「どうかしました?」
またきょとんと今度は左へ15度。
――天然なのか。後付けなのか。
「いいえ、なんでも」
私は、わざと含みを持たせて微笑んだ。もちろん口は悪役令嬢らしく意地悪そうに歪めて。
「お見送り、ありがとうございます」
校門に到着すると、彼女は門の外側に立て掛けられていた日傘を手に取った。制服と同じデザインのものだ。
「……随分と準備がよろしいことで」
「今日は日差しが強いですからね。貴女も日焼け対策した方がいいですよ」
「王道ヒロインともなると大変ですねぇ」
「ふふふ。お互い様でしょう? では」
彼女は片足を斜め後ろへ引き、優雅に膝を折る。悪学生徒相手にも礼節を重んじるあたり、さすが聖プリだ。
私はそれに応えて、悪役令嬢らしく腕を組み、意地の悪い表情を作る。
二人の視線が交わり、示し合わせたように口角を上げた。
「「ごきげんよう」」
――〇月✖日。今日も今日とて悪学と聖プリは不仲である。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




